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週刊三題 二冊目  作者: 長岡壱月
Train-101.April 2021
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(2) ペン・クラブ

【お題】人工、破壊、物語

 どれだけ時代が移り、技術が進んでも、ヒトそれ自身はさして変わらないのだろう。そう

簡単には変われないし、何より移ろう早さについてゆけない。食らい付き続けることは困難

を極める。

 或いはだからこそ、愚かであり愛しくもあると云うのだろうか? 上から目線で? あた

かも全て悟ったように気取ってみせて? とかく、主語の大きい我々やつらは碌なモンじゃあない。


「──××先生のAI?」

 思わぬ拍子に報せを聞いて、その作家は目を見開くと振り向いた。自身の周り、書斎の机

には、大量の資料と書きかけの原稿用紙が散らかっている。

「ええ……。例のクラウドファンディングが集まったようですよ。その上で、計画自体はし

っかりと進んでいたみたいですね」

 部屋に入って来たのは、長年顔馴染みの担当編集者だった。皮肉というか、表情こそ繕っ

て、そう何処か他人事のように言う。

 とはいえ、彼はそんな得意先ビジネスパートナーの態度に、そこまで目くじらを立てようとはしなかった。そ

の気など無かったし、何より先にぐるぐると、感情と理屈の歯車が音を立てて回り始めてい

たからだ。

「……財団の野郎。そこまでして、金蔓を手放したくないってか」

 まだ年若く、作家としてデビューしたての頃、彼とその同期組には“先生”と呼ぶ大先輩

がいた。当時既に業界の先頭を往く代表格の一人であり、豪胆ながら艶のある描写は今でも

根強いファンがいる。彼や他の同期の面々も、随分と可愛がって貰った。

 ただ作品を書き起こす為に机へ向かいっ放しになるだけではなく、寧ろ普段の生活そのも

のからごっそり変えてゆけ、自分を高める為ならば出費をケチるな──振り返ればやはり、

今の自分の基礎を叩き込んでくれた大恩人であろう。

 しかしそんな“先生”も、かれこれ十年以上前にこの世を去ってしまった。当時はまだ生

意気盛りの青二才だった自分も、気付けばデビュー当時の“先生”の年齢へとどんどん近付

いてきている。一応、見た目の厳つさとふてぶてしさだけは、似ることが出来たという自負

があるが。

 執筆の手を止め、盛大に嘆息を吐き出しながら呟く。編集者の方も、彼のそんな隠そうと

もしない本音をそこはかとなく受け流し、沈黙を守っている。

 ──今は亡き“先生”が生前残した作品達から、その文章や思考回路の癖を学ばせ、再び

この世に「新作」を出そうというプロジェクト。

 彼自身、そんな話が持ち上がっていた事は以前から聞き及んでいた。随分と素っ頓狂なこ

とをするなと。或いは当の“先生”も、その異色さを以って、天国で面白がっているかもし

れないと。

 ただ……それから暫く人伝にプロジェクトの詳細を聞き、実際に関わっている者達の意図

する所を知るにつれて、彼は段々とこれに正直反対するようになっていった。端的に理由を

表現するならば、それは即ち“先生”への冒涜に他ならぬと考えを改めたからだ。

 少なくとも──自分が聞き及ぶ限り──件のプロジェクトの中核を占める面々は、あの人

への尊敬リスペクトなんてモンは持っちゃいない。只々大きな実績と知名度があり、尚且つコアなファ

ンが確実に存在しているという点に拠って「商売」しようとしている。AIはあくまで“先

生”の模倣であって、本人じゃない。なのにいけしゃあしゃあと、亡くなった後でもその名

前を使い、作品を出そうとしている。他人の褌で相撲を取っている。ただの金儲けの道具と

して利用しようとしている。あの人の魂を、多かれ少なかれ魂を削りながら残した作品とい

うものの性質を、蔑ろにしている──。

「まあ、トシさんの言い分も解らん訳ではないですがねえ……」

 沸々と。

 するとふと、込み上げてくる義憤いかりの気配と呟きに、担当編集の男は言った。部屋の中に

入り込みもせず、縦枠にゆるっと背を預けたままで苦笑している。先程よりも、多少取り繕

う気色は薄れているように見える。

「ぶっちゃけた話、殆どの読者達にとっては、そんなこと“どうもいい”んですよ」

 彼がピクリと眉根を寄せ、こちらを睨むようにする。だがこの担当編集は一度紡ぎ始めた

正論を引っ込めなかった。長年の仕事仲間、立場的にはプロジェクト側に近い者の一人とし

て、今の内に諫めておきたかったのだろう。

「作者がどれだけ苦しもうが、悩もうが、読者にとっては面白いか・面白くないかが全てで

しょう? 十分にお分かりとは思いますが。良くも悪くも、時代はどんどん変わってますか

らねえ……。読んで考える、悩む、苦しい思いをする──不快があればイコール面白くない

って結論を出しちゃうんです。時間や余力の奪い合いですよ。そりゃあまあ、書かれた経緯

とか時代背景諸々を“考察”して愉しむって方もいない訳じゃありませんが……こっちもど

んどんニッチになってゆきますよ。少数派です」

「……」

 彼は押し黙る。言わんとする所、忠告される内容は解っている心算だった。あくまで自身

のこの感慨は、リアルの当人を見聞きしてきたが故の個人的なもの。大抵の他人びとはそん

な情報など知らないし、おそらくは知ろうともしない。要は面倒臭いのだ。よっぽど好きな

相手でなければ、人はそこまでの労力を厭わぬようにはならない。そもそも、仮にそこまで

“先生”を愛してくれる誰かであっても、それは既に相当量のリソースを割いてきてくれた

から。言ってしまえば、今更真っ新にしてしまうのが勿体無い──。

「昔とは違って、今は作家自体の母数も莫大になってますしねえ。だけども、その中で売れ

る・売れないの差は寧ろ酷くなっている」

「数が多いからな」

「ええ。だから結局、確実に売り捌くには、既にあるネームバリューを使うしかない……」

 担当編集はそう一通り言った後で、最初の彼と同様に肩を竦めた。それはおそらく、解っ

てくださいよという迂遠な表現だったのだろう。彼も、再び嘆息こそ漏らせど、それ以上は

反論しなかった。手の中で時折万年筆を弄びながら、やるせない気持ちに暫し沈む。

「じゃあ、そういうことで。こっちの原稿、貰って行きますよ~?」

「ああ……」

 それでも沈黙は十数秒。ややあって担当編集はすいっと書斎の中に入り、その一角に纏め

てあった別の原稿を回収すると、踵を返して帰ってゆく。


『──そう。トシさんも聞いたのね。私も正直、あんまりいい気はしなかったのだけど』

『ま、仕方ねえべ。“先生”の知名度なら選ばれても不思議じゃねえし……』

『ぶっちゃけ、倫理の問題ですからねえ。ある意味、経営者辺りが一番そこを綱渡りしてい

る人種じゃないですか』

 しかし事件は、そんな担当編集とのやり取りから暫くして起きたのだった。その後も時折

作家仲間達と連絡を取り合っていた中、ふとした切欠で、今回のプロジェクトに予想外の反

発があったことを知る。

『う~ん……。何事も無ければいいけどなあ。ほら“先生”自身がああだったし、そのファ

ンにも過激な人がいたじゃないですか』

 発端は、プロジェクトのメンバーらがそのAIを背景に記者会見を行ったことだった。資

金面の目途が付き、改めて大々的な宣伝戦略に打って出ようとしたことが、結果としてとん

でもない悪手へと化ける羽目になる。

 AIが収められていた建物が襲撃されたのだ。記者会見がニュースになった際、同じく文

壇関係者へのインタビューが流され、その中でプロジェクトに対する否定的意見が幾つか挙

がっていた点も影響したのだろうと思われる。故人への冒涜──彼があの日、自身の書斎で

担当編集にぼやいた言葉そのままが電波に流れた。AIは別人であり、本人ではない。作品

に宿った魂・精神性を軽視したものである、と……。

 ニュースを見た時、彼は正直気まずくてならなかった。一人画面の前で、口に手を当てて

暫し立ち尽くしていた。

 確かに、自分は襲撃犯ではない。本当に実行してしまったこの人物と、何ら接点も面識も

存在しない。それでもやはり……後ろめたさがザワザワと胸の奥を刺激する。

 現場の詳しい状況までは分からない。映っていたのは、AIが収められていたというコン

クリート建てのビルだけだ。尤もこうして報道されてしまっては、隠すも何もなくなってし

まっただろうが。

(壊された……? いくら何でも、そこまで実力行使することはなかっただろ……)

 中継アナウンサーの読み上げる言語情報に、彼は一人絶句していた。静かに動揺を隠せな

いでいた。曰く犯人は“先生”の熱心なファンで、プロジェクトが許せなかったと。このま

ま偽りの「新作」を世に出させる訳にはいかなかったと。


『──』

 時を前後して、現場となったビル内のサーバー室にワイシャツ姿の男が数人、憂鬱な表情

をして入って来た。皆首からIDカードを下げ、気だるげに辺りを見渡している。ようやく

警察も検分を済ませて去ってゆき、後には申し訳程度に纏められた、注目のAIになる筈だ

った機械の残骸ばかりが転がっていた。

「全く……。これだから素人は。作ってる側の苦労なんて、何も解っちゃいねえ」

                                      (了)

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