表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
週刊三題 二冊目  作者: 長岡壱月
Train-140.July 2024
197/285

(2) 謳歌末

【お題】犠牲、電気、太陽

 何となくテレビを点けたまま、独り夕食の冷麺を啜っていると、画面の向こうで真面目な

表情かおを作ったMCがこちらに語り掛けてくる。いや……実際のところは、元々台本に書いて

ある内容を、視聴している不特定多数に広める為か。

『このように、地球温暖化による影響は、今や世界各地で猛威を振るっている訳ですねえ。

次にこちらの映像をご覧ください。これは過去百年で、世界の平均気温がどう変化してきた

かを表した図で──』

「……」

 正直、難しいことはあまり解らない。

 ただここ十数年、毎年異常な暑さの夏だったなあというのは経験として知っている。

(ウザってえ……)

 ずぞぞっと啜っていた箸の手が止まり、代わりに口の中でそんな、自分でもはっきりとは

言葉にできずじまいなモヤモヤ感が意識を占有しようとする。画面の向こうでは改めて、過

去の時代に比べてぐんぐんと平均気温が上がり、自分達人類を脅かしているのだという結論

に、出演者の面々がわざとらしいリアクションを取ってみせていた。

 十中八九、空調のガンガン利いた快適なスタジオの中にいる癖に、よくもまあそんないけ

しゃあしゃあと善人ぶれるモンだ。或いはそれが連中の仕事、演出装置コメンテーターとしてのスキルなん

だろうが、個人的には馬鹿にされているように感じる。

 だってそうだろう?

 一般に、温暖化の原因というのは人間の営み、文明活動が排出してきた熱やらガスやらの

所為だと言われている。他にも木を切り過ぎ、CO2を吸ってくれる筈の自然の自浄能力的

なものを損なってきたことなども拍車を掛けているとか何とか。そりゃあ一部の否定派が言

うような、単純にこの惑星ほし自体の暑さ寒さの波だってあるのかもしれないが……。

 残りの冷麺を啜る。

 外は既に陽が沈んで薄暗く、網戸にして空けた風もイマイチ生温い。長いこと使い込んで

あちこち痛んでいる扇風機がゴォンゴォンと、今年の夏も必死になってこの部屋の中に涼を

運ぼうとしている。


 ──詰まる所、この暑さを解決する為には、人類が滅びるしかないってことじゃないか。


 自分達や先祖から続く日々の営み、文明活動が続く以上、温暖化の原因はこれからも発生

し続ける。増え続ける。本当に根本的な解決をしなきゃならないというのなら、それはもう

自分達が今の暮らしをスパッと止めるぐらいでなければ無理だ。しかし実際問題、一旦便利

な暮らしを覚えてしまった人類に、そんなことができる筈もない。なら、心構え云々のよう

な生易しい話ではなく、物理的に消え去るほかないじゃあないか……? 割と自分は、この

手の“危機を煽る”話題を聞く度に、内心本気でそう思考してしまう。

(ま、思うだけだがなあ……。いざ口に出しちまえば、あっという間に周りからヤベー奴認

定されちまう……)

 考えが極端だ、乱暴だ。大抵の人間はこういう回答ことばに対して、大なり小なりヒステリック

に否定しにかかってくる。場合によっちゃあ露骨にマウントを取ったり、お節介にも“教え

て”やろうとして、こちらに無駄な時間や労力を使わせようとする。地球規模の問題だから、

皆で考えようって話じゃないか──いわゆる優等生な奴ほど、そう宣う。

 ……いやいや。馬鹿か? 個々の努力を集めれば、本気で状況を押し留められるとでも思

ってんのか? 節電とかも所詮は対症療法も対症療法、問題の根っこにはまるで触れていな

い。ただでさえ年寄り世代は今でも、クーラーを点けるのは悪! みたいな考えに染まって

る分そういう“我慢を”やって、毎年結構な数が熱中症で搬送されたり死んだりしてるだろ

うが。地球の為に~、で結局個人の生命すら危険に晒すなら、こっちの言ってることと大し

て変わらねえぞ?

 大体もって自分は──その『工夫次第で何だって乗り越えられる』っていう暗黙の前提自

体に疑問を持っている。確かに古今東西、そうやって新しい技術が生まれたことで人間は克

服と進歩の車輪を回してきたんだろうが、裏を返せばそういった態度こそがヒトの傲慢なん

だろうと考えているからだ。

 実際新しい技術・発明で得られた恩恵と、そいつらが世に出たことで生じてしまった弊害

のバランスは釣り合ってるのかね? そうじゃない──害の方が強くなり続けたからこそ、

手前らの言う危機ってのがここまでデカくなってるんじゃねえのかよ……?

「……」

 冷麺のパックも空っぽにし、硝子のコップにぶち込んでいた麦茶をくいっと飲み干す。冷

たい感触が喉を通ってゆき、心地良い。ただそれも結局は束の間、少し時間が経てばまたこ

の湿気含みの暑さは夜通し自分を苛んでくるのだろう。

『だからこそ、我が国でも再生可能エネルギーが占める割合をもっと増やして──』

 解決したいという、善意百パーセントならまあそうだがな。

 でも実際、そこにぶら下がってるのはごり押しで“ゲームチェンジ”を狙っている奴らが

殆どで、危機よりも商機として捉えてるってのがもう透けて見えてる。大義名分があれば、

今上位にいる連中のパイを掻っ攫う口実になるからな。結局金儲け──文明活動を止めるつ

もりなんざ更々ねえんだよ。素直に、真面目に受け取って、何とかしよう! 小さなことか

ら自分も! って奴らを、やっぱりあの手の奴らは食い物にする。DNAに永いこと刻まれ

た性質はそう、ただ高潔さ云々だけで変えられやしねえのさ。


 ***


 昨日も今日も、おそらくは明日も明後日も。どれだけ独り世を拗ね、斜に構えて誰かの仕

草を冷笑わらっても、管巻く晩酌は一夜で切れる。泥のように寝床へ転がり込めば、目覚めた時

には再び、出勤の時間が迫ってきている。沈んでいた筈の陽は高々と昇り、今日も憎らしい

ぐらいギラつく陽射しが街の至る所を苛んでいる。

(──暑ぢぃ)

 年季の入ったアパートの自宅、裏路地を抜けて最寄り駅へ。ぎゅうぎゅう詰めの電車に揺

られて向かうのは、勤め先の工場。頭上の雲間すら食い潰さんとするコンクリートジャング

ルの中をふらふらと、まだ真っ昼間でもないのに熱の籠もった道を行く。

 ざわめき。最早耳障りでしかない往来の声や、ビル群から出続ける機械音。或いは放熱。

幾重にも連なる雑音ノイズは嫌でも頭に響く。足元が抜けそうになる。


 どうして自分おれ達は、己の首を絞めていると判っていても、営みを続けようとするのか?


 昨夜テレビ番組でさんざ警鐘を鳴らしていた──風に見せていた現実それ自体は、少なく

とも現在進行形なのに、誰も気に留める者はいない。心配になって足を止め、心を痛める者

などいない。寧ろそんな動作を取っているであろう人物は、きっとこの暑さの方こそを恨め

しく思い、既にカンカン照りな空を睨みつける為に、天を仰ぐ。ずっとずっと遠くの青空よ

りも、このコンクリートジャングルの方が上位なのだと信じている。

「……」

 嗚呼、不愉快だ。

 消え失せちほろんじまえばいいのに。ずっと在ることの方が、本来異常なんだから。

 そりゃあ、完全に人の手から離れることで、元々無いような汚染だの何だのがぶちまけら

れちまったりもするんだろうが……。どうせその時にはもう、人間はいないんだろう? ど

れだけ時間が掛かっても、自然は元に戻るさ。散々邪魔をしてきた奴らがいなくなって、寧

ろ伸び伸びと生え放題。これでもかってくらい緑豊かになるだろうしな。

                                      (了)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ