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週刊三題 二冊目  作者: 長岡壱月
Train-104.July 2021
19/283

(4) ダイノセーバー

【お題】化石、竜、運命

『皆さん、私の後ろにそびえる崖が見えるでしょうか? ここが今回、世紀の大発見がなさ

れた発掘現場です!』

 事の発端は現在よりも数年前、考古学の発掘チームがとある奥地にて、その太古の地層群

を見出した報せに始まる。ニュースは瞬く間に世界へと拡がり、現場が鬱蒼とした原生林の

中であるにも拘らず、一時少なくないメディアがその姿をカメラに収めるべく足を運んだ。

探検服の衣装に身を包んだこの女性アナウンサーも、そんな一人である。

 取材クルーが向けるレンズに自身と件の断層を映して、彼女は努めて大仰にそんな呼び掛

けから中継を始めていた。辺り一面、四方八方に苔生した大地の中から、若干不自然に切り

され、隆起した巨大な岩肌がその姿を晒している。この日も、彼女達からの質疑応答に応え

るべく、発掘チームの関係者らが詰めていた。

 見上げている人一人、彼らが豆粒のように見えるスケールの大きさ。

 何よりも……その断層全体には、恐竜の骨と思しき遺骸がみっちりと埋まっている。

『それでは、今回世紀の大発見をなされた、発掘チームの責任者・山岡博士にお話をお聞き

したいと思います。宜しくお願いします』

『宜しくお願いします』

『博士、先ず今回見つかった地層というのは、大体どのぐらい昔のものなのでしょうか?』

『ええ。正確な年代測定はこれからの作業となりますが、周囲の地層とも突き合わせてみる

限り、白亜紀中期から後期──少なくとも六千万年ほど前と思われます』

『六千……。何だか、桁が違い過ぎて実感が湧きませんね……』

『よく言われます。ちなみに、人類誕生がおよそ七百万年前と言われています。それだけ生

命の進化とは本来、膨大な年月をかけて行われてゆくものなのです』

『なるほど~』

 解っているような、解っていないような。

 解説役に駆り出されたこの学者は、そう小さく苦笑いを浮かべながらも丁寧にこの女性ア

ナウンサーの問いに答えていた。面前に現代、文明人の講釈。後方に古代、今は沈黙し続け

る恐竜達。奇妙な共演が画面の中に果たされている。

『──』

 だがこの時、彼女達はおろか、世の人々の大多数は気付いてすらいなかったのだ。

 静かにパラパラと、零れる砂粒と小さな軋み。背後にそびえる恐竜時代の遺骨らが、次の

瞬間僅かにではあったが、めいめいに蠢き始めていたことを。


 ***


「ん? また“竜人”騒ぎか……。D市で一区画が丸々崩落したみたい」

 時は古代でもない、所は奥深い原生林でもない。現代的なアスファルトの黒土と無機質な

コンクリートジャングルの只中で、龍之介はスマホに流れてきたそのネットニュースに目を

留めていた。他にもトピックはリアルタイムで更新され、画面の下へ下へと流れて行ってし

まうが、時世が時世だけに用心しておくに越した事は無い。

『へえ……。つーか、隣じゃん。お前も気を付けろよ、龍之介? あいつら、何時何処で地

殻エネルギーを食い潰しちまうか、判ったモンじゃねえ』

「……なに他人事みたいな言い方してんのさ。一応同胞だろ? 止めてやれよ。こちとら迷

惑被りまくってんだからさあ……」

 ただ、その独りごちたような呟きは、即座に行動を共にする“相棒”の耳にも届いていた

のだった。当の龍之介も龍之介で、思わずそうジト目を寄越しつつ懐の彼にツッコミ返す。

『知らねえよ。お前らと一緒で、俺達も皆が皆、仲良しこよしでもねえっつーの。寧ろ協調

性って意味では、こっちの方が酷いぐらいまであるぞ?』

 “化石”だった。

 彼が懐から取り出して語り掛けていたのは、掌大の古びた石塊であった。その中に圧縮さ

れ、埋まっている顎竜の頭部が、骨の姿のままカタカタと流暢に喋っては笑う。

「まあこうして、目の前に具体例がある訳だしなあ……」

『ははは、照れるじゃねえか』

「褒めてねえ!」

『はははは! ま、俺達も色々あったんだよ。何せ六千万年も前の話だからなあ……』

 つい釣られて叫んでしまい、龍之介は思わず自身の口元を覆う。この化石ごとぎゅっと懐

に隠し直し、辺りを見回したが、幸い忙しなく行き交う通行人達は誰一人こちらに気を留め

てはいないようだった。寧ろ今し方の自分と同じく、隣町の“竜人”騒ぎを知って、一刻も

早く此処から離れようとすら考えていたかもしれない。

(六千万年前、ね……)

 最初は龍之介自身、とても信じられなかった。何せあの日偶然拾ったこの石ころが、古代

に人類の祖先達と争った恐竜種の仮の姿だというのだから。

 幸い、化石に眠る彼──カブローと名乗ったこの顎竜は、かつての自分達とは全く違う文

化・文明を築いた現代社会に興味津々といった様子。

 だがもしあの時、もっと別の個体と出会ってしまっていたら、今頃自分はとっくに殺され

ていただろう。彼曰く、今も当時の人類達に敗れたことを根に持っている奴らは少なくない

そうだ。数年前のニュースであった例の発掘以降、あちこちで“竜人”達が暴れている現状

が他でもない証拠である。

「──痛っでッ!」

 ちょうど……そんな時だった。龍之介がそうぼやっと考え事をしながら歩いていたのも災

いしてか、向かいから歩いてくる如何にも柄の悪そうな二人組に、すれ違いざまの肩が当た

ってしまったのだった。

 やべっ!? 内心気付いた時にはもう遅かった。相手は一瞬ふらついたものの、すぐに眉

間に皺を寄せ、こちらにありったけの睨みを利かせて詰め寄って来る。

「おうおう、兄ちゃん! 俺の弟分に何してくれてんだ? ああ!?」

「あああああ! 痛でぇよお、痛でぇよお! これは骨が折れたかもしれねえよお~!」

 或いは元より、この手の“恫喝”には慣れっこなのかもしれない。

『……』

 尤も龍之介が心配したのは、彼らような輩に絡まれることではなかった。寧ろ何も知らず

に、自分達へ“大義”を与えてしまう案件が起きては拙いというだけであって──。

「へっ?」

 次の瞬間、威勢よく顔を近付けて来ていた兄貴分の方が、ぐるんと盛大に宙を舞う。一体

自分に何が起きたのかも理解する暇も持てぬまま、そのままアスファルトの地面に頭から転

げ落ち、自滅する。「……。ひぃッ?!」数拍遅れて恐怖に襲われたもう一人、弟分が慌て

て逃げようとしたが、龍之介はこれをむんずと首根っこを摑まえて阻止。引き戻す反動も使

ってそのまま、彼の顔面を同じく地面へと叩き付けたのだった。

「……なんだよ。威張ってる癖にクソ弱ぇじゃねえか」

『こらこらこら! カブロー! 勝手に“代わる”なって何度も言ってるだろ!? だ、大

丈夫なんだろうな? この人達、死んじゃあいないよな!?』

「大丈夫だ、息はある。言われなくても加減はしてるっつーの。正当防衛だろ? セイトウ

ボウエー」

 相変わらずお人好しだよなあ、おめえは……。龍之介──いや、彼の肉体を“借りた”カ

ブローがそうため息混じりに呟くと、彼はスッと一旦目を瞑った。するとどうだろう。また

数拍して目を開いた龍之介の瞳は、先程の赤色から普通の黒に戻った。

 正当防衛──大義名分が無くはなかったとはいえ、流石にやり過ぎでは……? すっかり

顔面が血やらアスファルト片で汚れ、伸びてしまった二人を見下ろし、龍之介はもう一度盛

大に嘆息をつく。見咎められない内に、この場を去ろうとする。

『全く……。寝て起きても、自惚れの酷い連中はなくならねえモンだなあ。ん──?』

 ただ幸か不幸か、この時二人を囲う者達は出なかった。直後起きた、新たな騒ぎに掻き消

される事となったからだ。

 爆発が聞こえたのである。行き交う人々がざわめき、仰ぐ。遠くにそびえるビル群の裏手

から、高く高く黒煙が上がってゆくのが見える。


 ***


 ──あの日突然現れた“竜人”達によって、僕の日常は理不尽に奪われた。大切な人達、

家族を、ただそこに居合わせたからだというだけで殺されたんだ。


 D市で竜人やつらの一団が暴れたとの情報を聞き、恭一は独りその現場へと足を運んでいた。街

の中にぽっかりと空いた大量の瓦礫、非日常と死の臭い。目の当たりにする度にあの日のこ

とを思い出し、自然と顰めっ面になるものの、もう自分は逃げない。逃げる訳にはいかない。

辺りをざっと歩き回り、瓦礫と瓦礫の隙間から何か手掛かりは残されていないだろうかと

探す。

「……今回もハズレだな。滞在した痕跡もない。多分此処は、通り過ぎただけだ」

『そのようだ。地殻のエネルギーも根こそぎ失われている。とうに別の場所へ移動した後だ

ろう。生存者がいれば、何とか助け出したいが……』

 眉間に皺を寄せ、生真面目な声色で呟く恭一。その懐には、同じくそう神妙に語る三角竜

の“化石”が在った。独り瓦礫を除けようとする相棒に、彼は手を貸す。コウッとその瞳が

黒色から碧に変わり、およそ並の人間では動かせないような瓦礫達を、一枚また一枚と軽々

掴み上げて放り捨ててゆく。

(まただ……。また間に合わなかった。トトスを、力を得たっていうのに、僕は……)

 数年前、突如として世界中に猛威を振るい始めた“竜人”。その悪意に両親を奪われ、失

意のどん底にあった彼が出会ったのが、この化石態の相棒・トトスであった。彼は自らが件

の“竜人”の一人であると明かした上で、敢えて協力を申し出てきたのである。


『私の名はトトス。かつて君達人類の祖先との争いに敗れ、眠りに就いていた種族だ。身勝

手な頼みとは解っている。だが……どうか君の身体を、大地の力を貸して欲しい。目覚めて

も尚、暴走を続ける同胞達を、どうか止めさせてくれ……!』


 最初は正直、目の前の光景や情報に面食らったが、結局恭一はその申し出を受け入れ共に

戦うと決めた。片や復讐、片やいち武人としての美学。動機は異なっていれど、利害は一致

していた。何より自分の身一つ、生身の力だけでは、到底あの憎き“竜人”達に手も足も出

ない。

 相棒トトス曰く、この時代はもう自分達の時代だそうだ。目覚めた原因がこちら側の干渉──発

掘だからと言って、六千万年前の続きをやっていい道理など無いのだと。敗けは敗けであり、

当時からこのような形での幕引きは望んでいなかったのだと。

「……っ」

 また瓦礫の間から一人、犠牲者を見つけた。見るも無残に圧殺され、血塗れで微動だにし

ない。

 恭一はぎゅっと強く強く唇を結んだ。暫く黙々と辺りを掘り起こしてみたが、息のある第

三者は見つからなかった。復讐の為、両親の仇を討つ為──やがて“竜人”達から人々を守

る為の戦いへと大義を見出していっても、やはり身一つ相棒と二人だけではその志には限界

がある。

『……恭一。此処は、もう……。あまり長居していると、警察が到着してしまうぞ?』

「ああ。分かってる」

 トトスもトトスで、彼と出会って以来大分、人間社会の構造というものを理解しているよ

うだった。自らが、何より彼がそうした当局関係者に目撃されることのリスクを考え、現場

に留まれる限度を計ってくれている。

 また、殺し尽くされた。奪い尽くされた。

 内心恭一は、今回も無力感に苛まれていたが……立ち止まってはいられない。今こうして

いる間にも、また別の場所で“竜人”達が災いを振り撒いているかもしれないのだから。

「──ッ!?」

 ちょうど、そんな時だった。相棒トトスに促された場を後にしようとした恭一の耳と全身に、直

後激しい爆音と揺れの余波が伝わってきた。化石態のトトスと共に、ハッと我に返って空を

仰ぐと、遠く別の高層ビル群の一角から黒煙が立ち昇っているのが見える。爆音に遅れて、

その一角が崩壊してゆくさまが確認できる。

「……トトス、あれは」

『ああ、間違いない。また同胞達やつらだ。同じ者達かは判らぬが、次に向かうべき現場は決まっ

たようだぞ』


 ***


 時を前後して、E市商業テナント区。普段は平日・休日問わず、多くの買い物客やビジネ

スマンで賑わうそのビル群も、突如として現れた“竜人”達の攻撃にはひとたまりも無かっ

た。まるで殴られたサンドバックのように、ビル全体が最初の一発で大きくへしゃげ、続く

第二波・第三波で足元の地面から盛大に崩れ去る。

「……ったく、馬鹿の一つ覚えみたいに変な物見ばっか造りやがって。道理で目が覚めた時

に、地殻のエネルギーが少な過ぎた訳だぜ」

「それにこの妙な塊、同胞達の気配が時々交ざってやがる……。あの猿ども、ここまで堂々

と“約束”を破っただけじゃなく、同胞達の尊厳までも! 絶対に許せねえッ!!」

 ものの数分で無数の瓦礫、廃墟の山と化してしまった現場一帯。そこにズンと陣取り、怒

り心頭で喚き散らしている一団がいた。これら一連の惨劇の犯人達──それぞれがこの時代

の人間達を乗っ取った“竜人”らである。

 文字通り吐き捨てるように、手にした瓦礫の欠片を握り潰す内一人。アスファルトやプラ

スチック、詳しいことまでは未だ知る由はなくとも、彼らにはそこに古代とうじ在った者達の息遣

いが眠っていることを嗅ぎ取っていたのだった。加えてその中にかつての同胞らも含まれて

いるらしいとなれば、憤るのも無理はないのかもしれない。

「……それにしては、この時代の猿どもは弱い。弱過ぎる。我々が復活したというのに、ま

るで対抗する術を持っていないようだ。姿形も随分変わってしまっているようだし、我々が

眠っている間に、すっかり腑抜けてしまったか」

「はん! それならそれで、構いやしねえだろうがよ。こっちは不自由が多過ぎて、ずっと

苛々してるんだ。片っ端から奴らのデカブツをぶっ壊して、力を回収する!」

 こと“竜人”達にとって誤算だったのは、眠りに就く前と比べて力の源・地殻エネルギー

が大幅に減っていたことだった。

 眠っている間、歳月によってある程度変動はあるだろうとこそ踏んでいたものの、これで

は本来の力には程遠い。手頃な人間の身体を乗っ取り、その中に蓄積されている地殻エネル

ギーを喰っては棄て、喰っては棄てしなければろくに動き回ることすら出来ない。

「こんなものなのか……? 俺達が撤退を、自ら眠りに就いてまで休戦しなければ、全滅し

かねなかったほどのあいつらの末裔が、こんな……?」

「──事実そうなんだから仕方ないじゃない。大体“約束”とか言われたって、人間側が覚

えてる訳ないでしょ。あんた達が生きてた時代から、もうどれだけ時間が経ってると思って

んのよ?」

 だがそんな困惑と憤りに満ち満ちる面々を、半ば呆れた声色で一蹴する仲間がいた。ムッ

と少なからぬ面子が、この者の方を向き、ただでさえ剣呑なムードに色濃さが掛かる。

「忘れてるってのか? こっちは六千万年も待ったんだぞ!?」

「お前もそう思うのか、クユー。いや──そっちは梓と呼んだ方がいいのか」

『……』

 声の主は、一人の少女だった。

 酷く気だるげで、冷めた眼差し。他の面々同様、瓦礫の山の一角に腰を掛け、反発したり

問うてくる仲間達にもまるで意に介さない。

 少女の名は梓。相棒の名は、翼竜の“化石”態・クユー。

 二人は面々の中にあって、唯一掌握先の人間と“竜人”がコンビを組んでいる例だった。

それ故、残る彼ら──ただ人間を“消耗品”として使っているだけの仲間達より、現代人に

関する知識・理解が深い。

「……どっちでも。少なくとも、私があんた達と出会う前は、そんな話これっぽっちも聞い

たことなかった。学校だと、そもそも恐竜って絶滅したって習ってたから」

『厳密には、我々が現在の姿となる前の種ですね。梓から聞いた話や、この時代の記録物を

検めてみた限り、我々が存在したということ自体認識されていないようです』

 チッ──。面々の一人が、そうあからさまに舌打ちをした。他の者達も、多かれ少なかれ

抱いた感情は似通っていたようだ。クユーは押し黙っていたが、内心梓の方はモヤモヤとし

た気持ちでいっぱいだった。

(こいつらが眠る、封印される代わりに戦争を停止する。但し次に目覚めた時、人間が支配

者に相応しくないままであれば、今度こそ容赦なく滅ぼして奪い返す──)

 人に疲れ、絶望し、何もかもが馬鹿らしくなっていたあの日、出会ったクユーから聞かさ

れた六千万年前の“約束”。だが梓にとってそれは、あまり面白くもない事実であった。

 どうしてこんな反則みたいに強い奴らが、人間に敗けた?

 当時の事情など知ったこっちゃないが、その時さっさと人類を滅ぼしてくれていれば、こ

んな思いをせずに済んだのに……。今からでも遅くはない。全部、壊して欲しい……。

「──ん? おい。他の奴らは何処行ったよ? 頭数少ねえぞ?」

 ちょうど、そんな時だったのだ。

 ふと“竜人”の一人がそう、仲間達の数が合わないことに気が付いた。他の面子もキョロ

キョロと辺り、瓦礫の山を見渡し、まだ残っているビル向かいを見上げて言う。

「まだあっちが回収し切ってないんじゃないか? 猿どもも息があれば、多少なりともそい

つから搾れるだろうしな」

「ああ!? 何勝手に独り占めしてんだよ!? 足りねえって言ってるのはお互い解ってる

とこだろうが! そんなの許したら、徒党組んでる意味も糞もねえだろうがよ!」

「うるせえなあ……。なら連れ戻して来いよ。あんまり長居してると、猿どもの援軍が来ち

まうぞ?」

「それはそれで、また回収できる機会チャンスが増えるがな」

「……んだよ。てめぇらもてめぇらで……! そんなんだから、抜け駆けが──」

「はいはい、分かった分かった。なら私が見てくるわ。引っ張ってくればいいんでしょ?」

 募る苛々も手伝い、にわかに一触即発になりかける面々。だがそんなやり取りを、他でも

ない梓及びクユーが割って入って止めた。任せた、了解といった応答すら待たずにひょいっ

と立ち上がり、気だるげな足取りのまま歩き出す。皆が視線を遣る中、懐から“化石”を取

り出し、静かに力を込める。

「──投影開始スキャン


 自らに蓄積された大地の力、エネルギーを相棒に使わせるべく、梓は自らの身体を彼女に

貸し与えた。“化石”を中心に青白い二重螺旋の光が梓を包み、瞬く間に肉体は硬質の外殻

に覆われてゆく。そして次の瞬間には、大きく皮膜を広げた黄色の翼竜型の亜人──クユー

本来の姿へとこれを突き破るように変身を遂げて、単身大空へと舞い上がる。

(恐竜みたいな姿形をしても、知性を持ったらあんなものか……。あれじゃあ人間と大して

変わらないわね……)

 幻滅からの、自らの望みが思ったほど叶いそうにないという失望。梓はクユーに身体の主

導権を渡しながらも、そんなモヤモヤとした気持ちを抱えていた。一団の仲間達を隔ててい

たビル数棟を軽々と越え、眼下に映る光景をクユーが報せる。

「梓。彼らがいましたよ」

「ただ……もう頭数に加え直すのは難しそうです」

 はたして、そこには見知らぬ第三者達が居たのだった。生真面目そうな人間の青年と、こ

れにギャンギャンと噛み付いている乱暴な少年。いや──あれは、自分達と“同じ”か。

「何なんだよ、お前は? こいつらは俺の遊び相手えものだったんだ。邪魔すんなよ」

「それは私達の台詞だ。どうやら君達も、こちらと同じような共闘関係のようだが……まる

でなっていない。君は武人としての美徳はないのか!?」

「ビトクぅ? 何だそれ、旨いのか……?」

 恭一と龍之介、もといトトスとカブローだった。どうやらそれぞれが件の襲撃発生を嗅ぎ

付け、現場にやって来たらしい。碧色の瞳と赤い瞳。共に相棒の身体を借りて、場に残って

いた一団を叩きのめしたようだが……少なくとも仲良しこよしではない。お互いに要らぬ価

値観を押し付けられ、ギャーギャーと言い争っている。

『あれって……私とクユーみたいな、完全に乗り移られてない奴ら?』

「だと思われます。共に、二つのエネルギーが併存しているのが確認できますから。どうし

ますか? 一旦彼らと、接触を試みますか?」

『片方はともかく、もう片方はやるだけ無駄そうにも思えるけど……。少なくとも、うちの

面子をやられてるんだもの。戦わない選択肢はないんじゃない?』

 了解──。ばさりと大きく両腕の皮膜をはばたかせ、クユーはゆっくりと二人の下へと着

陸していった。瓦礫の山の上に降り立ち、二人を見下ろせる位置に陣取る。これには、流石

のトトスとカブローも同時に口論を止めた。横並びに揃って、警戒心全開で身構える。

「……貴方達ですか。彼らを戦闘不能にしてくださったのは」

「誰だ、てめえ?」

「こいつらの仲間、か……。だから言ったんだ。そんな騒がしい戦い方をしていれば、すぐ

援軍が来るぞと。やはり各個撃破のチャンスがふいになったじゃないか」

 彼女達、クユー及び梓が“敵”であることは、彼らにもすぐ伝わったようだった。辺りに

は、はぐれていた面々が人間に憑依したままの姿で伸びており、トトスがごちる通り強襲を

掛けられたのだろう。少なくとも、並の戦士階級の力ではないとみえる。

「おいおい……。これは一体……!?」

「別のグループか、或いは。どうやら“裏切り者”が二人、迷い込んできたらしいな。こい

つらも情けねえ。本気を出す前に潰されやがって……」

 ただ状況は、傍から見ればトトス・カブロー両名にとっては着実に不利に転じてつつあっ

た。先行させたクユーを追い、姿を見せた他の仲間達が、次々と目の前の状況を見てめいめ

いに義憤。人間への憑依態から、一挙に青白い二重螺旋の光と外殻を破り、本来の各種恐竜

亜人の姿へと変身していったのである。

『──』

 クユー及び梓は黙っていた。隣や周囲に陣取る面々を横目に、さてどれだけ加勢したもの

かと先ずは様子見。なりゆきを見守る構えだった。トトスとカブロー、或いは肉体を貸して

いる恭一と龍之介も、ここは応戦する他ないと判断したらしい。

「仕方ねえなあ……。おい、お前。手ぇ貸せ」

「指図するな。お前こそ、私の足を引っ張るんじゃないぞ」

 投影開始スキャン

 そうして二人は、ほぼ同時に懐から“化石”を──それぞれの本体を取り出し、クユー達

と同様に本来の姿へと変身したのだった。青白い二重螺旋の光、一旦全身を覆う硬質の外殻

を突き破り、それぞれ三角竜と顎竜の亜人──淡緑の装甲と盾・突撃槍ランス装備に身を固めた戦

士と、赤いモヒカン姿のパンクファッションに姿を変えた。不敵に笑う口元からは、鋸のよ

うな犬歯。大きく発達した両脚には、ゴツゴツとした具足レガースが装着されている。

『……』

 睨み合う両者。相棒から受け継ぐ憎しみの眼差しや、カブロー自身の好戦的な笑み。人々

を守り、仇を討つという大義と“面白そうな文明”を壊させることは惜しいという、極めて

個人的な動機だったが……二人の利害はこの時奇妙なまでに一致していた。

「行くぞっ!」

「オラァ!」

 均衡が破れ、互いに攻撃の為飛び出す。

 クユー及び所属する“竜人”側の一団も、これに負けじと一斉に飛び上がり──。

                                      (了)

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