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週刊三題 二冊目  作者: 長岡壱月
Train-138.May 2024
186/285

(1) 真四角

【お題】携帯、雷、遊び

「お~い、こっちこっち~!」

 その日の夕暮れ過ぎ。角田は予定していた講義を終えたその足で、飲み屋街の一角にある

飲食店の暖簾を潜っていた。紺の前掛けエプロンを着けた店員に、待ち合わせなのだと話し

ていた矢先、当の本人──同じ大学の友人・丸井が奥のテーブル席からこちらに手を振って

呼び掛けてくる。

「……よう」

「おう。悪ぃな、すぐ気付けば良かったんだが」

「構わねえよ。っていうか、そう気を回すぐらいなら、あんなデカい声出すな。周りにめっ

ちゃ見られたろうが」

 畳敷きで嵩増しされた床に胡坐を掻いたまま、丸井はヘラヘラと気安く笑って言う。角田

は努めてというか、普段通りの仏頂面を崩さなかった。先程の店員に断って、彼の向かいへ

と上がって座る。少し刺さっていた、他の客達からの視線も、数拍もすれば誰からともなく

外されて感じなくなった。

「……」

 ちらりと、この友の手元を見る。

 そこには横向きにされた彼のスマホ──ゲームを起動した状態の画面が、気持ち横に除け

られた状態で置かれていた。先程の台詞の通り、自分を待つまでの間、ソシャゲをやってい

たのだろう。大方自分が店員とやり取りしているのを聞いて、ようやくこちらが到着したと

気付いたといったところか。

「お前、暇さえあればそのゲームやってるよな」

「ん? ああ。“グレイス・テイル”な。面白いぞ? お前もやってみるか?」

「……遠慮しとく。正直その手のは、どうも食指が動かなくてな」

 だからか、角田がふいっとそう何となしに振った話題を、丸井はニコニコと嬉しそうに笑

って受け取っていた。自分のスマホの画面を見せて、これまで何度かそうしたように、この

友人を“沼”へと誘おうとする。

 しかし角田の返答は、いつも決まって同じだった。少なくとも彼が丸井と出会った高校生

の頃から、彼はこの手の遊戯を避けたがる傾向にある。

「う~ん……。お前は昔っから食わず嫌いなんだよ。一回騙されたと思ってやってみろよ。

寧ろそういう奴ほど、一回嵌まったら堕ち幅が凄いんだぜ?」

「堕ち言うな。……だからこそだよ。自衛というか、分かってるから意識して避けてるって

節はある。実際そうやってお前が勧めてきたタイトル、今までいくつ無くなった?」

 話の途中、店員が注文を訊きに来たため、一旦二人はメニュー表を引っ張り出して今夜の

食事をそれぞれ指定する。ライスとしじみ汁、生ビールと肴を幾つか。店員が一礼をして厨

房の方へ戻ってゆくのを見届けてから、角田はメニュー表をテーブル横のホルダーにしまい

直して小さな嘆息を吐いた。お冷を一口・二口飲んでから、丸井は「ふ~む……」と若干真

面目な眼差しでこの友を見つつ言う。

「そりゃあ、まあ……サ終になったタイトルも多いけどさ? 今時、いつまでも同じサービ

スを維持し続けるってのは厳しいっしょ? 買い切りだって必ずエンディングはある。それ

がシナリオ云々じゃなく売り上げ動向とかに変わっただけで、大した違いはねえと思うんだ

がなあ……」

「言いたいことは分かる。これは単に、個々の感じ方の問題だ。俺はどうしても、時間と愛

着が籠もって育てたキャラが、ある日突然なかったことになるのがな……」

「あ~ね? 一見すると、お前の方がそういう“情”とは無縁そうなんだが、意外なことに

ねえ」

「昔からプレイスタイルがそんな感じだったからだろうな。ガキの頃はそこまで頻繁に買え

たモンでもなかったし。俺も寧ろ、お前がホイホイとタイトルを変えても苦になっていない

のが最初不思議だった。あれだけ誰それは俺の嫁! とか言っておきながら、無くなったら

すぐ別のキャラに気が移ってるしな」

「ま、二次元はあくまで二次元だしなあ……。お前からすりゃあ薄情に見えるかもしれねえ

が、流行り廃りは何もソシャゲが出てくる前からのことだし……。割とその辺は、場数を踏

んできた分、割り切ってるのかもしんねえな。まだ俺は愛のある方だと思うぜ? マジモン

の廃プレイヤーにもなりゃあ、キャラよりも性能で選抜するだろ」

「それもそれで、極端だがな……」

 言いながら丸井は、既に件のゲームをプレイ再開し始めていた。

 画面の中で、ファンタジー風の格好をした女の子達が、魔物の群れをド派手なエフェクト

と共に薙ぎ倒してゆく。流石に店の中というのもあり、音は聞こえない。片耳につけた無線

イヤホンで自身にのみ届くようにしてある。

 角田も時折お冷を口にしながら、注文した料理や酒が届く合間の時間を過ごした。この手

の話題は今までも何度か交わしたことがあったが、いずれも互いの価値観を押し付け合うと

いった真似はしなかった。押し付け合ったところで不毛だし、今までの緩やかな関係性にヒ

ビが入ってしまう。……そこまでして、結論を出したい話でもなかった。

 ただまあ、正直を言えばモヤモヤとはする。自身、その基本的なスタイルが丸井のように

推しを愛でることよりも、シナリオを始めとした世界観を味わうことが第一にあるからなの

だとは理解していた。だからこそ、その最中を“外側”の都合でブツンと切られうることに

強い抵抗感があるのだろう。何なら本編クリア後も、気に入ったタイトルならば延々彷徨っ

てもいいぐらいだ。

「ま、無理強いはしねえよ。ただお前みたいな感受性なら、シナリオの良いタイトルも色々

勧めたいなあとは思ってるからさ……。難しい問題だけどな」

 カチカチ。画面上を都度タップしてゲーム内を進行させながら、丸井は言う。少なくとも

一人の友人として、同好の士を増やしたいという思いに偽りはないのだろう。

「思うにお前は、そういうとこが守りっていうか、保守的なのかもなあ。お節介かもしれね

えが、もうちっと“挑戦”してみても良いんじゃねえか? 真面目に講義を受けるだけじゃ

なくってさ?」

「……試験前に泣きついてきて、他人のノートを借りて凌いだ人間に言われてもなあ」

「うっ。だ、だから今日、約束通り飯奢ってんだろうが! 細かいこと言うな。折角、ちょ

っと真面目に話そうとしていた矢先に……」

 ぶつぶつ。

 若干ジト目でこちらを見返す角田に、丸井はそうばつが悪そうに捲し立てていた。コホン

と一旦わざとらしく、軽く咳払いをしてみせ、画面からチラリと視線を向け直して言う。

「角田、逆に考えてみようや。どのタイトルもいずれはサ終が来る。だったらそれまでの間

に、思う存分その世界を堪能しよう、ってな。終わりが決まってるからこそ、輝くモンがあ

ると俺は思うぜ? 眉間に皺を寄せて遠ざけるより、一緒になって馬鹿やって笑ってた方が

絶対楽しいって」

「──」

 いわゆる有終の美という奴か。角田は黙っていた。

 おそらくこいつは、目の前の友人は、そこまで深くは考えていないのだろうが……。彼は

静かに目を細める。カチカチ。丸井の握る両手の向こう、スマホ画面に映し出されている目

下プレイ中のゲームは、確かに今現在進行形で“終わりに向かっている別世界”であるのか

もしれない……。

「お待たせしました~。ご注文の生中とライス大盛、しじみ汁です~」

「! ああ、ありがとうございます」

「残りの品は、他の者がすぐお持ちしますので~」

「どうも」

「よ~し。じゃあ早速、パーッと行くか!」

「……今日はお前の奢りだもんな。すみませ~ん」

「あっ、おい角田! 初っ端から注文増やすんじゃ──おい、止めっ、止めてぇぇー!?」


 結局暫くぶりの夕食兼飲みは、夜遅くまで続いた。最初こそ互いに肴を摘まみながら、あ

れこれと話題の尽きない楽しい一時だったが、終盤にもなると丸井がすっかり酔い潰れてし

まい、角田は彼が起き上がれるぐらい回復するまで店に留まらざるを得なくなっていた。よ

うやくこの友を引っ張り出し、肩を貸して軒へと出ると、夜空は大分その星々を隠して暗く

重くなっている。

「ありがとうございました~」

「ごちそうさまです。ご迷惑、お掛けしました」

 一応ベロベロの本人に断って、彼に代わって会計を済ませる。店の人達にもそう丁寧に頭

を下げて通りに出ると、辺りはすっかり夜更けのそれへと姿を変えていた。人気も日没頃に

比べて大きく減り、偶にタクシーやら個人の車が中央の道を通り過ぎてゆく程度。

「……丸井、大丈夫か? 帰れるか?」

「ダイジョーブ、ダイジョーブ。これぐらひ、何時ものことだからあ……」

 幸い、この辺りは街の中心部なので明かりに困ることはない。角田はずるりと、自分の肩

から離れた丸井へ不安げに問うたが、当の本人は酔いの心地良さでいっぱいのようだった。

本当にか? 正直信用していいものかと思ったが、実際ふらふらとしながらも自宅アパート

の方角へ歩き出している彼を見送って、角田は一旦別れることにした。時間も遅い。自分も

あんまり悠長に留まっていれば、明日の講義やバイトに支障を来たす恐れがある。

「──あ、いたいた。お客さ~ん!」

 ちょうど、そんな時だったのである。丸井の姿が通りの向こうへ消えてしまった頃、一人

歩き出そうとした角田の下へ、前掛けエプロン姿の男性が一人駆けてくる。先程、丸井と共

に飲んでいた店の店員だった。呼び止められて振り返った彼に、この店員がはあはあと肩で

息をしながら追いつく。

「す、すみません。お二人の居た席にこれが残っていまして……。どちらかの忘れ物かと」

 言われて差し出されたそれを見て、角田はギョッとする。

 店員が手にしていたのは、一台のスマホだった。……間違いない、丸井のだ。べろんべろ

んに酔い過ぎて、自身の貴重品すら意識から飛んでいたか。

「あ~、そうですね。連れのスマホです。すみません、わざわざ。自分から渡しておきます

ので、店主さんにも宜しくお伝えください」

「そっ、そうですか……。ではお願いします……」

 店側の責任とどやされるリスクが大きく減ったからだろうか。この店員は息を荒げながら

も、角田からそう貰った返事に、正直ホッとしたという表情を浮かべていた。少なくとも件

の客達を見失わずに済んだからか。

 今度はこの店員の男性に頭を下げ、店の方角へと戻ってゆくのを見送った後、角田は数拍

その場に立ち尽くしつつ大きな溜息を吐いた。もう少し早く、彼が追い付いて来てくれてい

れば──思ったが、それは流石に押し付けがましいが過ぎるか。親切に気付き、持って来て

くれただけ、ありがたいと思わなければ。

(はあ、全く……。丸井の奴め、何が大丈夫だ)

 こうなれば仕方がない。角田は既に通りの向こうへ消えた友を追い、アパートへスマホを

届けてやることにした。明日以降キャンパスで会う可能性もあるにはあるが、一晩でも手元

に無いというのは不便だろう。角田としても友人とはいえ、他人の個人情報の塊を持ち歩き

続けるのはあまり精神衛生上宜しくはなかった。場所は分かっているので、多少遠回りにな

ってでも渡してしまいたい。

(……それにしても。大分空模様が怪しくなってきたな)

 店を出た時から勘付いてはいたが、夜更けに見上げた空は曇天。暗がりで正確な度合いは

分からないが、星が見えないぐらいにガッツリ曇ってはいるのだろう。

 確か今朝の天気予報では、崩れるのは明後日の午前からだと聞いていたが……。あくまで

予測は予測。条件によっては大きくズレ込むことぐらい、まあ無くもないのだろうが。

「む? 拙い……。このままじゃあ降られるぞ……」

 急ごう。

 勿論、角田は丸井に追い付くべく足を早めてはいたが、それでも天気は気紛れ。自身も酔

いで体幹が十全でないことも手伝って、空模様の変化するスピードにその早足は追い付けな

くなっていた。時折ぽつ、ぽつと僅かな水滴を感じる。加えて遥か上空からは、ゴロゴロと

雷の気配まで聞こえてくる始末だ。

(俺もあいつも、今夜は傘なんて持って来てないぞ。途中でずぶ濡れになって倒れてたりし

ないだろうな……?)

 しかし他人の事を心配するよりも、角田は己の身を案じるべきだったのだ。遥か頭上の曇

天の中で、段々と間隔が短くなってゆく雷鳴。

 次の瞬間だった。上がる湿度と焦る早足の中、よりにもよってその奔流は他でもない角田

自身へと落ちてきたのである。

「ぐぁぁぁぁぁぁぁーッ!?」

 死んだ。何かに撃ち抜かれたような感触が全身を駆けた後、角田は己の身体がぐらりと後

ろへ倒れてゆくのを自覚した。よりにもよって、こんな夜に……。これまでの人生、先刻ま

での友との語らいを悔いたが、最早それは叶わぬ願いだと思った。

 どうっと、濡れ始めたアスファルトへ倒れる。

 チカチカと視野いっぱいに走っていた閃光。きっと自分の意識も、このまま遠退き──。

「──てください。起きてください。主殿マスター

「!?」

 なのにだ。数拍して、角田は更なる異常に気付く。

 死んでいない。前後関係からして、自分は間違いなく雷に打たれたのだと思ったのに、何

故か意識は一向に吹き飛ばず、加えて誰かからしきりに呼び掛けられる声がする。幻聴? 

それとも自分は、想定していた喪失なにかも吹っ飛ばして、あの世へと直行してしまったのか。

「……」

 妙だなと思った。あの世、天国或いは地獄とは、こうも見慣れた景色だったか? ハッと

我に返って半身を起こし、辺りを見渡すと、そこは丸井と別れた時と変わらない何時もの街

の風景。夜更けの姿。そこへ更に、目の前で自分を見下ろし、心配そうに声を掛けて来てい

る人物の姿がある。

 まるで中世ファンタジー世界のような、騎士甲冑を身に纏い、幅広の剣を腰に下げた金髪

の美少女。そう、確か丸井が最近プレイしていた、スマホゲームに登場するキャラクターと

瓜二つ──。

「グッ!?」

「はい。私の名はグレイス、召喚に応じ参上致しました。改めてお伺いします。貴方が私の

主殿マスターでしょうか?」

 故に角田は、思いっきり仰け反って息を吐く。殆ど言葉にならない開口一番だった。

 対してこちらを見下ろしていた騎士甲冑の美少女、ゲーム“グレイス・テイル”の看板と

も言えるキャラクター・グレイスは、恭しく目の前に片膝を突いて訊ねてきた。何時ぞやの

画面で見た、スマホ上の描画とは明らかに違う麗しさ……。

(は? 俺は夢を見ているのか? 何でゲームのキャラクターが俺に直接話し掛けて来てい

るんだ? マスター? まるでゲームの導入チュートリアルじゃないか。まさか天国ってのは、実はそうい

う……?)

 ちらり。頭の中で、次々に沸いては駆け抜けてくる疑問に苛まれながらも、角田は倒れた

際に手にしていたスマホを見遣った。自身の服装もそうだが、おそらくは先程の落雷に撃た

れたせいで、大分焦げてしまっている。降り始めた雨足も加わって、きっと今の自分は酷く

汚れてしまっているのだろう。

「ば──」

「バ?」

「馬っ鹿野郎! 何でこんな演出まねするんだよ!? 俺はプレイヤーじゃないし、そもそもこ

のスマホは丸井の物なんだぞ!?」

「えっ? あの……」

「あ~あ、どうするんだよ……。確かに忘れて帰ったのはあいつの落ち度でも、雷で駄目に

しちまったのは俺だしなあ。それにお前、あれだけあいつが熱心に遊んでたのに、マスター

すら分からんとは何事だ! 大体あいつは、終わると分かっているゲームでも全力で遊ぶよ

うな奴なんだぞ!? 勝手に出てくるんじゃねえよ! 二次元は二次元の中に居ろ!」

「えぇ……」

                                      (了)

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