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週刊三題 二冊目  作者: 長岡壱月
Train-137.April 2024
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(4) esoprup

【お題】危険、赤色、室内

 思えば学生の身分の頃から、あいつは独特な感性の持ち主だった。もっと言ってしまえば

“変人”の部類だった。

「……なあ」

「うん?」

「裁判所がなくなれば、争う人間はいなくなるのかなあ」

 キャンパス前と同じ路面電車が走るルート上に、当時通っていた地域を管轄する裁判所が

在った。地裁だか高裁だか、詳しくは調べないとはっきりしない。

 しばしば俺達は練り歩いて、街の空気を目一杯に味わっていた心算でいたのだが……どう

やら友人の方は寧ろ、感傷的よりも、ふとしたことで考え込む場面が多かったらしい。

「いんや? それは話が逆だろ。元々いがみ合ってる奴同士がいて、二進も三進もいかなく

なって、何とかしてくれってぶん投げる先がああいう所だろうし。ガワを取っ払ったって、

喧嘩する奴は放っておいても喧嘩するだろ?」

 ちょうど何か公判でもあったのだろう。

 あの日、裁判所の前には、昼間から傍聴の席取りに並ぶ連中がそこそこいたなと俺も記憶

に残っている。ただぼんやりだ。今の今まで、ずっと以降の日常生活で気にしたこともなか

った。他人事だと忘れていた。

 ただあいつが……言ってしまえば、他人の争い事に首を突っ込んでる象徴を目の当たりに

して、思う所があったのかもしれない。俺はその時、深くは考えずにそう返していた。そう

投げつけられた現実ことばを、あいつはじっと、裁判所とそこに並ぶ人々の列を見つめたまま聞い

ていたんだ。

「……うん。でも僕は厭だな。どうして皆、ああして──」


 大人になるということは、色々な事柄に対して妥協してゆくことだ。相手ではなく自分を

切って、小さなものと捉える。勿論、そうせずに巧く通して成功する奴もいるにはいるんだ

ろうけど、殆どの人間はそうやって学び直さなきゃならない。社会に出る前後で、ルーキー

というのは念入りに再教育たたきのめされるものなんだ。

 そういう意味で、あいつは多分、耐えられなかったんじゃないか? と思った。不器用と

いうか、一見大人しそうに見えて、根っこの性格は大分我が強いんだと思う。無駄に拘りや

ら理想が強くって、先に走ってばかりで、要らぬ損ばかり背負い込んでるきらいがあった。


 ……大学を出た後、俺達の進路はてんでバラバラだった。卒業後、何処で何をしているか

も分からない。あれだけ他の連れとも飲んだり、騒いだりしたってのに、物理的な共通点が

無くなればてんで疎遠になる。自分の意思で、能動的に繋ぎ止めようとしなければ──続か

せる労力を惜しまなければ、人は簡単に去ってしまう。

 それは別に、俺とあいつだけの話じゃない。世の中の殆どの人間が、青二才と呼ばれる時

分から少しずつ進んでゆく変化だと俺は捉えている。……取り戻すことも諦めて、自分に言

い聞かせてきただけ、とも言う。


 二つ三つ、職場を転々とする内に、世の中の毛色は随分と変わったように見える。何を?

と具体的に挙げたところでキリが無いというか、全体的にきな臭くなる一方というか……。

 いや、実際にはもっと昔、それこそ俺達が学生だった頃にもその兆しなり出来事は散見さ

れていたのだと思われる。ただ当時の自分が、それらに対して碌に興味を示していなかった

だけだ。完全に意識の外にあった──束の間の自由を謳歌することに全力を注いでいた。尤

もそうした傾向というか国民性は、今の俺達世代だろうが若者世代だろうが、大して変わっ

ちゃあいないんだろうが……。


 ***


「──無暗に撃って顔を出すな! 防御しろ! 相手の打ち止めを狙うんだ!」

 あれから何年、十何年の歳月が経ったのか。

 俺はひょんなことから、当局の治安部隊の隊員として働いている。職業柄、一般の人間に

は縁遠い武力沙汰も珍しくなく、この日も上層部からの司令でとある過激派集団の拠点に攻

め入っていた。

 体裁としては、何某の違反行為についてガサを──まあこっちも完全武装で警戒しての出

動だし、相手さんも相手さんらですんなり通してくれる訳でもない。当然のように激しい抵

抗に遭って、とうとう銃撃戦にまで発展する。

 本当、随分血の気の多い連中だ。そりゃあ当局からマークされるようにもなるわな。

「チッ……。奴さんら、バカスカ狂ったように撃ちやがって……。上に文句言わなきゃな。

現在進行形で、あんたらの欲しがってた物証が消費されてつかわれてゆくぞって」

「囲んでるとはいえ、正面から行けばそりゃあ、な……。にしてもどうする? ずっと盾の

後ろに隠れてる訳にもいかないぞ?」

 元々反権力的な革命思想の連中ということもあって、俺達がやって来たのを見つけた時点

で、すっかり頭の中では闘争モードに入っているらしい。立て籠もった件の拠点、郊外の廃

ビルの上階窓から、メンバーと思しき面子による乱射攻撃がさっきからずっと続けている。

隊長はあくまで双方に犠牲者が出ないことを優先し、防御を固めて相手の弾切れを待つ判断

をしたようだが……正直俺達は、じれったい心地が勝っていた。どれだけ治安が、この手の

勢力が跋扈するようになっても、この国のお偉いさんはまだ穏当に物事が片付く筈だと夢想

しているらしい。

「お? 止んだか?」

「みたいだな。奴さんらが、わたわた補充してる」

 そうして金属製の防護盾シールドを並べ、急ごしらえの塹壕に籠っていること暫し、ふいっと相手

側からの乱射攻勢が止んだ。隊長や、俺達もそれぞれ盾の縁から廃ビル上階の様子を確認し、

今がチャンスだと判断した。「総員、突入!」号令と共に、機銃を抱えて四方八方から内

部へと駆け出してゆく。


 正直、金払いが良い訳ではなかった。

 ただここなら比較的、手っ取り早く“一角の人間”になれる気がした。訓練や研修は相変

わらずキツいメニューばかりだが、それでも何とか続けている辺り、じっと座って事務仕事

などをしているよりは性に合っていたのだろう。


 大人になるにつれ、諦めざるを得なかった青二才特有の万能感。きっと何者かになれる筈

だという、根拠のない無駄になった自信。

 とうにそんなものは再教育たたきのめされ、遠くに置いてきた心算だったのだが……いつしかこの組

織・この場所であわよくばと求めるようになってしまった。

 銃弾や怒号が飛び交う現場、小規模とはいえ武装勢力が抵抗する廃ビルの中。可能な限り

会敵したメンバーは殺さず捕えろとの指示だったが、実際それは難しかった。少なくとも、

こちらはその心算でも相手は本気で潰しにくる。残る弾薬と銃器での直接殴打、或いは意地

だけで、複数の進入路から突入してきた隊員おれ達を文字通り死に物狂いで仕留めようと襲い掛

かってくるのだから。

 仕方ねえよな──。

 覆面もして人相も判らないし、こういう段階になってくると流石に慣れが勝ってくる。余

分な感情は支障を来すだけだとスイッチを入れ、俺達は淡々と会敵したメンバーを順次処理

していった。中には明確に直接、その何人かを撃ち殺していた仲間もいた。どうせ碌な目に

は……。考えてそれは独善だと首を横に振る。そこまで、こいつらを“裁く”ことまで年頭

に入れてしまったら、はたしてこの武力はこいつらと何が違うのか。

「隊長! 制圧完了しました!」

『こちら東ルート、同じく構成員と思しき人物は全員確保済みです!』

「了解。よくやった。だがまだ、隙を狙って隠れている者がいるかもしれん。各班、慎重に

確認クリアー後、容疑者らを搬送開始せよ」

了解ラジャ!」『了解ラジャ!』

 突入以降の交戦は、そこまで長引くことはなかった。元々数の上でも相手は劣勢であり、

半ば奇襲のような形でこちらと相対する他ない状況だったからだ。無線を通して他ルートの

隊員達からも次々と報告が入り、隊長が撤収前の準備を指示する。俺達も、周囲に転がって

いるメンバーらの下へと歩み寄った。覆面と迷彩服の彼らは、既に死んでいたりまだ息はあ

るが負傷している者だったりする。

(ん……?)

 ちょうど、そんな時だったんだ。俺がその内の一人、交戦中に事切れてしまったと思しき

メンバーの一人から覆面を剥ぎ取った際、見たものは。

「……浅田?」

 お互い、もう何年も会っていない。背格好や人相も変わっているだろうし、すぐにはそれ

と判らなかったかもしれない。だが俺は覆面の下、半開きになったまま濁った目をしてピク

リとも動かなくなったこのメンバーを見て、ほぼ直感のようにあいつだと認識していた。

 誰よりも不器用で、他人びとの美醜こもごもに敏感だった、学生時代の友人……。

「? どうした?」

「い、いえ……。何でもありません……」

 隊長以下、他の仲間達はそれぞれに始末し終わったメンバーを回収して、外に連れ出す支

度を進めていた。俺の足元、他の面子のそれにもどろりと、赤黒く飛び散った汚れがコンク

リートの床に染みている。一部負傷しながらも生き残った者を除き、つい先程まで命だった

ものが転がっている。

(……馬鹿野郎。何でお前が、こんな所にいるんだよ?)

 あれだけ他人事でさえ争いを、法廷すら見たくないと言ってた奴が。

                                      (了)

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