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週刊三題 二冊目  作者: 長岡壱月
Train-136.March 2024
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(5) 嗟尽渦

【お題】砂漠、人間、生贄

 ──嗚呼、じっと観てはいけないよ?

 あれは私達には救えない者達だ。間違っても手ずから、掬おうとしてはならぬ。


 彼らはとうに狂っているし、壊れている。いや……始めから如何しようもなく歪みを抱え

て生まれてきたのかもしれない。何よりそのことに自覚してきづいていないのが一番厄介なのだよ。


 あれにはぽっかりと昏い穴が開いている。

 あれは常にカラカラに乾き切っている。

 故にいつ如何なる時も、満たされることはない。願いが叶うことはない。取り込もうとす

る度にその穴から悉く零れ落ち、乾涸び過ぎた身体は、その充実うるおいを保つことさえ出来ないか

らだ。

 ……聞こえるだろう? 彼らの喘ぎ、苦しむ声が。

 嗚呼、見てはならぬ。目を合わせるべきではないよ。

 とにかくあれは欲している。己の空虚さを識らず、認めず、それでいて尚“穴”を埋めよ

うとすることに対しては異常なまでに貪欲なのだ。

 ……そうだ。救われぬ者達だ。救おうとしてはならぬ者達だ。

 さもなければ、あれの次の標的は他でもないお前になるのだから。群がれて、押し倒され

て、大切なものを失いたくないのなら関わらないことだ。それが一番だ。


 どうして? 可哀相とは思わないのか、だって?


 そうか……。お前はまだ優しいのだな。それとも一度、痛い目に遭ってみないと学べない

と自己紹介をしたいのか。出来ればその優しさのまま、彼らと関わり合いになることなく、

生涯を終えて欲しいと思うのだが……。


 念を押しておこう。あれをじっと観てはいけない。間違っても“自分”が手を伸ばそうと

してはいけない。これは警告だ。こういう時、年寄りの言葉は素直に聞くものだぞ? 仮に

今はまだ解らなくとも、いずれ厭でも被る瞬間ときが来る。そんな経験を、後に続く者達にさせ

たくはないのだがな……。まあ、この言い分も今は解らないか。


 振り返ってはならぬ。こちらを見たまま聞いていなさい。

 先程から聴こえているあれの声が、方々で生じているだろう? あれは彼らが、己の飢え

を凌ぐ為に獲物を探し求めて彷徨っている音だ。荒地を擦る足音、渇いた風、壊れた機械の

ように繰り返し絞り出している声。だが先程も教えた通り、あれには決してその飢えを──

渇望かわきを満たすことは叶わぬ。根本的にあれの取る行動は一時凌ぎに過ぎず、何の前進にもな

っていない。只々貪り、しかし碌に血肉へとすら換えられぬ業であるからだ。


 あれは輝きを求める。昏い己を認められず、存在感に満ちた誰かの傍に寄りたがる。

 あれは一方で憎んでいる。こと寄りかかった誰かが己を拒んだり、或いは碌に満たされぬ

という不満を相手に擦り付けたりと、その末に凶暴性を発揮する例が殆どだからだ。

 ……そもそもとして、あれに他人を思いやるという発想は無い。あくまで根っこにあるの

は、如何にその者が己の渇望かわきを満たしてくれるかどうか? なのだろう。だから時に神輿で

も担ぐように押し寄せもするし、かと思えば一転してその者を叩き落すことに躍起となる──

小さな粗であろうとも許さず、巨大なそれだと泣き叫び、詰る。


 裏切者などという言葉は、寧ろあれを指す以外に適任はなかろうに。

 いや、あれに始めから“味方”であった心算など無いのだろう。衝動のままに、目に付い

たから。ただそれだけで、あれは節操なしに輝く誰かに群がる。群がって……いずれその者

ごと圧し折り、無茶苦茶にする。

 それでいて、あれ自体はしぶとく生き残るのだ。

 先程まで寄りかかっていた相手のわざも、誇りもゴミのように捨て置いて、再び自身の渇き

を満たしてくれる誰かを探して彷徨い出す……。まこと、邪悪を具現化したような存在よ。


 ……聞こえるか? ボタボタと、その虚ろから盛大に零れ落ちる潤いの音が。

 本当ならば手ずから見出し、少なくとも他人から奪ってまで掻き集めるべきではないそれ

を、あれは最早習性のように喰らっている。その穴から零し、その乾涸びた身体では受け止

められないにも拘らず、ずっとずっと我々共通の宝でもあるそれを無駄にし続けている。薄

汚れた毒に変えては撒き散らしている。……自身に、その自覚が無くともな。


 嗚呼──そうだな。だからこそ、本当に手を差し伸べるべきは、寧ろあれに群がられてし

まった者達の方なのだ。あれによる搾取から掬い上げ、救い出し、皆にとっての良き潤いと

して続いて欲しい。その輝きを一刻でも長く保って欲しかった。

 ただ、それをやろうとすれば、必然的にあれと退治せざるを得なくなる。言ってしまえば

皆、自分が可愛いのだよ。あれの暴虐ぶりには、正直思う所は山ほどあるが……踏み込み過

ぎれば確実に巻き添えを食らう。どうせ半端に共倒れし、こちらも壊されてしまうのなら、

始めから関わらない方が身の為だと言いたかったのだよ……。ああ。どちらにせよ、誰かが

やらなければ、この荒野じごくは終わらない。だがその為に、自分一人が人柱になっても構わない

か? と、問われると──。


 ……。


 だったら同罪いっしょ、か。お前と私、青さの違いがここまでとは正直思わなかったぞ? 私に

って如何する? その衝動に、一体何の意味がある?

 どれだけお前が目の前の景色を理不尽だと思っても、何も返って来はしない。少なくとも

払うばかり大きくて、払ってもらえるものは皆無だろう。それでも尚、突き進む者達だけが

今、あれやあれに苛まれる者達と立ち向かっている。助けようと手を差し伸べている。

 それでも……その道半ばで折れてしまう、降りてしまう者はどれだけ多いか。翻って彼・

彼女もまた憎しみを振りまく一人になってしまえば、それこそ元も子もなくなる──傍観者

気取りとの自覚はあっても、私はそう思うのだよ。


 だから“私達には救えない”者達だと言った。“掬い上げる”べきではないとも。

 それは何も……蔓延るあれを突き放す為ではない。他でもない同胞を、犠牲者をこれ以上

出したくないという願いだ。私個人の、いち経験であり警句だ。我が儘だと呼ぶのなら……

それも結構。

 まったく、まるで笑えない冗談よ。

 根本的にどうにか──救わなければならない者ほど、救いたくない様相かおをしているという

現実って奴は。


 ……。


 ほう? 私がそんな状況を愉しんでいるようにも見える、と? 益々敵対してきたな。今

し方、その義憤しょうどうの益体無さを開帳した心算だったのだが……残念だ。

 矛先を向けるべきは、現在進行形で害悪を振り撒いているあれだろう? お前にまだ、そ

の良くも悪くも若いエネルギーが残っているのなら、注ぐべき対象は選ぶべきだ。お前のそ

れが正しければ或いは、少しは違った未来が見られるのかもしれないな。


 ただ私は、個人としては……もう諦めてしまっている。それは事実だ。歳月と、あれのも

たらす繰り返しを観続け、疲れてしまったのだろうな。

 礼賛し、掌を返して貶め、いやそもそも、始めから害意に満ちている──彼の者の輝きを

汚すことにばかり心血を注ぐ。己の存在意義と一体化してしまった輩が湧く、湧く。

 ……私だって、人並みに義憤いかってきた心算だよ。それでも所詮は内々の、本質的にはあれ

の渇望と大差の無い衝動だと気付いた故に、止めるよう努めてきた。別段がっぷり四つでも

ないのなら、表に出す理由もなかろうなと。それが結局、彼・彼女を汚す手伝いとして、い

ち“雑音”として届いてしまうのなら……全くの不本意だろう?


 ……。


 いや、止めぬよ。最初に言った通り、こうあれこれと警句を気取ったのは、お前に似たよ

うな経験みちを辿らせない為だ。

 自ら突っ込んでゆき、何かを失っても良いのならそれも良かろう。逆に得られるものが勝

っていたのなら、僥倖と言わざるを得まい。……尤もあれと関わって、そんな積極的な意義

が見出せるとは想像し辛いが。

 要らぬ節介だったか。ふふっ、随分と嫌われてしまったらしい。


 構わんよ。行って来なさい。行って、無事で戻って来てくれるのなら、それで良い。


 あれのように、能動的に他人をセカイを壊して回る者か。或いは私のような傍観者の心算

でも、気付けば何処かで──あれもろとも、いっそ我が心を乱す輝く“超人”達ごと、緩や

かな滅びすら望む者か。

 願わくば、どちらにも靡かず闘う人のままであって欲しいものだが……難しいな。

 私が見送った若者が、またあの荒れ野の餌食になりはしないかと憂う。

                                       (了)

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