表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
週刊三題 二冊目  作者: 長岡壱月
Train-136.March 2024
179/284

(4) 竜騎士ユーゴ

【お題】竜、矛盾、プロポーズ

「よくぞ戻った、勇敢なる者達よ! かの山嶺より生きて帰った、それだけでも貴公らの名

声は広く轟くであろう!」

 その日、イルルク大公が治める領内は、ちょっとした騒ぎになっていました。長年同領の

北西に広がる険しい山地──通称“魔の山嶺”に棲む邪竜を、とある冒険者パーティーが討

ち取ったというのです。

 玉座から仰々しく語り、讃える大公及びずらり左右に控える臣下達の視線を浴びながら、

件のパーティー、大剣使いのロラン達は暫しじっと片膝を突いて畏まっています。

「……有難きお言葉。恐悦至極にございます」

「これも全て、仲間達あってこそです。誰一人欠けても、成し得なかった」

 謁見に参じたのは、リーダーの青年ロランの他に、年長である魔術師のセルゲイ。斥候の

少女アンナと、お姉さん的存在の回復役・シャルロット。

 ただ四人は、大公からの賛辞を受け取りこそせど、終始その表情は浮かないものでした。

そんな様子とセルゲイ、続くロランの言葉に、家臣の一人がふいっと思い出したように訊ね

てきます。

「そう言えば……。資料によれば、確かお主らは五人パーティーだった筈だが……。残りの

一人はどうした?」

『──』

 はたして、それこそが彼らの終始沈んだ表情の理由でした。問われ、静かに曇りが濃くな

る眼前の面々。大公や他の家臣達も、少なからず察したのでしょう。邪竜討伐に嬉々として

いた表情それがにわかに険しくなり、場はこの四人の“勇者”達の応答を待つ格好となります。

「俺達の仲間は、ユーゴは……もう」

 ロランが、唇をぎゅっと結びながら漏らした言葉。それが全てでした。家臣や玉座の間に

詰めていた兵士達、セルゲイ・アンナ・シャルロットの残るメンバーも秘して押し黙り、彼

の打ち明けた事実に有無を言わせない空気を作っているかのようです。

 曰く、分厚い鎧で身を固めた盾役のユーゴは、邪竜に止めを刺すその間際まで自分達を守

り抜いてくれたと。ロラン達が激闘を制し、ようやく駆け寄った時には、既に事切れる寸前

であったのだと。

「……そうであったか。惜しい傑物を失くしたものよ。本来ならば、偉業を成した貴公らを

招いての宴を開く心算であったが──」

「申し訳ございません。自分達はまだ、そこまで気持ちの整理が……」

「良い。日程など後へ如何様にも延ばせよう。先ずはその心と体の傷を、疲れを、しっかり

と癒すが良い。我の名で、必要なものがあれば便宜も図ろう」

「……ありがとうございます」

 大公らとしては、長年領内を脅かしていた魔物からの解放を盛大に祝いたい所でしたが、

当の功労者達がこんな様子では流石に強行は出来ません。沈痛とした空気を早々に手放した

いかのように、大公はロラン達に告げました。四人は、再度静かに頭を下げます。かくして

領内をざわつかせた大ニュースは、一方で彼らの仲間という尊い犠牲を伴って相殺──この

日の謁見を散会させたのでした。



「──如何様にも延ばせよう、か。結局宴をやるにはやるんだな。あんだけこっちが暗に止

めてくれって言ったのに」

「仕方ないわよ。大公様としても、領内外にアピール出来る絶好のチャンスだし」

「だよねえ。お偉いさんに振り回されるのは分かってたんだから、そもそも話が来た時点で

断っとけば良かったんだよ、ロラン?」

「あのなあ……。その辺の依頼人とは訳が違うんだぞ? 余所に移りゃあともかく、蹴っち

まったら、少なくとも公国内こっちで仕事なんか無くなっちまうだろ」

 しかし結論から言うと、彼らの一連の証言・態度は“演技”だったのです。

 大公の居城を出た後、ようやく緊張の糸が解けて大きな嘆息を一つ。ロランが謁見の場で

投げられた言葉を振り返ってぼやきました。シャルロットは苦笑し、アンナはわざとらしく

唇を尖らせ、両手を頭の後ろに組んでテクテクと歩いています。一応パーティーのリーダー

であるロランは事情──そもそも今回の邪竜討伐が“依頼”ではなく“命令”であることを

説こうとしましたが、その口調は半分説明を諦めた風でもあります。

「……どのみち、儂らはもうこの国に長居は出来ん。ユーゴが後は上手くやってくれていれ

ば良いのだが」

「ああ……」


 ***


 時は一月ほど前、ロラン達が大公の命を受けて邪竜に挑むことになって間もない頃。

 盾役のユーゴを含めたパーティー五人は、念入りな支度を整えた後、魔の山嶺に入って山

頂へ。件の竜が寝床にしているという連峰の上層部へと向かっていました。

「そっち行ったぞ、ロラン!」

「おう、任せとけ!」

「セルゲイ、シャル! 援護!」

「うむ」「任せて!」

 道中で襲い掛かってくる魔物達を、一行は持ち前のチームワークで次々と堅実に撃破して

ゆきました。盾役のユーゴが引き付け、ロランが攻撃を加える。その隙にセルゲイとシャル

ロットが攻撃・補助の魔法を放って決定打とし、止めを刺す。斥候のアンナは投げナイフ等

で加勢もしますが、基本は接敵の前段階での警戒が主な任務です。

 難所として知られる同山嶺も、ロラン達は油断せず攻略を進めていました。もう何度目か

の交戦、丸焦げにしたビックボアらを解体して通り道を作りながら、束の間の小休憩へと洒

落込みます。

「順調だね♪ これなら、例のドラゴンだって倒せちゃうかも?」

「おいおい……。気が早過ぎねえか? そりゃあこの辺の魔物達のレベルも、思ってたより

高くはないみてえだが……」

「そのドラゴンが存在しているからこそ、この山の危険度が高く設定されているのだろう。

実際大公からの許可証が無ければ、儂らのような流れ者は踏み入れることさえ叶わなんだ」

「そうねえ。それだけ大公様も、例の竜さんには頭を悩ませているってことかしら」

「……」

 ただその中で、一人気難しい表情かおをしている者がいました。盾役のユーゴです。黙々と、

当座の食料としてもボア肉を切っては分けつつ、仲間達があーだこーだと交わす推論や楽観

をじっと聞いていたのですが。

「妙だ」

「? 何がだ?」

「この依頼、やはりどうも俺には腑に落ちない所が多過ぎる。大公は本当に、邪竜を討伐さ

せる気があるのかどうか……」

 ロランを始めとした、パーティーの仲間達の手が止まります。一人神妙な面持ちでそう呟

いたユーゴの意図する所を、面々は最初よく解らずにいました。強いて言えば、メンバーの

中で一番経験も知識もあるセルゲイが、同じく自分達に討伐の命令が下ったことに内心疑問

を抱いていたぐらいでしょうか。

「そうじゃのう。儂らの腕を買ってくれたとしても、たった五人で攻め入れとは、まるで死

んで来いと言われてるようなものじゃ。せめて、他にも複数のパーティーを入れた上での大

規模攻略であって然るべきじゃからな」

「う~ん……。言われてみれば、まあ……」

「そもそも正規兵ではなく、俺達のような冒険者へ直々に依頼を出すというのがおかしい」

「今まで散々ボコボコにされてきたからじゃねえの? 俺達みたいな、何処の馬の骨とも知

らねえ他人なら、お偉いさん方に痛む要素はなくなるだろうし」

「強いて言うなら、依頼料ぐらいかしら?」

「……どちらにしても、ドラゴン種を相手に戦おうとするのに想定が甘過ぎる。特にこの山

に棲むという邪竜は、近隣の国々を何度も脅かしてきたと聞く。その内の一国である大公国

も、まさか知らない訳ではないだろうに」

 盾役として一行を先導、常に危険と真正面からぶつかってきたユーゴの眼差しは、遠く山

嶺の頂へと向けられていました。難しい話と小首を傾げるアンナに、そこまで詮索しなくて

もといった様子のロラン、シャルロットは微笑を湛えながらも静観気味の姿勢です。

 暫く交戦の跡に立ってた後、やがてユーゴはロラン達に向かって言いました。

「これは俺の推測なんだが……。大公は俺達が“ドラゴンに敗れて死ぬ”のを望んでいるん

じゃないだろうか?」

「は? 何でそうなるんだよ? それで一体、あのお偉方に何の利益が……?」

「そうだよ。街にいる冒険者が減れば、その分困るのは領主でしょ? はっ、まさか……!

大公も実は、ドラゴンだったってパターン!?」

「無くはないかもしれんがなあ。高位のドラゴン種は、人に化けることも可能とは云う」

「ううん……? そもそも竜さんなら、人の街の一つや二つ、その気になれば自力で壊せる

んじゃ?」

「だよなあ。それとも、上手いこと乗っ取るのが目的なのか? アンナのせいで、大公が実

はドラゴンでしたって前提で話進んでるけど」

 あたしのせい!?

 ユーゴからの問い掛けに、仲間達は益々眉を顰めます。小さなものであっても、可能性を

挙げれば、それこそキリがない──荒唐無稽な陰謀論も出る始末で、ロランは呆れた様子で

す。その際しれっと“戦犯”にされたアンナが、元気いっぱいに突っ込んでいましたが。

「……そういうことじゃない。お前ら、この山嶺と周辺の地理は分かってるか?」

「地理? ああ。麓から少し離れた所に、大公国の都があって、それから……」

「北に帝国の南端みなみはじ、西に聖王国の東端ひがしはじ?」

「後は南に森林地帯、東が国境代わりの運河じゃの」

「ああ。つまりこの“魔の山嶺”は、この国とって天然の要塞になっている」

 曰く、大公国の北西をぐるりと囲むこの山嶺は、邪竜がその棲み処としていることで隣接

する二つの大国が容易に手を出せない状況になっているのではないか? とユーゴは言うの

です。加えてセルゲイが答えたように、反対の東側には幅広の川や湿地が点在しており、こ

ちらも外敵の侵入がし辛い地形。大公国からすれば、能動的な守備は南側へ集中させれば足

りることになります。

「なのに、わざわざその抑止力じゃりゅうを排除しようとして刺激し、国内の戦える人材を折につけて

失わせている……。そう考えればはっきり言って、悪手以外の何物ではないとは思わないか?」

「抑止力……」

「なるほど。確かに、そうじゃのう」

「え? え? じゃああたし達って本当に、死んで来いって送り出されたってこと? 期待

されてた訳じゃないってこと?」

「でもユーゴ。それでは山嶺近くの集落が受けているという被害は」

「……国全体の利益の為に、本音としては必要な犠牲として見られているのかもしれない。

ただ表立ってそれは言えないこともあって、定期的に俺達のような討伐隊を選び、送り込ん

でいる。“頑張って戦っていますよ”というアピールにする……」

 ロランやアンナ、仲間達の表情が段々と青褪めていくのが、ユーゴには見て取れていまし

た。セルゲイとシャルロットは、それぞれ静かに咀嚼や迷いを示すものの、彼の推測を押し

留めるには至りません。当のユーゴ自身、その声色は終始苦々しさを多分に含んでいます。

「それはもしかすると、帝国と聖王国、山嶺を挟んで隣り合う二つの大国への牽制も兼ねて

きたのかもしれない。“こんなに恐ろしい魔物がいる。だから領内に攻め入るなんて出来る

訳がないよな?”と」

『……』

 真実のほどは分かりません。ただ自分達が置かれた状況、これまでの大公国が敷いてきた

方策を調べていたらしいユーゴの話に、ロラン達は只々呑まれるばかりだったのです。大公

からの名誉ある使命──しかしその実、意図されていたのは体の良い生贄だったのではない

か? と。

「どうすんだ? まあ、例の邪竜とやらが倒せちまえばそれに越した事はねえが」

「うう……。急に自信なくなってきた……」

「厳しい戦いになることは、確かじゃのう。元よりその心算で、準備はしてきた訳じゃが」

「そもそも生きて帰れなければ、こういう心配をする意味もないですけど……」

 ユーゴはそんな仲間達の問い掛け、ある種の覚悟一歩手前をじっと見ていました。その中

でも特に、リーダーのロランからのそれには、かねてより考えていた節さえあります。たっ

ぷりと数拍、目を細めて足元の山道を見つめた吐息。やがて改めて見上げた、山嶺の頂を瞳

に映しながら彼は言います。

「……俺だって、無駄死にしたい訳じゃない」

「ともかく先ずは、肝心の邪竜とやらに会ってみないとな」


 以降重苦しくならざるを得なかった気分・雰囲気を背負いながらも、一行は道中で妨害を

してくる魔物達を退治しながら進みました。そうして山嶺の最奥、聳える岩肌に囲まれた大

きく広い空間に出ると、ようやく本来の目的であった存在と遭遇します。

『──また凝りもせず殺されに来たのか、人間。本当に、お前達は……』

「喋った!?」

「ドラゴン種は魔物というよりは、ほぼそういう種族と呼んだ方が正確じゃからのう。しか

しここまで、人語も理解している個体というのは初めて見る」

「ひー、ふー、みい……。おい、邪竜が何匹もいるなんて聞いてねえぞ」

『邪竜? 我をそのような蔑称で呼ぶな! 我が名はイオニスヘイル! この山を荒らす不

届き者らを滅す者!』

 燃え滾るような赤い鱗や翼、瞳。岩肌の上に巨大な脚を引っ掛けて咆哮したその姿は、ま

さに高位の魔物に違わぬ威圧感でした。左右に控える翼竜は、配下の同族達でしょうか。

 邂逅一番、こちらの姿を認めて人語を操ったのも然り、ロランが口にした通称に怒ってみ

せたのも然り。ビリビリと、一行はその風圧に煽られて立っているのもやっとです。

(また……? やはりこの竜は、過去何度も大公国と……?)

 眉根を寄せたユーゴ。しかし戦闘は直後始まろうとしていました。一しきりの羽ばたき、

風圧を巻き起こした後、イオニスと名乗るこの赤竜は大きく口を開けてチャージ。複数の火

炎弾を一行に目掛けて放ちます。ロランや他の仲間達は、必死になって駆けてこれを避けて

いました。慌てて戦列を立て直そうとユーゴにも声を掛けます。

「おい、ユーゴ! 何ぼさっとしてんだ!? こっちも反撃を──」

「待て! ……貴方はイオニスヘイルと言ったな? 人語が通じるなら好都合。俺は、貴方

達と話がしたい」

 しかし当の彼は、そんな仲間達からの叫びには答えませんでした。寧ろこの赤竜及び眷属

達から目を逸らさず、じっとそう説得するように呼び掛けます。

「な、何言って……? 相手はドラゴンだぞ? 本当に死んじまうぞ!?」

「ロラン。さっきも言ったろう? 万一俺達が彼らに勝てたとして、待っているのは大公側

からの邪魔者扱いくちふうじかもしれない。あくまでこの山に棲む竜には、自国の抑止力になって貰っ

た方が色々と都合が良い。少なくとも最初に聞いた言葉には、人間側のあれこれに辟易した

ものを感じた」

『……』

『お嬢様!?』『危険です!』

『構わん。どうやら今回の刺客は、多少話の通じる奴のようだ』

 するとどうでしょう。炎弾が幾つものクレーターを作った後、暫くじっとこちらを見下ろ

していた赤竜が、そんなユーゴの言葉を受けてゆっくりと自ら降り立とうとしたのでした。

周りの翼竜、部下ないし眷属と思しき個体達が口々に止めようとしますが、当人はぴしゃり

と制しました。その巨体が赤く眩い光に包まれ、瞬く間に人型へと変化してゆきます。

「!? なっ──」

「変身した!?」

「……というか、女の子、だったのね」

「? 何だ、雄だと名乗った覚えはないぞ?」

 ストンとロラン達と同じ地面に着地した赤竜・イオニスヘイル。その人間態とでも呼ぶべ

き姿は、燃えるような茶髪と赤毛がグラデーションした、ロングヘア・ロングローブの若い

女性だったのです。

 驚愕するロランら仲間達、女扱いされて少しムッとしているイオニス本人。

「──」

 そんな彼女を、相対していたユーゴは唖然と見つめていて……。

「どうした? 話をしたいと言ったのは、お前の方ではないか」

「っ! あ、いや……。失礼……」

 尚も主を心配し、降下しようとする眷属の翼竜達。それでもイオニスはキッと睨みを利か

せ、結局彼らの内の何人かを同じく人間態にして控えさせることで折れたようでした。当の

彼女に、頭に疑問符を浮かべた様子で促され、ユーゴは一度むせ気味に咳払いをします。背

後にそわそわとする仲間達を従え、語り始めます。

「貴方──貴女は、俺達を見た瞬間“また”と言った。“凝りもせず殺されに”と言った。

やはり、この山には過去何度も刺客が送り込まれてきたのか? その度に、貴女はその者達

を返り討ちにして……」

「ああ。中には我々の寝床ここに着くまでに、魔物どもにやられてしまった者達もいたようだ

が……。連中は明らかに、我々に危害を加えようとしたぞ? この山を、父様の眠るこの山に

ずかずかと上がり込んで……!」

「父様?」

「他にも、貴女のようなドラゴン種がおるのかの?」

「……いた、と言うのが正確には正しい。元々我々は、もっと北の地に住んでいたのだ。だ

がある時、当時の人間達が軍隊を率いて我々を討ちに来てな。群れの長だった父様はこれと

戦ったのだが……」

「倒された、のか?」

「違う! 元々父様は、高齢だった。その軍隊は追い払った。追い払ったのだが……無理を

し過ぎたのだろうな。やがて戦線を引いていたこの地で臥せってしまい、亡くなった。故に

この山は、我々の現在の棲み処でもあり、父様の墓でもある」

 赤竜イオニス曰く、この地の魔物達が周辺よりも数・質共に多いのも、父竜の亡骸が大地

に還った影響なのだと。それは即ち、山川草木、自然の豊かさでもあるのだと。

「……なるほど。では貴女達がこの山に居を構えたのは、全くの偶然だというのだな? 少

なくとも大公国──山の麓に位置する国が、山向こうの大国の抑止力として貴女と共謀して

いるという訳ではないんだな?」

「共謀? 何故我々が、そんなことをしなければならん? 寧ろ迷惑しているのだ。次から

次へと、父様の墓を荒らすようにやって来てはちょっかいを掛けて来て……。そもそもその

タイコーコクとやらも知らんぞ? 人間達の勢力図はすぐに変わり過ぎる。一々憶えてなど

いられるものか」

 竜種にとっては、数百年の歴史も瞬きのような出来事。ユーゴが改めて確認するように訊

ねた内容に、イオニスは若干苛立ちながらも答えてくれたのでした。はっきりと、自分達は

人間側の都合に巻き込まれているだけに過ぎないと。父の墓前を守っているだけで、直接危

害を加える気など無いと。

「あれ? 何か、大公から聞いてた話と随分違うなあ。ユーゴが道すがた、ああじゃねえか

こうじゃねえかと言ってた話の方が、ずっと合ってるぞ?」

「そのようだの。さて、彼女らの話を信じるならば、わざわざ王命を受けてこの山に登って

来た儂らこそ非があるようだが……」

「えっと、イオニスヘイル、さん? では周辺の集落が時折、魔物の襲撃に遭っていること

は……?」

「知らん。我らが関与していることではないぞ? 我は父様に代わり、ここにいる同族らの

長をしてこそはいるが、山に棲んでいる魔物達とは無関係だ。そもそも、知能が足りぬ者が

大半の奴らに、我々の言葉が通じる筈もなかろう」

 だからこそ、ロランやセルゲイ、シャルロットといった仲間達は気付けばすっかりその戦

闘意欲を削がれていたのでした。ばっさりと、ずっと人にとっての脅威だとばかり考えてい

た山の魔物達も、その実野生動物のそれと大して変わらないとまで言い放たれ──責め所す

ら失って押し黙ります。じっと彼女を見て立っていたユーゴ、これを内心怪訝に見遣ったま

ま事の推移を見守っていたアンナ。ややあって、彼はリーダーたるロランに振り向くと、驚

くべき決意を告げました。

「……俺は此処に残る。ロラン、セルゲイ、アンナ、シャルロット。お前達は都に戻り、邪

竜は退治されたと伝えてほしい。その中で俺が、戦死したとも」

『なっ──!?』

 当然ですが、開口一番の返答は寧ろ怒りに近いものだった筈です。これまでの話の流れ、

ユーゴの申し出の意図する所を汲めば、それは他でもない自分達を“生かす”為だったので

すから。しかしそれを解って尚、仲間を捨て置いて凱旋できるほど、自分達は薄情である心

算はありません。なり切れる気がしなかったのです。

「ばっ、馬っ鹿野郎! いきなり何言ってんだ!? 俺達に嘘八百吐けってか!? それも

お前がいなくなったって、街の皆に!」

「そうだよ! そこまでしてあたし、英雄ヒーローになんてなりたくない! 一緒に帰れば良いじゃ

ん!」

「ロラン君……。アンナちゃん……」

「確かに、彼女が退治されたということになれば、これ以上要らぬ犠牲者が送り出されるこ

ともなくなるだろうがの……。じゃがそれと、お主を死亡した扱いにする必要性は別じゃろ

う? 信憑性の一つにするとしても、討伐以外でこの山に踏み入ろうとする者達までは止め

られんぞ?」

「ああ。分かってる。その辺りも含めて、俺に考えがあるんだ。その為には、他国出身であ

る俺が、その役割を被るのが一番都合が良い」

「でも……!」

「わ、私だって聖王国たこく出身ですよ……?」

 頑なに、頑なに。

 それからユーゴは、ロラン達にこれからの作戦、振る舞い方の全てをレクシャーしてくれ

ました。イオニスや人間態の眷属竜達も、じっとやや輪の外で一連のやり取りに耳を、眼差

しを向けて集中しています。

 全てはパーティー結成以来、苦楽を共にしてきた仲間達を、大公国の“政治”から解き放

つ為。それでいて且つ、実害となり得る帝国や聖王国からの侵入も抑止する為。

「大丈夫」

「お前達が、芝居を上手く打ってくれさえすれば、全て丸く収まる。これ以上、不必要な犠

牲を引っ張って来ずに済むんだ」


 ***


(問題は、これで大公側がどう動くか? だよなあ。表向きはああ褒めちぎっても、間違い

なく本当にイオニスが倒されたか確認させるだろうし……)

 謁見時に、そこまで探りを入れられれば万々歳だったのだが、話の向きが思った以上に自

粛自粛へと傾き過ぎた──ロランはぼんやりと、内心そんな反省をしていました。元より邪

竜もといイオニス討伐を命じられ、帰らなかった者・帰ってきた者は、これまで数多くいた

筈です。中には今回の自分達のように、虚偽の証言をして報酬だけを掠め取ってゆこうと企

んだ者達もいた筈……。だからこそユーゴも、大公側がそんな動きを秘密裏に取ってくると

踏んで、あちらに残る判断をした訳ですが……。

(肝心のお前が“犠牲”になってりゃあ、世話ねえんだよ……)

 大公国公都を行き交う雑踏。謁見から解放されたロラン達は、一旦その街並みの中へと紛

れるようにして進んでゆき、先ずは“監視の眼”からそれとなく逃れることに神経を注ぐこ

とにしました。討伐が偽りなら罪人、真実なら英雄。どちらにせよ、大公国としては、彼ら

を野放しにする理由など無かったのですから。

(来てるね)

 アンナが、仲間達以外には聞こえないぐらいの小さな声で言います。やはりユーゴの想定

は正しかったようでした。ならば次は、自分達がすることは。

(よし、一旦撒くぞ。その後で、例の“狼煙”を上げてあいつに知らせるんだ)



 “魔の山嶺”攻略と邪竜の討伐──大公国内外に響き渡ったその報せに歓喜する人々の裏

側で、件の現場に人知れず侵入してゆく者達がいました。隠密性の高い衣装を纏った、同国

擁する工作部隊です。

 先日、この山から帰還した冒険者パーティーの報告通り、かの“抑止力”が本当に消え去

ってしまったのかを確認するのが今回の目的。調査の結果次第では、かの英雄候補らは稀代

の嘘吐きとして斬首台に登ることでしょう。いや……大公の面子を考えれば、邪竜の始末そ

れ自体もこちらに回ってくるかもしれません。消してしまうのは防衛上惜しいですが、時と

場合によっては致し方ない──君主制とは、往々にしてそんなものです。


『ほう……凝りもせずまた来たか。我もほとほと、堪忍袋の緒が切れたぞ』


 ですが工作部隊の面々は、程なくして酷く後悔することになります。報告では倒された筈

の邪竜が、一層激しく灼熱に燃え滾る怪物として自分達の前に姿を現したのですから。

 加えてその傍らには、膨大な魔力で包まれた鎧甲冑の騎士──件の帰還した冒険者達が語

ったという、討伐の折に犠牲になった筈のパーティーメンバー。その五人目の姿が。

『我は死なぬ。何度傷付き、倒れようが、より強くなって蘇る……』

『どうだ? 戯れに、先日と相打った人間を蘇らせてみた。今では我の、忠実なるしもべと

なった者ぞ!』

 はははははははは! 高らかに嗤う邪竜こと、赤竜イオニスヘイル。

 ただ勿論、彼女にそんな能力は無いし、ユーゴも死んではいません。これは全て彼が描い

たシナリオ通りの演出でした。実際纏った魔力のオーラは、彼女が与えてくれたものではあ

ったものの。

『麓の人間どもよ。伝令に一人は残してやる。伝えよ。次から斯様な不届き者を送り込んだ

が最後、貴様らの街を滅ぼしてくれようぞ! 他愛ないと軽くあしらっておれば何度も何度

も……いい加減にせい!』

「ひいッ!?」

 かくして都に命辛々戻った工作部隊の生き残りは、この一部始終を恐怖に震えたまま伝え

ることになりました。文字通り同胞らを消し炭にされたその記憶は、終生消えぬ傷として残

るでしょう。一度は英雄としてロラン達を祭り上げた大公国も、この邪竜の怒りを周辺国に

隠し通すことは出来ませんでした。奴は復活する──まことしやかにそんな噂が広まり、か

の山嶺は、更に人の立ち入る隙の無いの魔境と見做されていきました。定期的に派遣される

討伐隊も、魔物狩り等で忍び込もうとする輩も、程なくして絶えることとなったのです。


 ***


「──はあ!? 結婚!?」

 そう、世間は否応なく緊張させられて、しかし最早人の身ではどうしようもなくて。

 一方で騒動が落ち着いてから暫く、大公国を出奔したロラン達は、とある山間の山小屋で

懐かしい再会を果たしていました。かつて自分達を守る為に、自らが人柱となった盾役の仲

間、ユーゴ。そしてその隣で恥ずかしそうにもじもじとしている、人間態のイオニス。

「ああ。その……実は、初めて会った時から惹かれていて……」

「うううう、五月蠅い! 事細かにまで話さんでいい! 今日はこやつらに、報告をするだ

けという話だったろうが!」

 流石にロラン達はおったまげました。暫く見ない内に、二人が恋仲になっていたのですか

ら。しかもぶっちゃけられた話、ユーゴの一目惚れだとのこと。元々真面目な性格だった筈

の彼ですが、色恋は人をここまで変えてしまうとは……。

(いや、少なくとも片方はドラゴンだからなあ……。いいのか、それで?)

 馴れ初め、もとい惚気話を聞くに、イオニスも最初は人間ではなく自分達側に着いた変わ

った人間という印象しかありませんでしたが、徐々に男女として惹かれ合って交際が始まっ

たとのこと。周囲の同胞らも心配や反対をしましたが、例の大芝居の影響もあって彼を放り

出す訳にもいかず、共同生活を送る内に……という奴だそうで。

「大体、我はあんな芝居不本意だったんだ。我らはあんな凶暴じゃあないぞ? 寿命は長く

とも不死身でもなければ、死霊術など専門外だ。そ……そんなことせずとも、我の血と魔力

があるのだから……」

『──』

 もじもじ。一番最初に相対した時は、どんな恐ろしいドラゴンかと思いましたが、存外情

も深い人物(?)だったようです。ロラン達は終始唖然とはしていましたが、少なくともも

たらされた報せはめでたいもの。仲間として、彼と彼女を祝福しない選択などありません。

「ま、まあ。良かったんじゃねえか? 流石にそういうオチになるのは予想外だったけど」

「他種族との婚姻も、世界を見渡せば無い訳ではないからのう……。お主が残ったあの山で

第二の人生を迎えられたのなら、これほど嬉しいことはない」

「ねえねえ。式って挙げた? ご祝儀はどれぐらい包めばいい?」

「ア、アンナちゃん……! えっと。と、ともかくおめでとう。これでお互い、肩の荷も降

ろせそうね」

 困惑と安堵と。もう五人揃っての冒険は難しいかもしれませんが、二人の初々しい姿を見

ることが出来て、シャルロットの言葉通りロラン達は救われた気がしました。ずっと自分達

は彼を犠牲にして、のらりくらりとあの後も冒険者を続けてきたのですから。

「ああ、ありがとう。俺達、幸せになるよ」

「~~ッ!!」

 一度は邪竜を倒したけれど、倒し切れなかった──当時を批判してくる同輩も未だいない

訳ではないものの、結果“合法的”に解放されたのは、ひとえに彼のお陰に他なりません。

四人にとってこの報せは、何事にも代えがたい慶事でした。

                                      (了)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ