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週刊三題 二冊目  作者: 長岡壱月
Train-136.March 2024
177/284

(2) HITOKAWA

【お題】最強、箱、最弱

「いらっしゃいませ~。本日はどのようなご要望オーダーでしょうか?」

 日々の暮らしというものは、突如として降って湧いたかのような新技術によってガラリと

変わる。勿論その開発には、大多数の余人には想像出来ないほど水面下での努力と情熱、資

金が投じられてきたのであって、今に始まった話ではない。古今東西、あらゆる分野で繰り

返されてきた事例の一つに過ぎなかった。

 ただ──近年生まれた件の技術に関しては、その影響の広さは段違い且つ瞬く間だったと

言えるだろう。それこそ、少なからぬ人間が無しでは“生きられない”程に。

「え、えっと……。もっと色白の、可愛い系の顔にしたくって。服装も、今みたいな地味な

のじゃなくて、その顔と合うぐらいの……」

 街中のとある店舗に、一人の若い女性客が訊ねて来ていた。

 提供されている商品の性質上、対応は完全予約制。彼女は、制服姿に身を包んだ営業スマ

イルの女性店員に奥の個室の一つへと案内されると、左右に機材の並んだ椅子へと着席。お

ずおずとしながらも、既に何度か利用して勝手の分かった様子で答える。

「なるほど。そうなると──この辺り、でしょうか?」

 そんな顧客からの注文に、タブレット型端末を操作しながら店員は何度か確認を繰り返し

ていった。

 要望された本人のイメージに限りなく近い容姿、可憐な女性の美顔と、それぞれの候補に

見合った衣装のパターン。「ううんと……」瞬く間に画面へ出力されたそれらを暫く見比べ

て、彼女は迷いながらもその内の一つを指定することにした。

「畏まりました」

 丁寧な所作で注文オーダーを承った店員は、早速左右の機材を操作。ぐいんと蛇腹の配管で繋がれ

た装置を引き寄せる。先端に取り付けられた部位は、この女性客の頭をすっぽり覆ってしま

うほどの大きさ──大昔で云うパーマ用加湿器のような半球の輪っか型をしている。

「それでは、始めますね。じっとしていてください」

「は、はい……!」

 直後のことだった。彼女の頭を覆った装置が、本体から送られるデータと光量を照射し始

めると、その頭が一瞬で“立方体キューブ”に。濃い光の塊のような異形の頭のように変わったかと

思うと、そこから次々と細かくモザイク調に分裂して下へ──彼女の全身を覆っていったの

だった。その間も店員は、気持ち距離を置いたままニコニコと笑みを崩さずにいる。

「──はい。お疲れさまでした」

 照射時間はものの十数秒。しかしこの女性客に起こった変化は、文字通り見た目にも明ら

かだった。店員の声を合図に、彼女は正面に備え付けられたセットミラーを見る。そこに映

っていたのは、気弱で地味な容姿、服装だった彼女とは一見全くの別人。されど先程彼女が

タブレット画面から選択した可憐な女性の姿と、寸分違わず同じになっていたのである。

「これが……私……?」

 彼女は驚いていた。いや、毎度の事ながら驚かされていたといった所か。

 ぺたぺたと触ってみても、明らかに自分の知っている感触ではない。だけども此処に座っ

ているのは間違いなく自分。今日のデートを控えて、いつもよりも背伸びをして抜群に可愛

くなった自分。

「お似合いですよ。お客様」

 営業トーク、お世辞だということは重々解っている。それでも彼女は、ほうっとその美し

い容姿のまま頬を赤らめ、もじもじとしていた。

 これなら彼も、気に入ってくれるかしら……? 予想して、想像して。ただ中身の方まで

はどうしようもない。これからの、自分のアプローチ具合次第だ。

「あ、ありがとうございました。こ、これで今日も、頑張れます!」

「はい。どうぞ、お気を付けて。こちら、本日の明細と注意事項となります」

 見事に“変身”を遂げた彼女は、その後会計を済ませ、個室を後にしていった。扱ってい

商品サービスの性質上、出口は入ってきた方向とは逆に作ってある。ウキウキとした表情で出て行

く、彼女の姿が見えなくなるまで、店員は静かに軽いお辞儀の姿勢を保ち続けていた。

「──ご利用、有難うございました」

「どうぞ今後とも、我々“Kobakoコバコ”を御贔屓に」



 “Kobakoコバコ”社。それはある時、前代未聞の新技術を引っ提げて現れた、時代のゲー

ムチェンジャーたる新興企業及びその主力サービスの名前である。

 由来はそのままの通り、専用の機材が利用者の頭部を一旦輝く“立方体こばこ”型にしてしまう

さまから。彼らの開発した技術は、対象の容姿から身体能力、ひいては保有する知識すらも

大幅に付与、作り変えてしまうという驚愕の内容だった。尤もそれらは一時的なもので、基

本一週間もすれば元に戻ってしまうが。


『一連の技術の開発・実用化に際し、我々が何よりも重要視したのは安全性です。我々が提

供するソリューションは、古今東西人類が遺してきた数多の情報を現代に投影し、その発展

に寄与するものです』

『ご安心ください。今は未だ、Kobakoは歩み始めたばかりですが──皆様の求めて止

まない全てを、提供出来るでしょう。遺された先人らの叡智に、我々はより効果的且つ非常

に高い精度でもって触れることが可能なのです』


 故に業態は、ユーザーの求めに応じた容姿・身体・知識といった状態を“レンタルする”

という形を採っている。料金は後者になるほど高額になり、更に複数の組み合わせ──例え

ば最適化された身体と知識の融合、いわゆる「技術」の投影ともなれば、到底一般庶民が払

えるような料金ではなくなってしまう。本来それだけの歳月と努力、論理的な集積を惜しま

なかった誰かの成果を借りるのだから、ある意味当然のインフレ具合なのかもしれないが。

 ともかく、この“Kobakoコバコ”の登場により、世の中は瞬く間に一変した。料金さえク

リアすれば、誰もが超人の域を経験出来るようになったのだ。或いは美男・美女に生まれ変

わり、病に臥せていた身体を外出させることすらも。当初の人々の衝撃や戸惑いとは裏腹に、

利用者人口は右肩上がりに増え続けていったのである。


「──お? いいねえ、あの。声掛けてみよっかな?」

「止めとけ。どうせ“コバコってる”んだろ? 今日び見た目なんて幾らでも作れるんだ。

この前も二課の上岡が、結婚手前までいった相手がそれだって判って大揉めしてたろ」


 ただ……全く問題がなかった訳ではない。急速な社会の変質は、多くの人々を歪めていっ

たし、置き去りにもした。今やありふれた“美醜ギャップ”は、その最たる例だろう。

 街中や飲み屋で見かけた異性をナンパしても、実は……というパターンが、巷には多く溢

れるようになった。誰もが自分をよく見せたい、チヤホヤされたい。個人差があるとは言っ

ても、欲望は正直だ。それを人によっては、旧来よりも一層激しく騙し・騙されの関係やリ

スクが増えたと見る向きも強い。

「まあ、リアルのバ美肉みたいなモンだろうな」

「一週間で剥がれる化けの皮かあ……。夢があるような、ないような……」


「──詰まる所、付け焼刃やドーピングの類でしょうが!」

「使用者の参加は、断固として罰するべきだ! 直向きに努力を重ねてきた選出達への冒涜

にも他ならないのですよ、これは!?」


 特に反発が強かったのは、アスリートないしアーティストの界隈だった。肉体と精神、競

技と藝術。それぞれ発揮する才能の畑は違うものの、磨き上げられた個々を軽々と超えてし

まうKobako利用のそれを、しなかった側は判明した傍から“燃やし”ていった。不公

平だと、剽窃だと、しばしば激しい論調で攻撃する者が後を絶たなかった。

 ……当然の反応ではあるのだろう。かつてのAI生成然り、それまで技術や己の肉体とい

うワンオフで食っていた自分達の存在価値が、不特定多数から破壊され得る世の中になって

しまったのだから。

『何を今更』

『フィジカルエリートなんざ、昔っからいただろ? その時点で平等も糞もあるかよ』

『大会によってはもう、Kobako枠って形で住み分けされてるのになあ……』

『金積んで、優良物件で鍛えりゃあ成長率爆上がりってのは、以前からそうでは?』

『努力はまあ、ともかく、俺達が苦労したからお前らも苦労しろって言ってるの、人材育成

とか世代交代の全否定になるんだけど……。理解してる?』

 尤もそんな“当事者”達とは裏腹に、そうした反発を既に守旧派ろうがいと切って捨てる声も少な

くはない。


 ただ、社会問題という枠組みで捉えれば、最も物議を醸したのはその依存性の高さについ

てだろう。料金の高さ・可能とする対象が差別化されているとはいえ、一週間単位で金を積

めば理想の自分になれるのだ。Kobakoが巷を席巻して暫し、次第に報じられるように

なったのは、自らが被った“作り物の自分”と己を混同──生活や周囲の人間関係を破綻さ

せてでも延長料を払い続けようとするユーザーらの問題であった。


「──全国の消費者センターにも、年間かなりの相談が舞い込んできているのが現状です。

ギャンブル等のように、依存症となって止められない方が相当数いるとか」

「自己破産の件数も、ご覧のように件のサービス開始以降、急激に増加しています。実害は

現在進行形で拡大中なのです。どうか、早急に政府としても対応策を!」

『そうだ! そうだ!』

 故にKobakoを巡る議論は、しばしば政治の場でも取り上げられた。テレビ中継され

る議会の最中で、野党からそう自前で用意してきたフリップを手に追求の声が、野次が飛ん

でいる。

 対する与党、政権側の面々は、総じて渋い表情かおを崩さなかった。言いたいこと、現状は彼

らとて解っていない訳ではなかったが、実際にそうした規制諸々をやるにはクリアしなけれ

ばならない課題が多過ぎたのだ。

「──ギャンブル等、依存症としての問題として政府が介入すべきとのご意見についてです

が、件のサービスにおいては業界ではなくいち企業への規制という形となります。法的根拠

や妥当性、その他要件を政府としても、慎重に検討するべき事案と認識しております」

 時の政権としても、全く対策を講じていない訳ではなかった。当初から物議を醸してきた

技術であったし、悪用や過剰なドーピング行為への懸念はこれまで何度も答申、党内外で議

論は交わされてきた。

 それでも表向き、表面上政府が積極的に動こうとしなかったのには、彼らなりの理屈や都

合というものがある。Kobakoの否定論が強く世に出た折、実際に同社の取締役や技術

担当を参考人として招致し、質問を浴びせたこともある。


『我々はあくまで、お客様にお求めの“素質”をお貸ししているに過ぎません』

『皆様もご存じの通りかと存じますが、同サービスは延長料金をお支払いしていただき再照

射を受けない限り、基本一週間で消失する仕組みとなっております。これは持ち逃げ防止を

という側面もありますが、それ以上にお客様の“努力”の価値を正しく認識していただく為

であるのです。素質はあくまで素質──自らの手で磨き上げない限りは、只々原石であって

それ以上にはなりません。我々は古今東西、人類の遺してきたそれらのノウハウを、疑似的

に現代社会全体に“共有”する一助にすべく活動を続けているに過ぎないのです』


(……この手の審議を、一体何度続ければいいのやら)

 はたして、CEOや技術顧問の語っていた言葉は、何処まで正しかったのだろう? 隠さ

れた悪意いとなどは在ったのだろうか?

 時の政権には、政治家達には分からなかった。招致時の証言は朗々として明確だったし、

理念としては寧ろ一定の美学すらある。いち私企業を世論の声で罰するというのは政治とし

てリスクが大き過ぎるし、何より今や国内はおろか、国外にも拡大し始めた件のサービスを

実際問題止められるのだろうか?

 最新鋭の恩恵、功罪。光と闇。野党側からああも声高に態度を──反Kobakoを迫ら

れても、現実としてその力を借りた、少なくない人材が成果を出しているとも聞く。新しい

技術がまた時代の新しい技術を、世界で戦えるアスリートやアーティストを生み出し、育成

する一助にもなっている。根強い反発感情がある一方でそれらを完全に無視、卓袱台返しを

してまで、我々が得られるメリットとは一体何だろう?

「……」

 だからこそ、審議に参加していた政治家、政権側の幾人かは内心思った。付け火になると

の自覚があったからこそ、努めて口には出さずに秘めていた。


 国力が、国際的な競争力でアドバンテージを高められるなら、万々歳じゃないか。

 寧ろこのままKobako社を追い出し、他国や敵性国にその技術が渡ってしまうような

らば──状況は少なくとも、最悪に近い形でひっくり返る。取り戻しかけたパワーバランス

を、またしても云十年単位で失ってしまう可能性だってある。



「はあ゛っ、はあ゛っ、はあ゛っ……!!」

 美味い話を、美味い部分だけ味わおうとするのは都合が良過ぎる。ただ多くの者は、身分

の上下に関わらず、いわゆる負の側面という奴を好んで見たい訳ではない。見たくはない。

すぐ至近距離に実害が及んで来るでもしない限り、冷徹に“他人事”であり続けるものだ。

 とある雨の日だった。

 夕暮れから降り出した小雨は、日没後に本降りとなり、アスファルトジャングルの街並み

に一層黒い濃さを落とす。

 そんな通りの中を、一人の着飾った女性が走っていた。息を切らせ、豪奢なブランド物で

身を固めた厚塗りの美白化粧が、降られた雨を浴びている。周囲を行きかう人々も一部は何

事かと視線を遣ってはいたが、所詮は見知らぬ、ちょっとケバいだけの他人──。やがて彼

女は焦って走り過ぎた所為か、盛大に転んでしまった。

 強かに顔を打ち付け、それでも何かに追われるように起き上がって進もうとする。それほ

どに彼女を衝き動かすものは? 程なくして、人々はその正体を知ることになる。

「駄目……駄目……! 行かなきゃ、早くお店に行かなきゃ……。早く払わなきゃ、払わな

きゃ、私は。私はぁぁぁぁぁぁッ!!」

 “魔法の小箱”は時間切れに。

 次の瞬間、彼女の姿はモザイク調の四角い光達に包まれた後、変わってしまった。それま

で見に纏っていたドレスや美麗なメイク、顔立ちにプロポーション。その全てがまるで剥が

れ落ちたように消え失せ、そこには一人の──決して若くて美しいとは言えない中年の女性

が、絶望したような表情かおで両膝を突き、手を伸ばそうとしていた姿だけがあった。ざわっ、

ざわっ……。流石に変貌の程に驚いたのか、行き交う人々の少なからずが思わず視線を向け

て通り過ぎてゆく。

 幸いなのは、ちょうど雨天で皆が傘を差していたしかいがわるかったことだろうか。

「あっ……あ……! あぁぁぁぁぁぁぁーッ!?」

 だが、当の彼女本人の慟哭っぷりは、そんな皆々の淡白さとは非対象に過ぎる。何もかも

を作り変えた自分の“変身”が解けたと、足元の水溜まりや通りのショーウインドウで視認

した直後、彼女は狂ったように泣き叫んでいた。ぐしゃっと、自らの顔を両手で覆いながら

激しく身悶えをしていたのだった。

「違う、違う、違う、違う! 私じゃない! こんなのは……私じゃない! 私じゃないの

おおおお!!」

                                      (了)

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