(2) ウィークエンド
【お題】終末、流れ、玩具
華金なんて呼ばれていたのは、もうずっとずっと昔の話。今や業種を問わずサービスの類
に携わろうものなら、人々がオフになる休日にこそ出勤しなきゃならないなんてパターンは
ざらにある。便利な世の中とは、誰かの心血によって成り立っているのだから。
(……何だこれ?)
平日が終わろうとしていた、その週の日没後。
行き交う周囲の他人びととは対照的に、気が重い様子で夜の街を歩いていた青年は、ふと
通り掛かった緑化スペースに見慣れないものを見つけていた。由来はよく知らない銅像を中
心として、円状に設置されたウッドベンチと幾つかの植木。その片隅に、誰の物とも知れぬ
アタッシュケースが一つ、ぽつんと置かれている。
(忘れ物か? 誰も、気にしてる様子は無さそうだし……)
夜勤に向かう途中だったが、妙に目に留まってしまったのも手伝い、彼は親切心半分・現
実逃避半分でこのケースの方へと近付いてゆく。
見た目、パッと見のデザインは無骨な感じのアタッシュケースなのだが、それにしては少
し小さい気もする。大体一回りぐらい。しかも質感は、金属というよりも陶器のような滑ら
かさと形容した方が近く、だが実際に触ってみればずしっと重たい──少なくとも金属の塊
であることは間違いない。
「最近のモデルってスタイリッシュなんだなあ」
青年は、そんなことを独り、人ごみの外れでごちる。
背を向けて座り込んだ格好のまま、彼は一度肩越しに周囲の往来を確認するように見渡し
ていた。皆が夜の冷えに備えてコートなどを着込み、思い思いの週末を過ごそうと歩を進め
ている。友人や同僚と笑ったり、或いは一人黙々と歩いていたり。あくまで自分の存在など
視界にすら入っていないといった感じの他人びとに、彼は内心暗い気持ちを抱いていたのは
事実だった。キュッと握った、件の見慣れぬアタッシュケースの金具に指先を伸ばす。
(……鍵は、掛かってない、か)
特段ケースには施錠などされていなかったようで、金具を捻ってしまえば簡単に開けるこ
とが出来た。パカリと開いた中には、体積の大部分を占める黒いスポンジ状のクッション材
と、それらでご丁寧に守られた幾つかの“球体”が収められている。
(球っころ? ガラス細工……か? 何でこんなモンが……?)
奇妙と思うがまま、青年は中央のそれを一つ手に取ってしげしげと眺めた。硝子質にも似
た球体の中には、信じられないぐらい微細な文様と、内部で蠢くエネルギーのようなものが
確認できる。
青年は益々訳が分からなくなっていた。
見れば球体の上部、頭部分──と表すればいいのか、その繋ぎ目に押しスイッチのような
パーツに、安全装置用と思しき小さなトグルスイッチが挟まれている。
「……」
横にトグルをスライドさせて、押す。
理由なんて無かった。ただ何となく手に収まった勢いと好奇心のまま、押した。
すると突如として次の瞬間、球体が激しく輝き出して自身を包み──。
「なっ、何だあ?!」
驚いたのは、彼の背後を通り掛かっていた往来の人々も同様である。直後この硝子質にも
似た球体を拡大したような──碧いバブルボール状の力場が彼を包み込み、その身を同色の
モノアイやラバー素材を組み合わせたパワードスーツ姿に変えてしまったのである。胸部や
肩、手足といった要所は滑らかな金属の装甲で覆いつつ、その他の可動部は黒いラバー素材
らしき衣にすることで動き易さも確保している。
「えっ……?」
『えぇぇぇぇぇぇーっ?!』
流石に周りも黙ってはいなかったし、当の彼本人も酷く困惑していた。どうやら妙ちくり
んなコスプレをさせられてしまったようだが、こちらからの視界はバッチリ確保。寧ろ普段
よりも、内部機構のアシストらしき表示窓でかなり広範囲までカバー可能となったようだ。
「何なんだ? こりゃあ……」
「お~い、あんた~! 大丈夫か~?」
「わわっ♪ ねえ、何あれ? コスプレ?」
「特撮の撮影かなあ? その割にはスタッフさんとか見当たらないけど」
「いいやいいや。上げちゃおう? 上げちゃおう?」
だが本番は──実の所これからだったのだ。真面目に驚き、心配して声を掛けた者。面白
半分で指差して笑い、友人らと共に早速スマホからSNSに投稿しようとする者。彼・彼女
らを含めた青年達、その全てが、次の瞬間投げ掛けられた“言葉”に絶望することになる。
『──あ~、あ~……。おい、言語設定これで合ってるよな? オッホン。初めてまして現
地種の皆さん。突然ですが、これから皆さんには絶滅を懸けたゲームをして貰います』
まるで天から降り注ぐ啓示の如く、その通信越しのような声は二度三度具合を確かめなが
ら、この日街の──地球全域に暮らす全ての人々に対して放たれた。「え?」「は……?」
人々は戸惑う。声の主の姿すら見当たらず、忙しなく空を仰いでは見渡している。
実は、この日奇妙なアタッシュケースを見つけ、開いてしまった人間はかの青年だけでは
なかったのだった。世界各地、それこそ無作為に散りばめられたそれぞれの場所で、手に取
り“変身”してしまった人物らを中心とした一帯に引き起こされる。
『我々が、前もって用意しておいた“スフィア”全てに、使用者が設定されたことをつい先
程確認しました。よって皆さんには、これから我々が送り出す“エネミー”から周辺地域を
防衛して貰います』
『制限時間は、貴方達の時間換算で四十八時間──それぐらいで各所が壊滅出来るよう、調
整を加えています。見事“エネミー”達の親玉を破壊すれば、そちらの勝ち。今ステージは
終了となります』
『参加者となった皆さんにおきましては、倒した“エネミー”のランクと数によって得点が
獲得可能です。たくさん貯めれば、貴方の好きな願いを何でも叶えられますよ? 頑張って
戦い抜いてくださいね』
『それでは──戦闘開始!』
人々は目撃した。世界各地で、鮮血のような赤く輝くゲートから、大量の機械の怪物達が
降り注いでくるのを。それらが一挙に群れを成して襲い掛かり、人を街を容赦なく破壊し始
めたのを。
「ひっ──!?」
「な、何がどうなって……ぎゃあッ!!」
「おい、警察! 警察呼べ! いや、軍隊呼んで来い!」
「は、ははは……。俺は今、悪い夢でも見ているのか……?」
哨戒機らしき、赤いモノアイと小さなプロペラ、機関銃を装備した個体。狼のような四足
歩行の獣型に、軽装・重装備で三つ目の人型。蜘蛛のような刃の多脚と四つ目のビーム砲で
誰彼構わず薙ぎ払う個体や、更に大型の五つ目巨人などがいた。それらが全て、ぼとぼとと
中空のワームホールのような赤いゲートから出現。次々に進軍を始めると、最早人々に残さ
れた選択肢は「逃げる」しかなかった。それでも追われる速さを振り切れず、一人また一人
と、否十数人単位でその命が奪われてゆく。
(──俺が、こいつを開けた所為か? でもあの能天気な声どもは、あちこちに置いておい
たって言ってたし……)
青年はごく普通の、夜勤で生活リズムが乱れがちな一介の非正規社員だ。それでも目の前
で、少なからず自分の所為でこの理不尽が始まったと知り、憤怒する程度には相応の正義感
を持ち合わせていた。
「た、助け──」
「お……らあああああああーッ!!」
視界の端に映った、逃げ惑う往来の一人。直後彼は殆ど反射的に地面を蹴り、この見も知
らぬ男性に襲い掛かる哨戒機の個体を体当たりで吹き飛ばした。パワードスーツを着込んで
いるからなのか、想像以上に早く動けたし、ぶつかった痛みも少ない。勢いよく吹き飛ばさ
れたモノアイ哨戒機は、そのまま近くのビル壁に叩き付けられて壊れてしまったようだ。
「おい、オッサン。大丈夫か?」
「あ、ああ……。すまん、助かった……」
それからだ。彼のような、各地で件のアタッシュケースを開けて“変身”してしまった者
らが、この襲撃を前に戦い始めたのは。
到底、生身では敵わないであろう殺戮マシーン。そんな“敵”もこのパワードスーツの力
があれば対抗できる。身体能力以外にも、どうやら標準で武器が備え付けてあるらしい。左
右両側の腰には、一対のビームサーベル的なガジェットが下げられていた。中央のジョイン
ト部分を折り曲げれば、銃撃モードにも可変するらしい。
「っ、はっ! これで戦えって……ことねっ!」
「誰だよ! こんなクソゲーおっぱじめやがったのは!?」
「何で私なの!? 他の強そうな男の人、いっぱい通ってたのに~!」
「とにかく先ずは、この気色悪いメカ軍団をどうにかしないと……」
パニックになりながらも、青年は衝き動かされたように敵の軍勢へと挑んでいった。普段
屈強な外国人男性であっても、いきなり実戦に放り出されれば怒りの一つも沸いてくる。少
なくともこんな事態を引き起こした連中は、人の命を何とも思っちゃいない。ケースを開け
てしまった人間に、老若男女は関係なかった。せめてもの救いは、首謀者の声明によって、
自身が独りではないと早々に知ったことか。
「──なるほどな。この両手足に嵌まってるガラス玉っぽいのは、防御用か」
そうして必死に戦い続ける、実践の最中で、幾つか判ったことがある。
各人が纏ったパワードスーツには腰一対の武装の他に、両手の甲と両脛側面、計四ヶ所に
防御シールドを展開する装置が組み込まれているらしいこと。基本はこれらや積極的な攻撃
で身を守りつつ、数で勝る敵を削り取ってゆくようだ。元々運動神経が良かったり、この手
のゲームやサブカルに慣れ親しんできた人間は、比較的早くにコツを掴んでいった。最初こ
そパニックになって繰り返し被弾、脱落した者も少なくなかったが、落ち着いて対処すれば
各種ロボット兵もパターンの塊でしかない。
「──お~い! こいつら、俺達と同じ球っころで動いてたみたいだぜ?」
「えっ? ああ、本当だ……。良く見りゃあ、あちこちにそれっぽいものが……」
「う~ん? ってことは、こいつらのも同じように……おわっ! 使えた!」
何より倒した敵兵の残骸からは、彼らが“変身”した時に使った硝子質の球体と同じよう
なパーツが見つかった。試しに使ってみると、これも同じく光を放って新しい姿──彼らの
パワードスーツに様々な武装を新たに追加してくれる。
「なるほどね。要はガンガン潰して、自分なりにカスタマイズしろと」
「敵の種類が多かったのも、その為か」
「……そんな楽しみ方みたいなモンは、せめて現実世界の外でやって欲しかったんだがな」
戦って、壊す。
奪って、強くなる。
突如として襲ってきた、この機械軍団や黒幕の意図は分からなかったが、こちら側にもあ
る程度、ゲームのように楽しませようとする試みが仕込まれていることが読み取れた。
残骸から敵の核を、件の硝子球をひっぺがし、装備増強。大鉈状の武器だったり、片腕を
覆うドリルだったり。或いは追加の銃火器系やプロペラ、飛行ユニットなどが次々に装着さ
れてゆく。撃破と収穫の度に、彼らのアシストウィンドウ内にポイントらしき数値が加算さ
れてゆく。
「……おい。あれ」
「マジかよ……。あれを、倒せって?」
一体どれだけ、パワードスーツ姿の面々が機械兵を壊し、防衛し続けた後だろう。
まるで黒幕側はそんな展開を待っていたかのように、赤いゲートからとりわけ巨大で強力
な、六つ目の“ボスキャラ”を登場させる。
『さあさあ、今回のステージも佳境! 満を持して、討伐目的の最高ランクの登場だー!』
結論から言って、世界各地に刻まれたのは痛ましい災いの傷痕だった。
突如として何者かが仕掛けてきた侵略。されどそれらは決して絵空事などではなく、現実
として機械兵の群れを抑え切れなかった少なくない街が、文字通り瓦礫と化して壊滅した。
件のアタッシュケースを開けてしまった変身者、後に“プレイヤー”と総称されるようにな
った人々も、決してその心情は一枚岩ではない。一つにはなりえない。
各地への襲撃と防衛で判明した内容は四つ。どうやらそれは黒幕側の、あくまで一連の襲
撃を“ゲーム”として演出する為の仕様として決めているらしい。
一つ。襲撃が起こるのは、毎週金曜の夜九時から日曜の夜九時まで。丸四八時間だ。その
間に各出現地域の六つ目個体を破壊出来なければ、その一帯は蹂躙され尽くす。最初その周
期を知らず、繰り返し訪れる機械兵らに人々は酷く消耗させられたものだ。
二つ。六つ目個体の破壊に成功した地域は、黒幕側からの謎の光波によって、襲撃前の姿
まで復元される。そこには物的だけではなく、人的被害──命すら含まれるというのだから、
明らかに敵は人類よりも遥かに高度な文明を有しているとみる他なかった。故にそんな事
実を知った人々は、更に絶望を深くすることとなった。
三つ。アタッシュケースの中に入っていた硝子玉──後に“抗球”と名付けられた代物は、
襲撃時以外には使用出来ないらしいこと。事の深刻さから、自ら公的機関へこれを届け出
た人物は少なからず存在したが、結局現在の科学技術では分析はおろか再現すらも叶わない
代物だと判った。
ではせめて、もっと訓練された者に譲渡を……。
だが黒幕側は、それすらも想定済みだったのだろう。どうやらこの“抗球”は、最初に起
動した者にしか使用出来ない仕組みになっているらしい。そのため、使用者を変更する為に
は前任者が死亡するしか方法が無いのが現状だった。
そして四つ。“抗球”の使用・変身者のアシスト画面に表示されていた得点らしき数値は、
後日本当にどんな願いでも叶えられる通貨のような役割を果たすことが判明したのである。
大金持ちになりたい、有名になりたい──原理はやはりもって不明だが、どうやら黒幕側
による参戦の動機付けなのだろう。或いはその欲望に駆られる姿さえ、奴らにとっては娯楽
の一つに過ぎないのかもしれないが……。
「──仕方ねえだろ。現状、俺達が戦い続けるしか手段がねえんだから。そりゃあ、プロの
軍隊がやった方が確実なんだろうけどよお? 抗球以外の攻撃は殆どあいつらには通らなか
ったんだろ?」
“週末毎に、終末がやって来る”
そんな奇妙な現状、理不尽な災いがもたらされるようになって、一年以上の月日が過ぎよ
うとしていた。最初こそ、都度群れを成して襲ってくる機械兵らに人々は怯えていたが、慣
れとは恐ろしいもので徐々にそうした感覚も麻痺してゆく。
特に変身者達とそれ以外の市民、或いは政治との溝は深まる一方だった。現実問題毎度の
襲撃に対抗できる存在が他の存在しない以上、それを自らの力と過信するような態度な者も
増え──同じぐらいに半ばで戦死する者も続出する中で、残る大多数の人々の不満は溜まっ
てゆく。当初は現実に打ちのめされて、唯々諾々と彼らに任せる他なかったものの、それら
が根っこの感情を抑え切れなくなるのは時間の問題だったのだ。
「だからって……! まるでゲームのように襲撃を楽しんでいるようなお前達を、私は信用
出来ない。妻が、息子が犠牲になったんだ! あの頃の混乱で! せめて彼女らが亡くなっ
た時、場に居た連中が勝っていたら……」
黒幕側の正体は未だ不明。少なくとも地球外からやって来て、文字通り自分達の娯楽の為
に、現地種である人類を殺戮ショーの駒にしていることは状況証拠的に疑うべくない。
戦える者と、戦えない者。
失った者と、もっともっとと欲しがる者。
勿論変身者側も変身者側で、巻き込まれるような形で戦い続けざるを得なくなってしまっ
た者もいるし、これまでの繰り返される襲撃の中で死んでいった者もいる。それでも一方で、
己の欲望のままに機械兵を蹂躙──力を振るった上で、更にその討伐で得たポイントを使
って願いを叶えようと考える者もまた少なくないのが現実だった。だからこそ、親しい人・
愛する人をこの常態化してしまった災いで失ってしまった者にとっては、その元凶たる存在
に彼らが魂を売っていると映っても仕方のないことなのだろう。
「そいつは……。ただまあ、そん時に俺はまだ関わってなかっ──」
「それでもだ! 同じだろう!? あいつらと! そうやって得た立場に、力にふんぞり返
っているのは同じじゃないかッ!」
恥を知れ、恥を! 死んで詫びろ!
妻子を幾度目かの襲撃で失った男性は、そう現役の変身者たるヤンキー風の人物の胸倉を
掴んで叫んでいた。罵っていた。
「え? 何?」
「ああ、また例の襲撃絡みでしょう?」
居合わせた周りの人々も、口々に囁き合って戸惑っている。
「お、落ち着きなさい! 君も、分かっているならもっと言葉を選んでだね……」
ヒソヒソと、最早珍しくもなくなってしまった光景に距離を取る若い女性達もいれば、咄
嗟に両者を止めに入ろうとする老紳士もいる。
「どうせ全部勝てば元通りなのにね~?」「ね~?」
『……』
慣れとは恐ろしいもので、大よそ世間の少なからずが、そんな他人任せの風潮に身を委ね
だして久しくなっていた。
変身者側も被害者男性も、或いは仲裁に入った紳士も、それぞれに苦々しい表情をして、
通り過ぎてゆく彼女らのグループをじっと視線で追っていた。スンと言葉を途絶えさせて押
し黙っていた。
「次の襲撃まで、残り三日か。一体いつまで、我々はこんな無意味な消耗戦を強いられなけ
ればならないのか……」
とある大国の執務室。部下達からの報告や自身の手元に積まれた書類を見つめて、大統領
を務める人物は人知れず嘆いていた。尤も民に寄り添って、という形ではない。実際の所そ
うした危機感を抱く理由は、他でもない政権の寿命に直結するからである。
「変身者達が防衛に成功すれば、大幅に補償手続きは減りますが……元を絶たない限りどう
しようもありませんね」
「うむ。歯痒いものだな。我が国の最新兵器ですら、あの機械仕掛けの軍団を止めることが
出来ないとなると。何か我々の──人類の与り知らぬ技術によって守られているのだろうと
は思うが」
「ええ……」
災いの当初を含め、世界各地でこれまで滅んでしまった国・地域は今や他人事と無視でき
ない規模数となっている。現代の軍事兵器も有効打にならず、加えて壊滅地域から逃れてき
た者達を受け入れてゆく中で、住民とのトラブルも頻発──政権への支持率は、日に日に下
がる一方だった。
全く同じ思考かどうかは分からない。ただ執務室を訪ねて来た部下も、このままでは戦争
云々よりも内輪の不満によって自分達が立場を追われるだろうとは考えているらしかった。
執務室、大統領の背後にある窓ガラスの向こう、曇りがちな空を見上げて彼は呟く。
「少なくとも襲撃時、連中の本船らしき巨大な飛翔体が、地球の衛星軌道上に現れることは
確認されているのですが……」
ちょうど、そんな時である。ふと二人が気付いたのと同時、ばたばたっともう一人の別の
部下が血相を変えて執務室へと転がり込んで来た。眉根を寄せる大統領、前者の部下が止め
ようとするよりも早く、この報せを持ってきた部下は叫ぶ。
「たたっ、大変です!」
「先程、革新連邦領内から、複数の弾道ミサイルが!」
***
「──ねえねえ、班長。何か地上の奴らが撃ってきたみたいですよ?」
「あ゛? 撃つって何を? あいつらの技術体系じゃあ、こっちの“機獣”にだって碌にダ
メージを与えられないって解らされてるだろ?」
「そんなこと言われても、実際複数の熱源がこっちに向かって来てるんですって。まあ、速
度も遅いし、そもそもこの船は防御障壁で守られてはいるんですが」
「だろう? 別に慌てるこったねえよ。そよれかぼちぼち、次の開催の準備を詰めとかない
と」
遥か宇宙空間の只中、地球をずっとずっと下に見据える、巨大な宇宙船の中で。
無数の計測や表示用の機器に囲まれた操舵室で、リーダー格と思しきパワードスーツ姿の
人物が、ひょこっと顔を出してきた部下の一人にそう報告を受けていた。どちらとも、他の
乗組員の全員ともが地球の変身者達と似たような格好──モノアイだけは碧ではなく赤い色
彩を宿している。
地上からの熱源、攻撃。だが当のリーダー格は、そんな報せを聞いてものほほんと歯牙に
も掛けることさえも無かった。ただ黙々と自身の周りにある端末を操作し、同船内に生産・
保管している機械兵達の準備に集中したがっている。
「……。こっちに敵うって勘違いされるぐらい、慣れさせちまったのかねえ? 或いは政治
的に追い詰められて、何とか元凶をごり押しで潰そうとしているのか」
しかしそんな作業の手も、数拍してピタッと止まる。
盛大な嘆息、されど何か思い当たる節と既に予見はしていたような言い草。他のクルーら
も一人また一人とこちらを見、待ちの姿勢。彼らもまた、そう遠くない内に新たな指示が来
るだろうと想定していたかのように。
「……潮時かな。お前ら、一旦開催準備停止! ちょっと上に連絡取るから待ってろ」
リーダー格の男は、すっくと上体を起こすと通信機を手に取った。慣れた手付きで相手方
の番号を入力し、繋がって話始める。「ええ。ええ……」「なのでぼちぼち次の──」通話
はそれほど時間が掛からずに終わった。ガチャリとマイク部分を所定の位置に下げ直すと、
改めて部下達に告げる。
「今、上からも許可が下りた! この惑星から撤収するぞ!」
「段々ステージもマンネリ化してきたからなあ……。視聴者側もその辺は敏感らしい。ここ
暫くの数字も下がってるしな」
『了解!』
故に、このリーダー格の鶴の一声で全ての元凶──異星の船団は地球の軌道上から撤収を
開始した。流石に此処での開催も回を重ね過ぎた感がある。また新しく、舞台も趣向も作り
変えて、コンテンツを魅力的なものに生まれ変わらせる必要があろう。
「あ、後、連中にやった“技核”は全部自壊プログラム走らせとけ。一応な」
「はい」「承知しました」
「……所で班長。宜しかったのですか?」
「何がだ?」
「いえ、先程Bが複数の熱源がどうのと。あれが現地種の射出物ならば、空振りとなった今、
攻撃はそのまま地上に落ちてゆくのではと」
「あ~……。ま、いいんじゃね? そこまで責任持てねえよ。大体下等生物が必死こいてる
所とか、振り回されてる所とかをこっちは撮りたいのに、こっちに歯向かってくる画なんて
興醒めだろ? 没、没。どっちにしろな」
(了)




