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週刊三題 二冊目  作者: 長岡壱月
Train-134.January 2024
170/284

(5) 面子について

【お題】楽園、破壊、黄昏

 自分はインドア派だ。極端か? と言われるとそうかもしれないし、違うかもしれない。

少なくとも出不精の類ではあると思う。


 ──許されるなら、ずっと部屋に籠っていたい。


 煩わしい人間関係も、日々の雑務も最小限に抑え込んで、己の“好き”なことだけをやっ

ていたい。触れ続けるだけの時を延々と過ごしていたい。

 他人の声や気配、街に満ちる様々な物音が、自分にとってはじわじわと内側にダメージを

蓄積してくる毒のように感じられてならなかった。どれだけ訴えても、受け取り方が違うん

だと打ち明けても、解ってくれる誰かを得られることは稀だった。

 だから……此方から積極的に距離を取るよう、努めるしかなかったというのに。なのに。


『何時までそうやってる心算だ!? 出ろッ!!』

『いいんだ。いいんだ。今はゆっくり休んで』

『そんな考えで、上手くゆくと思うな』

『人間の体内時計ってのはさ? 一時間くらい実際とはズレてるんだよ。だから毎日陽の光

を浴びないと、そのズレがどうしようもない程に大きくなっちゃうわけ』

【一説によれば、こうした状態にある人は、全国で百四十六万人と推定されており──】


 解ってる。

 まだまだ跳ねっ返る無謀さがあった昔ならいざ知らず、これでも一応家と職場の往復。曲

がりなりにも“大人”をやってきて、そんな願いは所詮叶わぬ夢なんだと知っている。

 安住の地は無い。あってもそこは、ごく狭い部屋の中セカイが限界だ。ならばとせめて、そんな

空間を守ろうともがく日々を過ごしていたら……学ぶべきことがどんどん先に走り去って行

ってしまった。

 元々周回遅れ──アウトドア・アクティブとは真逆の生き方や停滞に、どっぷりと浸かっ

てきたような人間には、ままあることだけども。

 或いはそこで一種の境地、“開き直り”が出来ていれば、彼らのような生き方もすんなり

馴染んでいたのだろうか? この出不精インドアを、聖域サンクチュアリのような輝きに変えることが出来ていたの

だろうか? でも。


『他人の顔色ばかり見ていては、只々奪われるばかりです。他人の問題は他人の問題。貴方

が最も集中すべきは、貴方自身の納得なのです』

『人間、誰しも得意・不得意なんてあって当たり前じゃないですか。RPGゲームで言うと

魔法使いなのに、物理で敵と戦おうとしているようなものです。レベルが明らかに足りない

のに、それでも強敵に挑み続けているようなものです。先ずは魔法を使わないと。地道に経

験値を稼いでゆかないと』


 結局自分は、彼らのような生き方には届かなかった。捻くれ者の性根が、その発信を素直

に受け取るよりも早く、彼らをあくまで“成功例”に過ぎないと見做したからだった。


 ……インフルエンサーというのは、本質的に“他人事”なのだと思う。あくまで“成功”

パターンを掴み取ったのは彼・彼女本人であって、必ずしも自分がその方式に当て嵌まると

は限らない。

 何より、彼らは称賛こそすれ、感化された誰かの選択に対して責任など負ってくれはしな

いのだから。寧ろ他の──いわゆる大多数の“普通”な人間よりも、経験的に“自己責任”

論を強く奉じているような気がする。そうでなければ、自分の今の地位やこれまでの道のり

が偶然だと掃き捨てられてしまうからだ。意識・無意識の程度差はあるにせよ、自身の経験

談を発信することと、視ている誰かを“扇動”している事実をそうはっきりと結び付けては

いないんじゃなかろうか?

 もしイコールで結べているのならば、自分だったら、とてもじゃないがそれを開陳するよ

うな真似は出来ないと思う。奴らは化け物だ。自己愛の、承認欲求の、執着しないと一家言

を述べることに執着した変化へんげの成れ果てじゃあないのか……?


【UNIQUE】【個性的】


 “普通”から外れたっていい。貴方は貴方のままでいい。特別なんだから、唯一無二なん

だから。得意なこと、他人より出来ることを知って。極めてみて──。


 小さな我が城に、閉じ籠った部屋で端末と睨めっこしながら、思う。この手の妙に此方を

肯定ばかりしてくる言葉に、自分が何故ここまで反発心を抱いてしまうのだろう?

 言っている側が既に“成功”した側だから? 詰まる所は嫉妬だから?

 さっきみたいに、煽るだけ煽っておいて、いざ真似しようものなら責任は結局自分持ちだ

から?

 そもそも才能にだってグラデーションはある訳で。じゃあ「素晴らしい何か」に昇華出来

なかったり、することが困難だっりする──言ってしまえば“金にならない”素材しか持ち

合わせのない人間はその場合、どうなるんだ? 昇華する為の努力も、コネも元手もありは

しない。只々弱者は、およそ“普通”ではないと見做された、救いたくない形をしている者

達は、そもそもあんた達の想定にすら入ってないんだろう……?


【FREEDOM】【自由】

【CONSERVATIVE】【保守的】


 これも歳ばかり取った所為なのかな? いや、彼らのように希望の一筋を掴むことなく諦

めてしまった、自分を変える勇気を終ぞ持てなかった“臆病者”の恨み言か。或いはそんな

表現すら、色々と捏ね回して何とか自分の方を正当化しようとしてきた、認知の歪みって奴

なのだろうか? そうなのだろう。


 しかし……そんな自覚なかにあっても、未だ沸々と腹の底で煮えているものはある。怒りとい

うよりも、多分これは矛先をどう向ければ良いのか、収めれば良いのか見極めかねている違

和感と表現する方が近い。彼らのような一部の成功者達を見ていて、それでも彼らは彼らで、

画面に映らない努力や、苦悩に苛まれながら生きている筈なんだとの想像力は働いても。


 嗚呼、そうさ。好きにやれば良い。貴方も自分も、皆己の人生だ。どうせ最後は最期と決

まっているのだから、自身が納得できる形で幕引きを出来るんならそれに越した事は無い。

逆算するなら、寧ろその為にこのじかんがあるのだとさえ解釈出来る。

 でもさ? そのあんたが“勝手気まま”をやる間、その快適な環境を──インフラなり世

の中の色んな仕組みを享受するには、当然それを維持している誰かが少なからずいる筈で。

好き勝手にやって、後は『はいお終い。後は知らん』ではあまりにもタダ乗りじゃないか?

って自分は思うんだよ。税金、自治会費、料金。言い方や規模は色々あるにせよ、一方で自分

達も何か“貢献”することを怠れば、この人の世はあっという間にグズグズに壊れていって

しまうような……そんな気がしてならない。それこそ日夜、各種マスコミが不安を煽って商

売にしているような、その格好の実例が、叩けば埃が出るレベルで見つかっている昨今を鑑

みれば。


『知ったことか』

『苦しめて苦しめて、搾り取ってくるだけの側に、そこまで付き合ってやる義理は無い』


 大方、より気ままに──自分にとっての快適さだけを追求して生きているような者達は、

そういう感じの反応をするのだろう。回答こたえが頭の中にあるのだろう。実際何処かでそういっ

た“線引き”をしなければ、自分の中のセカイが際限なく広がってしまう。現実には自分一

人ではどうしようもない色んな問題にさえも、要らぬ罪悪感を抱いて苦しむ羽目になってし

まう。

 距離感が必要だった。時にはぴしゃっと突き放して、狭い範疇の中で落ち着く時間が必要

だった。……そこは認めなくては。

 自身の出不精インドアも、翻せばそういう目的なのだと思う。手段として染み付いた習性なのだと

思う。自分だって彼らと同じく、そこまで世のあれこれの維持に、正直『付き合ってらんね

え!』となる瞬間は少なくないのだから。彼らとはまた別方向で、壊れてしまってもまあい

いや、と。


 ***


 知られれば、きっと卑怯者と罵られるのだろう。臆病者のまま、結局それを正すことすら

せずに終わったのだ、当然咲く花など無かったと断じられても仕方のないことだった。

 積極的に悔い改めるでもなく。

 己が快適の為に、持ち合わせの性質ものを突き詰める技に行き着いた訳でもなく。

 正直……安堵している自分がいた。

 創り出せず、資することも出来ず、かと言って他多数を破壊してやる! だなんて度胸す

らも無い。攻撃性、エネルギーの矛先がつくづく外側に向かなかった。向いていなかった。

これまた素直に解き放つよりも早く、そんな真似が無意味ダサいと冷めてしまった。それでいて沸々

と蝕む毒はずっと内側に溜まり続けていたのだから、最終的には自分自身を壊す。それ以

外に方法なんて無くて。ちょうどいいなって、思ってしまった。

『──』

 嗚呼、偶に外出していたらこうだ。

 横断歩道の縞々模様、赤く点滅し始めた頭上方々の信号機。

 曲がり切れなかったのか見落としていたのか、そこへ自分目掛け、猛スピードの大型トラ

ックが突っ込んで来て──。

                                      (了)

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