表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
週刊三題 二冊目  作者: 長岡壱月
Train-134.January 2024
168/285

(3) インストール

【お題】花、魅惑的、物語

「そこに居るのは……もしかして、久根か?」

 出張先のとある町で、蔵本は思いもしなかった知り合いの姿を目撃したみた。だだっ広い幹線

道路に面したショッピングモールの軒下で、一人の青年が買い物後と思しき紙袋をぶら提げ

て立っている。

 不意に衝撃を受けたかのように、半ば反射的に、気付けば彼はこのかつての旧友へと声を

掛けていたのだった。

「──?」

「あれ、憶えてねえか? 俺だよ、俺。大学で同じサークルだった蔵本! 蔵本信之介!」

 ただ最初数拍、対する当の青年・久根の方は、少し怪訝な表情かおすら滲ませてこちらを見て

いるようだった。気のせい? いや、間違いない──内心そんな不安が脳裏を掠めたのは事

実ではあったものの、蔵本は生来の明るさと鍛えたコミュ力で場を押し切る。

 流石にあれから年月も経った。互いに見た目やら何やらが変わっていて、すぐに認識出来

なくともおかしくはない。

 ……その割には、妙にこいつの方は昔と変わらない感じがするけども。

「ああ、お前か。格好から何から違うから、ピンと来なかった」

「ははっ、そりゃあお互いもういいオッサンだからよう。大学の頃は、こんなツナギとかは

着てなかったろうし……」

 旧友の方は、おそらくオフと思われるパーカーとズボンの普段着。片やこちらは一応勤務

中ということもあり、胸元に名札を突っ込んである職場の作業着姿だ。

 呵々と笑い、蔵本はすっかり過ぎ去った日々を思った。思わぬ再会でつい口元からも笑み

が零れつつ、近寄って行って久根と軽くハイタッチをする。良くも悪くも、向こうは相も変

わらず淡々としているようで安心した。卒業後のお互いは知らぬままだったが、平穏無事で

あるのならそれで良い。

「正直驚いたぞ。お前、今はこの辺に住んでるのか?」

「うん。そっちこそ、もっと都会の方へ就職したと記憶してるんだけど……」

「ああ、職場はな。今日は少しばかし用事で──出張でこっちへ来てたんだよ。まさかお前

を見かけるとは思わなかったが」

「そっか。偶然ってのはあるモンなんだなあ……」

 ちょうど、そんな時だった。久しぶりの再会に話し込み始めていた矢先、モールの店内か

らもう一人、こちらへ向かって出てくる新たな人影が視界に入った。

 腰まで伸びたサラサラの亜麻色の髪と、白くほんのり朱の差した肌。小柄ながらも豊かな

ボディラインを隠し切れない、真っ新なワイシャツと栗色のスカート、ストッキング。

 何よりもきょとんと真ん丸に見開かれた両の瞳に、ワンポイントに着けられた、花弁を象

ったヘアピン──。

「悠馬さん?」

「あ、おかえり。そっちは済んだ?」

「はい。詰め直すのに少し手間取ってしまって……」

 おずおず。明らかにこの旧友、久根悠馬と親しげな様子の女性──傍から見ても清楚可憐

な美人だった。当の青年、悠馬本人はふいっと彼女の姿を認めて振り返っていたが、蔵本も

彼女自身も、お互いそれぞれ別の意味で戸惑ってしまっている。警戒、されている。

「あの、そちらの方は……?」

「う、うん。学生時代のサークル仲間で、蔵本。今日は偶々、出張でこっちに来てた所を今

し方ばったり」

「どうも。そういうことで怪しい者じゃ──って、おい。久根」

「えっ?」

 何かアクシデント的な事が起これば、熟考というかワンテンポ遅れる癖は昔のまま。蔵本

は悠馬の紹介に軽く会釈するや否や、むんずと彼を片腕で巻き込むようにして後ろを向き、

ヒソヒソと質問を投げ掛けた。気恥ずかしさを誤魔化しがてら、やっかみ諸々も合わせて、

これは是非とも確認しておかなければならないと思った。

「おいおい。何だよ、あのべっぴんさん? お前、いつの間にあんな女性ひととお近付きになっ

たんだ?」

「ははは……。いつの間にっていうか、そりゃあお前らと別れた後だけども……」

 体格差で勝っている蔵本と、巻き込まれながらも苦笑い。寧ろ余裕すらある悠馬。

 彼及び彼女の正体と関係性は、程なくして明らかになった。改めて彼女の方へ向き直った

二人、厳密には蔵本に向けて、当の彼女がフッと綻ぶような微笑みを浮かべて自己紹介をし

てくれたからである。

「──“初めまして”。悠馬さんの妻の、莉々と申します」

 つ!?

 物腰丁寧にそう名乗ってきた彼女からの情報に、思わず蔵本は言葉を詰まらせた。自分が

想定していた以上の間柄だと知り、全身がビクついた。

「ちょうど二人で、買い物をしてきた所でして……。荷物を抱えながらで失礼します」

「あ、いえいえ。そんなご丁寧にどうも──」

 胸元、ややお腹辺りに据えた紙袋を指して言っているのだろう。蔵本は流石に、昔のまま

のノリであわよくばからかってやろうと考えていた自分を後悔することとなった。腕で巻き

込んでいたこの旧友を離し、ちらっと二人の間で視線を往復させる。

 確かによくよく見てみれば、互いの左手薬指には、小さいながらもびっしり文様の刻まれ

た指輪が嵌められている。

「……結婚してたんだなあ、お前」

「まあ、色々あればね。そっちこそ、あれだけリーダーシップやってればモテそうなモンだ

けど」

「あははは。いないない! 何人かそういう子もいるにはいたが、今はフリーだよ。ってい

うか、ここん所ずっと仕事が忙し過ぎてそれ所じゃねえや!」

 感嘆から、誤魔化すように快活と。ある意味明確に、時の流れというものを感じてしまっ

たからか、蔵本は少なからずばつが悪そうに苦笑わらうしかなかった。

 もしかしたらもしかして、夫婦水入らずの休日に邪魔をしてしまったのではないか?

 ならばさっさと自分は退散して、本来の出張しごとに──。

「あ、あの。蔵本さん」

「っ! は、はい」

「私達もちょうど買い物を終えた所ですし、時刻もそろそろお昼ですから……。もし宜しけ

れば、ランチご一緒にどうですか? 悠馬さんの昔話、色々と聞かせて貰えたらいいなあと

思いまして」

「えっ? あ、はい……。い、いいんですかね? 確かに自分も、昼はまだ食っちゃあいま

せんが」

「まあ、莉々がそれでいいって言うんなら……。蔵本、良ければ案内するよ。美味しい店、

あるからさ?」


 そんなこんなで、妙な成り行きのまま、悠馬と莉々夫妻及び蔵本はお昼前に場所を移動す

ることとなった。行き先は幹線道路から少し外れて奥まった区画に入った、小さめながらも

雰囲気の良い、昔ながらの喫茶店。二人のおすすめランチメニューをお揃いで頼み、珈琲の

香りと共に多いに食が進んだ。落ち着いた店内の空気も合わせて、蔵本はつい大学時代の思

い出話に花が咲く。

「──なモンで、基本的にサークルを引っ張ってるのは俺だったんですけど、実際に細々と

した部分を詰めて纏めてくれてたのはこいつなんですよ。普段は人畜無害、極力気配を殺し

てるような奴なのに、蓋を開けて見りゃあ頭良いし周りをよく見てるし……。ぶっちゃけ、

こいつがいなかったらどうなってたか……」

 すっかり意気揚々、得意げに。尤も実際の内容は寧ろ、自分よりもこの目の前の友を讃え

るものばかりになっていたと記憶しているが。

 フォークを片手にしたままくるくる。当時の思い出を語りながら、嗚呼こいつは知る人ぞ

知る有能だったなあ。莉々という美人が時々それとなく、心底──旦那を褒められているの

だから当然と言えば当然だが──嬉しそうに次のネタを促してくるものだから、蔵本は自分

でも内心びっくりするぐらい多くを語っていた。合間にランチを口に入れ、噛み締め、ほん

のり優しい味に舌鼓。

 ……確かにこれは、余所から来た知り合いに薦めるに値するレベルだろう。まあ、最初に

紹介してくれた当の悠馬ほんにんは、公開処刑よろしく終始恥ずかしさで身悶えしていたようだった

が。

「そうだったんですか。ふふっ。悠馬さんも、何だかんだ楽しんでいたんですね?」

「まあ、人を学ぶ為……でもあったから。正直今は、活かせているかは分かんないけど」

「ふぅん? そういやお前、今何してるんだ? 俺は見ての通り──とまではいかねえか。

住んでる地区の役所の土木課で、ちょっとした管理職をやってる」

「へえ。それでツナギ姿なのか……。理系の方が得意だったもんね?」

「というより、あの頃と一緒でとにかく身体を動かすってのが好きなんだろうな。架け橋と

いうか、そういうのに多分引き寄せられていった結果なんだと思う」

 話題は徐々に落ち着きを取り戻して、互いの現状について。悠馬は妙にぼかしている感じ

があったが、蔵本の方は特に隠すでもなかろうと答えた。実際多忙の中にあっても、何だか

んだと続けている一番の理由は、自分の性分に合っているからだと振り返ることが出来る。

「そっか……。やっぱ人間、向き不向きがあるのかなあ?」

「今はそうじゃないと? あんだけ頭が良ければ、俺よかずっと引く手数多だったろうに」

「ちょっと、人付き合いがね……。結局色々あって、便利屋──みたいなことをやってる」

「便利屋? 探偵って奴か?」

「うーん。あんまり詳しくは話せないんだけど」

「そか。守秘義務云々ってのは、公務員こっちもあるしな。無事にやってるんなら、無暗に詮索す

ることもねえや」

「……助かる」

 人生、本当に何があるか分からないものだ。蔵本は珈琲を啜りながら思う。店内の落ち着

いた空気、BGM。後、凄く良い香りが鼻腔を刺激してくれる。強張った神経に沁み込むよ

うな安らぎを感じる。

 かつては、表向き自分がリーダーでも、彼を始め色んな人間に支えられて成り立っている

現実に正直忸怩たる思いがあった。だからこそ、それら不足を踏まえてなのか、今は我なが

らそこそこ上手くやれている心算だ。一方でその切欠となった当人は、今も何かしら悩んで

いるというか、迷走している感じがする。元々気優しく大人しい性格だったのが災いし、時

に必要なアグレッシブさで貧乏くじでも引かされてきたのか。

「それよりよう? 久根、お前嫁さんと一体どうやって知り合ったんだ? 俺からすりゃあ

こんなべっぴんさん貰った時点で大成功だと思うんだが。お前が探偵とかでも、こうしてつ

いて来てくれてる訳だしさ?」

「えっと……。どう、と言われても」

「……悠馬さんには、独りぼっちだった所を助けて貰いまして。それで、私の方から」

 助け舟か、或いは惚気話か。いや、多分後者だろう。

 気を遣って、別の話題を振ってみた蔵本だったが、対する悠馬の反応は鈍い。代わりに答

えたのは、その傍らに座る莉々の方だった。ほう……と頬を朱色に染めて軽くしなを作る。

要するにアプローチしたのは彼女側。なるほど、良くも悪くも、その気質がこいつなりの縁

を作ってきていることには変わりない訳か。

「莉々……」

「だって、事実ですもの。何と言われようが、私は悠馬さんの伴侶です。その点だけは絶対

に譲れません」

「ははは。熱いねえ。随分と愛されてるじゃないか。自信持てよ? 別に何の仕事をしてい

ようが、暮らしていければ立派じゃねえか。勿論、明確に犯罪とかは除いてだけどな?」

 仲睦まじくくっ付く旧友夫婦に、蔵本は微笑ましさ半分、やっかみ半分で再び呵々と笑っ

て彼を励ましていた。ついでに、口元に人差し指を立てて茶目っ気を。

 そ、それは、当然──悠馬は終ぞ若干の気弱のままに応じていた。心地良い。かつて見聞

きし、感じ慣れたあの頃の感覚だった。幸せの形は様々だ。大きさも小ささも、何を目指す

のかも自由であって欲しいと願う。旧友の一人が、その範疇に住まわっているのなら、それ

に越した事は無い。

 暫くの間、三人は更に昔話や現状のあれこれに花を咲かせた。

 たっぷり一時間。先方との面会予定を逆算してぼちぼちにと切り上げた頃には、テーブル

の上には綺麗に平らげられた料理の数々が転がっていた。席を立つ間際、財布を取り出す悠

馬に向かって蔵本は言う。

「じゃあ、僕らが支払いを……」

「いいっていいって。俺に奢らせてくれ。遅くはなっちまったが、お前らの結婚祝いも兼ね

て、な?」


 ***


 まさかあの時の同級生が、向こうから声を掛けてくるとは予想していなかった。散々繰り

返し、過去になり過ぎた人々の縁も、何かの拍子にああやって復活してくるものなのだなと

悠馬はホッと安堵の一息を吐く。

「お疲れ様でした。たくさん、話し込んでしまいましたね」

「出張で来ていただけみたいだし、約束の時間に間に合えば良いけど……。それにしても意

外だったよ。てっきり莉々なら、僕と二人っきりの時間を邪魔されるのを嫌がるとばかり思

ってたのに」

「時と場合によります。あの人は──悠馬さんに好い感情を持ってくださっている方は、良

い人です」

 かつての友人・蔵本を見送った後、悠馬と莉々は二人して店の外から大通りを折れ、路地

の中へ。不意に周囲の音が遠く、昼間だというのにビル陰で辺りが暗くなったかのような錯

覚に襲われ、だというのに二人ともその点に関してはまるで気にするような素振りすら見せ

ていない。

「……もしかしてとは思ったけど、やっぱりあいつを引き留めたのって“仕込み”の為?」

「お気付きでしたか。はい。万が一にも、小さな綻びから私“達”と悠馬さんの日常に支障

が出るような事態になってはいけませんから。少々、彼及びその周囲への調整も完了させて

います」

「そっか」

 肩越しにちらりと彼女を見据え、訊ねて返ってきた伴侶つまのニコニコとした回答に対し、悠

馬はあくまで淡々と受け取るだけに留まった。

 真面目、不穏。陰の中の違和感すらもとうに呑み込んでしまったかと言わんばかりに。も

う何千・何万回と繰り返して、慣れっこになってしまったと擦れて久しいような。

 二人して並んで歩きながら、彼は人知れず嘆息を吐く。もう一度ちらりと、彼女の──見

目麗しき美女の袖先から零れる、甘い“香り”の筋を視認しながら。

「……こんなことなら、大学やら何やらに入り浸らない方が良かったかもなあ」

「今更ですか。識りたいのなら、私“達”がいくらでもお与え致しますと言っておりますの

に。なのに悠馬さんってば、人間を知るってのはそういうことじゃ……などと言って遠慮し

続けたじゃないですか。学生を演出するやる度に、調整をしたのはこちらですよ?」

「分かってる、分かってるよお。謝るから……。あの頃は僕だって、まだまだ自分が普通の

ままだと思いたかったからで……」

 実際、誰に打ち明けて信じて貰えるものか。そもそも、証明してみせた所で一体この世界

のどれだけの人間が“理解”など出来ようものか?

 切欠は気紛れ、或いは運命の悪戯?

 確かに彼女という“理想的な伴侶”は、あの数式を経て邂逅した瞬間に舞い降りた。

 見目麗しき美女、それこそ人間ではないレベルの。保有する知識、思考も、端から一個人

寵愛されてほゆうして良い限度を遥かに超えている。

 だけども当の彼女──莉々“達”は、誰も気付いてくれなかった己を見出した自分を、文

字通り何があっても愛してくれる。全てを包み、永遠に寄り添うと誓ってくれた。

 これでもう、何回目だろう?

 数えることすら、意義を見出せなくなって久しかった。莉々さえ居れば、包まれていれば

確かに幸せだったが、繰り返しの中でヒトの縁はすぐ消える。誤魔化したって、作り物のそ

れは空虚さの侵入を許してしまうだけだ。

「……後悔、していますか? 私“達”と出逢ったこと」

「する訳ない。愛してるよ。ただ」

 こちらの考えていることなど、きっとお見通しだ。それでも彼女は、そっとこちらに身体

を寄せて腕を組んできた。柔らかく、ほんのり温かい感触が伝わる。悠馬は言わなければな

らないと、反射的に応じていた。嘘は言っていない。ただ、覚悟が想定上に必要だったとい

うだけだ。

「人間じゃなくなるって、大変なんだって」

 伴侶つまと身を寄せ合いながら、悠馬は人知れぬ路地の奥、暗がりへと少しずつ姿を消してゆ

く。

 今夜は……激しめかな?

 せめて急な、依頼よびだしの電話が無いことだけを祈ろう。


 ***


「それでさあ。その出張先でばったり、久根とその嫁さんと出くわして──」

 悠馬・莉々夫妻との再会から数日が経ったある夜、蔵本は私用PCのビデオチャットで、

学生時代からの付き合いを続ける面子と宅飲みを開いていた。酔いが回り、肴も進んできた

頃合いに、ふと彼は面々にあの時の出来事を話して聞かせる。嬉々として、また何処かで会

えればいいなあと思っていた。しまったな、今の連絡先ぐらい聞いておけば良かった……。

『ヒサネ? 誰だよ、それ』

『先輩達の世代に、そんな名前の人っていましたっけ?』

「えっ?」

 故に、蔵本は刹那思考が完全にストップしてしまっていた。通話越しの面々、学生時代か

ら今まで繋がり続けられていたメンバーらが、一人また一人と怪訝な様子でそうこちらへ訊

ねてきたからである。

「知らない? そんな訳──」 

 大きく目を見開いて、分割画面の中の彼・彼女らの表情かおを、思わずまじまじと見遣り始め

る蔵本。気持ち良く酔っていた気分が、急に醒めてしまった。

 久根が、久根悠馬が俺達の仲間じゃない?

 そんな筈は。あいつは確かに、俺の


 ザザッ!


『……って、冗談ですよ~。冗談。部長の実質の参謀だったあの人を、私達が憶えていない

訳ないじゃないですか』

『はは、動揺し過ぎだって~。あれか? 蔵本ぉ、お前もそろそろ記憶力とかが怪しくなっ

てきたとか思ってんじゃないの?』

「ああ? まだそこまで歳食ってねえよ。一応まだ三十代だぞ?」

 いや、気のせいか。

 一瞬何かノイズが──頭の中に砂嵐のようなものが視えた気がしたが、それも気にするよ

りも早く、次の瞬間にはメンバー達の悪ふざけであることが判った。

 煽られて、ちょっと大人げないくらい蔵本は言い返してみせる。在ったことすらも次の数

分には消えてゆく記憶、一抹の違和感。いつものように仲間達と馬鹿笑いをしながら、彼は

再び酒と肴の心地良さに身を委ね始めたのだった。

(気のせいだろ)

 万が一、全くの別人と間違っていたとしても、あれだけ長くこちらが思い出話を続けられ

る──でっち上げられる筈が無い。大体向こうの嫁さんだって、久根だんなの昔の姿が知りたかっ

たのか、こっちの話に食い付いてきていたじゃないか。

                                      (了)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ