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週刊三題 二冊目  作者: 長岡壱月
Train-133.December 2023
165/284

(5) ディスパレード

【お題】前世、裏切り、人形

 彼女が目を覚ました時、最初に視界を占めていたのは一人の男性でした。こちらを不安そ

うに、されど期待の籠もった眼差しでもって覗き込み、激しく心拍が変動している様が容易

観測出来ますわかります

 白衣を引っ掛けた、体格はやや痩せ型の長身、半透明の丸眼鏡とボサついた茶髪。

 初めて目覚めた筈です。しかしこの少女は、この男性のことをよく識っていました。

「……お父、さん?」

「っ!? おお……! 私が判るか、ひかる? 実験は大成功だ!」

 固い作業台ベッドの上の彼女を、彼は感極まりながら抱き締めます。

 ヒカル──そう呼ばれた少女は、確かに年頃の娘とよく似た姿をしています。しかし彼女

は“人間”ではありませんでした。彼がヒカルと呼ぶ人物とそっくりな姿形、何より生前の

記憶を転写された自動人形だったのです。

「ああ、すまない。ビックリさせてしまったね。あまりに嬉しくて、奇跡的で、つい……」

「……」

 見た目こそ人間の少女に近くとも、よく目を凝らして観察してみれば、その頬や手足の関

節、瞳の細部といった各パーツが人工的──接合部同士の僅かな線や球体による構成が確認

できます。

 質感こそ生身に見えても、あくまでそれは表面的な話。己の内部には大小無数の配線と制

御機器、留まることを知らない電気信号の網目が張り巡らされている……。そう彼女自身、

程なくして理解はしていました。じっと掌を見つめて、せざるを得なかったとも言います。

「……記憶の方は、やはりすぐさま定着はしなかったか。でも大丈夫。君は間違いなく君と

いう個体だよ。その上で、私の娘と同じ記憶と姿を持って生まれてきた」

「??」

 ただ目の前の男性、自らを父と呼ばせた相手に、最初彼女は内心戸惑っているかのような

様子がありました。その点は当の彼も想定はしていたようで、一旦抱擁から彼女を離して冷

静さを取り戻すと、ゆっくりと順を追って説明してくれます。


 彼は天野博士。自動人形を始めとした各種技術群の研究における第一人者であり、同分野

では知らぬ者などいない優秀な科学者です。彼が、彼女ことヒカルを──人間の記憶を持っ

た自動人形を作り出そうと決意した切欠は、妻を早く亡くした後、その忘れ形見である愛娘

もまた、難病に侵され倒れてしまったことに遡ります。

 科学技術の進んだ現代であっても、愛娘を襲った病を完治させる術はありませんでした。

あまりにも突然の、立て続けの出来事に打ちひしがれている暇すら許されず、娘・光の病状

は進行。遂にはベッドから起き上がれぬまま昏睡──植物状態にまでなってしまったのだと

いいます。

『このままでは、娘までもが死んでしまう』

 故に肉体的にも、肉体的にも追い詰められつつあった彼が取った選択肢は、ある意味生命

という存在そのものに対する挑戦でもありました。現代の医学でも治せない病、治療法が確

立するまでなど到底間に合わない……。ならば己の専門である自動人形の身体に、娘が娘で

ある証たるその記憶を移し替えられないか? 未だ研究半ばの技術ではありましたが、彼は

それに全てを懸ける決意をしたのです。

 はたして、その成果は本当のギリギリになって実を結びました。

 彼曰く、人間の方オリジナルのヒカル──娘の肉体は、とうとう病に抗い切れずに事切れてしまった

そうです。その寸前、まだ脳が生きている間に、彼は何とか記憶のデータ化だけは死守。そ

して彼女に、自動人形の方のヒカルに移し替えた上で目覚めさせることに成功したというの

です。


「目覚めた時点から様々な“記憶”がインストールされている、君にとっては少々違和感の

ある始まりかもしれないが……何、じきに馴染む。それよりも生まれてきてくれて有難う。

これからは私を、父だと思ってくれ。あの子の分まで、一緒に生きよう」

「……」

 只々、娘を死なせたくなかった。いえ、厳密には結局死んでしまったのですが。それでも

一しきり経緯を話し終えると、博士は再び彼女をぎゅっと抱き締めていました。

 為されるがまま。彼女ことヒカルは、暫くこの“生みの親”が望むままに身を委ね、且つ

その横顔を観察していました。

 自分は機械、自分は代わり──状況は程なくして理解してしましたが、かと言ってこの時

彼を恨むような気持ちはありませんでした。そのように造られたからだと、彼女自身、論理

回路の中で解釈していたからです。

 自分達自動人形は、人間に奉仕する存在。基礎データとしてインプットされた情報が、そ

う己に命令を投げ返してきている……。そんな認識で身を委ねていました。少なくとも今こ

の瞬間、人間であり、自らの生みの親でもある彼が打ち感涙に震えているのであれば、それ

は肯定すべきことでした。それが自らの存在意義だと規定するのに、そう時間は掛からなか

ったのです。


 それからの日々は──とかく二人にとって穏やかなものでした。

 肉体的には死亡したとはいえ、同じ“記憶”を受け継いだ我が子が傍に居る。博士はその

現実でもって、徐々にやつれていた心身を取り戻し、彼女と慎ましい暮らしを享受してゆく

ことになります。一日一日が、二人にとって思い出となってゆきました。こと彼女、ヒカル

自身にとっては、ネットワーク上から収集するデータだけでは分からない生の情報だらけの

日常です。いつしか彼を「博士」ではなく「父」と呼称することにも躊躇いラグを出さなくなり、

自然と距離は縮まってゆきました。確かに、彼の言うように“記憶”が馴染んでいったが

故の経過だったのかもしれません。

 ……尤も、当の博士の側も、彼女の前で人間の方のヒカルのことを話題に出さないように

していたようです。途中で自動人形としての彼女も気付いてはいましたが、それがいわゆる

“気遣い”だと理解してからは、こちらからも訊ね返すこと自体を止めるようになっていま

した。自分はあくまで自動人形であって、光嬢本人ではない──今更そんな客観的事実を突

き付けても、彼は笑顔にはならないと知っていたからです。

「──お父さん。あの人」

「ん? ああ……あいつか。随分と有名になってしまったものだな」

 そんな、ある日の出来事でした。

 この日一緒に街へと出掛けていた二人は、交差点の向こうに聳え立つビルにでかでかと掲

げられた大型ディスプレイを見上げ、思わず足を止めます。ヒカルはふいっと自身のアーカ

イブにヒットしたから。天野博士は個人的な経験から。それぞれに画面そこに映る人物の姿を見

つめます。

『──では、あくまで自動人形は機械であるべきだと?』

『ええ。ここ十数年で、彼らは協同型ライフノイドだの協働ワークノイドだのと区別されるようになりましたが、元来

彼らはどちらも人間の作り出した道具であったのです。社会をより豊かにする為の、人間で

はないものであることが本質だと、私は考えます』

 そこには、インタビュアーと思しき女性と対談し、堂々と質問に答えているスーツ姿の男

性が映し出されていました。

 高級感溢れる黒スーツや靴、それとなく巻いたアクセサリー、撫で付けたアッシュブロン

ドの髪から何から。女性の側もいわゆるキャリアウーマン、取材も和気藹々ではなく討論気

味な雰囲気が漂っていながらも、彼はその己の主張を頑として譲ろうとはしません。寧ろ言

外に、自分のそれとは真逆の風潮へ向かう現状を強く憂いている様子さえあります。

「フェルデン・バートランド氏。世界的なIT企業、グロリアッサの現CEOですね。私達

のようなパートナー型の自動人形ではなく、特定の工程に特化した作業用機械の製造・販売

に力を入れ、推進しています」

「……というより、毛嫌いしているんだよ。機械は、人間を超える能力を発揮して役立つか

らこそ機械なんだというのが、奴の昔からの持論でね。終ぞ反りが合わなかった……」

 ネットーワーク上から補完データにアクセスし、画面に映る人物の一般的な評をヒカルは

呟きます。一方で天野博士は、そう苦々しい表情をして傍らで呟き、少なくとも好い感情を

抱いていないことがありありと窺い知れました。

 数拍の間。彼女はちらりと彼を──父を見上げて、二度三度と画面の向こうの人物・フェ

ルゲンCEOと見比べます。その言い口からは、まるで彼が件のCEOと直接知り合いであ

るかのように判じられたからです。

「……お父さん、天野幸士郎博士の経歴を検索。以前お父さんも、グロリアッサ社に勤務し

ていたことがあったのですね?」

「ん? ああ……。もう随分と昔の話だよ。会社も、興したばかりで殆ど無名みたいなもの

だったし。今みたいに大きくなった頃には、私はいち科学者に戻っていたからねえ」

 総じて人間に近い人型やペット等の動物型を取り、その暮らしの傍らで人々を癒し、支え

る目的で造られた協同型自動人形、通称・ライフノイド。

 一方で従来の──特定の用途に最適化する為、必ずしも人や動物型とは限らない、ある意

味純粋な“機械”に分類される協働型自動人形、通称・ワークノイド。

 現代では日常の様々なシーンに登場し、最早人々の生活にとって欠かせない“当たり前”

となりつつある両者ですが、そんな分類自体に──機械が人間となってしまうことに危機感

を募らせる人間達は今もまだ根強く存在していました。フェルデンCEOはその最たる人物

の一人と言えるでしょう。

 苦笑を零しつつ、今や昔話だと語る博士。ですが彼女は、そんな彼の横顔をじっと観察し

たまま、すぐにはこれをスルー出来ずにいました。同時並行的に追加でデータ、情報を補完

し、メモリ内で時系列を照らし合わせます。

(……お父さんが同社を退職した年と、お母さんの死亡した年に近似値はありません。もう

少し後のようですね。そこから私が──光嬢が病に倒れたのも、更に先……)

 結果的に、それは杞憂だったのかもしれません。

 はたと一連の話題、記憶の引き継ぎじぶんのそんざいが繋がっているのではないかと推測し、彼女は密かに

ネットワーク上の情報を精査していたのです。

「? お~い、どうした? そろそろ行くよ~?」

「あ。はい……」

 ただ勿論の事ながら、当の博士本人がそのことを知る由もありません。彼女が思案をして

いる間に、気付けば件の大型ディスプレイから視線を外して歩みを再開。立ち止まったまま

の“娘”に向き直ると、手を振りながら呼び掛けてくれます。


 穏やかな日々でした。

 しかしそんな二人の幸せな日々も、何の因果か長くは続かなかったのです。

『──っ!? 危ない!』

 事故でした。ある冬の朝、渡っていた横断歩道へとトラックが信号を無視して進入。その

衝突から“娘”を守る為、博士は己の身を呈して彼女を突き飛ばしました。

 つんざくスリップ音、引き攣った運転手の表情、往来の人々の悲鳴。直後、車両の直撃を

受けた彼は、急遽病院に搬送されたものの、程なくして死亡──帰らぬ人となってしまいま

した。あまりにも、呆気なさ過ぎる最期だったのです。

「……どうして? 自動人形ライフノイドの私の方が、頑丈だし、修理さえすればまた動けるようになる

のに。平気なのに。どうして、お父さん──博士は……?」

 まだ明け切らない病院の廊下で、ヒカルは頭を抱えて一人座り込んでいました。そんな彼

女の周り、やや遠巻きで、医療用のナース型自動人形ワークノイド達が掛けるべき言葉を選び切れずにい

ます。

「本当の、娘だと思っていたからだと思います」

「親という者は、我が子の危機には咄嗟に身体が動いてしまうと云います。博士もそうだっ

たのでしょう」

「でも、私は自動人形ライフノイドなんですよ!? 本当の娘ではないんですよ?! 本人が一番分かっ

ていたことじゃないですか。なのに、判断ミスそんなことで先に逝かれてしまっては、私は一体この先

どうすれば……?」

 彼女自身も、知識としてそれが人間の情、自分達自動人形には本来あり得ない非合理的な

行動だということは十全に分かっていました。ナース型達も困惑しています。ですが何より

もそれ以上に、彼女にとって天野博士という“父”を失うことは、己の存在意義そのものの

喪失と同義でもありました。言葉の通り、吐き出された反駁の通り、彼女はヒカリという名

の拠り所すらも、同時に奪われようとしていたのです。

「──天野博士のお嬢さん、の自動人形ライフノイドだね?」

「? 貴方は」

「ちょ、ちょっと困ります。今ヒカルさんは、大変不安定な状態でして……」

「そんなことは見れば分かる。酷いものだ。愛される為に生まれて、愛されてきたというの

に、一つボタンを掛け違えればひっくり返される。私達、人間の都合に振り回される……」

「……」

 ちょうどそんな最中でした。彼女らの下に、一人の小太りな中年紳士が訪れます。

 最初こそヒカル自身、或いは場に居合わせたナース型達が警戒をしていました。ですが当

の中年紳士の方は、手馴れた様子で、彼女の前へと進み出ます。進み出て、気持ち跪くよう

に帽子を胸元に。そう哀悼の意を示すように語り掛けてきます。

「私は、現在の自動人形達を取り巻く環境について、その改善のため活動している組織の者

です。ヒカルさん、貴女も一緒に来てはくださいませんか? 私達と共に、貴女がた自動人

形の“権利”を勝ち取りましょう」


 ***


「ああ、また例のデモ隊がうろちょろしてるのか。さっさと摘まみ出せ」

「はっ……。ただなるべく、手荒な方法だけは採らぬようにと」

 グロリアッサ社の本社ビル前。その通路を塞ぐように、プラカードを掲げた人々と幾体か

の自動人形達が抗議の声を合唱していました。『彼らに権利を!』『我々も同胞だ!』ビル

内最上階、社長室の入るフロアの窓からその光景を覗き見たフェルデンは、控えていた側近

にそう心底うんざりしたように指示します。側近の方も最早慣れっこなようで、丁寧な所作

で応じながらも、対応はあくまで淡々としたものに見えます。

「……ったく。連中の声が日に日に鬱陶しくなってきやがったな。よほど俺という人間が上

に留まってるのがお気に召さないとみえる」

「そうでしょうね。CEOは今や、反ライフノイド派の代表格ですから」

「派も何も、事実を言ってるだけなんだがなあ……。こうややこしくなることは、当時から

も目に見えてたろうに……」

 どっかりと、高級そうな黒革のソファに腰を下ろし。彼はごちます。残った他の側近、自

らの普段の姿を知っている昔からの仲間にそう言われると、当の本人はあくまで不本意そう

でした。大きく嘆息を吐き、尚も耳に微かながら届いてくるデモ隊の音に眉を顰めます。

「機械ってのはあくまで道具なんだよ。俺達人間が、もっと効率的に仕事を捌いてゆく為の

助けとなるモンだ。ただでさえ俺達人間ってのは、今日という今日までお互い争いが絶えず

に、膨大な量の資源や労力を無駄遣いしてきてる。収支は、黒字に変えねえと」

 彼は言います。自分が視ているのは“事実”だと。その上で、過去から自分達が生み出し

てきた機械というツールに求めるべきは、何なのか?

「……だってーのに、今度はやれ権利だの平等のだと、現実のげの字も見えてねえ戯言を抜

かしやがる。手前らの言う、その綺麗事を達成する為に何を犠牲にした? どんなリソース

を傾けてきた? 綺麗だろうが汚かろうが、何かを仕込むってのは勘定が要るんだよ! 無

尽蔵にポンポン出てくるものじゃねえ! 個人にブレーキを掛けまくって、成果が出ません

ってそりゃあそうだろ。基本、効率・能率と逆のことをしてるんだ。今までより右肩上がり

になる筈がねえだろうが!」

 ガンッ! 流石に苛々が募ってきたのか、彼はソファの肘掛けを一度強く拳で打ち付けて

いました。側近もとい旧知の仲間らは黙していましたが、内心ハラハラだったでしょう。我

らがリーダーは確かに有能だが、如何せん数字的なものを重んじ過ぎる……。

「人形に人権なんざ要らねえ。実際、ビジネスをしてる連中が欲しいのは、金払いの少なく

て済む“奴隷”だろうがよ……。なのにまた、今ある便利な道具達にまで心だの何だのをく

っ付けちまえば、ギャースカ要求ばっかりしてくるぞ? 現実俺らや、他のメーカーにも徒

党を組んで嫌がらせをしてきてるだろ? 人形が人間並に管理コストばかり高くなって、原

価が下げられなくなりゃあ、結局その皺寄せを受けるのは手前ら自身だっていうのに……。

少し考えれば、分かることなのによ……」

 あ~あ。遂にはゴロンと、彼はソファの上で横になってしまいました。

 腕時計をチラ見して、まだ次の予定まで間があることを確認。世間的には今や“悪人”側

とされつつある彼は、軽く握った右拳を額に当てたまま、今は亡き旧友を思い出します。

「道具は、道具として使ってこそ意味がある。敬意を示せる。それこそ人間のように、相応

のメンテを続けていれば、ブレも無く効果を発揮出来る」

「……アマノの野郎。余計なことしやがって。道具に情が移るだけじゃ飽き足らず、自分の

娘まで」

 機械はあくまで機械。ヒトと同じ轍を踏ませまいとすることが、何故詰られるのか?

 自分達人間を超える性能を発揮するからこそ、別種たりうる。なのに、それらをこちら側

エゴによって、同等に押し込むなんて真似は──。

「冒涜だよ、そんなのは」

 ああ。優しさなんかで、あって堪るか。

                                      (了)

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