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週刊三題 二冊目  作者: 長岡壱月
Train-133.December 2023
162/283

(2) 貫けど貫けど

【お題】生贄、剣、記憶

 窪んだ斜面の底に、ぶつかり合う剣戟の音が響いていた。他に人気の無い山中、そびえる

ように囲む木々のもと、滑落したと思しき馬車の残骸と犠牲者らが転がっている。

「……っ! ぬぅぅっ!」

「ふん! らぁぁぁーッ!!」

 そのような状況の中で尚、生き残っていたのは二人だけだった。

 一人は身なりの良い黒服こそ着ていたが、人相も髪型も粗暴──ほぼ丸刈りに太眉、ギラ

ついた瞳。それは現在進行形で連れていた部下達を失い、自身も打撲や裂傷まみれでボロボ

ロになってしまった今この瞬間も衰えることを拒んでいる。

 もう一人は、この彼に襲い掛かった灰髪の青年だった。馬車ごと滑落した一行を崖下まで

追い、更に腰の剣を抜いて命を奪おうとする。繰り返し鳴り響く剣戟の音は、二人がお互い

必死になって攻防を繰り広げていた最中のものだった。

 負傷による劣勢。痛みと積み重なってゆく出血量により、徐々に満足な動きが出来なくな

っていた黒服の男の剣を、青年は遂に弾き飛ばして追い詰めた。チャキン……と、握った己

の切っ先を座り込んだ相手へと向け、強い殺気を秘めた眼差しで見下ろしている。

「ぐっ……!? はあ、はあ……。しくじったな。俺がこんな所で焼きが回るとは」

「当然だ。お前達が犯してきた罪の数を思えば、寧ろ今までのらりくらりと生き長らえてき

たことすら忌々しい」

「……へっ。なるほどねえ? じゃあうちの馬車が突然ぶっ壊れて転がり落ちたのも、大方

手前の細工か。流石は“ディアン”家の血筋……そういう回りくどいことをさせりゃあ、右

に出る者はいねえか」

 抜かせ。

 灰髪の青年は、両肩で息を荒げながらも、尚も憎まれ口を叩く彼に、そう不快感を全く隠

そうともせずに吐き捨てた。襲撃は明らかにこちらの優勢のまま成功した、今まさに殺され

ようとしているのに、この男は結局改心することは無いらしい。

「家柄は──ディアン家や“スホー”家は、今は関係ない。お前達がライカを、妹を辱めて

死なせた。その事実さえあれば充分だ」

「ライカ……? ああ、あの生娘か。はは、復讐なんて古臭いことを……。大昔、一度は負

けて出て行った連中の子孫が、のこのこと俺達の街に戻って来るからだ。負け犬は負け犬ら

しく、余所の土地でフラフラしてりゃあ良かったんだよ。弁えってモンを、教えてやらねえ

となあ……?」

 刹那、青年が目に見えて激昂したのが分かった。喉元寸前の所で押さえ付けていたどす黒

い殺意が、この憎き丸刈り男を袈裟懸けに切り伏せる。ギャア──ッ!! 血飛沫が舞い、

短い悲鳴が響く。辛うじて絶命させずにいれたのは……はたして彼の良心が残っていたから

なのか。

「……そんなのは、妹があんな最期を迎える理由にはならないだろ。許せない。許される筈

がない。だから何と言われようとも、仇は俺が──」

「う゛っ……。へ、へへへっ、馬鹿だなあ。こんなことをして、無事で済む訳がねえことぐ

らい、分かり切ってるだろうが。親父や兄貴が……スホー家が、お前をどこまでも追い掛け

て殺すぞ? 妹と同じ場所に行きたきゃあ、言ってくれりゃ良かったのに。へへへ……」

「……」

 だというのに、哂っていた。煽り続けていた。

 馬車ごとの滑落。直後襲撃されて、深々と負った斬り傷。崖に背を預けて、既に一歩も動

けない程の致命傷を負っているにも拘らず、この丸刈り男は強気の姿勢を崩さなかった。街

を牛耳っているスホー家の一員であるという自負、後ろ盾。それらを以って、青年が今自分

に為そうとしている暴挙に警告を向けようとするも。

「関係ない。これは、俺自身の為だ。あいつの無念を晴らす以上に、俺自身が“納得”する

為だ。うちの家系とお前らの因縁は知ってる。今もずっと残ってることぐらい、叔父さん達

と戻って来る前から厭になるぐらい聞かされたさ」

 青年はあくまで、復讐はんこうに至った理由を、酷く個人的なものだと語る。

「……でも、そうじゃない。俺が怒り狂ってるのは、血筋がどうこうなんて話じゃない。お

前という畜生に、ただ一人の妹を穢されたからだ。お前がその報いを受けていないからだ。

関係ない。常識だの力関係だの、そんな行儀良さで“解って”堪るものか。……必要なんだ

よ。あいつの死を乗り越えて、俺が先に進む為にも、お前には同じぐらいかそれ以上の苦痛

を味わって貰わなくちゃならない。“納得”は……全てに優先する!」

 ブンッ! 三度剣を大きく振り上げて、青年はこの憎き仇の姿を睨む。当の本人、スホー

家の男は数拍呆気に取られていたが、直後フッと哂った。或いは自嘲だったのか、終ぞ確か

める術は無かった。

「……そうかよ」

 阿呆が。さも言外に、そう小さく吐き捨てるかのような。

 最期の最期まで、惨めな命乞いなどは無かった。謝罪の言葉すら無かった。状況的にもう

助からないと、否が応でも悟っていたからか。

 ありったけの害意、止めの為の一撃。

 次の瞬間、青年が大上段から振り下ろした刃が、男の脳天へと吸い込まれ──。


(ねえ? 知ってる?)

(ああ。スホー家の次男坊、死んだんだってな)

 街郊外の山中で仕組んだ復讐劇から、数日が経っていた。市内では既に、かの丸刈り頭の

男ことマグナスが、滑落事故で亡くなったとの情報が飛び交っていた。

 何でも従者達を連れて移動している最中、車輪が割れてバランスを失ったらしい──。

 ひそひそと、行き交う人々や軒先の旅人らが、尾ひれ付きの噂に息を潜めている。皆表立

って批判こそしないが、同家の専横はかねてより身に染みていた所だったからだ。

(しかし何でまた、そんな辺鄙な所に……?)

(さあ? もしかしてアレじゃないか。方角的にほら、例の新しい鉱山に繋がる道だろ?)

(言われてみれば……。じゃあ、本当に移動中の事故?)

(どうだろうなあ。俺達の口からはとても……)

 市中の噂は、ここ数日でかなり広範囲にまで広まっていたようだった。このペースで行く

と、旅人や行商人を経由して近隣の町や村へ届くのは最早時間の問題だろう。

「邪魔するぜ。いるか、ジル?」

 そんな人々のざわめきの中を通り、一人の若者がとある小さな家を訪ねていた。玄関扉の

ノッカーを叩き、僅かに開けた隙間から確認された主に通される。

 灰髪の青年だった。先日、件のスホー家の男を事故に見せかけて殺した張本人である。

「何だよ? こっちは一応、ほとぼりが冷めるのを待ってるのに……」

「冷めるモンかね。っていうか、そういう頭があるんなら、あんな無茶は止めといた方が良

かったんじゃねえか? ライカちゃんの無念は……痛いほど解るけどよ」

「……」

 彼は灰髪の青年、ジルとは数年来の付き合いのある友人だった。同家の一員が急死したと

の報せで街中が動揺する中、彼は細心の注意を払って当の本人を訪ねて来たのである。

 念入りに外の様子を確認し、二重・三重で鍵を締め直すジル。そんな友人の張り詰めた様

子に、この彼は最初伝えるのを躊躇った。しかしこのまま何もなく、ただ無駄話をして帰る

という訳にもいかない。

「……スホー家が動き出した。マグナスを殺した犯人を、一刻も早く捜し出して晒し首にす

る心算らしい」

「だろうな。あいつらがあのまま、大人しくしてくれるとは思ってねえよ」

「だったら……! 分かってた筈だろう? 真っ先に疑われるのは、昔っから因縁のあるお

前ん所の家系だ。ボルデンさんやアンさんも、お前のことを心配してたぞ。自分達だって、

疑われて何されるか分からないってのに……」

 この友が持ってきた報せに、ジルは言葉もなく唇を噛んだ。判っていたことだ。スホー家

が動き出せば、先ず矛先は自分達に向く。そうでなくとも、普段からこちらを排除する為の

口実を探していたくらいなのだから。

 妹の仇は取らなければならなかった。その選択に間違いはないと思っている。ただその報

復の矛先が、他の一族に向けられてしまうのも望む所ではなかった。かと言ってこちらから

名乗り出たとしても、彼らが無事なままでいられる保証など無く……。

「……俺個人の問題だと思ってるのは、結局俺だけなんだな」

「フィガロ、叔父さん達に伝言頼めるか? 暫く俺が、街を出るから──」

 だがちょうど、そんな時だったのである。にわかに扉の外、街の通りが騒がしくなった。

買い物時やら日常のイベントではない。二人は半ば反射的に押し黙り、されど息を潜めつつ

覗き窓から様子を窺い出す。


「あ~、あ~……。諸君! 既に知っていると思うが、先日我が弟、マグナスが新鉱山へ向

かう山中で亡くなった。連れていた部下もろとも、整備途上の道から滑落したと思われる。

誠に残念だ。誠に残念──で済む訳ねえだろうがよお、畜生がァ!!」


 怯えて縮こまる往来のど真ん中でそう演説を始めていたのは、スホー家の長男、マグナス

の兄であるマルトルだった。ファーの付いたジャケットと撫で付けた髪、腰に下げた剣。周

りにはざっと、二十人近い護衛役の屈強な男達が睨みを利かせている。

「誰だよ!? 誰が俺の、愛しの弟をった? 何処のどいつだ!? ……判ってんだよ。

他の奴らはほぼ滑落時点で即死だったが、弟だけは滅茶苦茶に切り刻まれてた。明らかに誰

かが息の根を止めてた。どいつだ、ああ!? 許さねえぞ、絶対に許さねえ! 俺達スホー

家に喧嘩を売ってきたことを、その命で後悔させてやるッ!!」

 見方によれば、わざわざ身内の不幸を喧伝する自意識過剰。或いは大々的に衆目を集める

ことで、まだ見ぬ犯人に対して宣戦布告を行う為のパフォーマンス。

 十中八九、これは後者だろう。只でさえ街中を恐怖による支配で牛耳ってきた同家だから

こそ、人々への萎縮効果は絶大だ。場合によっては、自主的にこの中から“仲間”を売って

くれる者が出るかもしれない。

「……オホン。そういう訳で、だ。確実に犯人を捕らえるべく、我々は本日よりある作戦を

開始することにした。それは──“名乗り出てくるまで、一軒ずつ皆殺し”だ!」

『!?』

 只でさえ怯え切っていた市民らが、絶望のどん底に叩き落されるのが分かった。思わず互

いに顔を見合わせるが、勿論ここに犯人がいる訳でもない。戸惑っている彼・彼女らを尻目

に、マルトルは部下達に火の付いた松明を掲げさせ、日の暮れ始めた街に向かって叫ぶ。

「何処に、我が愛しの弟を殺した凶悪犯が潜んでいるか分からないからなあ? 炙り出すに

はそれこそ街中を隈なく捜さないと駄目だよなあ? ……あ~あ、お前の所為だぞ? お前

が俺達を怒らせるから、関係のない人間まで疑わなくちゃいけないんだ。仕方ないよなあ?

誰も犯人の心当たりがないと言うし、差し出せないんだもんなあ?」

『……』

 覗き窓からこの一部始終を見ていたジルとフィガロは、その場で凍り付いていた。いや、

或いはあまりにも露骨な非道ぶりに、沸騰しそうな程の怒りを感じていたのかもしれない。

「ジル──」

「あの野郎、よりにもよって住人全体を……! 自分達の街だろうが! 人がいなくなった

ら、元も子もねえだろ! 大体ああまでするってことは、目星なんぞとっくに……!」

 激昂するこの友人の口を、フィガロは急いで塞ぎ、そのまま家の奥へと移動させた。復讐

という、酷く私的な手段に及んだ癖に、こういう正義感はある。まあ確かに、無鉄砲という

面では共通しているかもしれないが……。

「落ち着け。このまま飛び出して行ったら、奴らの思う壺だぞ? お前の言うように、向こ

うもディアン家の誰かだってことは目星を付けてるんだろう。その上で、後にも先にもお前

らを孤立させようって魂胆だ」

「……分かってる」

 友からの忠告を受けてか、ジルは深く嘆息を吐きながらも近くの椅子に座り込んだ。深く

眉間に皺を寄せ、片手で髪を掴みながらぐるぐると何かを考えている。どのみち復讐を果た

した時点で、この街に長居は出来なかったのだ。その上で、向こうの取ってきた手段も踏ま

え、どうすれば一番現実的な“解決”に持ってこれるか……?

「問題なのは、現状スホー家がこの辺り一帯の権力を握っちまってることだよな。財力も兵

力も、あいつらに味方してるから、誰も逆らえる奴がいない」

「ああ。曲がりなりにも、王国から統治を任されてるしな。あいつらの横暴に思う所がある

住民は多いが、かと言って逆らえば叩き潰されて終いだ」

「……いや、案外そうでもないぞ? 要するに後ろ盾を無くしてやればいいんだろ?」

 だが暫くして、彼は一つの作戦を思いついたようだった。友の言葉にピッと指を差し、顔

を上げる。尚も頭に疑問符を浮かべている当人を尻目に、ジルは再び玄関扉を見ていた。外

からは尚も、マルトル以下スホー家が、自ら領民を虐殺する旨を発表する狂乱が聞こえる。

「寧ろこれは好機チャンスだ。ぶっちゃけ、時間との勝負ではあるが──」


 ***


「かくしてディアン家のジルは、協力者の手を借りて街を脱走。王都への早馬を走らせ、先

祖が行おうとした炙り出しを逆手に取って告げ口を──国王や中央貴族らへの直訴で以って

彼らを罪人とし、長らく続いた統治権の付与を撤回させた。我々の不遇は、遡ればあの頃よ

り始まったのだ」

 寒空の下に建てられたテント群、その一角に薪の暖房器を焚いて、巌のような皺を全身に

刻んだ老人は一旦言葉を切った。傍らには部下らしき、武装した中高年から若者までの幅広

い覆面達。一方では揃いの軍服を身に纏い、これを注意深く聞いている一団が座しており、

更にこの両者の間に立つように一人の使者が静かに困惑している。

「……今更、戦を止めることなど出来ようものか。我々は彼奴らより奪われた、我らが故郷

を取り戻す為に今日まで戦ってきた」

「ふん、片腹痛いな。元よりこの一帯に絶対的な所有者などおらん。それをお前達が力ずく

で他家を追い出し、居座ってきただけではないか。被害者ぶるな、恥を知れ!」

 実際に武器を取って──という訳ではなかったが、両者が互いに向ける空気は、終始剣呑

と言って他に無かった。どちらも歴史的に、個々の経験的に、決して自分達の側の主張を譲

らず、衝いて出る言葉は罵倒や侮辱のそればかりである。

「おっ、落ち着いてください! ここは“和平交渉”の場ですよ? スホー氏も、ディアン

氏も、相手の意見は最後まで傾聴するように!」

『……』

 一体あれからどれだけの歳月が、時代が流れただろう。両家を祖とする勢力争いは、現在

も尚、深刻な問題としてしばしば浮上していた。今回も第三国の連合から派遣された使節団

が仲介に当たっているが、交渉は遅々として進まない。語り部のように静かで昏いスホー翁

と百戦錬磨の軍人・ディアン将軍。双方の敵愾心はまるで、DNAに刷り込まれた本能のよ

うに働いて憚らない。今回も、理性的な先送りかいけつには酷く時間が掛かってしまうらしい。

「だがまあ……爺の言い分は俺達にとっても同じだ。今更、この戦いを止めることなんぞ出

来ねえってのが正直な意見だ。お前さんら余所者は余所者で、色々要らん影響があるからと

止めたがるんだろうが、こうして毎度ちまちま戦闘を止めてたって何も解決はしねえだろう

よ。地域の何処を誰が引き受けるのか? 明け渡すのか? どう線引きしたって、納得しな

い奴らはごまんと出るぞ?」

「……」

 和平交渉を託された使者は、そうふいっと将軍から向けられた水に思わず押し黙る。事実

これまで幾度も設けられてきた停戦協定も長くはもたず、再三戦火を拡げるばかりの結果を

招いてきた。何より当事者である彼ら両陣営が、そもそも使者サイドの言う“解決”を望ん

でいないという現実も大きい。

「解っておるさ。矛を収めねば、双方犠牲者が出る一方だとはな。じゃが……全てを無かっ

たことには出来んのじゃよ。これまでの歴史、代々の父祖らが文字通りその屍でもって築い

てきた願いを、我らが立ち切っては以来永劫報われぬ。御霊らが、納得出来る筈もないじゃ

ろうて。……我々の願いは只一つ。かの地を奪還し、今度こそ簒奪者のおらぬ国とする事」

「おうよ。だからてめえは消えろ──そう言い合って殺し合って、ずっと今まで来ちまって

るんだ。理屈で解っても、感情が許さねえ。歴史も身内らも、制御し切れるモンじゃねえの

はあんたでも分かるだろ? それこそ、どちらかがこの地上から一人残らず滅び去るぐらい

の状況にならなきゃな」

「っ!? それは──」

「ああ、分かってる。分かってる。流石に極論だよ。だが……割と本質ではあると、俺なん

かは思ってる。死守する意志は、爺側からすれば奪還の意志は、別に血筋だけに限らねえか

らよ。それこそ大昔のディアン家、スホー家の血なんざとっくに途絶えてる。実際俺自身も

分家も分家、そのまた分家っつー薄い所だしな」

「……だからこそ、同じ思いを継いだ者達が戦いを引き継いできた。血を、元あった集団を

仮に滅ぼしても、この争いは続くじゃろう。我々やこ奴ら、どちらかを見て共鳴した者達が

いずれ、同様の対立を展開してゆく可能性は少なくない。だからこそ、寧ろ我らが中途半端

に終わらせてしまえば……ことわりは一層形骸化してゆくぞい? そもそも今日まで我々を競わせ

たのは、当時代々の周辺国の王達だったであろうが」

「……それは」

 綺麗に整えられた身なりの使者は、あくまでそう淡々と語る両家の現長らの言葉に反論す

ら出来なかった。

 周辺国の王──第三国連合や更に外様の勢力は、歴史上この地の紛争を兵器や傭兵の試験

場として使ってきた側面がある。強国同士が互いに直接ぶつからず、且つ地理的にも緩衝地

帯であり続けるこの地は、酷く目先の利益ではありながら都合が良かったのだ。

「すまぬな。流石に意地悪い問いだったかの」

「ほう? 珍しく謝るじゃねえか。ならこっちにも、攻め入ってすみませんでしたと頭を下

げても良いんだぞ?」

「誰が抜かすか、阿呆が。お主こそ何時までも若い気でおるな。下の者すら飼い慣らせぬよ

うでは、将としての器が知れるぞ?」

「何おう!?」

「何じゃい!?」

「ちょっ、ちょっとお二方、落ち着いて──!」

 もしかすると、本当に必要だったのは“敵”を減らすことではなかったのかもしれない。

 やれ、睨み合いが解け始めたかと思ったのも束の間、次の瞬間両者は再び殺気立って罵り

合い始めた。互いの部下達も何処となく浮き足立ち、場所が戦場ばしょなら即戦闘にもなっていた

だろう。

 使者は慌てて仲裁に入り始めた。再三、最早争っている状態の方が自然デフォルトとなっている彼ら

をこれ以上ヒートアップさせない為に、感情むり理性むりで押し通そうと。

                                      (了)

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