(4) アポトカリプス
【お題】ロボット、少年、終末
物心つく前から、彼はガラクタに囲まれて暮らしてきました。……いえ、彼の両親や祖父
母、そのまた祖父から曽祖父から。とうに日常の光景となって久しいのです。
何処までも拡がる鬱蒼とした樹々と、夥しく点在する瓦礫の山。痩せた凸凹の大地を、そ
れら有機物と無機物が競い合うように埋め合っていました。
「──うん、しょっ……と」
ただ、見渡せる景色は広大でも、実際の現実というのは酷く限定的なもので。
今日この日、向こう数日を生き延びる為、彼らは今日もガラクタの山に登って“発掘”作
業に勤しんでいました。
方々に積もった瓦礫の中から、使えそうな物を一つ一つ手作業で引っ張り出してゆく作業
です。彼と同年代の少年・少女達が同じように、集落から少し離れたこのガタクタ地帯へと
訪れ、日がな延々と探し回ります。ごく一般的な──この時代の子供達にとっては、ありふ
れた光景です。何度も着続け、擦り切れた服の袖で汗を拭いながら、目当ての代物。特に金
属の類をガラクタ山の麓へと集めてゆきます。
「お~い、そっちはどうだ~?」
「う~ん、今日はあんまり~!」
「別に選り分けなくて良いんだ。家で使えそうな奴以外は、どうせ俺達じゃあ価値なんて判
んねえんだしよお」
ガチャ、ガチャ、ガコン……! 方々の瓦礫の山から、彼らはとりあえず目に付いた金属
類を引っ張り出しては集めています。集落の幼子らよりも大きいとはいえ、まだ自分達は子
供。難しいことなんてのは良く分かっていないし、分かる頭もありません。
とにかく大人達に言われている通り、日常のあれこれに使えそうな──特に鈍器や刃にな
りそうな物は、集落の財産に。それ以外の、何だかよく分からない切れっ端やパーツらしき
物体は、集落に持ち帰った後、大人達経由で余所の物好きな「ケンキューカ」とやらに引き
渡す手筈になっています。
正直な所、こんな役に立たないゴミを貰ってどうするんだ? とは思いつつも、実際この
手の連中からは道具の修理やら食料のお裾分けがあったりすると聞き及んでいました。だか
ら集落の大人達にとっては、ゴミ処理と合わせて一石二鳥だと、見つけたら片っ端から持ち
帰って来いと命じられています。当然、その量が多くなればなるほど、運び出す労力だって
楽にはゆきません。
(こういう力仕事こそ、大人がやればいいと思うんだけどなあ。ただでさえガラクタの中に
混ざってた刃で怪我したり、崩れて下敷きになっちゃう子もいるのに……)
ちょうど、そんないつもの日課を黙々とこなしている最中に、それは起こったのでした。
モジャモジャの栗色髪をした少年の一人が、他の子供達のやり取りを耳に入れつつ、悶々と
今日の割り当て区画を漁っていた、その時。
「……?」
不意に崩れかけたガラクタ山の表面。彼は咄嗟に踏ん張って転がり落ちるのを免れました
が、気付けば出来た目の前の隙間に、何やら見知らぬ物が埋まっていることに気付きます。
目ん玉? ランプのような、赤みを帯びた半透明の金属の一つ目。よく覗き込んでみれば、
その全景はこの赤い一つ目を中心とした、妙ちくりんな箱のようです。
(何だろ? これ)
少なくとも、すぐ生活に役立つような資材の類……ではなさそうです。ですが大人達の言
う物好きが欲しがる可能性も踏まえ、彼は目に付いたこれを掘り起こしてみることにしまし
た。結果、大きさは幼子一人分くらいの背丈をした直方体。先程の赤い一つ目の他に、底の
部分にくっ付いた丸く厚みのあるパーツから、腕のようなL字に折れ曲がる機械が一対出て
います。
「何か入ってそうなんだけど……。開け方、は……分かんないなあ」
空へ掲げるように持ち上げて、しげしげと検めてみます。何度か揺らしてみます。
ですがずっしりと感じる重さ以外に、これといって用途らしい用途が見つかりません。こ
のモジャモジャ髪の少年は、静かに嘆息を吐いていました。
ジリッと、今日も陽射しが強い。
とりあえず他のガラクタ達と併せて、一旦物好き行きの方へ──。
「うわっ?!」
直後のことでした。持ち上げていた腕を下ろし、麓へ持って行こうとした次の瞬間、この
奇妙な直方体型の機械は突如ブゥン! と赤い一つ目を光らせ、彼の手を離れてひとりでに
浮遊し始めたのです。「何だ?」「どうした!?」遠巻き、周囲の他の子供達も、異変に気
付いてこちらを向きます。
『……』
尻餅をつき、数段ガラクタ山を転がった少年。
そんな彼の様子、眼差しを、この直方体の機械は暫しじっと見下ろしていたのでした。
『生存者ヲ確認。起動者及ビ周辺ニ反応、計十八人分。コレヨリ通常モードニ移行シマス』
「えっ、えっと……?」
『──私ヲ再起動サセテクダサッタノハ、貴方様デスカ? 有難ウゴザイマシタ。ドウヤラ
遮蔽物ニ埋モレ、ソーラーバッテリーガ機能シテイナカッタヨウデス』
「あ、はい。どういたしまして……。何言ってるのかよく分かんないけど……」
少年からすれば、つい先程まで使い道すら分からないガタクタだった物が、突然動き出し
た上に喋り始めたのです。戸惑うのも無理はありませんでした。ですが当の本人(?)は、
既に周囲の状況を眺めた上で、そうこちらに感謝の言葉を述べてきます。「何だ、何だ?」
他の子供達も、突如遠巻きで起こり始めた事態に興奮を隠せません。或いは得体の知れない
存在に警戒して、おずおずと近付いて来ます。
「おい、テッド! お前何やったんだよ!?」
「それ……お前のとこの瓦礫の中にあったのか? 何なんだよ、それは?」
「な、何もしてないって! 俺だって、いきなり動き出したからびっくりして……」
『フム。貴方様ノオ名前ハテッド様トイウノデスネ。記憶シマシタ。他ノ皆様モ、驚カセテ
シマッタヨウデ申シ訳ナイ』
「あ、いえ」
「どうも……」
ただ状況は、他でもないこの長方形の機械──ふよふよと浮かぶ赤い一つ目側から、冷静
に収められていきました。自身を目覚めさせてくれた礼なのか、妙に流暢な言葉遣いでそう
小さく頭を下げ、彼ら──モジャモジャ髪の少年・テッドを含めた少年達も、思わずこれに
倣ってお辞儀をし返してしまいます。
「おいおい。これ、どうすりゃいいんだ? 村に持ち帰っていいモンかな?」
「分かんねえよ。只でさえ普段から、目に付いた奴は片っ端から拾ってるってのに……」
「う~ん……。でも今まで喋る機械なんて見たことないし……」
あーだこーだ。ですがテッドを含め、暫く子供達は迷っていました。明らかに只者ではな
いこの喋る機械を、このまま村に物々交換用の資材として持ち帰っていいものかどうか?
判断、責任を負うことを互いに避けようとしていたのです。
『村? 現在モ人間ノ集落ハ残ッテイルノデスネ。ソレハ良カッタ。ナラバ私ヲ、ソコマデ
案内シテクダサイマセンカ? 現状把握ト、私ガヤラナケレバナラナイ任務ニツイテ、確認
ヲシタイノデス』
「えっ」
「ど……どうする?」
「どうって言われても……。まあ、いいんじゃないの? 本人? がそう言うなら」
「人、なのかなあ? 中に誰か入るにしちゃあ、ちょっと小さ過ぎると思うんだけど……」
「とっ、とりあえずテッド。何かあったらお前が説明しろよ? あくまでこいつを掘り起こ
したのはお前なんだからな?」
「ええっ!? いや、そんなこと言われても──」
『問題アリマセン。不足シタ情報デシタラ、コチラデモ補足致シマス』
『トコロデ……。現在ハ西暦何年ニナルノデショウカ? ドウモ長イ間休眠シテイタ所為デ、
設定項目ノ多クガ初期化サレテシマッテイルノデス』
だからこそ少年達は、次の瞬間ぽかんとした表情でこの喋る直方体を見返していました。
返答を待つこれに、テッドを含めた一同は頭に大きな疑問符を浮かべています。
「……セイレキって、何?」
見た目は、頼りない腕の付いた“浮かぶ箱”程度だと思っていたのに、いざその本領を発
揮したことでテッド達は大いに驚かされました。底部から伸びるその腕──自在に可変・増
設可能な作業用アームでもって、彼らの今日発掘した金属類が一まとめに運ばれてゆくので
すから。
『ソウ……デスカ。デハテッド様達ハ、現在人類ガドウシテコノヨウナ状況ニナッテイルノ
カモ、ゴ存ジナイト?』
「うん。父さんも母さんも、爺ちゃんも婆ちゃんも、子供の頃からずっとこんな感じだった
って言ってたし。俺も、これが普通だと思ってたし……」
「もしかしたらもしかして、お前って実はすげー奴なんじゃないか? 俺達が何往復もして
ようやく運んでる量を、こうしてソリに乗せて一回で済ませてるんだしさ。一体何処をどう
やったら、そんなほっそい腕で運べるんだ……?」
集落への道すがら、大きめの鉄板片をソリ代わりに、今日の発掘成果を載せて。
それらをソリごと後ろ手にずりずりと引っ張りながら、この喋る機械は心なしか気落ちし
ているようでした。
セイレキ? 暦の概念すら、今や薄れてしまったテッド達現在の人類を見て、先に何かを
察してしまったような。テッドも居た堪れずにごちますが、謎は深まるばかりです。一方で
彼(?)の発揮するパワーは、明らかにテッド達子供や、集落の大人達の常識からはかけ離
れています。
『……カツテ私達ハ、様々ナ場面デ皆サンノオ手伝イヲシテイタノデス。ソノ為ニ作ラレタ
存在デスカラ。デスガヤハリ──人類ハ大キク衰退シテシマッテ久シイヨウデスネ。コウシ
テ周囲ヲ見渡シテモ、皆サンノ衣服ヲ見テモ、文明レベルガ明ラカニ変ワッテイマス』
「えっと……。それってもしかして……“大破壊”のこと?」
しかし次の瞬間、互いの齟齬が埋まる切欠が、子供達の一人からもたらされたのでした。
「ダイホーカイ?」
「うん。爺ちゃんから前に聞いたことがある。ずっと大昔、僕達のご先祖様が凄い喧嘩をし
ちゃって、世の中の色々なことがぐちゃぐちゃになっちゃったんだーって。その事件のこと
を“大破壊”って呼ぶらしいよ? 爺ちゃんも、細かい話までは知らないらしいけど」
「あ~……そういやそんな話、村の年寄り連中が言ってたことあったなあ。てっきりただの
作り話だと思ってたけど……」
『……ナルホド。コレマデノ状況ト照ラシ合ワセテミルニ、ソノ“大破壊”トハ、オソラク
私ガ知ル“アルカディア計画”及ビ棄民事件ノコトデショウ。ソウデスカ……デハヤハリ、
カツテノ主様ガタハ、モウ……』
「──」
気の所為でしょうか? この時テッドには、傍らの喋る直方体が悲しんでいるように見え
ました。明らかに人間ではないのに、目玉だって機械で出来た一つだけだというのに。
子供達がめいめいに思い出し、語り、或いはさして興味もなさそうに並んで歩いていまし
た。彼(?)はテッドや他一部の少年達の眼差しを受けて、訥々と話し始めます。
***
アルカディア計画トハ、カツテ人類ガ自ラヲ大キク二分シタ巨大プロジェクトデス。
当時私ドモヲ作ッタ人類ハ、現在トハ比ベ物ニナラナイホドノ、高度ナ科学力ヲ持ッテイ
マシタ。ソノ力デコノ惑星ノアリトアラユル場所ヲ開拓シ、繫栄ヲ謳歌シテイタノデス。
シカシ当時ノ人類ハ、一方デ大キナ行キ詰マリモ迎エテイマシタ。度重ナル国家間ノ紛争
ヤ環境汚染。トリワケ上位数パーセントノエリートト、大多数ノ市民トノ間ノ確執ハ、最早
修復不可能ナホドニマデ悪化シテイマシタ。
現状打破ノ為ニ何カシヨウトシテモ非難サレ、下ロサレル。ソノ癖、自分達ハ現状維持バ
カリ要求シテ、問題ヲツブサニ見ヨウトモシナイ──カツテノマスターハ、シバシバ私ドモ
ニソウ愚痴テイマシタネ……。
ハイ。少ナクトモ私ドモガ記録シテイル限リデハ、人類ノ衰退ハ、大規模ナ戦争ヤ生存環
境ノ悪化トイッタ直接的要因デハゴザイマセン。……アル時、マスターノヨウナ高イ技術力
ヲ修メタ者ヤ、権力ノ側ニ立ッテイタ者達ガ“人類ヲ見限ッタ”コトガ切欠デス。
彼ラハコノママ、全人類ノインフラヲ維持シヨウトシ続ケレバ、イズレ全員ガ破滅シテシ
マウト気付イテイマシタ。デスガ、彼ラハ長クソノ維持ヲ使命トシテキタ者。タトエ理解サ
レズトモ職務ニ奉仕スル存在ダトノ自負デ動イテイマシタ。
シカシ……度重ナルバッシングヤ専門知識ヘノ無理解、寧ロ敵意スラ向ケテクル人々ニ、
トウトウ『止メテ』シマッタノデスヨ。初メコソ、ソレハゴク局所的ナ放棄デシタガ、次第
ニソノ運動ニ賛同者ガ増エ、遂ニハコノ惑星ゴト彼ラ市民ヲ捨テ、自分達ダケデ遠ク宇宙ノ
新天地ヘ旅立ツトイウ計画ガ持チ上ガリマシタ。
コレガ、アルカディア計画デス。
棄民事件トハ、コレラ一連ノ運動ニ伴う、市民数十億ノ切リ捨テ──箱舟船アルカディア
号ノ発射強行ヲ指シマス。
……当初ハ、憎キエリート達ガイナクナリ、清々シタト主張シテイタ者達モ少ナクハアリ
マセンデシタ。シカシ、ソレマデ彼ラガ担ッテイタ各種インフラ維持ヤ技術開発、何ヨリモ
統治機構ガ消滅シタコトデ、世界各地ノ治安ハ急速ニ悪くナッテユキマシタ。……減ルバカ
リデ新シク作リ出サレナイ、作リ出セル量ガ大キク限ラレルヨウニナッタコトデ、略奪ヤ暴
動ガ多発。取リ残サレタ多クノ人々ガ、ソノ命ヲ落トシタトイイマス。中ニハアルカディア
号ニ乗ラズ、最期マデ彼ラトコノ惑星ノ文明ヲ守ロウトシタ者ラモイマシタガ、結果ハ現在
ノ有リ様ヲ見テノ通リデス。
ソノ後、元アッタ文明ガドウナッタノカハ……途中デ機能ヲ停止シテシマッタ私ニハ明確
ナコトハ言エマセン。タダ、直前マデ秩序ハ大イニ乱レテイタノハ確カデス。皆ガ今日生キ
ル為ニ奪イ合イ、罵リ合イ……。新タニ台頭シタ武装勢力同士ノ衝突ニヨッテ、直接的ナ戦
火ガ地上を焼キ尽クシタノデハナイカ? 現状、私ハソウ推察シテオリマス。
私ドモ自身、人ニ奉仕スベク作ラレタ存在デハアリマスガ……彼ラハ延々ト報ワレルコト
ノナカッタソレニ、意味ヲ見出セナクナッタノデショウネ。
***
「お? ガキどもが帰って来たか」
「お~い、お疲れさ~ん! 今日も資材になりそうなモンは──って、何じゃそれぇ!?」
集落が少し遠巻きに捉えられるようになり、テッド達少年・少女らは、その内堀で農作業
をしていた大人達に姿を認められていました。たとえ何処もかしこも痩せ細った土地でも、
食う為の仕込みは避けられないのです。何人かが振り返り、そして一行が連れ帰ってきた件
の喋る機械を見て、度肝を抜かされます。
テッド達は、大まかな経緯を集まった大人達に聞かせて、今度彼(?)をどうすれば良い
かの判断を仰ぎました。しかし当の大人達も流石に想定外だったのか、これまでと同じよう
に物好きに譲ってリターンを貰おうと言う者もいれば、今し方大量の資材を一人で運んで来
た姿を見、労働力として保有すべきだと主張する者も出ました。
あーだこーだ。結局その場では結論は出ず、とりあえず今日掘り起こしてきた資材だけは
いつものように回収することとなりました。鈍器や刃、重石となりそうな物はとっておき、
既にあるそれの替えとするのです。そうではない──現在の一般的な人々にとってはその用
途や仕組みすら不明の代物は、点在する集落とはまた別の拠点を張る、この手の研究に没頭
して過ごす者達への交換材料として。
「ふわ~……凄いねえ」
「なあ、テッド。こいつ暴れ出したりしないだろうな? ずっと北の方じゃあ、まだ武器を
しこたま抱えた連中が幅を利かせてるっていうし、そういう奴らの関係じゃねえのか?」
「さあ? でも、実際に見つけたのはいつものガラクタ山だし、流石にそんな遠い所と結び
付けるのは無理が──」
興味津々で見守る幼女、或いは集落の小父さんや叔母さん。
テッドは、彼らが警戒する気持ちも何となく察しながらも、それでいてどうにもこの不可
解な直方体を“悪者”と断じることには躊躇いを覚えていました。それは自分が最初に見つ
けたのだという優越感と、帰路の道中で聞かされた“大破壊”ことアルカディア計画の真相
ゆえだったのでしょうか? まだ歳若い彼には判りませんでしたが、彼はふとそんなやり取
りの中でじっとこれを見つめて問い掛けます。
『ドウカナサイマシタカ? 私ノ顔ヲジットゴ覧ニナラレテ』
「ああ……うん。そういえばお前の名前、聞いてなかったなあって」
『名前? アア、固有名称デスカ。元ヨリ私ドモニハソウイッタモノハナク……。強イテ名
乗ルナラバ、製造番号デアル“PD0733”デショウカ?』
「ぴーでぃー? ふぅん……じゃあ“ポット”だな。ポッと出てきたのも掛けて」
直後、この喋る機械・ポッドがピクリと動きを止めたように見えました。じっとそう自身
に名を与えたテッドを見つめて、数拍後再びゆらゆらと浮かんだまま言うのです。
『ポッド……良イ名前ダト思イマス。有難ウゴザイマス。マスター』
「へっ? マスター!?」
『ハイ。名ヲクレタトイウコトハ、ソウイウコトダト理解シマシタガ』
「そ、そうなの? う~ん……。まあいいけど……」
申し訳程度の木柵と堀、心許ない田畑と廃材で組み上げたボロ屋が軒を連ねる集落。長い
間意識はしてこなかったものの、もしかして本来は異常なことなのだろうか? テッドは思
いました。生まれてこの方、昼間はずっとガラクタ漁りや大人の手伝い。ポッドの言うよう
な繁栄など、それこそ遠い昔話のように思えてならないのに……。
『マスター』
「? どうした?」
『他ノ方々モ仰ッテイマシタガ、私ノヨウナ日用品デハナイモノハ、研究家トイウ者ニ譲ル
ノダト』
「ああ。詳しいことはよく知らないんだけど、結構色んなものと交換してくれるからさ?
俺達の集落でも、傷んだ道具を直して貰ったり、あっちで育てた食べ物だったり」
『金銭ハ──イエ、現在ハ存在シナイデショウネ。私ノ予想以上ニ、無政府状態ト化シテカ
ラ長イ歳月ガ経ッテイルヨウデスシ……』
「……?」
またよく解らない単語が出てきた気がしました。しかしテッドが頭に疑問符を浮かべ、半
分興味本位で問い返す前に、ポッドは不意に、意を決した様子で告げるのでした。
赤目一つの箱、直方体のようなずんぐりボディ。底部には剛力、精密、何でもござれな収
納自在のアーム達。
『ドウカソノ方ニ、一度会ワセテハクダサイマセンカ? モシカスルトソノ方ハ、カツテノ
科学技術ヲ受ケ継イデオラレル人物ナノカモシレマセン』
『ダトスレバ、未ダ……』
(了)




