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週刊三題 二冊目  作者: 長岡壱月
Train-131.October 2023
152/284

(2) 自均し

【お題】赤、矛盾、人間

『教育? ああ、洗脳するの間違いだろ?』


 その国の子供達は、一定の年齢になると地域毎に設けられた専用の施設に通い始めます。

ただ遊び、元気で笑ってくれてさえいれば良かった時間は終わり、少しずつ社会の為に適し

頭数じんざいへと作り変えられてゆくのです。


『これも全て、君が大人になる為に必要なことなんだ。皆がやっている。私だって、かつて

通った道なのさ』


 背の高い子、低い子。痩せている子と太った子。青い子、赤い子。

 角ばった性質は丸く削がれ、繰り返し繰り返し磨かれます。騒々しく、じっと座ってすら

いられない子ならば、その度に激しく打ち付けられるでしょう。


 捏ね回す。捏ね回す。捏ね回す。

 整形して、整形して、整形して。

 全ては右も左も分からない子供たちを、社会で使い物になるりっぱにかつやくできるように育てる為。大人達は必

死です。何せ彼・彼女らが猛烈に頑張ってくれなければ、後の時代に苦労するのですから。

同じようにこの世の中を回してくれなければ、たちまち今まで築き上げたものが崩れ去って

しまいます。


『皆、良い子で皆仲良しなんだ。そうだろう?』

『何で? じゃないんだ。駄目なものは駄目なんだよ。理屈じゃない』

『ほら、君も早く。揃わないから、皆が待たされて困っているだろう?』


 時と場所によって、そもそも人によって、考え方は違ってきます。向いていることも向い

ていないことも違っています。

 それでも……。先ずは全員を同じように切り揃えて、基礎を叩き込まなければ始まらない

のもまた事実だと、彼らは云います。自分に何が出来るか? 更に言えば何ならば“貢献”

出来るのか? とにかく最初は、土台をしっかりと植え付けます。知識、選択肢というもの

を知らなければ、子供たちそれぞれの最適化もままなりません。何よりどれだけ突出した素

質なり才能があっても、社会で生きる為の“常識ルール”が備わっていなければ、先輩達は仲間だ

とは認めてくれません。


『主張が出来ることは良いことなんだがな……。それに見合うぐらい、成果ってモンを見せ

て貰わなくちゃあ。一体お前は、私達に何を提供してくれる?』


 結果、後から生まれた子らが獲得してゆくのは、とにかく“同じ”であることです。可も

なく不可もなく。少なくとも、周りの大人達が自分を問題にしてこない限り、日々は基本平

穏のままです。じっと平均的の線上に埋もれ、息を殺すように存在していれば、彼・彼女ら

の不機嫌に触れずに捏ね回されもしませんし、ぐっぐっと形を決められもしません。激しく

何度も、地面に打ち付けられて、皆と同じ高さに合わせられる経験をせずに済みます。


 誰もがその半身を、地面にうず盛らせています。カリカリにひび割れた黒い足元に、誰も

進んで「おかしいよ」とは言いません。

 地面の上から生えた半身、表情は基本的に、笑っています。誰もが積極的で明るく、正し

くない頭数にんげんではないとされているからです。

 笑っています。哂っています。

 その貼り付けた笑みから視線をずらせば、少なくない彼や彼女は、とうに削り取られた後

でしょう。繰り返し繰り返し打ち付けられ、理解わからせられた後です。

 赤い染みがボトボト、あちこちに零れています。

 青くなった彼・彼女たちの人影が、仲良しこよしで全く同じように笑っています。


『またそうやって、のらりくらり……。自分の意見はないのか、意見は!』

『これからの時代は、世界中を飛び回って全く新しい付加価値を開拓する──オンリーワン

でナンバーワンを、如何に実現するかが鍵なんだ』

『全く……。教える側はどうなってんだ? 次から次へと、不祥事ばかりじゃないか』


 先輩おとな達は言います。何年もかけて作り変えられ、やっと社会という本舞台に上がって来た

のに、口を開けば求めてくるのは自主性。良い意味で突き抜けて、それが結果的に大きな利

益をもたらすものとなって欲しい──還元される先が、自分達のグループであって欲しい。

 ただ当人達は、長らく施設に通わせた後のことは関知しないままでした。何となくあの頃

と今も同じように、でも上手くやってくれているものだと期待して、いざそうでなければす

ぐさま批判の矛先を向けます。あの頃のようではないからと、それを“不公平”だと言い放

ちます。


 ……さて子供たちは、新しい頭数候補たちは、どう思ったのでしょう?

 聞いていた内容と違う? 教わったことが、まるで役に立たない? 足りていない? 後

に戻る道はもう無いのです。中には食らい付いてでも順応しようとする者はいるでしょう。

期待されていたことが別物でも、そうしたニーズに改めて自分を合わせてゆくのが“教育”

の本質だと学習した者も多いでしょう。

 ただ、どちらにしても、変わらないであろうことはあります。

 それは“改めて”適応してゆくプロセスに組み込まれること。つまりは、再び必要に応じ

て捏ね回され、整形されてはあしもとに打ち付けられるのです。削り取られる度、打ち付けられる

度に、その魂からは赤い染みが飛び散ります。文字通り己の身を削ってまで、そうでもしな

い限りは──よほどの特別でもない限り、存在することすら他人は許してくれないのですか

ら。


『お前は違う。●●じゃない』

『あんたは違う。▲▲以外なんておかしい!』


 許す? 誰が?

 いいえ、それならもっと確実で手っ取り早いみちがあります──貴方のそれを、皆が真似す

る“当たり前”にしてしまえばいいのです。乱暴? 横暴? とんでもない。元々社会とは

そういうものです。誰がたくさんのお金を持つ? 誰がたくさんのお金を使う? 皆が飛び

付くような商品、あっと言わせるアイデア。

 何時だって他人は、自分達が有利な日々になるように、知恵を絞ってきました。汗を掻い

てきたり、丁々発止の議論を繰り広げてきました。……何も遠慮することはないのです。寧

ろ貴方が遠慮すればするほど、それだけ貴方は後れてゆきます。その隙間を他の誰かが陣取

ってゆきます。たとえ貴方がそれで良くても──そっと競い合いから降りて、小さなセカイ

に閉じ籠ろうとも、いずれ彼や彼女はそんな扉すらぶち破ってくるでしょう。土足で上がり

込んでくる強引さすらも正当化して、言ってくるのです。


『何を閉じ籠っている!? ××しろ! ××を支持するんだ!』

『さもなければ、取り残されるぞ!? 社会的に存在できなくなるんだぞ!?』


 その国の子供達は、一定の年齢になると地域毎に設けられた専用の施設に通い始めます。

ただ遊び、元気で笑ってくれてさえいれば良かった時間は終わり、少しずつ社会の為に適し

頭数じんざいへと作り変えられてゆくのです。


 適した? 適したとは?

 手段と目的など、ずっと前からひっくり返っています。既にいる人々、大集団の為に、ま

っさらな子供たちに教えを施し、補充するのです。散々に削られて、捏ね回されて、打ち付

けられて。彼らがまた大きくなったその時の為に、今日も教えはぶんっと大鎚を振り被って

放たれます。いわば盛大な予行演習リハーサルなのです。

 そして、その際はきっと……誰もが笑顔でなければなりません。

 青く貼り付けた表情かおとシルエット。へしゃげた箇所からは赤い液体が飛び散り、止んだ頃

にはもう元には戻らない──。


 さあ、貴方の番です。今や貴方には、その権利がある。

 厭だ? 足りなかった? それとも……届かない?

 ならば……残念です。結局馴染めなかったというのなら、競り負けた。己の有用性を証明

する手立てを、実行出来なかったというだけです。

 もう一度、打ち付けられて来てください。或いは本当に勝てなかったり、見限られてしま

ったとすれば、諦めてください。

 大丈夫。貴方の跡には、また他の誰かが埋まりますから。

                                      (了)

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