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週刊三題 二冊目  作者: 長岡壱月
Train-130.September 2023
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(5) 疎哉(そや)

【お題】恐怖、廃人、サボテン

 そこはかくも、不毛な大地と相成り果てていました。救われたいと願っていても、まるで

真逆の因果しか引き寄せないのですから。


『痛い! 痛い!』


 そこでは誰も彼もが、被害を訴えているように見えます。自らが傷付いたと、理不尽な目

に遭ったと主張し、そんな声がしばしば荒れ野の風を切るが如く耳に届くのです。

 ……貴方は立ち止まるでしょうか? それとも見て見ぬふり、我関せずを貫いて通り過ぎ

るでしょうか? 良心の呵責、興味本位、雑音。仮に足を止めるなり視線を向けた際には、

目撃するみつける筈です。彼・彼女らは皆、一様にして、卦体けたいな姿形をしていることでしょう。

 荒れ野の風に吹かれて、それでも頑なにその場を動こうともしない。

 全身にギザギザとした棘を生やし、碧黒く肥大した外皮。節くれ──傍から観れば、自ら

が“凶器”であることにも無頓着な姿を、です。


『こんなのおかしいじゃない! 絶対に間違ってる!』

『あいつは、何として叩き潰さなきゃいけない、回復させたださなきゃならない!』

『もう嫌だ……。こんな目に遭うんなら、関わるんじゃなかった……』

『誰も、近付けないようにしなくちゃ……。近付いちゃあ、駄目だ。駄目だ……』


 尤もその性質に関しては、個体差による部分が大きいようです。詰まる所は偏りです。全

身が棘だらけでも、その矛先は周りに向かっていたりもしますし、己に向いていることもあ

ります。

 とはいえ、彼・彼女らの根本的な部分はやはり同じなのでしょう。故に外見は、一様に他

人を傷付ける為にあるような棘塗れで、碧黒いずんぐりむっくり。どれだけ個々の鳴き声に

理由があろうとも、本人以外には解る筈も無くて。

 ──誰も彼も、自分のことしか考えていないのです。傷付けられた自身の怒り、傷付いた

自身の痛みにばかり目が向いていて、その矛先の鋭さに誰かが触れてしまった場合のことを

考えていない。想像することさえしていないのです。

 ある意味、当然ではあります。

 あくまで彼・彼女らの肥大化した意識は、常に外側を“敵”としています。何よりも守る

べきは、内側に包まれている自身であって、その手段が攻撃寄りか防御寄りかという違いに

過ぎないのですから。


『当たり前のことを、当たり前に主張して何が悪いのよ!?』

『む、無茶を言わないでくれよ。自分なんかがまともにぶつかったって、あっという間に干

上がっちまうのは目に見えてる……』


 棘を纏うだけでは飽き足らず、外皮をどんどん硬くしてゆこうとします。それが同時に柔

らかさを失うと仮に解っていても、彼・彼女らは止めなかったことでしょう。止められなく

なっていたのでしょう。少なくとも、硬ければ硬いほど、自分“だけ”は痛みから遠ざかっ

てゆくのですから。

 ただ……その一方で、外皮の内側、包まれた本当の姿というのは得てして脆いものです。

ぷるぷると、まるで辛うじて固形のまま留まっている水の塊のような。荒れ野にすさぶ風の

音や、他の棘だらけな誰かの声。それらが気を抜けば断続的に、振動としてこの内部へと伝

わって来ます。その度に、彼・彼女らは内心震えるしかありませんでした。文字通り嵐が過

ぎ去ってくれるのを、じっと待つ以外にまともな解決手段を持ち合わせてこなかった節があ

るのです。


『大丈夫か!?』


 ある者は、すぐさま“味方”が駆け付けて来て、一から十まで守ろうとしてくれました。

明確に自分から頼んだ訳でもなかった──ような気もするのに、気付けばあれよあれよと数

は膨れて。勝ち取ることに成功した“味方”達は、それこそ苛烈なまでに自身の災いとなる

ものを摘んでくれました。何なら芽吹く前から摘もうとしました。

 そこまで……? 最初こそ戸惑ったのかもしれませんが、彼・彼女らは良くも悪くも学ぶ

ことが出来ました。何より楽だったからです。一声発すれば、自分の生育ゆくみちに目障りだとすれ

ば、代わりに除いてくれる。均して綺麗にしてくれる。これほど都合が良く、内側の水分みずから

痛まない方法は中々ありません。その繰り返しに慣れ切ってしまうのには、そう時間は掛か

りませんでした。


(悪いのは自分だから……。そうしておけば、黙っておけば丸く収まる。暫くすれば、どう

せ向こうも飽きて、次の蜜をつつきに行くんだろ……?)


 或いは、そんな“味方”が現れないような者もいました。寧ろ大半──決して少なくはな

かった筈です。

 彼・彼女らは身を以って知っていました。自身が脅かされたその時、侮られるパターンに

陥ったその時、出来ることなど無いのだと。何か反応してしまうことが、およそ“負け”を

助長してしまうのだと。若しくは……既に自分が、大勢の“敵”と見做されてしまっている

所為なのだと。

 この荒れ野には荒らす者と、荒らされる者がいて、多くがせめて後者にはなるまい。後者

として狙われることを何とかして避けようと足掻いています。ただそれでも運悪く、標的に

されてしまった者のダメージは惨憺たるものでした。幾重にも重ねた肉は裂かれ、中からは

大事な大事な水分が漏れ出ています。必死になってその傷口に食らいつき、ようやく止めら

れたと思った頃には……当の荒らした者達は砂塵の彼方。おそらくはとうの昔に、また新た

な獲物を探して跳び飛び立ったのでしょう。こちらはずっとずっと痛みに堪え、憶えている

のに、奴らはけろっと忘れている。そして何度だって繰り返す……。


『痛い!』『痛い……』


 故に彼は、彼女は、一層外皮を硬く分厚くし続けるという選択を採りがちなのです。内側

の脆さ、沢山の水気のままの己をどうにかするよりも、実際その方が早くて目に見えた成果

が発揮されるというのもあります。

 今の、此処から逃げても──。不都合な誰か、肉を裂いてくる“敵”と出くわす確率にそ

う差が保証できない以上、慌てて場所を移した所でどうなるものか。足はとにかく重く、荒

れ野の土に同化します。痛みがまた襲ってくるかもしれない可能性よりも、足元のそれがご

っそり新しく変わるストレスの方が、得てして辛いのです。面倒臭いのです。元より矛先は

違っていても、皆“守り”に熱心なのです。


(痛い──)


 そこでは誰も彼もが、痛みを繰り返すことを恐れているようにも見えます。外側の誰かに

踏み込まない、信用しないことで守ろうとしてきた内側の水気は、その実いざぐっと力を込

めて干渉すればへし折れてしまうほどの脆さ。ギザギザに、みっちみちに外皮から生やした

棘達も、時間稼ぎにはなっても根本的な防衛にはなり得ません。寧ろそうして、互いに傍目

から見て明らかな“凶器”を纏えば、近付いてくる“敵”はおろか“味方”さえも拒んでし

まってはいないでしょうか?


(そうは言っても──)


 怖いのです。攻撃が突発的で、苛烈なものになってゆけばゆくほど、一方でその矛先を向

けられることを過度に恐れた者達が一人、また一人と肥大した棘と肉に籠もるようになって

ゆくでしょう。ほら、今もあそこでそのような誰かが観測されました。荒れ野の緩やかに上

下凸凹した勾配、めいめいの鳴き声荒ぶ風の向こうで、大地はかくも不毛なものへと深度を

強めてゆきます。棘を生やして固まって。次第にそうした構えが、包まる彼・彼女自身にも

解けないほどに頑固なものと成ってしまって……。


『こんなのおかしいじゃない! 絶対に間違ってる!』


 一向に良くならない荒れ野げんじつに、目の前の風景に、棘だらけの誰かがそう苛立ちながら言い

ました。場合によっては少なくない“味方”達も呼応して叫びますが、やはりその声は虚し

く風切りの音と共に潰えてゆくばかりです。くの字、十の字。一方でじっと、そんな“暴力

的”な者らの気配を聞き取りながらも、只管黙って息を殺している者達も少なからずいます。

大部分かもしれません。或いは──姿すら無く立ち去った者達の方が、いつかより大勢を

占める日が来るのでしょうか。


『……』


 ある者は怒りに震えていました。自身が脅かされる恐怖を、その対象を寄って集って攻撃

することで打ち消そうとする棘達です。またある者は無力感に震えていました。自身が脅か

される恐怖を、その存在を希薄・忘却することで打ち消そうとする棘達です。皆が等しく、

荒れ野に立っていました。ギザギザした棘だらけ、碧黒く肉厚の外皮に身を包み、じっとそ

の場から動けずにいます。


(ぁ──。アッ、アッ、アァァ──ッ!!)


 或いは、とっくに解っていて。なのに気付けば満足に身動きすらも取れなくなってしまっ

ているものだから。

 外皮の中は、もうとうの昔に壊れているのかもしれません。

 ぐちゃぐちゃに、ぐずぐずに。荒れ野の上で観測も出来ない分の影も含めた大部分が、形

ばかりの有刺鉄線で各々をぐるぐる巻きにしたまま。残骸のまま。

                                      (了)

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