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週刊三題 二冊目  作者: 長岡壱月
Train-130.September 2023
148/283

(3) 緋を洗う

【お題】雨、残骸、正義

 ヴレサイム地方は、東側を海と接し、西側を含めたその大部分が砂漠や荒地といった厳し

い環境で占められている。

 この地には古くより、二つの民族が存在してきた。比較的色白で長い金髪とローブ姿が印

象的な“ミナゥ”と、褐色の肌に縮れた茶髪、体中の刺青が特徴的な“ズナード”だ。一年

を通して雨量が少なく、またこと東側は潮風もあって作物を育てるのに不向きな土地柄ゆえ

に、両者は数少ないオアシス地区を巡って争い続けてきた歴史を持つ。

「──通説では、これらの戦いにおいて勝者となり支配権を握ったのが後のミナゥ、敗れて

荒地に住むようになったのが後のズナードとされている。だが……」

 そんな件の係争地に、一組男女が足を踏み入れようとしていた。中心街への道すがら、男

性の方、考古学者のディックは言う。傍らの女性、助手のワコはこれを真剣な面持ちで聞い

ていた。若さも一因だが、彼に比べて彼女には、フィールドワークに類する経験値が決して

多くなかったという点も大きかったのだろう。

「僕は正直、この通説にはかねてより疑問を持っている。厳密に言うならば、本当にそんな

一方的な勝利で終わったのか? という論点だね」

「教授は、必ずしもそうではなかった……と?」

「うん。これまでも僕なりに、当時の資料を取り寄せて検証は行ってきたんだけどね……。

少なくともオアシスを巡る戦争になった時代、両者の技術力にそこまで大きな差は無かった

筈なんだ。なのに後世、僕達の知る所では結果はミナゥ側の圧勝。今もヴレサイムの主流派

として存在し続けている。中小、ズナード側の分離・独立勢力との小競り合いは続きながら

も、ね」

 現在の中心街へと続く道は、お世辞にも綺麗に舗装されているとは言い難かった。

 殆どは僅かばかりの石畳が有るかどうか程度で、基本は掘り下げて踏み固めた濃い土色。

ずっと先の地平線まで延びた道が、遠く荒地の山麓へと結ばれている。

 長らく内乱が続き、先進国のような近代化の波に乗り遅れた諸国の一つであるという点は

勿論あったが、それ以上にこの国の人々の性質自体がまだ“素朴”なのだろう──ワコは師

の講釈を耳に入れながらも、ぼんやりとそう考えていた。時折年季の入ったトラックや自動

二輪が傍を通り過ぎてゆく。或いはテクテクと、遠く道の方々で合流する他人びとの姿が視

界の中に映る。

「……ミナゥ側か両陣営に、周辺諸国の関与があったのでしょうか?」

「一番あり得そうな線はその辺りだね。勝敗の要因となった可能性は高い。ただ君も知って

の通り、ヴレサイムの周辺国は何処もそこまで国力が豊かとは言えない。基本砂漠や岩山が

広がっているしねえ。だから直接ではなく、更に外側の、当時の強国が間接的に支援や工作

に走ったのではないかと踏んでいる。ただ──」

「ただ?」

 ディックは、助手かのじょの推論をうんうんと嬉しそうに頷きつつ、されどまだ結論を出し切れず

にいる様子だった。いや、これらがあくまで推測に過ぎないために、断定することを避けて

いるといった印象だろうか。

「そうなると、一つ妙なことがある。ほら、ちょうどそこにも顔を覗かせているだろう? 

この国には、割とあちこちにああいった遺跡がそのまま転がっていたりするんだよ」

 言って、彼がスッと指差した先には、何やら地面に埋もれたままの古い石造りの建造物の

一部が姿を曝していた。酷く風化が進み、また点々と通り掛ってゆく現地の人々の無反応ぶ

りから察するに、このような光景は日常的なのだろう。ワコ達、学者からすれば何とも勿体

無いと思うこと頻りではあるが。

「! 本当だ……。教授、今回わざわざ足を運んだのは」

「そう。実際にこうした遺跡を、現物を見て、これまでの検証の答え合わせをする為さ。ど

れだけ部屋に籠っていても、その国その場所の本物には敵わないからね」

 それに──。

 ディックは今回の調査旅行にワコを連れて来たのも、彼女に実践的なフィールドワークの

経験を積ませたかったこと。自分以外の人間の意見も交えながら検証を詰めてゆきたいと考

えていることを伝えた。「教授……」ワコは少し感激していた。彼の助手という役職に収ま

り、何年か共に研究活動を続けてきたが、ようやくここに来て自分も一人前と認められつつ

あるのかもしれない。そんなことを、期せずして意識させられたようで。

「……こほん。話を戻すけれど、僕が妙だと思っている点は古い遺跡群ここなんだ。これまでミ

ナゥとズナードの歴史はオアシス争奪戦“一回”で考えられてきたけれど、これほどごく当

たり前に古い時代の痕跡が残されている現実がある以上、両者の歩んできた歴史は本当はも

っとももっと長いんじゃないか? ってね」

「なるほど……。つまり教授は、従来の通説よりも過去の時代に、謎の正体がある筈だと」

「そう踏んでいる。ただこれも僕の仮説に過ぎないからね。争奪戦とは別の、より古い区分

である可能性も否定は出来ない。だからこそこうして現地に赴いて、直接この国に暮らして

きた人々から生の証言も得たいと思っている。史料にも載らないような伝承の類は、僕らが

思っている以上に、事の経緯を内包して今に続いているものなんだよ」

「火の無い所に煙は立たぬ、ですからね」

 ゴツゴツとした、赤みの地面と疎らな石畳が整ってくるにつれ、目指す中心街が見えてき

た。方々の連絡道からも、行く者・出る者の往来が増えている。旅の荷物をぐいっと一旦背

負い直し、ディックは足を止めた。ワコも自身のキャリーケースを引きながら、そのやや後

ろで立ち止まる。

「ワコ。ここから別行動で調査を進めよう。僕は僕で目星をつけた地域を回るから、君には

この地図に記した地域を中心に情報を集めて欲しい」

「えっ? 私も同行おてつだいしますよ? お一人では大変だからと、私も連れて来てくださったので

はないのですか?」

 だからこそ、突然彼からそんな指示を受け、彼女は正直困惑した。見知らぬ土地に一人放

り出されるというのもそうだが、それ以上に何だか彼に突き放されたような気がしたのだ。

「はは……。まあ、それはそうなんだけどね」

 彼は、経験豊富な考古学者・ディックは苦笑わらう。

「良いかい、ワコ? Aという人々を先に話を聞こうとすれば、即ちBという人々からは敵

と見做されてしまうんだよ。特に此処みたいな係争地ばしょではね……」


 ディックに指示されてワコが担当することになったのは、主にミナゥの人々が多く暮らす地域で

の聞き込みや遺跡調査だった。彼と中心街の手前で別れ、一人右も左も不確かなまま街を訪

れた彼女は、予め取って貰っていた宿を拠点に早速活動を開始する。

「──此処はオアシスじゃないのかって? ああ。厳密には違うんじゃ……なかったかな?

昔みたいな湧き水頼りで街を作るって方式は、最近だとあまり聞かなくなったなあ。この辺

も元々は、何も無い砂漠だったって話だし」

 街の大通りや幾つかの店舗を巡る中で、彼女は一人のミナゥの若者に話を聞くことが出来

た。男性ながら、長い金髪を三つ編みにして後ろに括り、この地方独特のローブ風民族衣装

に身を包んでいる。立ち飲みバー式の店内で昼間からグラスを傾け、彼は「う~ん……」と

うろ覚えそうな記憶から、人伝に聞いた歴史を話してくれる。

「ここニ・三十年? ぐらいのことだと思うよ。色んな外国から資金が入って、国のあちこ

ちで井戸が掘られたりしてさ? 水が出ればこっちのモンさ。後はビルが建ったり、植林が

されたりして住むには困らない場所になる──他にも幾つか、そういった感じで人の集まる

ようになった所は新しく出来てるよ」

「そうなんですね……。近代化が進んでいる、ということですか」

「なのかなあ? 旅人さんも見たとは思うけど、はっきり言って街の外以外は今も一面砂や

岩山ばかりだからなあ。そんな自虐こと言うと、友達には『快適に暮らせる分だけマシだろ』っ

て言い返されちゃうけど……」

「え、ええ……」

 別れ際のディックからの助言により、ワコはあくまでこの国を訪ねた“ちょっと歴史好き

な旅行者”という体を取っていた。少なくともよほど突っ込まれなければ、特段身分を明か

す必然性も無い。彼女とて、それが肝心の目的を知られて彼らに警戒されることを避ける為

の方便であることぐらいは、容易に理解していた。故に、思いの外フランクに接してくれる

彼のような若年世代の現地人には、一抹の後ろめたさを覚えてしまう。

「では今も、昔のようなオアシスの集落というのは在るんですね。その頃からの遺跡とか」

「あ~……遺跡は分かんないけど、そういうのは多いよ。知り合いにも元の出身がそういう

所からってのが割といるし。あ、ほら、そこに座ってる奴もそうだよ」

 おーい、ザザッハ!

 言ってこのミナゥの青年は、店内の片隅で寛いでいた、一人の知り合いに声を掛けてくれ

た。しかし対するワコは、その姿を見て内心思わず身構えてしまう。

 彼は、褐色の肌と縮れ茶髪、独特の刺青を纏った半袖短パン──ズナードの若者だったか

らだ。

「……? 何だ?」

「こっちの嬢ちゃんが、お前の田舎について訊きたいんだとよ。歴史好きの子みたいだぜ」

 ふぅん? 人を見た目で判断してはいけないとは解っているが、最初そのいでたちと彼の

値踏みするような眼差しに、彼女は正直身を硬くしていた。だがそれも束の間、数拍紹介か

ら沈黙が流れたかと思うと、ザザッハと呼ばれたこのズナードの若者は椅子ごとこちらに向

いてくれた。彼を含めた他の数名のミナゥやズナード、かつて血で血を洗った民族の末裔同

士がさも当たり前のように語らう。

「俺の田舎ねえ……。ぶっちゃけ、そんな面白いモンはねえと思うけど」

「場所は、ここから大分北西に行った山の麓だ。他の昔からの集落の中じゃあ、比較的暮ら

し向きは良かったんじゃねえかな? いつもじゃねえけど、小さい川もあったし、何だかん

だで今日まで生きて来れたからなあ。ま、そう言う本人がこうしてこっちに出て来ちまってる時

点で、説得力はねえかもしれねえがよ」

「……はは」

「遺跡って何だ?」

「ほら、時々地面に埋もれてる古い柱とか壁とか。偶に外国の学者先生やら旅人さん達が、

珍しそうに観たり調べたりしてるけど……」

「ああ、あれね。俺の田舎の近くにもあったけど……詳しくは知らねえなあ。親父か爺ちゃ

ん世代ならまだ何か知ってるかもしれねえが」

「物好きはいるモンだよねえ。こんな若いお嬢さんまで、わざわざ遠い所から遥々。何処ぞ

の集落が、観光客を呼んで活性化だーとかやってきた気がするけど……。結局あれってどう

なったんだっけ?」

西ズナード方面は大変だよなあ。でも結局、こうして新しい街の側にごっそり人が取られてるじゃ

ん? お偉いさんも、もっとあちこちに井戸掘ってやりゃあ良いのに」

「ああ? 言うじゃねえの。そもそもそういうパイプあるのって、ミナゥ方面の金持ちだけだろ?

同じ街に住んでても、住んでる世界が違うっつーの」

 やいのやいの。最初は律義にそれぞれの故郷情報を話してくれていた彼らだったが、次第

にその内容は、かつての民族対立から尾を引いた格差問題へとシフトしていった。

 どうやら『快適に暮らせる分だけマシ』な街に居を構えていても、必ずしもその全員が満

足に恩恵を受けられている訳ではないようだ。ミナゥの権力・富裕層が国の実権を握る──

師・ディックが語ったパワーバランスは、今日も脈々も進行中らしい。流石に遠い地域は行

けず、そもそも彼の担当エリアなので、彼女は近場の遺跡の場所をメモして以降の調査目標

に据える。

「……それにしても皆さん、仲が良さそうですね。私の聞いた話だと、ミナゥとズナードは

長い間争ってきた民族同士だと言われていましたので……」

「あ~。それやっぱ、国の外にもバッチリ伝わってんだ?」

「まあ俺達も、知らない訳じゃないけどなあ。ガキの頃から何度も聞いた話ではあるし。今

も場所によっちゃあ、まだドンパチやってるし」

「でもよう。大昔と違って、今は外国の技術や資金であちこちで水を引けるようになったん

だ。過去の話だよ。ミナゥとかズナードとか関係ねえ。稼げる奴は稼げるし、貧乏な奴は貧

乏のままぶつくさ言ってる」

「年寄とかはともかく、俺達はな~。別にこうして話してりゃあ、何も変わらねえよ」

 はははは!

 肩を組み合う金髪とローブ風の衣装、茶髪と刺青の褐色肌。見た目も受け継がれてきた風

習も違う彼らではあったが、少なくとも今を生きる若い世代はそれらを“障害”とは認識し

ていないようだった。

 勿論彼らが現在の国民全てとは言わないのかもしれないが、過去の対立構造をいつまでも

引き摺っているのは、寧ろ伝聞でしかヴレサイムという地域を知ってこなかった自分ではな

いか……? ワコは内心そう思えて、にわかに自分が恥ずかしくなった。


 当初ディックが読んでいた通り、ヴレサイム各地に残存する遺跡群の年代は、やはりオアシス争

奪戦が繰り広げられていた時代よりもずっと昔のものだと判った。ワコは地元の人々から聞

き出した情報や、協力を得つつ、自分なりにこれらのデータをタブレット端末や研究ノート

に纏めてゆく。流石に実物を掘り起こして全景を、サンプルを採集して持ち帰ってといった

大掛かりな真似は出来なかったが、机の上と実物ではまるで視えてくるものが違うと思い知

らされる。

(教授は、今頃どの辺りにいらっしゃるかな? この辺りよりももっと過酷な環境の筈だか

ら、無事だといいんだけど……)

 そんな別行動中の彼から連絡が届いたのは、彼女は遺跡群の調査に取り掛かって二週間が

経過しようとしていた頃だった。ズボンのポケットに入れていたスマホが鳴り、思わず反射

的に着信に応じる。どうやら電話の向こうの彼も、目下精力的に現地調査にのめり込んでい

たらしい。

『──なるほど。そちらも同様の結果か。こちらも、旧交戦地も含んでいて破損こそ激しい

が、概ね建造年代は争奪戦よりも遥か以前とみて間違いなさそうだ。物証として発表する為

には、関係者と交渉して諸々の許可を取ってからになるだろうが……』

 十中八九気のせいではあるのだが、電話越しの師の声は何処か凛々しい。研究室で本に塗

れているより、現地現物に触れている方が元気が出るのかもしれない。そういう意味では、

自分の存在が彼のフットワークを鈍らせてきたのだろうか……? ワコは思案したが、当の

本人とのやり取りは、そんな雑念を許す隙間など基本無かった。通話の向こう、口元に拳先

を当て、尚も繰り返し唸るディックの声がする。

『答え合わせとしては、やはり私の方が近かったようだね。これは通説を大きくひっくり返

す結果になるかもしれない。少なくともミナゥとズナード、両者の抗争は、直近の争奪戦だ

けに留まらなかった。十回、百回……それこそ数え切れないほどの戦いを、過去の彼らは戦

い抜いていると見て取れる。繰り返してきたと考えられる』

「そんなに!? でもそれだと──」

『ああ。尚更ミナゥ側だけが勝ち続けるというのは不可能だ。調査中にも疑問が疑問を呼ん

でいたんだよ。両者は文字通り、通説よりもずっと古代から血を血で洗う争いを繰り返して

きた。しかし遺伝子工学──知り合いの研究者の調査によると、両者のDNAには寧ろ互い

の特徴を受け継ぐ部分や、共通点が複数見つかっている。同じ“人間”だ、という方便では

なく科学的にね』

「……彼らが、血統的に交わった過去がある?」

『そうとしか説明出来ない。だからこそ、両民族はただいがみ合うだけの関係性だけではな

かったとの証明になると思うんだ。個別具体的な事例は、現代の僕達でははっきりとは言え

ないけれど……彼らは時に融和を、或いは支配する側とされる側、地位の逆転が過去何度も

起きていると考えられる。遺跡から見られる特徴が複数在ることと、その分布が特定の時代

を境に起きていることを踏まえれば、彼らの歴史は従来僕達が思っていたよりもずっと複層

的であると言える』

 ワコは、スマホを耳に当てたまま暫く突っ立っていた。師・ディックが見出した新たな説

をいの一番に知り、驚きと感動で打ち震えていたのだった。

「教授、大発見ですよ! これは! 急いで合流しましょう! 明確な証明の為にも、今の

別行動のままでは色々と限界があります。今回の発見は、ミナゥとズナードの、更なる友好

にも寄与する筈です!」

 交渉の為の準備。いざサンプル採取や本格的な発掘作業などが始まれば、相応の人員を確

保しなければならない。資金も、互いが集めてきたデータも、一箇所に持ち寄って全景を整

えなければ──。

『……君の方は、思いの外打ち解けて話を聞けたようだね。まあ、まだ不慣れな状態だから

こそ、比較的安全なエリアを任せた訳だが』

「? 教授?」

『私の方は、正直正反対の空気だったよ。ズナードの集落、占有率の多い地域では、現在で

もミナゥに強い恨みを持つ者達が少なくない。直接的・間接的の差はあってもね。中にはミ

ナゥの名を出すと、露骨に攻撃的になる者もいた。『あいつらは自分達の暮らしが贅沢なの

を鼻に掛けて、俺達を見下してるんだ! 今まで仲間達をどれだけ殺してきたのか、忘れた

ような顔つきをしてやがる!』等とな」

「……」

 スンと声色を落し、若干ヒソヒソ声で打ち明けてくるディック。ワコは半ば不意に告げられた、

そんなもう一方の“現実”に、上手く言葉を選び出すことが出来なかった。それは電話の向

こうの彼も解っているようで、特段その点を責めてくる訳でもない。

『現在の若い世代、特に国外資本の恩恵を多かれ少なかれ受けている者達は、件の争奪戦の

歴史をもう過去のものだと考えている。それは必然の流れではあるのだろう。ただ……ワコ

君。一方でそうした時代の向きを認められない、ある意味で取り残された人々も未だ居るの

だということを、どうか忘れないでやって欲しい。彼らには、言っていけないよ?』

「……はい」

 おそらく彼は、始めからこうした認識の乖離が在ると解っていて、敢えて彼女をこちら側

の調査に割り振ったのだろう。経験値の多寡は勿論だが、同時に年齢差を踏まえればお互い

がそれぞれの側に適任だったとも取れる。ワコはたっぷりと間を置き、短く頷いた。つい先

刻まで齧り付いていた遺跡群の調査を切り上げ、通話と共に彼との合流へと向かう準備をし

始める。

『最初の通り、合流は街の外で。道中気を付けてくれ。こちらで聞き及んだ情報だが、どう

もズナード側の一部勢力が、またきな臭い動きを見せているらしい』


 事実ディックの話していた情報は、数日も経たない内に現実のものとなった。ミナゥ排斥

を掲げる、ズナードの過激派集団の幾つかが、彼らの多く住む都市部を狙って武力攻撃を開

始したのだ。発展途上の赤土道、整備し終わるよりも前に朽ち出して久しい石畳を、改造し

た中古ジープに乗った軍勢が駆け抜ける。旧式の自動小銃やミサイルランチャー、陣営の存

在を鼓舞する旗を掲げ、雄叫びが辺りにこだまする。

「はあっ、はあっ……!」

 幸か不幸か、ワコはその車列が通ってゆくのを目撃していた。あからさまな悪意の表明。

間違いなくこれから撃ち込まれるであろう兵器と、生じる人命の犠牲。

 自分に止められる訳がない──解っていても、ただ行き違うのを放置したままではいられ

なかった。止まらないジープ、対空斜めに構えられたランチャーの砲口。まだ合流出来てい

ない師・ディックから数日前告げられた警句も頭の片隅に、彼女は問うた。悲壮な表情にな

りながら、留まって欲しいと問うた。

「どうして……どうして……!? オアシスを巡る紛争は終わっているのに! 一応の決着

はついて何年も経っているのに! あの街には他のズナードも住んでいるのよ? 貴方達の

同胞がいるのよ? 攻撃したら、巻き込まれることは明らかじゃない!」

「……何だ? お前」

「ああ、隊長。もしかしたらこの女、ワコとかいう旅人じゃないですか? 何日か前、他の

集落の者から聞きました。歴史好きらしく、近くの遺跡にも足を運んでいたとか何とか」

「ほう? 物好きな奴だな。……分かってるなら、すぐ此処から離れろ。攻撃を開始すれば

連中もすぐ反撃してくる。俺達のことを知ってくれて、わざわざ旅先にまで選んでくれた外

の人間を、巻き添えにしても構わないと思うほど腐ってはいない心算だ」

「そこまで言うなら……! 分かっているなら……!」

「二度も言わせるな。これは俺達の問題だ。他の日和った連中はともかく、俺達は奴らに償

わせなければならん。今日という日が来るまでに犠牲になった同胞達、先祖らの無念を晴ら

す為にも、あの争奪戦たたかいが有耶無耶の内に無かったことにされる……それだけは何としてでも

止めなければならん」

 止めて──! ワコは繰り返し訴えようとしたが、次の瞬間にはジープから降りてきた彼

の部下数名に引き離された。結果追い付く暇はもうなく、彼ら武装勢力の一団は再びアクセ

ルを踏んだ車列で疾走。ミナゥらの住む街へと近付きながら、先制攻撃と言わんばかりに複

数発のロケットランチャーを撃ち込んだ。

「な、何!?」

「攻撃、攻撃だー!」

「また連中か……。逃げろ、出来るだけ遠くに逃げろー!」

 街の住民達は、当然驚愕こそしたが、それでも伊達に現在進行形で小競り合いの続いてい

る国。何人かが率先して皆を逃がし始めたことで、人的被害は最小限抑えられた。着弾した

ズナードの過激派からの砲撃で、幾つかの露店や街路樹が燃えている。

「司令! 南東部約二・二キロ地点より、砲撃を確認! 旗印から“ズナード英霊戦団”と

みて間違いなさそうです!」

「奴らか……。散開される前に反撃しろ! 今後の被害を減らす為に、出来る限り奴らの兵

力を削ぐのだ!」

『はっ!』

 街の守備を担うヴレサイム軍は、すぐさま状況を監視塔より把握。前線の司令官にこれを

伝え、この武装勢力への迎撃を開始していた。ミナゥを中心とした近代的な軍隊。敷地内に

展開させた自走砲から、敵のいる位置目掛けて幾つもの爆音を轟かせる。

『──ワコ君、無事か!? すぐにその付近から離れるんだ!』

「わ、分かっています。でも、私、私……!」

 武力衝突の報を聞き、連絡を寄越したディックが現場へと向かいながら呼び掛けている。

当の彼女も引き離された後、撤退を始めていたが、遠く街の方向では既に両陣営による砲火

が交差もし始めていた。無理やりに引き裂かれた平穏。勿論、この地でのそれは仮初のもの

だと知ってはいたものの……やはり実際に目の当たりにしてしまえば酷く脆い。酷く醜い。

『君を自責せめることはない。僕達は学者だ。彼らの対立までを何とかしようというのは、そも

そも埒外の行為だよ。卑怯かもしれないが、ああいうのは政治家の仕事だ』

「はい……」

 逃げ始める人々の行列・車列に紛れながら駆けるディックと、逆方角から弾道の一部始終

を呆然と見上げているワコ。思いは届く筈も無かった。歴史を知り、学び、真実を掘り明か

そうとしていても、それとこれとは訳が違う。

(何故、か──)

 軍側の反撃が飛び始め、散開してゆく“英霊戦団”の面々。そのジープに乗り込んでいた

件の隊長格は、先の旅人かのじょから向けられた言葉を反芻していた。或いは軍側の守備基地、司令

官もじっと後ろ腰に手を組んだまま思う。

(突き詰めるなら、そもそも何故我々ミナゥとズナードが争っているのか? かの蛮族が、

かくも我々を目の仇とし続けているのか?)


『──只々奴らが憎い(そんなもの、わすれた)!』

                                      (了)

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