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週刊三題 二冊目  作者: 長岡壱月
Train-129.August 2023
144/283

(4) no choice

【お題】灰色、主人公、最悪

「し、仕方ないだろ! ああでもしなきゃ、うちが成り立たなくなる所だったんだ! 色々

余計な手間だって掛ったし……。寧ろこっちは被害者なんだよ」

 詰められた問いに、その経営者の男性は声を荒げて反論しました。やや小太りの、油汚れ

が染み付いた作業着姿の中年男性──とある街の一角にて、長く部品製造の工場こうばを営んでい

ます。

 ばつが悪そうに語るのは、半年ほど前、彼の工場に努めていた女性従業員が解雇された件

について。

 世の例によって、形の上では彼女の“一身上の都合”による退職となっていますが、その

事情は他の面々との確執が窮まって追い出された──当の彼女とその支援者達の主張では、

不当な解雇・差別に当たるケースでした。彼女にはいわゆる、軽~中程度の知的障害があっ

たのです。

「……そりゃあ面接の時に、あれ? こいつもしかして? とは思ったさ。たが今日び、多

少ネジの付け方が妙ちくりんな奴ぐらいごまんといる。あの時はうちも、とにかく人手が欲

しかったのもあってな……。今思えば、高過ぎる勉強代だったと後悔はしているが。流石に

機械を弄りまくる男衆の中には放り込めなくとも、検品組の方ぐらいには振れるだろうと思

ったんだよ。実際、一旦集中すると良い仕事はしたからな。でも──」

 油汚れが染み付いた作業着、左の袖口を何度か擦りながら、経営者の彼はそこで言葉を濁

しました。たかが半年前、されど半年前。まるで極力思い出したくもないといった様子で、

彼は当時の記憶を証言します。

「やっぱなあ……。極端なんだよ、難物というか何というか。うちみたいな下請けは、品質

を突き詰める以上に先ず、納期内に決まった数を捌いてゆかなきゃならねえ。なのにあの女

は、今目の前で見つけた“撥ね”に時間を掛け過ぎるんだよ。……俺は基本、男衆と一緒に

機械の側に居ることが多かったが、検品組むこうでトラブってるのは度々聞こえてはいてな。従業

員達の話じゃあ、早く次に掛かってくれと急かしても聞かねえし、かといって少しでも強引

に入れ替えでもすりゃあパニックになって怒鳴り散らす」

「最初こそまあ、そういう性質タチを抱えちまってるんだと呑み込みもしたが、段々皆我慢でき

なくなっちまったみたいでな……。とうとう検品組の主だった面子が、俺に直談判してきた

んだよ。『あの子を使い続けるなら、自分達が辞める』ってな。……切るしかねえじゃねえ

か。こっちだって生活が懸かってるんだからな」

 結果、彼はこのベテランの女性従業員達からのボイコット宣言を受け、彼女の契約期間の

終わりを待たぬまま解雇の旨を告げたといいます。当然本人は激しく混乱し、強く抗議した

そうですが……彼曰く『解ってすらいねえなら、救いようはなかった』。何度も呼び出して

は説明をし、ようやく“一身上の都合”方式を認めさせたと。彼女という一を守る為に、十

を切ることはそもそも出来なかったと言うのです。

「仕方ねえだろ……。見通しが甘かったってのは認める。だがあいつの所為で、今まで回せ

てきた環境モンが壊れちまうなら、誰だって俺と同じ判断をするんじゃねえのか? 悪いがそこ

までやってやれる義理も、体力も、うちみたいな小さい所にはねえんだよ」

 そうして彼は段々と、問い詰められていた自身を正当化するように訴え掛け始めました。

 配慮をしなければならないことは解っている。だがそれは所詮綺麗事ではないかと。実際

に業務に支障が出るレベルでデメリットが大きければ、彼女のような人間は切り捨ててゆく

しかない……。

「一応お上が法律で決めてて、満たせてりゃあ優遇装置が受けられるから、じゃあうちも採

るかってことにしたんだがよお……。やっぱどれだけ金を積まれても、中の空気を無茶苦茶

にされちまったらお終いさ。技術や設備はまだ何とかなる。死ぬ気で学べば、金さえあれば

入れられなくはないからなあ。だがああいうのは……人間関係だけは駄目だ。生の人間が関

わってくる以上、最悪総とっかえしなきゃ収まらない。俺はそうなる前に、次善策を採らせ

て貰ったまでだ。ただでさえ今でも、あいつに群がった連中に騒がれて、やれ炎上だの裁判

だの面倒臭いことになっちまってるのに……」

 ぶつぶつ。彼は終始恨み節を吐き続け、あくまで自分は間違っていない、他のやりようは

無かったと応じていました。深く眉間に刻んだ皺、向けられた問いをこちらへの害意と解釈

した敵対心。拗れ続ける問題は、彼という人間より一層頑なにさせています。

「それとも何か? あんたがあいつみたいな奴を、片っ端から拾って世話でもしてくれるっ

てのかい?」

「違うだろ。なら他人のあれこれに、首を突っ込んで来るんじゃねえよ」


「──仕方ないでしょ。ゼロから企画を通すよりも、既に実績のある原作から取ってきた方

が先方にも理解を得易いですし。何よりアニメーションに馴染みの薄い層にも、今後系列の

コンテンツを売り込む呼び水になる」

 自身の制作スタジオの席で、その演出家はあっけらかんと答えていました。その間も作業

の手は止めず、ノートPCのキーボードを叩いて原稿を書き進めます。

 彼はいわゆる、アニメ原作の実写化作品を多く手掛ける監督の一人でした。スタジオ内に

は他にも何人ものスタッフが詰め、現在進めているプロジェクトの制作を進めています。

「ああ、一応確認も兼ねて言っておくのですが……。市場全体で見れば、アニメーションを

主とする層は、現在もドラマ・舞台のそれに比べれば少数派ですからね? ちょくちょくあ

るんですよ。『原作を汚すな!』『金儲けに使うな!』ってね。私からすれば何を言ってる

んだ? と呆れるしかないのですが」

「あの層特有の……なのかは知りませんが、消費者は権利者じゃないんですよ。原作者や、

権利を持っている版元からNGが出るならまだ分かるんですがね。まあ、それでも無視して

出す作家もいるにはいますけど……。こっちは商売でやっているんです。リスペクトが皆無

と言われるのは心外ですが、ただ愛でているだけでは利益は発生しません。長い目で見るな

ら、それこそコンテンツ自体の寿命を縮めることにさえなりかねない。寧ろ一役買っている

我々に、敬意こそ示して然るべきだとさえ思うのですが……」

 ふう……。言って彼は、自身のごちるその考えが“件の層”には受け容れられないという

こと自体は理解しているようでした。彼らと、自分にとっての作品への前提が、あまりにも

違い過ぎていると良くも悪くも強く認識していたからです。

 壁に掛ったこれまでの実写作品、その宣伝ポスター。過去自身や仲間らが手掛け、世間の

認知に貢献してきた筈のものが、そこには今もひっそり誇らしく吊り下げられています。

「……こういう受け答えって、やはり炎上するんでしょうかねえ? なら今回の取材、大幅

切ってカットしてくださいますか? 難しい、デリケートなものだとは承知しております。それ

でも現実問題、予算という大きな壁を突破するには、我々も実績を残してゆくしかないんで

すよ。たとえ誰かにとって思い入れのある原作であっても、それを次やそのまた次の“本命”

を撮る為の軍資金にせざるを得ない──誰も彼もが、ゼロから自身のオリジナルで勝負で

きるほど、世の中に余裕は無いんですよ。多少作品作りをなさっている方なら、私の話も解

ってくれるとは思うんですがね……」

 さて、仕事仕事……。

 今回ドキュメンタリーを撮りに来たこの取材クルーに、彼は内心つい喋り過ぎたなと思い

つつも、今日も今日とて綱渡りの制作活動に勤しむのです。


「──仕方ないだろう? どれだけ“説明”を尽くそうが、全員の“納得”を得ることなど

不可能だ。どれだけ数字を出しても、端っから聞く気のない人間も……正直いる」

 或いは政治家達のオフレコ、およそ表に出てはいけない嘆きのやりとりも。執務室の中で

彼らは、正直頭を抱えていました。自身の首が世論の圧と表裏一体であるが故に、現状最善

と明らかな手でも、常にその動向に怯えながら暮らさねばなりません。

「信用されるような言動を、今までしてきたか? か……。直接我々の声を聞き、施策を精

査しているならともかく、そのソースはおよそ報道だろうに。彼らの匙加減次第で、我々は

幾らでも悪役になる」

「そういう職務だと割り切らんと務まらんよ。どのみち、国民の信託に応える形で運営して

ゆくには変わらんのだ。最悪にさえ、ならなければいい」

『……』

 面子の中でも年長な、当選二桁台の議員はそう言いました。他の比較的新しめの議員達は

唇を結びます。不満はありましたが、言葉に出さずにしまい込みます。

 その“最悪”かどうかさえ──事実としてどうかすら越えて──国民ひとびとの感情が決めてしま

いがちだというのに。


「──此度の開戦は、やむを得ないものだった。我が国の領土と主権、国民の安全を担保す

る為にも、これ以上の接近は断じて許容出来ないものと繰り返し表明する」

 テレビの遠い向こうで、国と国が戦争にまで発展しています。事実上は有力な国・勢力圏

同士の代理戦争。今に始まった事ではないじゃないかと言われれば、そうかもしれません。

ただそんな過去の事実と、今現在その方便によってもたらされる災いは、必ずしも論理上イ

コールでは結ばれないものです。訴える側も、被る側も、その発端は相手方という存在を無

視した正当化でした。個々がまるで与り知らない所で、勝手に進んでいた悪意そのものであ

ったに違いありません。

『侵攻だ!』『防衛だ!』

『今度こそ奪い返せ!』『このままじゃあ拙いな……』

 他に選択肢は無く、なし崩しに事態だけはのたうち回るように転がってゆき。

 最早一体誰が? 最初に如何すれば防げていたのか? そんな確認すらままならず、只々

募りに募った鬱積おもい同士が、絶望的に噛み合うことなく齧り付き合うでのす。


「──はあ、くだらねえ。何で“そういうモン”だって自分の中で呑み込めない奴が増えて

るのかねえ……? どこを見てもギャーギャー被害者被害者うるせえの何の。人生の主人公

が自分だからって、強制的に他人が脇役な訳ねえだろ。他人も他人で、それぞれに主役だっ

てこと、解ってねえんじゃねえの……?」

 画面の向こう、液晶の向こう。日々流れてくる世界の息苦しいニュース達に、その青年は

盛大に嘆息を吐きます。ある種の義憤いかりを以って、そんな感慨に至ります。

 曰く、ここまで皆が互いを苦しめ合うのは、自分という人間を過大評価し過ぎだから。ま

るで物語の主人公のように、自分こそがもっと認められるべき、報われるべきだという欲求

を過去のどの時代よりも強く抱えるようになってしまっているからでは? そう若気の至り

で考え付いていたのでした。

「ん~。まあ、言いたいことは分かんなくもないけど……。そういう呑み込めっていう空気

に反発して、逆にどんどん拗らせていったタイプも少なくないだろうしなあ」

 スマホ片手に、そんな彼の隣を歩いているのは友人。昼下がりの交差点、流石に疲れの見

える街の人波に紛れつつ、彼はこの友自身もまた“過激”に染まってゆきかねないと内心気

がかりでした。

「皆が皆、大人し過ぎてもそれはそれで一部の人間が得するばかりだろうしさ? それぞれ

で良いんじゃない? 怒りたい奴は怒ってりゃ良いし、それよりも毎日の生活だって側は特

段関わらないで暮らせば良い。今までだってそうしてきたじゃんか」

「まあ……な。俺も疲れてんのかなあ」

「だと思うよ? 俺もお前も誰だって、何かしら。まあ基本、こういう記事って不安を煽る

方向に作られるモンだから」

 言って、見えていたページをスワイプで除去。

 この友人はぼんやりと考えます。“そういうモン”だと思う、記事の作りとはそうやって

アクセス数を稼ぐものである──ぐるぐる回り続けて、結局自分達は何処からも囚われ続け

て抜け出せやしないんだなあ、と……。


「──え? 今回も訳が分かんない? 小説の皮を被った自己主張の塊じゃないかって?」

 ガシガシ。ノートPCの前で、一人の冴えないオッサンが、自室で原稿を打っています。

自業自得の末に病に陥り、同年代の者達に比べて明らかにキャリアを積み損ねた人物が夜長

缶詰め状態を作ってこもっていました。引き戸を開けて顔を出してきた相手に向け、そう投げ掛け

られた批評に対してばつが悪そうに返します。

「そんなの、分かってるよ……自分が一番知ってる。っていうか、結局今回も〆切が迫って

来てるからさ? いつまでも吟味してられないんだよ。してたってクオリティが上がるとは

限らないし、当たり外れをこっちで制御できるものでもないし……。仕方ないじゃん……」

                                      (了)

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