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週刊三題 二冊目  作者: 長岡壱月
Train-103.June 2021
14/283

(4) Zap!

【お題】捩じれ、狼、殺戮

 世はとうに科学全盛の時代を迎えて久しいというのに、奴らは今も未だ生き残っていた。

踏み古されたアスファルトと、鉄筋コンクリートに細切れにされた巨塔を縫い、尚も悪夢を

演じ続けている。

「──獣だ! 獣が出たぞ~ッ!!」

「子供達を早く建物の中へ!」

「おい、誰か猟兵ハンターを呼んで来い!」

「畜生……。とうとう、この地区にも出やがったか……」

 異変に気付き、或いは誰かの叫び声を耳にし、付近を行き交っていた住民達が一目散に逃

げだしていた。子連れの親子は、急いで近くのビル内に駆け込み、まだ負けん気や正義感の

強い者は次に取るべき行動を指示している。

「……ウッ! ア゛アアァ、ア゛アアァッ!!」

 彼らの背後──路地の一角から、文字通り獣がゆらゆらと歩いてきた。大よそ清潔とは言

えない薄灰の体毛に覆われたその巨体は、二足歩行の人型こそ保っていながら、一目見ただ

けで自分達とは“違う”と直感させる。

 悲鳴を上げて逃げてゆく人々を目の当たりにして、異形の獣人は咆哮を上げた。刃のよう

に鋭く剥き、メキメキと力が滾ってゆく五指の爪を広げる。微かに揺らめく体毛とギラつい

た眼は、まさに彼らの中から此度の獲物を定めようとしているかのようで……。

「ヴァッ?!」

 しかしちょうど、そんな時だったのである。次の瞬間、この獣が狙い澄まされたように真

横へと吹っ飛んでいった。銃声からやや遅れての衝撃。大きく距離を取って駆けていた人々

が、思わず反射的にその主を見遣る。

「──何をぼさっとしている? 早く逃げろ」

「獣を確認、個体数一。これより駆逐を開始する」

 道向かいに立っていたのは、二人組の猟兵ハンター達だった。目深に被ったフードと長い襟で人相

を隠し、同系色のコートに身を包んでいる。

 一人は先程の、銃撃を放った張本人だった。抱え込んだダブルバレルの猟銃が、ゆっくり

と余韻の煙を吐き出している。もう一人のそれは拳銃型。抜き身のまま腰にぶら下げ、淡々

と無線で何処かに連絡を取っているようだった。何よりも肩に担いだ身長大の鉈が、その殺

意の高さを表している。

 あくまでつっけんどん──外野のことなど興味を持たず、只々獣を殺す。それでも居合わ

せた人々は、これで助かると安堵した。もう大丈夫だと涙を零した。

 基本的に猟兵ハンター達は、黒や灰色といった暗色の衣装を好む。何もそれは見栄えや、個人の趣

味嗜好の為ではない。自らが使命を果たす際、獣達から浴びる大量の返り血を目立ち難くす

る、ただ機能的理由それだけである。

 ガ……ッ、アッ……!! 直撃したにも拘らず、ややあって獣が起き上がり始めていた。

着弾して破裂した、片方のこめかみを押さえ、尚もよろよろとこちらを襲い反撃しようと牙

を剥き出しにしている。

「チッ。やっぱ一発じゃあ落ちないか」

「当たり前だ。援護しろ、俺が刻む」

 これに、先に動いたのは猟兵ハンター達だった。猟銃を持った方が再び構え、その場でじっと狙い

を待つと、もう一人が担いでいた大鉈を引っ下げてこれに突入していったのである。当然獣

は咆哮を上げ、襲い掛かるが、その脚や振り下ろさんとする腕を前者の相棒が的確に撃ち抜

いて防いだ。続けざまにそんな隙を縫い、大鉈の後者が体重を乗せた一閃を叩き込む。「ガ

ッ──」掬い上げ、勢いのついた分厚い刃が、異形の首を斬り飛ばしていた。

「やった!」

「ははっ、ざまあみろッ! 化け物め!!」

「マ、ママぁ~……」

「しー! 見ちゃ駄目! ほら、こっちおいで……」

「相変わらず、えぐいな……」

「ほら、後は任せた任せた。撤収撤収!」

『……』

 突如として何処からともなく現れ、気付けば平穏な日常を脅かす異形・獣。

 その一体が始末されたことに、居合わせた人々は歓喜していた。日頃の諸々を含めた溜飲

が下がり、昂っていた。或いはごく“当たり前”に行われた惨状に怯え、母親に泣き付いて

しまう幼子もいる。思わず顔を顰めるのは、何も子供だけではなかった。少なからぬ大人も

また、努めて直視せぬよう目を背け、もう済んだことだと他人事を装って散会してゆく。当

猟兵ハンターコンビも、黙したままこの獣だった死体へと近付いてゆく。

「後ろ、押さえてろよ」

「ああ……。分かってる」

 にも拘らずだった。彼らは尚も、その斬り飛ばした獣の首に鉈を突き立てて捻り潰した。

人々からなるべく直接見えないように、もう一人が背後に立って壁になりながら、首から下

の手足も念入りに切断する。

「ガッ……、ア……ッ」

 理由は単純だ。人間とは違って、獣はそう簡単には死ねない。たとえ首が斬り飛ばされた

としても、暫くは意識がある。だからこそ、猟兵ハンター達は念入りにこれを始末するよう教え込ま

れてきた。打ち破ったと油断したがために、これまでも多くの同胞が犠牲になってきたから

だ。

 斬り飛ばした頭部を──脳を確実に破壊する。最期の足掻きをされないように、胴体側も

四肢を断って粉々にし、その動きを封じる。

 生半可に叩くだけでは駄目だ。

 “敵”ならば、徹底的に叩き潰す。二度と奴らが歯向かって来ることが無いように──。


「はぁ、はぁ……ッ!! 畜生、一体何がどうなってんだよ!?」

 至って地味に、ごく普通に暮らしていただけなのに、奴らは突然やって来た。

 人相を隠すフードと襟の大きなコート、完全武装のイカれた眼。まるで汚物を見るように

こちらを品定めすると、宣告もそこそこに銃声が鳴らされる。

「……獣の群れを確認、個体数二十七。これより駆逐を開始する」

 はっ? 獣!? そんな全く予想外の襲撃に巻き込まれ、青年は必死に逃げていた。訳が

分からず、背を向けて走る。

 それでも連中──猟兵ハンター達は、容赦なく一人また一人と他の面子を撃ち殺していた。「あ

が……ッ!?」青年の少し隣を走っていた中年男性が、腿を貫かれてアスファルトに倒れ込む。

「おっさん!」

「……私に、構うな。お前も彼らに殺られるぞ」

 思わず、反射的に駆け寄ろうとした彼に、男性はそう声を振り絞って制してきた。撃たれ

た箇所から、どくどくと血が流れているのが見える。益々訳が分からなかった。ヒクついた

顔をゆっくりと横に振りながら、生存本能は既に身体を後退させ始めている。

(何が、どうなってんだよ? 俺達が……獣……?)

 人間を襲う化け物と、それを狩るプロ集団がいるという話は、以前より耳にはしていた。

というより、実際にその現場だった場面に出くわしたこともある。何処からか「獣だー!」

と悲鳴が上がり、気付けば文字通りの人狼のような化け物達が飛び出して来ていた。それを

何処からともなくやって来た猟兵ハンター達が、猟銃やら大鉈やらでぶち抜いては切り刻む。執拗な

までに解体する……。

 だが、そんな化け物達と、どうして自分達が一緒くたにされるのか? されなければなら

ないのか?

 横一列に得物を引っ下げつつ、こちらへ迫って来る猟兵達やつらを目の当たりにする限り、連中

の方がよっぽど“化け物”じみて見えるじゃないか……。

「くそっ……! こんな理不尽があるか! いいぜ。てめえらがその心算ならやってやる!

やってやろうじゃねえかあ!」

 ちょうど、そんな時だった。同じく猟兵ハンター達が逃げていた面子の一人が、傷を負いながらも

そう、殆ど自棄糞になって叫んでいた。自分を襲った相手、降り掛かった理不尽に害意を巡

らせて、ギチギチと開いた両手に力を込める。

「──?!」

 直後、青年は目撃したみた。自分の視界の向こうで、この彼が瞬く間に“獣”に変貌してゆく

のを。開いた両手からはメキメキと鋭い爪が生え揃い、両手足や首筋、顔面から背中に至る

まで、薄汚れた灰色の体毛が迫り出てきて覆う。何より体格も異常な速度で発達・変質を繰

り返してゆき、そのさまはまさしく獣──猟兵ハンターや自分達が知る化け物の姿そのものだった。

 青年は目を丸くしたままショックで固まり、他の面子も大よそ同じ反応を見せる。

 だが、それよりももっと衝撃だったのは……最初に変じた彼に追随するように、残る他の

面々も次々に“獣”に変貌してしまったことだった。「おうよ! 貸すぜ!」「勝手に化け

物呼ばわりされて、はいそうですかと殺されて堪るかよ!」……もしかして、気付いていな

いのだろうか? 続いた彼らも、突如として自らが狩られる理不尽さに憤っていたが、その

戦意と共に身も心も文字通り獣と化していった。よもや、そんな力が始めから眠っていたな

どとは信じてもいないだろうに……。

「っ! 反撃、来るぞ!」

回避ステップを踏め! 懐にぶち込んで黙らせろ!」

「しまっ──ぎゃあああああああーッ!!」

 そこからはもう、血を血で洗う殺し合いの始まりだった。当初追い立てられるばかりだっ

た面々の一部が、ふとした切欠で“獣”と化し、怒涛の逆襲を開始する。猟兵ハンター達も決して珍

しいケースではなかったのか、多くは冷静にこれを撃ち返して足を止めていたが、中にはそ

のまま首筋に噛み付かれて絶命する者も含まれた。

「……どうなってんだよ? あいつらが、獣……?」

 青年は怯えていた。残された他何人かと同じく、つい先程まで一緒に逃げていた筈の市民

が、突然化け物になってしまったのだ。元から紛れていたのか? いや、だったら何故最初

から反撃しなかった? わざわざ手負いになるまで待っていた?

(ど、どういうことだよ? それじゃあまるで──)

 恐る恐る、自分の掌に視線を落とす。通りの空っぽのショーウィンドウに、めいめい自ら

の映った姿を見てみる。

 中途半端に、その片手だけが“獣”になっていた。体毛に侵食されて、鋭い爪が生え始め

ている。五指の内親指から三本、薬指と小指だけがまだ人間のままだ。或いはウィンドウ越

しに自らが、信じておもっていたほどの“人間”ではないと知ってしまった者もいたようだ。薄汚れ

た体毛、忌み嫌うべき人狼。『あぁぁ……ああああぁーッ!!』青年は、他の者達は、反射

的・本能的に叫んでいた。自分の中に、怪物を見出してしまっていた。


「──お願いです、猟兵ハンター様。どうかあの子の……息子の仇を取って下さい!」

 ある者は“獣”に肉親を殺され、その悲しみや怒りをぶつける先が欲しかった。故に彼ら

の屠殺が認められている猟兵ハンター達は、その者にとり唯一最後の希望だった。

「──お願いです! 私を弟子にしてください! 私はあいつらを……この手で駆逐したい

んです!」

 またある者は、自ら猟兵ハンターに弟子入りを請い、大切な人々の命を奪う“獣”達と戦おうと決

意していた。尤もそれは、全体から見ればありふれた光景なのだろう。当の本人が申し出を

認めようが認めなかろうが、待っているのは修羅の道だ。暴性の連鎖だ。

「──何が猟兵ハンターだ。やってることは“人殺し”じゃねえか……。一体奴らに何の権利がある?

一体何の権利があって、何処の誰とも知らない他人を“獣”だと決めちまえる……?」

 或いは逆に、彼らによって身近な誰かを奪われた人間も同じくらいにいた。それまでは丸

っきり対岸の火事だった“獣”の存在も、今では後悔しか残らない。行き場のない怒りを、

例えば酒にぶつけて溺れる。沸々と、憎しみだけを黒く蒸留させ続ける。

「──ああ、そうさ……。そもそも“獣”なんてもの、最初から居なかったんだ。お前達も

俺達も、ずっと見たいものだけを見てきたんだ。都合の良い“敵”を探して回ってただけな

んだと思うぜ……」

 或いはお互いに、血塗れになって座り込んでいる人狼と猟兵ハンターがいる。お互いようやく冷静

になって、最期が近付いている中で、そう今までを振り返っていた。身体から大量に血が失

われることで、ようやく気付きを得られるとは……何と皮肉なことか。

                                      (了)

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