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週刊三題 二冊目  作者: 長岡壱月
Train-128.July 2023
139/284

(4) 観測希求

【お題】リンゴ、残念、先例

 かのアイザック・ニュートンは、林檎の実が樹から落ちるさまを見て、万有引力の法則を

発見したとされている。彼だけじゃない。古今東西、色んな分野の色んな人間達が、何らか

の切欠で始めた研究の末に“偉人”として後世に名を残している。

 ……だったら、その逆もあっていいじゃないか? と、自分は思うのだ。それまでの常識

を塗り替えるような大発明、大発見。そういうポジティブで、とにかくヒトを前へ前へと進

歩させるものばかり褒め称えるってのは……不公平じゃないか? って。


(まあ、それが通ってりゃあ、とっくに誰かがやってるんだけどなあ……)

 仕事の休憩時間にぼんやりと、独り物陰に座り込んでスマホを弄る。画面を下へ下へスワ

イプさせれば、今日も今日とてネガティブ情報──やれ何処そこの芸能人が不倫しただの、

やれ名前すら知らなかった政治家の失言がけしからんだの、一体どうしたらそんなネタばか

りを探し出し来れるのだろう? と、寧ろ興醒めして斜に見てしまうような見出しが無尽蔵

に湧いてくる。

 技術ってのも、どれだけ便利になったって人間のやる事は変わらないんだなあ……。そう

呆れ顔を作ってみせる自分は、この手の話にすっかり“他人事”を貫くスタイルが染み付い

てしまって。

「……。ふう」

 ぐびりと、持って来ていたペットボトルのお茶を一口。一応、出勤して来てからロッカー

の中に入れておいたものの、やはりこう日中暑くなってくると時間が経つにつれて温くなっ

てしまう。保冷剤でも巻いておこうか? 何度か思案したこともあるが、結局前日から用意

しておく手間に物臭が勝ち続けている。ぶっちゃっけ仕事の後まで、翌日のことを考えたく

ない。軽くシャワーを浴びて、洗濯物を放り込んで飯食って寝る──他でもない自分だけの

時間の筈なのに、どうにも毎日における割合ウェイトが削り取られる一方で。

 ……仕事中は、ほぼラインの傍に立ちっ放しだ。そうしてじわじわと溜まっていった疲れ

や鬱憤が、他人によってはああいうネット上の世迷い言として吐き出されるのだと自分は理

解している。しているが、極力自分までその土俵に立ちたくはなかった。只でさえ余裕なん

て限られてるっていうのに、くどくどと割く体力気力が勿体無かった。

(何だかなあ。休んでるのか、疲れてるのか……)

 つい溜め息が出て、スマホをしまう。昔はもっと純粋に? この手のサービスに触れてい

た気もするが、年々距離感が出て来てしまったように思う。

 まあ、コンテンツの類ってのは、大なり小なり流行り廃りそういうモンではあるのだろうけど……。画

面の向こう、海の向こう。この手の技術を開発した天才さん達は、少なくともこんな使われ

方の為に世に出した心算じゃなかろうに。どれだけ便利であろうが、今までの不可能を可能

にしようが、人間の醜さって奴はそれを自分達に濃縮して見せつける為ばかりに使ってやが

る気がする……。

「お~い! ぼちぼち休憩終わるぞ~!」

「あ、はい。今行きますっ」


 工場の中に戻って、ラインの組み立て作業に身体が没頭しながら考える。

 ●●という技術が確立された。●●という理論が発表された。素晴らしい! これは人類

の新たな進歩! 次代の天才現る! ──そういった輝かしい上っ面ばかり褒め称えて浮か

れるんじゃなく、もっとその技術なり考え方なりで起きうること、問題点って奴にも自分達

は敏感にならきゃいけないんじゃないか? 技術的に可能だから。それだけでずんずん今ま

では突き進んできたけれど、結局その時々に零れ落ちてしまった人やモノは見捨てられてき

た訳で。ようやくそんな時点で『問題だ!』と騒いでも、結局生まれちまったものは仕方な

いみたいな空気で忘れ去れてゆく。まるで“アリバイ作り”みたいなことを、何度も何度も

皆でぶち上げては、次の瞬間には綺麗さっぱり忘れてる。始めから無かったことにしてやは

り“先”に進もうとする。

 人間(全体)は──そこまで賢くはねえだろ。

 新しい技術で作り上げたもので、物理的に他人を殺すし、経済的に他人を殺すし、精神的

にも他人を殺す。一時の感情に流されて、ギャースカ“悪”を叩いてる邪悪なムーブ。全員

が全員、そうじゃないとは思いたいが、基本そういう醜さがセットで備わっているってこと

ぐらいは……“無い物扱い”しない方が良いじゃないかな?

「だから何度も言ってるでしょ! 一々動きが遅いの! 毎日ノルマがあることぐらい貴女

も解ってるでしょう!?」

 そうして黙々、どれぐらい作業を続けていた頃だったろうか。ふとラインの向こうで中年

のおばさんパートが、別の女性のパートさんを怒鳴っていた。

 自分自身、二人と普段からそんな面識がある訳でもないが……あの別の若い子、多分若干

の障害持ちなんだろうな。おばさんの方がピリピリしている通り、全体的に動きが遅いし、

ぶっちゃけ要領が良くない。流れ作業で組んでいかなきゃならないパーツを、ちょいちょい

中途半端な状態のまま零してしまう。その尻拭いを、もっと後方のラインでフォロー要員に

回っている彼女らがさせられている格好な訳だ。

「あ、でも──」

「でも、じゃない! 工場長! 何でこの子、辞めさせないんですか!?」

(おおう。ド直球に言うなあ……。少なくともあんたが介入出来る話じゃねえだろ)

 怖い怖い。思いながらも、自分は自分の持ち場で割り振られた組み立てを。視界の端でち

らっと確認する限りでも、周りの他の面子も似たような我関せずモードでほとぼりが冷める

のを待っている感じだ。

 加えてけしかけられた工場長も工場長で、この年季の入ったおばさんと真正面から対立し

たくはない様子。何時ものように「まあまあ……」と先ず宥めに入り、次のこの若い子にも

改めてやんわり注意──再指導を。コク、コクと頷いて謝っているようにこちら側からは見

えたが、当のおばさんの方は視えて無いんだろうなあ……。少なくとも本人は彼女をとうに

“敵”認定しているっぽいし。この状況が何度も続けば、陰口なり根回しなりをして追い出

し工作が始まるのだろう。実際そうやって反りの合わなかった人間が、何人か此処を去って

いる。本人の意思かどうかは知らないが、辞めざるを得ない状態にもって往かれている。

(……俺も気を付けねえと。何処にでもいるっちゃあいるにせよ、目を付けられて良いこと

は基本ねえからなあ)

 多分、ポジティブで目立つ偉人ばかり持て囃されるのは“不公平”だと自分が考えるよう

になった経験りゆうの一つが、これまで幾つか仕事を転々をしてきた中で出会ってきたこの手の輩

とその被害者なのだと思っている。

 そりゃあまあ、実際鈍臭かったりコミュニケーションに難があったり、向こうにも落ち度

的なものはあったんだろうけど、その一点で存在全部を否定されるような環境ってのもやり

過ぎだろうとは思うんだ。地道にコツコツと、少なくとも真面目に取り組んでいる人間に対

して、ヒトは往々にマイナスの評価を下しがちだ。その価値観を押し付けて、精神的にも肉

体的にも視界から消そうとしさえする。もっと言うなら──殺そうとする。


 いわゆる“偉人”なり、後世に名を残した人間と一言で言っても、色々といる。生きてい

る内に功績を挙げて、一躍時の人になった偉人もいれば、本人が生きている内には殆ど無名

だったにも拘らず、その死後急に評価されるようになった人物もいる。或いは評価こそされ

るようになったが、徐々に内側・外側からの圧に苦しめられて発狂──時には自ら命を絶っ

てしまったエピソードを持つ偉人だって案外多い。

 だというのに、世の中でざっくり彼・彼女らの存在を取り上げる時には、そういった個々

の人生をすっ飛ばして“理解”しがちだ。勿論尺の問題、そこまで掘り下げる予定じゃない

とかそういう事情もあるんだろうけど、個人的には割とふざけんなと思っている。他人一人

の人生は、手前が惣菜感覚で消費するようなものじゃあないんだぞ、と。

「……」

 とまあ、そんな風にもう少し若い頃は、もっと純粋に義憤いかりを以って日々の無粋者達を心

の中で詰っていたものだ。だが今となっちゃあもう、そんな風に思ったって願ったって、何

にもならないことを知っている。それこそ相手側からすれば“知らんがな”の一言に尽きる

からだ。

「この子達も色々難しい所があって、それでも頑張ってるんですよお」

「知りませんよ! こっちだって仕事なんです、巻き込まないでください!」

 要するに世の為人の為──“社会の役に立つか否か?” なのだ。偉人なり優れた作品を

残した人間は、何十年も何百年も語り継がれる一方で、ある種そういった秩序──日々の暮

らしに“水を差す”ような仕事は認められないし、嫌われる。あくまで求められているのは

前進してゆく為に有用な何かであって、枷になったり、ひいては後退を勧めるような思想・

言動などは大多数の人間にとって不都合──深く考えるでもなく“不適切”で、邪魔なもの

でしかないという道理。過去、どれだけの名も知らない先人が抱いていたとしても、何らか

の形で世に訴え掛けようとしたとしても無駄。そもそも求められている方向性ではないのだ

から。考えてみれば、当たり前のことなのだけど。

 ギャーギャー。ラインの向こうで未だ、お局おばさんと工場長が揉めている。いや、厳密

にはおばさんの癇癪が未だ治まっていないってだけか。

 まあ、彼女の言い分も分からないではないが、それこそ陰でコソコソやってくれよ……と

は思う。本人も完全に委縮して涙を流しているし、こっちの空気も明らかに悪くなってゆく

のが分かる。巻き込んでいるのは、どっちだ?

「どうしました?」

「嗚呼、三田君~。ちょうど良かったよ~、岩代さんをお願い」

「えっ?」

「ちょっと! 話はまだ終わって──」

「はいはい。一旦事務所に行きましょうか。気付きませんか? 皆さん、貴女のこと、見て

ますよ?」


 結局その日、件のお局おばさんいわしろさんが戻って来ることは無かった。詰められていたゆっくりな

子も同じく。

 多分、週明けぐらいにはどっちかが居なくなってるんだろうなあ……。これで何度目か。

自分もそろそろ、別の現場を探した方が良いのか。ただ年齢的にも、以前より採ってくれる

選択肢はぐっと少なくなっている。状況を見つつ、暫くは息を殺して“モブA”に徹しなが

ら勤務する他なさそうだ。

「……はあ。疲れた」

 工場の三階部分。外の空気が吸える、辛うじて休憩場所の一つとして成り立つ小さなバル

コニー。とは言っても、そんな小奇麗なものではない。元は機材のメンテや搬出用の、年季

の入った金属製の手すりや床板を組んだだけの足場だと思われる。

 シフトを上がった後、下の自販機で買ってきた缶コーヒーを片手に少し休憩。流石に今回

のは自分も堪えたようで、思わず盛大な声が、口を衝いて出てしまった。辺りの景色は、既

に夕陽が強く射して茜色にあちこちを染めている。真っ昼間や夜明けよりも、全体的に何処

となく“終わり”を感じられる、この時間帯の方が落ち着くのは……やはり異端の証なのだ

ろうか。

「……」

 ぐぴ、ぐぴっと数回に分けて缶コーヒーを飲んで空にし、ぼんやりと考える。夕陽の眩し

さに目を細めながらも、不思議とそれが嫌じゃない感覚。つい先刻まで、見たくもないもの

を見せられていた影響もあるのだろう。

 人間ってのは──そこまで賢い生き物じゃない。もっと自分勝手で醜くて、やれ繁栄の謳

歌だの進化だのなんて釣り合わない。もっとせせこましく、それでいて直向きな奴が尊ばれ

るべきだ。

 才能らしい才能なんて無くたって。

 天才秀才。何か一つでも、誇れるものを生み出せなくたって。

 ……馬鹿らしいな、と自分でも思う。結局岩代さんに対して抱いた忌避感は、あの子に同

情する自分を可愛がっているからに過ぎないんだ。何か一つでも、イコール自分だと誇れる

ものを。所詮そんなものすら叶わない、叶わないと諦めた、いち絶望的な凡人が“下”の誰

かを見つけて悦んでいただけなんじゃないか?

(あ~あ。馬っ鹿じゃねえの)

 グシャッと空き缶を可能な限り潰しつつ、内心苛立つ。とうに諦めていたのに、諦めて忘

れようと努めてきたのに、色々と“思い出して”しまった感がある。モヤモヤ。何処ぞのゴ

シップに群がる連中をイメージする。何時から自分が聖人と思った? 自分から感性や欲望

を枯らすようにもってきていただけで、根っこにある醜さ・しょうもなさは変わらないとい

うのに。

「はあ~……。いっそ隕石でも落ちて、全部吹っ飛んじまえばいいのに」

 遠巻きの風景に見える電波塔。段々に並んだよく分からない施設やら、住宅地やら。

 あんまり口に出すのは行儀良くは無いな……。思いながら意識の上で口にチャックをし、

そのまま錆びかけバルコニーを後にした。こんな日は、とっとと帰って文字通り水に流すに

限る。眠って忘れてしまうに限る──。


『次のニュースです。昨日十七時二十二分頃、●●県▲▲市上空を航行中だった自家用機が

墜落しました。現場付近にはインターネット回線用の発信基地や送電線があり、少なくとも

四千五百世帯以上が停電。該当地域周辺でも通信障害が発生しており、現在も復旧の見込み

は立っていません』

『墜落したのは、同市会社経営の五十五歳男性が所有する自家用機で、操縦士を含めた乗員

全員の死亡が確認されました。▲▲警察と運輸安全委員会は、事故原因の解明を急ぐと同時

に、当時の飛計画に問題は無かったか、事故と過失の双方から捜査を進める方針です』

                                      (了)

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