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週刊三題 二冊目  作者: 長岡壱月
Train-128.July 2023
138/284

(3) 明日の君より

【お題】荒ぶる、砂時計、過去

「やあ、いらっしゃい。わざわざ訪ねて来てくれたということは……お客さんかな?」

 街の雑踏から一歩路地裏に入ると、不意に辺りの音が静まり返るように遠退く。そんな陰

の一角、古風な造りをした商店の主は、足を運んで来た者にそう微笑みかけた。やや面長で

色白、作務衣姿の青年である。

「ああ……分かってますよ。うちに来る方の用件は、皆さん大体一緒ですから」

 昔懐かしいと言えば聞こえは良いが、その実“日常”からすっぽりと切り取られたかのよ

うな店内の異質さ。何処かしんと滞留する空気感。

 初めはとかく戸惑う客達を、彼は優しく諭してから本題に入るのがセオリーだった。こち

らの視線を誘導するように、ゆたりと左右・背後に並ぶ棚を見上げつつ語る。

「もうご存じかとは思いますが、うちが扱っている商品はこの特製の“砂時計”。大小様々

ではありますが、ひっくり返すことで持ち主の“時間を巻き戻す”ことが出来る──そんな

一品でございます。用法・用量を守って正しくお使いください。また、お客様に応じて商品

自体の大きさと代金が変わってきますので、その点も予めご了承くださいませ」

 形状やサイズこそ違えど、年季ものアンティークに片足を突っ込んだ木棚にずらりと収められていたの

は、全て砂時計だった。

 この店を知り、わざわざ訪ねて来た時点で。店主は微笑みを絶やさずにそう、こちらもあ

る程度織り込み済みだとの前提で説明をしてくれる。目玉商品であり、且つ唯一である以上、

用件は自ずと絞られる。

 カタン、と着いていたこれまた古めかしい長机から立ち上がると、彼は店先で未だ突っ立

っていたこちらへ向かって歩いてくる。スッ……と若干距離を詰めて覗き込むように。同時

にぶらんと脱力していた掌を軽く触って、何かを見定めるかのように目を細めて。

「ええ……ええ。早速お見繕い致しましょう。失礼ですが、お客様の性別と年齢、これまで

のご職業を教えてくださいますか? 大まかで構いませんので」

 不意に触れられた反応よりも早く、店主はすぐその場で踵を返しながらそう幾つかの質問

を投げ掛けてきた。先ほど説明していた、砂時計の大きさとそれに伴う価格帯を決める為の

ものだろう。ゆったりとしたペースで棚の中を探してゆく後ろをついて行きながら、訊ねら

れるがままに答えを返す。性別と現在の年齢、こんな怪しい店に縋ってでも巻き戻したい何

かがある略歴を。

「ふむ、ふむ……。それでは、お客様に見合った条件の品はこの辺りになりますね。どれか

一つお選びください。宜しいですか? はい……。では少し失礼して。この刃先に、指先を

軽く当てていただけますか?」

 そうして、言われて次に差し出された小刀に眉を顰めながらも、恐る恐ると手を出す。店

主曰く、これも購入に必要な手続きとのこと。選ばれたサイズ・価格帯の砂時計を一つ取り

出した彼は、その底部に設けられた空白のプレートを指し示して説明してくれる。

「ここに、お客様の血でお名前を書いてください。それでこの砂時計は、他の方が使おうと

しても使えません。厳密には、効果を発揮するのはあくまでお客様ご本人のみとなります。

物が物ですので、横から掻っ攫おうという輩もいるのですよ……。ただ、一度名前が刻まれ

てしまうと取り消せないため、紛失等にはくれぐれもご注意ください。最悪、破壊すれば勝

手に使われることは防げますが。そうなるとまた、もう一度お買い求めいただく形になって

しまいますので……」

 要は、悪用対策も兼ねた登録制。

 なるほどと思い、気を付けないとなとも用心し、店主から最終的な確認を取られる。基本

的には年齢や収入──社会的背景に比例して代金が上がってゆくようで、思いの外安かった

ことに内心驚いた。これがもっと“勝ち組”なら違ったのか? 自問しても得することは無

さそうだった。先に会計を済ませ、引き渡された砂時計それに、刃先で滲んだ自身の血で記名す

る。じわっとプレート部分に染みていった字は、数拍不思議な揺らぎを見せた後、次の瞬間

僅かに光ったように見えて落ち着いた。「登録完了です」店主が小刀をしまいながら、変わ

らぬ微笑みで小さく一礼をする。

「これで、その砂時計は正式にお客様の物となりました。繰り返しとなりますが、くれぐれ

も用法・用量を守ってお使いください。紛失等にもご注意ください。連続での使用は避け、

少なくとも一日以上の時間を空けることをお勧めします」

「時を戻す、過去に戻れるといった技術も、それ相応のリスクを伴っていることを十分にご

理解いただきますよう……」


 ***


“その裏路地に居を構える店には、時を巻き戻せる不思議な砂時計が売られている”


 何時からか、まことしやかに語られるようになった都市伝説は、文字通り社会の裏で実際

に買い求める者達を増やしていった。


 ある者は、年々衰えてゆく自身の身体に不安を持っていた。少しだけ、少しだけ──仕事

でどうしても踏ん張らないといけない時、体力・気力を取り戻したい時、そのしがないサラ

リーマンはこの砂時計の力を頼った。一度使うと暫く──具体的には戻した分の時間がまた

経たないといけない点は不便ではあったが、それでも市販の栄養剤などよりは間違いなく効

果があった。段々と、この砂時計無しにはいられなくなった。

 ある女性は、年齢と共に失われてゆく自らの美貌を悔いていた。そんな折にこの砂時計の

噂を聞き、藁にも縋る思いで購入──美容関連の起業で一財産を築いていた彼女に示された

代金は少なくなかったが、金なら他人よりも蓄えはあった。事実、文字通り過去の美しい姿

を取り戻し、周囲の驚きや称賛を勝ち取って彼女は恍惚としていた。気付けばもう、この砂

時計の力無しにはいられなくなっていた。

 一方でまたある者は、もっと単純且つ純朴な理由でこの砂時計を手にした。育ち盛り・遊

び盛りの少年だった。彼は折角の楽しい夏休みが終わるのを惜しみ、砂時計の力で繰り返し

この一時を堪能できることに気付いたのだ。開放的な休日、友達との思い出。尤も日数が戻

るということは、進めた筈の宿題をまたやらなければいけなかったりしたのだが。

 或いは、人生の終盤戦を迎えて久しい老人。病に侵され、余命幾何もない女性とその夫。

それまでの不運が重なり、二進も三進もいかなくなった孤独な男。

 彼らは余生をどう生きるかの吟味や日々の延長、挽回のチャンスを願っての巻き戻し──

それぞれの思いと理由からこの砂時計を手に取った。穏やかな心地の中で芽吹いた迷いと、

少しでも長い一緒に居たい・子の成長を見たかったという願い。ゴリゴリに欲望を剥き出し

にした、最早手段を選ばぬ激情。それらが間違っているとしても、たとえやはり“正道”で

はないとしても、それぞれの理由でその不思議な力に頼らざるを得なかった者達だった。在

ると知ってしまった以上、誘惑に抗えなかったケースだったのである。


(──くそっ! やっぱそんな美味しいだけの話じゃあ無かったか……)

 だからこそ、個々にその“異変”に気付き出したタイミングには、大きなズレが生じてい

た。何より本人がその事態に気付いても、多くは既に遅かったのだった。

 鞄の中に件の砂時計を忍ばせたまま、そのサラリーマンは自社ビルの廊下を足早に進んで

いる最中だった。歳は中年からそろそろ壮年へ。顔立ちも、老けが目立ち始めて目つきも元

から良い方ではなく、社内では基本的に避けられがち。いわゆるうだつの上がらない勤め人

の一人に過ぎなかった。問題は、そんな彼がある時件の砂時計に手を出したことに始まる。

(冷静に考えてみりゃあそうか。時をガッツリ戻せても、若い頃はもっと立場は下だったん

だから、払われる給料も減るよなあ……)

 最初は少しだけ、衰える身体や若さを取り戻せたらという下心で使い始めた程度だった。

実際効果を発揮した後は若返ったように見えたし、若干部下や女性社員からの眼差しもマシ

になったように感じた。だが、それも結局は程度もの。欲を掻いて一気に時間を巻き戻し過

ぎたせいで、今度は当時の待遇や環境までが元に戻り始めていたのである。──しかもその

事実に、当の周囲がまるで気付いていないようなのだ。

(その割には、買い物したり何だりの物価は現在いまのままだし、寧ろコイツの力で苦しくなっ

てる。暫くは封印だな……。また使わずに放っておけば、元の時間に戻るんだろ)

 もしかしなくても、トンデモな商品に手を出しちまったか……? 彼は内心そう悪態を吐

きながらも、一方で自己責任だと早々に諦観も抱いていた。

 要するに改めて自重すれば良い。この状況が落ち着いてきたら、あの店主に文句を言いに

言ってやる──。

「おっと」

「ごめんよ~」

「ッ!?」

 だが、次の瞬間だったのだ。今日は色々あってヤバい、さっさと帰ろう……。そう定時に

早々に帰路を急ごうとしていた彼の横から、別部署の部屋から出て来た社員が誤ってぶつか

ってしまったのだ。本人達、接触自体は軽い混線程度のものだったが、その衝撃で彼の鞄か

ら例の砂時計が飛び出したのだった。コロコロと、彼の意図しない所で勢いのついた砂時計

が、繰り返し繰り返し縦向きに転がってゆく。

(やばっ──!)

 それはつまり、中身の砂が何度も何度もひっくり返されるということ。上に下に、彼の血

で名を刻まれた砂時計が、その“巻き戻し”の効果を発揮するよう求められたということ。

 彼は焦った。酷く慌てて手を伸ばしていた。反射的、本能的にこのトラブルが意味するこ

とを理解してしまったからだ。

 ただでさえ、少しスパンが短くなっただけで新人時代の“給料”まで戻ったのに、これ以

上こんなに激しく巻き戻されたら、俺は一体──。

「? あれ? 今誰かいなかった?」

「いや? お前が勝手にふらついただけだろ?」

 別部署の社員二人は、はたと我に返った。とはいえ、何故今この瞬間今この場で、まるで

意識が飛んだように錯覚したかは分からない。少なくとも目の前の廊下には、他に“誰の姿

も無い”。

「お~い! 一ノ瀬~、三浦~!」

 そうしていると曲がり角の向こうから、もう一人別の社員が駆けて来た。砂時計を密かに

使っていた彼の、同じ課に属する後輩である。

「おう。どうした?」

「はあ、はあ……。二人とも、こっちで後藤さん見なかった? 訊いとかなきゃいけない仕

事があったんだけど、定時で帰っちゃったみたいで……」

「いや? 俺達は誰ともすれ違ってないが?」

「っていうか、後藤さんって誰だよ? お前の課にそんな奴いたか?」

「えっ……? いや、後藤さんは後藤さん──」

 少なくとも彼が姿を見せた時、まだ彼の中では自身の探している相手の顔や名前は脳裏に

残っていた筈だ。

 なのに、全く知らず存ぜずといった様子で返す二人からの言葉に、次の瞬間彼もまたその

存在を失くしていたのである。すっぽりと、在ったことにも気付けなかったのである。

「ゴトウさんって、誰だっけ……?」


 ***


「やあ、いらっしゃい。って、貴方達ですか」

 店主はその日、独り店内へ入って来た人物に向かって接客モードいつものセリフを向けようとしたものの、

すぐに引っ込めていた。店番用の机に着いたままの作務衣姿と、そんな彼とは対照的に、

訪問者の服装は前衛的──両方の肩からぐるりと覆うファーの付いた、濃い灰色の革コート

にブーツ、サングラス。加えて髪型は若干リーゼント気味の強面。にも拘らず、対する店主

はこの彼をさも長く見知った仲間とものように扱い、振る舞う。

 一方で当の彼・ファーコートの男は、あくまでじろりと見下ろす威厳を崩さない。

「……暫く見ない間に、随分と丸くなったな。此方の時代に絆されてはいないだろうな?」

「大丈夫ですよお。私達が来ているのは、あくまで僕達の時代の為。この店も私の店主モー

ドも、全部任務遂行の為のあつらえです」

 にこり。言って店主は、棚の中に収まっている大小様々な砂時計──自分達の目的の為、

巷に広めている工作ツールを見上げていた。ファーコートの男もちらりと一瞥はするが、門

外漢なのか技術的なあれこれにはそこまで突っ込む気は無いらしい。「なら良いが」淡々と

短く応じるだけで、別に長話をしに来た訳ではないようだ。ポケットに突っ込んでいた右手

を、彼に出して向けながら告げる。

「上からの指示が新しく出た。回線F22765で各自受信、引き続き任務に当たること。

だそうだ」

「了解」

「……以上だ。俺は戻るぞ。一応、お前の様子も見て来いと言われてたんでな」

「そうでしたか。こっちは特に問題は無いと伝えておいてください。当初の狙い通り、この

時代の富裕層にもツールは渡り始めています。彼らがこの時代で“脱落する者”になってゆ

くのは、時間の問題かと」

「だと良いがな。くれぐれも……抜かるなよ?」

 はいはい。去り際、肩越しにそう念を押してくる男にようやく苦笑を返しながら、店主は

最後まで店番机に着いたままだった。足音が遠退き、表通りの猥雑に吸い込まれてゆき、再

びしんと静まり返る路地裏と店内。異質なまでの滞留した空気が、薄目を瞑る彼の頬を静か

に撫でてゆく。

「……妙な話ですけどね。時間を奪おうとする側の作戦が、時間の問題だと言うのも」

 フッと、誰に向けたものでもない呟きことば

 時を巻き戻す砂時計──彼らの持ち込んだ工作ツールで、この時代の人間達が更に過去へ

と執着して未来に進もうとしなければ、その“隙間”に自分たち別世界線の未来人が入り込

める。確固たる未来として存在が約束される。その為には、より強い影響力をこの時代の社

会に及ぼせる富裕層や権力者、著名人を堕としてゆかなければ……。


 静かに静かに、店主こと未来あすからの侵略者の一人は待つ。

 用法・用量など彼らはすぐに破るだろう。彼らは皆欲深く、知れば知るほど執着し易い。

その出所が実際怪しく、本来この時代こちらがわには存在しないものでも、出来ると判れば着実に蝕ん

でゆくものだ。かなぐり捨ててでも、捧げてくれると知っているのだから。

                                      (了)

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