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週刊三題 二冊目  作者: 長岡壱月
Train-127.June 2023
134/283

(4) 屑の詩(うた)

【お題】主人公、脇役、憂鬱

 スポーツ選手や芸能人、将棋や囲碁みたいな頭脳勝負からeスポーツ、或いは広くクリエ

イティブな類のあれこれまで。

 ふと頭一つも二つも抜きん出た誰かが現れた時、マスコミや世の中が彼らをこぞって持ち

上げて熱狂する時、寧ろ俺は──とてもじゃないがそんな“その他大勢”の一人にはなれな

かった。素直に応援しようなんて気にはなれず、只々己の非才ぶりに悔しさばかりが込み上

げてくる。あんな“超人”達にはなれないんだと、沸々怒りすら覚える瞬間ときだって珍しくは

ない。


 ……勿論、知っている。彼らは皆、天才だからヒーローになれたんじゃないことぐらい。

経緯はどうあれ、その道を一途に進んで──且つ効果的に分析高く鍛え続けた先の結果を見

ているに過ぎないのだということを。超人として、ヒーローとして自分達が認識しているの

は、そんな彼ら全体からすればほんの一握りなんだから。

 熾烈な争いに揉まれて、時には己との闘いに苦しめられて。それでも生き残り、成果を出

してきたからこそ、その姿は輝いて見える。

(本当……同じ人間だってのが、嘘なんじゃねえか? って思うんだよなあ)

 それでも。だというのに自分が尚も解ろうとしないのは、やはり妬みの感情なのだろう。

どれだけこの先、色々と理屈を捏ねくり回しても、誰かに指摘されれば否定出来ない。むき

になって反論しようとすればするほど、当の心証としては間違いなく逆効果だろうから。


『本人達は好きでやっている(だから最強なんだ)』

『素人が、解ったような口を利くんじゃない!』

『素直に応援してやれよ……。何でそう、一々斜に構えるかねえ……?』


 正直、解ってないのはどっちだ? と思う。彼らがその笑顔の裏で、文字通り血反吐を吐

きながら努力して達成したものを、まるで自分のことのように語る。俺からすりゃあ、お前

らの方がよっぽど遠慮も糞もねえと思うんだがな……。何より明確に示されて、とてもじゃ

ないが自分とイコールになんて結び付けられない。

(五月蠅えんだよ)

(凄いのは当人や周りのスタッフ達であって、お前じゃねえっつーの)

 侮辱だと思う。軽薄だと思う。

 何で彼らと自分との間に、ああも超えられない壁が在るんだと、思い知らされはしないの

か……?


 よくああいったヒーロー達を“才能”の一言で片づけてしまう輩は多いが、そもそも何か

に対して一途に打ち込み、好きでい続けられる・継続出来るというのも、それ自体が一種の

才能なんだと俺は思う。素質というか、大前提というか。

 自分にあまり堪え性というものがない──継続の方はまあ、惰性で何となく止められない

場合はあるにしても、好きでい続けられるのが凄く難しいと感じているから、尚更そう見え

てしまうのだろう。心底楽しんでいる。それは他人が言うように、ある意味最強の状態だと

言ってもいい。外野から眺めれば、苦行でしかない諸々も、過程と結果をより磨き上げてく

れるエッセンスだと無理なく信じられる。パフォーマンスに直結しない部分の、無駄な迷い

が削ぎ落されがちなのだから、そりゃあその分ぐんとアドバンテージも得られる。勿論それ

と実際の結果──競合他者ライバルと合わせた生存率が必ずしもイコールという訳ではないにせよ、

どうせなら笑ったままで結果が出せるに越した事は無い。


『●●選手、また億の年俸アップだって~!』

『おお。▲▲くん、またタイトル獲ったのかあ。これで何個目だ?』

『流っ石は海外の賞も貰った作品だ。クオリティが違うよ、クオリティが』


 ……詰まる所、自分はこの世界の主人公なんかじゃないからだ。輝けるあそこへは行けな

い、無数の名もなきモブ、脇役の一人に過ぎないという現実を知ってしまったから。受け容

れてしまった末の、諦めの境地から来る感情達なのだろう。

 徹底的で、誇示されていて、どうしようもなくて。

 毎日好きでもない仕事に出、好きでもない相手に頭を下げて回り、ようやく手元に入って

くる僅かばかりの金。その何十倍・何百倍にもなる額を、彼らはポンと稼いでみせる。周り

が放ってはおかず、本人が意図せずとも大量の資金が流れ込んでくる。往々にしてそんな絶

頂も一時的、時勢が追い風になっている内とはいえ、そもそもそんなフィーバータイム自体

が存在しない一介のサラリーマンからすれば……馬鹿馬鹿しくなってしまったとて無理はな

い筈だ。

 当たり前だけど、人間は平等じゃない。主人公になれた者と、なれなかった者。色んな切

り口の物語の中で、そこには決定的に越え難い壁が在る。「いや、君だって頑張れば──」

そんなものは何かしら余裕か無知であるから言えるだけで、現実は何も変わっちゃいない。

ありもしない“もしも”を慰みにして、大多数の俺たち脇役どもを黙らせる目くらましだ。

 ……癪なんだよ。

 無理筋だとは判っている。ぶつけても甲斐の無い不全感、別に自分一人だけが抱えて日々

を生きている症状びょうきではないことは解っていても。

 毎日必死こいて、文字通り命を削りながら掻き集めてきた富が、その時々の主人公達へと

無遠慮に流れてゆく。そんな当たり前が、俺は一方で辛抱ならない瞬間があった。理屈では

回り回って自分達に戻って来ると言われても、どうせ自覚できるような還元のされ方なんぞ

無いのだろうとも諦めていた。……何より昔何処かで心の折れた自分を、主人公に登り詰め

たあいつらは嗤っていたんじゃないか? って。

“やあやあ、自滅ご苦労”

“これでまた一人、競合他者ライバルが減ってくれたね──”


 主人公がいるから、脇役がいる。

 何人もの脇役が存在し、映えるからこそ、主人公もまた魅力的に映る。

 解っちゃあいるが、生憎俺はそこまで聖人君子じゃない。人並みにかつては、将来何者か

になれると無根拠に信じていたし、だからこそ安易に流れて続けられなかった自分の選択の

責任だとも思っている。


『人気アスリート◆◆に不倫疑惑!? 真夜中の車中デートを激写!』


 繰り返すが、脇役だろうが主人公だろうが、その旬は思いの外短い。まあ外野の俺達自身

が、飽きっぽく忘れやすいからだと言われてしまえばぐうの音のも出ないが、ある程度皆で

熱狂した後に待っているのは衰退だ。特に大きな事件も無く、スゥッと忘れられてゆくなら

まだ良いのかもしれない。一番キツいのは、きっと何かしらの切欠──スキャンダルが持ち

上がった場合だろう。

 上げて落す、は連中の常套手段。

 とはいえ、一度“きず”が付いたと見做された人間の賞味期限は短い。ここでも大半の群衆わきやく

達が、彼・彼女を勝手に清廉潔白だと決め付けていた分の揺り戻しが起こる。勝手にイメー

ジを植え付けて。自分達がなれなかった主人公像を、彼・彼女へと重ね託して。『裏切られ

た!』『今までずっと騙していたのか!?』いざそれらが損なわれたら、また勝手に喚き出

すという訳だ。


 そんなこんなで、ニュースや新聞、雑誌がこぞって取り上げ始める特集を見る。くしゃっ

と手の中で丸めた紙面を片手に、街角のテレビに映った当人の在りし日の姿を眺める。

「…………」

 俺だって聖人君子じゃない。だからと言って、他の連中みたいに表立って渦中のヒーロー

を、主人公に罵倒を投げようとは思わない。どの口が言ったよ? せめてそれぐらいの節度

は守りたいと信じたい。

 でも、多分俺は今嗤っている筈だ。

 ニチャアと、密かに気持ち悪い表情かおを浮かべて、画面を見ているのだろう。

                                      (了)

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