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週刊三題 二冊目  作者: 長岡壱月
Train-127.June 2023
131/284

(1) 都合のいい話

【お題】恩返し、猫、鳥

「あ~あ。俺にも何処かから、彼女になってくれる子が現れてくれりゃあいいのに」

 健全な男子学生ならば、一度は妄想したことがあるであろうそんな夢。好みによって差は

あるにせよ、理想的なシチュエーション。

 ……まぁそんなのは、叶わないから夢であって。自分でも独り善がりな空想なんだとは解

っている。

「はははっ! ねえよ!」

「親方、空から女の子が! ってか?」

「止めとけ。虚しくなるだけぞ? 俺達非モテは、地道に努力することすらキモがられちま

う生き物なんだぜ……?」

 昼休みの屋上、貯水タンクの陰で涼みながら、気の合う仲間達とそんな馬鹿をやる。殆ど

条件反射でまともに取り合わない奴もいれば、妙に達観してモッモッと弁当のおかずを口に

運び続けている奴もいる。

 止せやい。そうマジに返されたら余計に悲しくなるじゃねえかよ……。

「でもよお~。実際経験が無いままだと、将来色んな所で格差そんになる気はするんだよな。別

に食っていけりゃあそれでいいのかもしれねえけど」

「そもそもまともに仕事に就けるのか、続くのか怪しいご時世だけどな」

「言うなよ……。そりゃあ、親父や兄貴を見てりゃあ厭ってほど……。それでも二人はちゃ

んと? 嫁さん貰ってるんだよなあ。まぁ親父に関しては世代が違うけどさ?」

「見合いとか、結婚して当たり前みたいな時代ねえ……」

「つーか、付き合うのと結婚云々はまた別物じゃね? 予行演習みたいなモンではあるかも

だけど、初っ端からそれだと重過ぎるっつーか」

「……まぁなあ」

 もきゅ、もきゅっと惣菜の焼きそばパンを頬張りつつ、気付けば俺達はそんな大仰な恋愛

談義をしていた。言っておくが、ここに居る俺達全員は交際どころか、異性と仲良くなった

ことすらない。だからこそ、やはり不毛なのだけど……。

「夢を、持ち過ぎなのかねえ」

 ぐるぐるループした先には、結局そんな諦めの感情が待っている。重過ぎる云々っていう

のもそうだし、たかが同級生や同じ学校の誰かにそういった関係を期待するのも酷──押し

付けがましいんじゃないか? 或いはもっと別の学校の子ならワンチャン、と考えても、そ

もそも物理的に接点が無い。仮に作れたとしても、その後も維持・発展させてゆくのがハー

ドモード確定だ。基本の経験値すら覚束ない人間に、そこを狙い目にしろというのはやはり

酷だと思う。

『う~む……』

 揃いも揃って、馬鹿をやる。真面目に悩んでいるようで、多分誰一人として内心ではそん

なに深刻な気持ちになっていない。ぼんやりと、何時ものように、頭の中の常時何パーセン

トかは全く別のことを考えている。

 この時はまさか、俺があんな出会いを立て続けにするなんて思いもしなかったんだ。



「──よう、坊主。ちょっと俺達に金貸してくんねえかなあ?」

「さっき思ってた以上に負けちまってさあ……。今、あんま手持ちねえんだわ」

 最初の事件は数日後、一人で裏路地の近道を抜けて帰ろうとしていた下校途中。

 ふと周りが暗くなったなと思ったら、如何にも遊んでいますといった感じの、柄の悪いお

兄さん方がぐるりと俺を囲んでいた。ヘラヘラと、不気味に笑ってこっちを見下ろしてなが

ら話し掛けてくる。

 いや。大体脅し文句が雑過ぎないか? 間違いなく初対面の相手に、金を貸して戻ってく

る訳ないじゃん。

「あ、えっと……すみません。自分も手持ち無いし、急いでるんで──」

「ああ!? てめぇの都合なんざ聞いてねえんだよ!」

「兄貴が出せって言ってんだから出すんだよッ! 痛い目遭いてぇのか、この野郎!?」

 うわ~……。分かり易いぐらいの屑。そんでもって本性曝すの早い。よほどボロ負けした

のか、内心かなり気が立っていたらしい。

 ただ理屈では状況を理解出来ても、実際問題もやしっ子な自分ではこのガタイの良い大人

数人を相手に敵う未来は見えなかった。喧嘩なんて碌にやったことはないし、力押しでも不

利なのは目に見えている。じゃあ逃げるか? 既に囲まれた上で、向こうも逆ギレした状態

になって簡単に見逃してくれるとも思えない。

(参ったなあ。これなら、今月キツかっても正直に出しとくべきだったかなあ……?)

 今更穏便に済ませていれば。そんな後悔が脳裏に過ぎる。負け犬の思考がもたげる。

 ──救世主ヒーローが現れたのは、ちょうどそんな次の瞬間だった。

「待ちなさい、君達!」

 誰? 俺もこのあんちゃん達も、突然響いてきた声に数拍辺りを見渡していた。そしてよう

やくその声の主を目の当たりにして……思わず固まる。多分お互い、抱いた感想は違うのだ

ろうけど、その場で目を見張る。

「その少年から離れなさい。大の大人が寄って集って……恥ずかしいとは思わないのか?」

 少女、と呼ぶにはちょっと自分よりお姉さんな、ミドルショートの黒髪を靡かせた人物だ

った。紺っぽい革ジャンと青のジーンズに身を包み、そう正義感に溢れた眼差しと態度でこ

ちらを見て叫んでいる。

 ……もしかしなくても、俺を助けようとしてくれているのか? 正直驚いた。

 確かにキリッとしてはいるんだけど、何と言うか、何となく凄く“頑張って”そうしてい

る感じ。口にしてしまったら失礼なんだろうけど、カッコいいと可愛いが奇跡的に融合した

ような、そんな女性ひとだった。

「ああ!? 誰だてめえ……」

「邪魔すんじゃねえ!」

「へへ。それとも何か? 嬢ちゃんが代わりに遊んでくれるっていうのかい……?」

『……』

 わきわき。割とストレートに煽られてキレ返している兄ちゃん達と、その中でも彼女をそ

ういう眼で見て笑う奴。

 俺は──別に顔見知りじゃない筈なのに、正直凄く胸糞が悪かった。当の本人も眉間に皺

を寄せて、静かにキレている。ように見える。

「そうだね。パパッと、遊んで──やろうか!」

『ぐぎゃっ!?』

 ちゃんと見ていた。なのに、そこからの彼女の動きはまさに怒涛の勢いだった。

 最初、ニヤついていた男の古渡場に同調した風に見せつつ、次の瞬間にはダンッと地面を

蹴って彼らの懐に肉薄。完全に虚を衝かれて隙だらけになっていたその下顎やら股間を次々

に殴り上げ、蹴り上げての一撃ノックアウト。悶絶して動けなくなる彼らの山を瞬く間に作

ってしまう。

「……ふん!」

 ぷりぷりと、お姉さんは怒っていた。でも自分には、そんな横顔すら何だか可愛いなと思

えてならなかった。

 明らかに自分より腕っぷし──以前に身体能力が凄い“カッコいい”女性ひとに、恩人に、そ

んな感覚を抱くのはおかしいかもしれないけれど……。

「あっ。き、君、大丈夫? 怪我してない?」

「っ──! はっ、はひっ! だ、大丈夫、れす……! た、助けていただき、ありがとう

ございます!」

「あはは。良いよ良いよ。ボクが好きでやっていることなんだから。無事で良かった」

「……」

 多分、この時俺の顔は真っ赤になっていたんだろう。あれだけ鮮やかに立ち回っていたの

に、いざ自分に向けてくる笑顔は眩しく──何処か人懐っこくて。

 しかもこの人、ボクっ娘かあ。結構クるな……。ポイントが高い……。

「あの、お姉さん」

一子かずこ

「えっ?」

「一子。犬飼一子。それがボクの名前」

 カズコ……予想以上に普通だ。何とか感謝の言葉を続けようとした俺に、彼女・一子さん

はそうニッと笑って言った。中断させられたこちら側の手を、そのまま彼女は次の瞬間取っ

て来て、言う。

「さあ。こいつらがダウンしている内に此処を離れよう。昼間でも、こういった輩は結構い

るものなんだよ。今度からは一人の時は、ちゃんと人通りの多い所を選ぶこと。いいね?」


「──それでさあ。結局そのお姉さんとは、それっきりになっちゃって……。ああ、あの時

連絡先の一つでも交換しておけばなあ」

 く~ッ!! 昼間の学校、休み時間の廊下の一角で、俺はそう暫く前に出会ったカッコ可

愛い女性・一子さんのことを話していた。その相手は……普段よくつるんでいる悪友どもで

はなく、ここ最近知り合った後輩の女の子。

「ふぅん……? 別にいいんじゃないですかね? そういうのって、結構“縁”が残って二

度目・三度目がやって来易いなんて話も聞きます。まあ私は、先輩がその人とくっ付かなく

て良かったと思いますけど。昼間っからヒーローごっこしてる大の大人なんて、その辺のチ

ンピラと同レベルで変態さんでしょ」

「……割と真顔できっついこと言うよね。白石さんは」

 白石寧々ちゃん。一子さんとはまた違ったベクトルを持つ、小柄で可愛らしい女の子だ。

どうして他のクラスや学年のイケメンではなく、こうして俺に会いに来てくれるようになっ

たかは分からないが……。ころころと表情の変わる、ちょっと小悪魔っぽい毒気も魅力的な

後輩だと思う。

 その日俺は、とりとめもない雑談の中でふと、以前出会った一子さんとのエピソードを彼

女に話して聞かせていた。ひょんなことから、という意味では彼女と同じようなタイプの出

会いだなという切欠だったかと思う。

 ただ、当の本人の反応はちょっぴり普段よりも棘のある言い方でもあるような気がした。

まぁ言い分自体は、確かに間違っちゃあいないんだろうけど……。

「へへへ♪」

 それでも妙に人懐っこく自分に接触して来てくれる彼女に、俺は気付けばそういった言動

を大目に見る、というパターンを何度も築いてしまっていた。これは勘だが、多分彼女の地

頭は決して悪くはなく、いわゆる毒舌を発揮しても最低限越えてはいけないラインというも

のを弁えている節がある。……本人は、そのことをおくびにも出しはしないけれど。

「……何?」

「いえ。やっぱり先輩は優しいなあって。他の人は私の性格を知ると、決まって面倒臭いっ

表情かおをするんですもの。なのに先輩は、ちゃーんと受け止めてくれる」

「買い被り過ぎだと思うけどなあ……。実際白石さんの言い分は間違ってはないし。俺も前

に会っただけで、一子さんの素性なり何なりはまるで知らないからさ。こっちのイメージだ

けで決め付けて、ここで言い争うだなんて馬鹿げているじゃないか」

「……そうですね。だから先輩は好い人なんですよ」

「えっ?」

「何でも。ではそろそろ次の授業なので、行きますね?」

「ああ。じゃあまた、機会があれば」

「はい! お話ししましょう!」

 最後、何かぼそっと呟いていたような気がしたが、結局彼女はそう話を切り上げて廊下の

向こうへと駆けて行った。お団子ヘアにした、アッシュブロンド交じりの髪と制服が、他の

生徒達の人波に揉まれて消える。

 俺もつられて流れに任せつつ、軽く手を振って彼女を見送っていた。数拍後、耳に聞こえ

てくるチャイムは、確かに休み時間の終了を告げてくる。……もうそんなに話し込んでいた

のか。彼女が話し上手で聞き上手だから、妙にトントンと色んな話題を出してしまう。

「……」

 教室移動の途中だったのだろう。女子生徒の一人が他の男子達とすれ違いざまに軽くぶつ

かり、抱えていた教材を落としてしまっていた。それをすかさず、彼らの内の一人が気付い

て立ち止まり、一緒になって拾ってあげている。

 そう言えば白石さんかのじょと最初に知り合った時も、ああいったトラブルが切欠になったんだっ

け。つい最近の出来事の筈なのに、すっかり懐かしさすら感じる。


「──こんにちは、美空さん。今日もバイトですか?」

「あ~、裕太君~♪ そうだよ~? ティッシュ配ってるの~」

 そうそう。懐かしさと言えば。ここ暫くで出来た新しい縁の中に、もう一人別の異性──

女性がいる。何となく彼女の顔を思い返しながら商店街経由で下校していると、ちょうど

その本人とばったり出くわした。ふんわりのんびりマイペース。すっかり聞き慣れた癒し系

の声色で、向こうもこちらからの挨拶に優しく微笑んでくれる。

 鳳美空さん。年恰好的に多分大学生ぐらい。性格は雰囲気は声の感じの通り、ほわほわと

した、その一言に尽きる。独り暮らしなのか別の理由なのか、街中で見かける時は大抵何か

しらのバイトをしていることが多い。

「俺も一つ、貰っときます?」

「うん。ありがと~♪ はい、どうぞ」

 こういうのは手持ちを消化するノルマとかがあるだろうから、俺は半分社交辞令で、彼女

から籠の中のポケットティッシュを受け取る。表のプラ包みには何処ぞの会社名とキャッチ

フレーズらしき文言が印刷してあった。正直知らない。まあ、知って貰う──宣伝目的の配

り物なんだろうし。

「今日の首尾は……あんまり捌けてないですね」

「うん。そうなのよ~。人が多くても、必ずしも受け取ってくれる訳じゃないものねえ」

「あ~……」

 籠の中に、まだ結構残っている同じポケットティッシュ。美空さんもその辺は承知してい

るようで、あらあらと年上お姉さん特有(?)の余裕めいた笑みで苦笑わらっていた。確かに今

もこうしてメインストリートを多くの人が行き交っているが、彼女からどうぞと差し出され

るティッシュを避けて通ろうとする者もいれば、あからさまに無視を決め込んで通り過ぎて

ゆく者もいる。

「かと言って、無理に渡しても逆効果だと思うのよ~。あくまで目的は、この依頼主の会社

さんの認知度アップだからね~」

「そうですね。まあ、それを言えば、俺も割と邪魔になってる感じですけど……」

 あはは。俺もややって今自分が身を置いている状況を振り返り、少しばかりばつが悪くな

る。まあ通行人達むこう通行人達むこうで、大抵は知らぬ存ぜずを貫いているとはいえ……こう露骨に

知り合いムーブを取っている姿を見られるのは恥ずかしい。

 だというのに、当の美空さんは、寧ろそんな俺を好意的に受け止めてくれていた。引き留

めさえしようとする。

「いいのよ、いいのよ。大丈夫。ただ黙々と、どうぞ~どうぞ~って渡し続けてるより、気

分転換にはなるもの。それにほら、今だってチラッとこっちを見てくれた人が。あそこと、

あそこ、後あの眼鏡ちゃんに……ジーンズの子」

 肝が据わっているのか、いや天然なのか。美空さんは俺とのやり取りに視線を向けていた

一部の通行人を的確に把握すると、腕に提げていた籠ごと件の会社ロゴを見せ、にこやかに

手を振り始める。流石にそれは……。俺も思ったが、当の矛先を向けられた人達も気まずか

ったらしく、慌てて視線を逸らして歩を速めているように見える。人ごみの所為で、そこま

ではっきりと確認は出来なかったが。

「ふふ♪ 今日もありがとうね~、裕太君」

「いや、俺は特に何もしては……」

「ううん。あの人達はこれで、嫌でもこのロゴが記憶に残った筈よ。そうなれば元々のお仕

事的にもオールオッケー。私も裕太君に会えたし、オールハッピー」

「……そんなモンですかねえ?」

 ははは。また別の意味で、俺は苦笑わらう。

 何と言うか、やっぱりちょっと変わった女性ひとだ。少なくとも悪い人じゃないし、長髪清楚

系の美人さんだし……。


「ただいま~」

 そうして今日も、どっと密度の濃い一日を終えて家に帰って来た。何時ものように親父も

お袋も、仕事が終わるのが夜だから、まだ当分帰って来ない。リビングのソファに一旦鞄を

放り出し、大きく嘆息を吐く。でも寂しくはない。何故なら──。

「ニャ~♪」「わふっ!」

『オカエリ、オカエリッ!』

 家には飼い犬と猫、インコの三匹のペットがいる。どの子も俺が昔、色々な切欠で拾って

きたり、保護することになった子達だ。

 黒柴のクロは、子犬の頃に捨てられていたのを見つけ、拾ってきて最初の家族になった。

 顔が白、身体が青いインコのアオは、家の庭で怪我をしたまま迷い込んで来たのを保護し

て治療に奔走した後、そのまま新しい家族になった。

 そして三匹目。多分マンチカン系の雑種と思われる白猫のシロは、お袋が知り合いの所で

産まれた内の一匹を譲られたことで、家にやってきた。とはいえ、今までもクロやアオの世

話は俺がメインだったこともあり、結局お袋よりもこの子は俺に懐いて久しい……というか

今日もいの一番にじゃれついてくる。可愛い奴め。

「よ~しよ~し。お前らもいい子にしてたか~? 片付けと着替え終わったら、飯の用意す

るからな」

「わんっ!」「ニャア!」

『イイコ、イイコ!』

 飛び込んでくるシロと、撫でられ待ちでお座りするクロ。止まり木の上でステップを踏み

ながら歌うアオ。

 俺は暫くペット達をたっぷり愛でてやってから、一旦弁当箱や洗濯物を台所の流しと洗濯

籠に放り込むと、私服に着替えるべく二階の自室へと上って行った。去り際も名残惜しそう

についてくる三匹に小さく手を振って笑いながら、もう一度暫しの別れ。疲れが溜まってい

ても、こいつらと一緒に遊んだり眠ればまた元気が湧いてくる。


 ***


「──行ったニャ?」

「行きましたね」

「え? 今“化ける”んですかあ? 危なくないです~?」

 しんと、再び静まり返ったリビング。だがあの少年・裕太は知らない。彼が家族の一員と

称し、愛して止まない三匹達が、昼間彼も知るとある人物達の仮の姿であると。

 ポンッと、小気味良い音と煙の中から現れたのは、黒髪の革ジャン女性・一子と小悪魔な

学校の後輩・寧々、及びバイト学生の美空だった。三匹もとい三人は、二階にいる筈の自分

達の主の気配に注意しつつ、互いに人の姿に化けた上で問い質し合う。

「……ご主人から聞いたよ? クロ、あんた街でチンピラとやり合ったんだって?」

「そ、それは……。主の身に危険が迫っていたからであって……。というより、シロさんも

いつの間に主に近付いていたんですか!? しかも後輩! 学校の中まで!」

「まぁシロちゃんは~、確かに私達の中で一番自由に家と外を行き来できるけどお~」

「本当、油断も隙も──ではないです! 流石に生徒に紛れるのは拙いでしょう!? もし

バレたらどうするんですか!? ボ、ボクだって、こっそり隠れてお守りする程度で抑えて

いるのに……!」

「あらあら? やだやだ。嫉妬ですかあ? 別に古参とか新参とかは関係ないと思いますけ

ど? 私はお家の中だけじゃなあなく、もっともっと、ご主人と仲良くなりたいなあって思

っただけですよ~?」

「その“仲良く”も限度というものがあるのです! 主がこんなことを知ったら、一体どれ

だけビックリされることか……」

「ふふ。でもいいんじゃな~い? これで今回、私達全員がご主人様大好きだってことが判

った訳なんだし~。これからはコソコソ、お互い出し抜き合いながら、この姿で接触しに行

くっていう手間が省けるんだもの。でしょ?」

「でしょ? ではないですよ!?」

「じゃあクロはご主人こと嫌いなの? もうボディーガードしないの?」

「はあ!? 嫌いな訳──! っ、っ~~!? ……お、お守りはします。主を守るのは、

当然の使命ですので。ただ、その……シロさんもアオさんも、主にそのような劣情は……」

 ぶつぶつ。何度も寧々もといシロに弄られ、ボロを出してしまったクロは、そう段々と尻

すぼみになりながらこの二人の仲間に苦言を呈していた。顔が真っ赤になっている。人化の

際は意識して隠している犬耳や尻尾が、ぴょこんと飛び出し、或いは所在無くぷらぷらと揺

れている。

「劣情~? はて、何の事ですかねえ?」

「隠さなくてもいいんですよ~? クロちゃん。私達皆、ご主人様に大恩がある身。お慕い

申し上げていても、何もやましいことなど──」

「で、ですからッ! 二人とも安易にそのような発言は──!」

 だが場に緊張が走ったのは、ちょうど次に瞬間だった。顔を真っ赤にして再び怒鳴りそう

になったクロの声が聞こえたのか、二階の裕太の部屋からガタッと、一際大きな物音が三人

の耳に届いたのである。

『お~い、どうした~? 元気なのはいいけど、部屋の中散らかすなよ~?』

「──っ!!」

 思わず呼吸ごと吞み込み、声を殺す三人。暫くじっと感覚を研ぎ澄ませて二階の気配を探

ってはみたが、彼が特に怪しんで行動を起こしてくるような様子ではなかった。シロとアオ

がクロを、クロがばつが悪いまま唇を結んだ状態で互いを見つめ、頷く。

「……仕方ありません。今回はこの程度にしておきましょう。ともかくお二人とも、主を陰

ながらお守りするのは良いですが、領分はしっかりと弁えるように」

「はいはい~。本当、クロったらお堅いんだから」

「ふふっ。それもクロちゃんの魅力の一つだと思いますよ~? お互い頑張りましょう? 

ねっ?」

 はい? 当のクロがそう半ば反射的に素っ頓狂な言葉を紡ぎ、しかし数拍もせずにアオの

言う所を理解する。再三再四、また顔が真っ赤になって怒り出そうとするが、今度はシロも

含めて二人が元の動物形態に戻って定位置へ。結局クロもこれに続いて矛を収める他ない。

「……まったく」

 少年は知らない。しばしば妄想の内に語らっていた夢が、実は現実のすぐ傍で繰り広げら

れていることを。そんな理想的なつごうのいいシチュエーションが、女性は女性でも自らが可愛がるペッ

ト達によって実現済みだということに。

                                      (了)

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