(5) 憂生思想
【お題】告白、可能性、荒ぶる
『──正直に白状します。人類はもう駄目です』
PC画面の向こう側から、ふとそんな声が聞こえた。何となくネット上の動画を漁り、次
へと次へと飛んでいる内に、とある奇妙な配信ページへと辿り着く。
場所は判らない。ただ至る所に目張りはされていたが、そこそこ大き目の倉庫の中だと思
われる。外からの身バレを防ぐ為なのか、それとも演出──足元に点々と、円形に置かれた
ランプの明かりを、暗がりの中で際立たせる目的なのか。
いや……。それ以上に目を惹いたのは、彼らの格好とパフォーマンスだった。皆が揃って
デフォルメされた笑顔(それも割と下手糞な風味)をプリントした黒ずくめに身を包んでい
るにも拘らず、真っ直ぐこちらを見て話している人物以外は、割と各自思い思いに過ごして
いるようにも見えたからだ。
リーダー格と思しき発言中の人物と、左右に並んで立ち、後ろ手に整列している数名。更
にその後方には、ぼうっとあさっての方向を見つめて突っ立っている者も達いるし、力なく
座り込んでしまっている者達もいる。果てにはちらほらと、既に地べたに仰向けになってピ
クリとも動かない一派もそこそこ。
何にせよ、とかく見た目やら言動やらがちくはぐ──或いはそうした姿も敢えて不気味さ
を演出する為の“仕込み”なのかもしれないが。
『皆さんもご存じでしょう。有史以来、我々人間は世界各地に散らばり、文明と言う名の環
境破壊を続け、何よりその過程で多くの殺し合いを繰り返してきました。近代になってから
も、表向きは自由だの平和だのと掲げながら、争いは姿形を変えて存在し続けています。何
なら直接戦っては痛いからと、余所の国同士に代理をさせて“正義の味方”面する始末。今
も昔も、我々の根底には闘争がある。だというのに、誰も彼もそんな現実を認めようとしな
い。見て見ぬふりをしている。こんなにも血が流れて続けるのに! 嘆きが折り重なり続け
ているというのに!』
もの凄く大雑把に表現するならば、この黒ずくめ達の配信は主張だった。
おそらくは下地となる方向性があって、彼もその原稿か何かにそって演じている……よう
に見える。少なくとも、すぐさま共感出来るようなものではなかった。いや、どうなのだろ
う? 胡散臭いとは思うが、画面の向こうにはざっと二十人以上の人間が、この配信の為に
集まっている訳で……。
『予め断らせて貰います。これは強制ではない。だが意思ではある。私は、彼らは、そんな
世界が間違っていると思っている。間違っていると知っている。いいえ、もっと根本的な理
由──我々は生まれてくるべきではなかった。その思いにおいて一致した同胞なのです』
にっこり。
なまじ覆面の上にプリントされたデフォルメの笑顔が、余計にそんな発言を不気味にさせ
ている。歪んているというか、極端というか、狂気に片足を突っ込んでいるなあとこちらに
感じさせてくる。……所作自体は妙に丁寧というか、紳士風に徹しているから、尚更気持ち
が悪い。気持ちが、悪い。筈だろう?
『人類は、生まれてくるべきではなかった。そもそも我々がここまで文明を発展させなけれ
ば、知性を得たまま獣とならなければ、今ある全ての悲劇は起こらなかったでしょう。誰も
傷付けず、壊さず、生まれてきたことやこれまでの歩み一つ一つを悔いる矛盾も抱かなかっ
た』
『悲劇なのです。赤ん坊が生まれてきた際、殆どの彼らは泣き叫ぶ。それはひとえに“何故
生み落とした!?”という怒りの声なのだと、そんな話もあるぐらいです。少なくとも我々
は、己の生や他者の生を善いものとは思わない。ごく一部の英雄、何年も何十年も経ってよ
うやく報われる細々な幸せ。総量として圧倒的に少ないそれらの為に、同じく圧倒的に多量
な悲劇が埋もれる現実を、仕組みを我々は認めない。そんな些細な快楽の為、連綿と紡がれ
ると呼ぶ怠惰を、我々は唾棄する! 繰り返します。我々は、生まれてくるべきではなかっ
た……!』
おいおい。やっぱコイツらやべーな。
何となく奇抜そうな見た目で視聴し続けてしまっていたが、言わんとしていることは極端
に振れた“頭でっかち”か。
自分も別に、そういう小難しい話を考えたことが無い訳ではないが……大半の人間はそん
なものだろう。生きてるんだから生きているのだし、別にケダモノな所はケダモノでも良い
んじゃないのか? 実際問題、それで色々拗れていることは多いのだろうが、それはある意
味人間臭いと取ることも出来る。
『では、ご覧下さい』
だが思わず顔を顰めたこちらの反応を、あろうことか彼らは更にリミッターを飛び越えて
やらかしてきた。画面の向こう、目張りした倉庫の暗がりの中で、このリーダー格らしき人
物がザッと片手を振って後方を示す。そこには先程からぼ~っとバラバラな方向を向いて突
っ立っていたり、座り込んでいたりした者達がいた。
加えてその合間にぽつぽつと、仰向けになったまま身動き一つしない者達も。
『この彼、そこの彼と、あそこの彼と彼女……。彼らは既に“往き”ました。我々にその意
思を託して、先刻旅立ったばかりです』
思わず目を見張る。悪寒がする。
これも誰か他のメンバーが撮っているのか、リモコンでも使っているのか。ズームされた
映像には、確かにこの仰向けのままの面子がもう死んでいることが見受けられた。引きの画
ではよく視えなかったが、彼・彼女らは皆、頭の後ろに赤黒い染みを広げていたからだ。つ
まりはこのリーダー格の言うように、面々はこの配信が始まる前、既に──。
『では我々も、彼らの後に続くとしましょう』
パァン! と、余りにも呆気ない幕引き。
次の瞬間、残っていた他の彼らが次々に“旅立って”いった。その一部始終がリアルタイ
ムで世界に配信されていた。それまでぼ~っと、本当に同胞やら何やらなのか怪しいほどに
動きの無かった面々が、おもむろにズボンのポケットや懐から拳銃を取り出すと、迷うこと
なく自身の頭に突き付け引き金をひいてゆく。引かれた回数の度に、命が一つ散ってゆく。
何やって──!? イカれてやがる……。
そう驚愕したのは、何も自分だけではない筈だ。はたしてどれだけ、このアングラもアン
グラな配信を視ている他人がいるかは知らないが、とんだ公開処刑じゃないか。やはりどい
つもこいつも、変にデフォルメされた笑顔(のプリント)のままぶっ倒れてゆくものだから、
尚更性質が悪い。気持ち悪い。
『嗚呼、救われた』
『嗚呼、救われた』
『行ってらっしゃい』
『それでは皆さん、ごきげんよう──』
しかし事態、画面の向こうの配信はその直後急転することとなる。リーダー格と思しき人
物と取り巻きらが続き、彼らの後を追ってめいめいに拳銃を取り出そうとした時、倉庫内へ
と武装した別の一団──格好からして当局の特殊部隊的な何かが突入してきたのだった。暗
がりが無理やりに明るくなる。それでも何人かの“旅立ち”は止め切れず、部隊員らを視界
に映しながらも引き金をひき切った者が、リーダー格を含めて五人。逆にすんでの所で押さ
えられてしまったのが四人。
『止めなさい! 大人しく……大人しくしろォ!!』
『銃を捨てろ、捨てるんだ! 馬鹿な真似をするんじゃない!』
『あっ、だ──!? 止め、離して! 私は……私は消えたいの!』
『邪魔しないでくれよお! 俺は……俺達は、生きていちゃあいけないんだ! 伝えなきゃ
いけないんだ!』
『離せよおぉぉーッ!!』
『はは、はははははははは! そうか、やっぱりそうか! 都合が悪いんだ! 頭数が減っ
たら、お前らは都合が悪いんだもんな? だったらやっぱり……僕達は間違っていない!
僕は正しい! 僕がいなければ……いなくたって、お前達はっ』
ごぶっ!?
それからはもう、言葉通りの修羅場、地獄絵図と呼ぶしかなかった。すんでの所で引き金
をひけた側は殆ど“やり逃げ”に近い形。画面越しに見てもおそらく即死だっただろう。そ
の一方でひけなかった側は、一層狂ったように叫んだり笑ったり。完全武装した部隊の面々
に取り押さえられ、拳銃から引き離され、完全に仲間達の後を追うことが出来なくなった。
追うことを許されなかった。力づくでその行動も思想もねじ伏せられ、くぐもった唸り声を
漏らす。
映像は尚も淡々と流れていた。画面は引きに戻っていた。リーダー格が自身のこめかみに
銃口を当てる寸前、もう片方の手でリモコンらしき小さな部品を握っているのが見えた。
『おい! そこ、カメラ』
『チッ……。やっぱ撮ってたか』
『消せ、消せ! また広まったら、奴らの思う壺だぞ!』
だが残念。既にこの映像は配信されている。録画ではなく、リアルタイムで世界中のネッ
ト上に拡散されている。
部隊員達が、程なくして自分達を映していたカメラの存在に気付いた。角度からして、置
いてあったのは比較的低めの位置か。彼らがどたどたと駆け寄り、本体ごと蹴るか何かして
ぶち壊したらしい。直後映像は、激しい砂嵐に変わると完全に途絶えてしまった。
(了)




