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週刊三題 二冊目  作者: 長岡壱月
Train-125.April 2023
122/284

(2) 殻(かく)望みき

【お題】虫、無敵、楽園

ガラス張りを謳っていたって、詰まる所は見せたがりなだけだ。綺麗な姿、飾ったさま、

自分に酔っている事実を大っぴらに認めたくないから──ちょっと崩してみせる。謙遜の皮

を被ることで巧妙に隠し、勝手に“都合良く”靡いてきた連中の大将になる。

 ……解ってるんだよ。

 目にだけは付くようにしておいて、誰も彼もを招き入れる心算なんて端っから無い癖に。

不向きだから、不快だから。見下している咎はことごとく相手にばかり擦り付けて、手前ら

都合の良いかいてきなセカイしか要らない癖に。切り捨てることをさも美徳のように騙る、ペテン師

の親戚みたいな本性の癖に。


 ***


「やあ。もしかしてあんた、このコロニーは初めてかい?」

「よく来たね。此処は安全だ。安心してゆっくりしていくと良い」

 そこは三六〇度、ドーム状のガラス天井に覆われた箱庭でした。内部は常に過ごし易い環

境が整えられ、柔らかな温かさと花畑が広がっている。

 住民達は皆、そこで思い思いの時を過ごしながら暮らしていました。のんびりとこの緑の

公園に背中を預け、眠っている者もいれば、所々に設けられたテラスでお茶とお喋りを楽し

んでいる者もいます。幾つかの区画に分けられた、緑化エリアの向こうには、白亜の小奇麗

な家が点々と居を構えています。

『──』

 どうやら“外”から見えていた以上に、此処は平和なようです。ばしょ次第では、戦いや競争

が日常茶飯事で起きていることも珍しくないのですが、にこやかに迎えてくれた住人達の反

応を見るに、少なくとも彼らにその意思は無さそうです。というよりは、寧ろそうした環境

を厭って此処に集まってきた──そんな印象すら見受けられます。

「ん? ああ。まあ、そんな所なんだろうな。此処での暗黙のルールっていうか、こちらか

ら無理に詮索しないってのが特色かね」

「時間を掛けて付き合いが増えてくれば、その内相手から打ち明けてくれることもある。別

に過去に何があった、何を思ってるかなんてのは、そもそもこっちからあれこれ指図するも

のじゃないからな。話したくなければ、話さなくて良いのさ。ただ俺達は、此処にいる仲間

は皆、それを“聞く”ことを大切にしている」

「吐き出してくれた分、救われて欲しいのさ。そういう意味では、此処にいる奴は何かしら

似たような過去を抱えている……のかもしれないな」

『──』

 無理やりに深堀りはしない。それでいて、尚且つ務めて“寄り添う”。否定しない。

 何か明文化された法などがある訳ではありませんでしたが、このばしょにおける作法とも呼べ

るのはそういったものなのでしょう。鉄の掟、と呼んでしまって良いのかもしれません。

 特に理由もなく。ただ何となく空を見上げます。ガラス張りの頭上には澄んだ青空と幾つ

かの雲が時間と共に流れてゆき、穏やかな日差しが注がれていました。その下で、彼らは豊

かな緑と似た者同士──月並みに言えば“傷付いた分だけ優しくなれる”性質を抱えて、今

日も生きていました。独りではどうしようもなかった日々を、他の誰かが近くに居るのだと

いう安心感でもって薄めることで、辛うじて保たれているようだったのです。


「こんにちは。どうかな、僕達のコロニーは? 君にとっても、過ごし易い場所になってくれると

嬉しいな」

 此処の管理者を任されている人物と直接顔を合わせたのは、それから程なくしてのこと。

常に微笑を湛えた、少しなよっとした感じの男性でした。それでも管理者としての地位に居

るのは伊達じゃない──彼はスッと頭上を指差すと、その合図一つで見える景色を一変させ

てみせてくれます。

 満天の星空、無数に弧を描く星々の運行。

 或いは切り替わり、白銀の大地へと静かに降りしきる、光を乱反射する雪の結晶。

 ……そう。ドーム状に覆われたガラスの天井は、何も内側と外側を隔てる為だけのもので

はないのです。時にはこうして、コロニーに住む人々を楽しませる四季折々の景色、安らぎを得ら

れる為の映像ビジョンすらも投影することが出来ます。寧ろ人々がめいめいに居場所を変え、選んで

いるのは、それらの中で安住の地を求めているからに他ならないのでしょう。

 たとえそれが文字通り、まやかしの類だと識っていても。

おさ~! そろそろ今日の会合、始めましょ~う?」

「ああ、もうそんな時間か。……すまないね。それでは僕はこれで。良ければ君も、皆との

語らいを楽しんでくれ。そして此処の、僕達のコロニーの一員になってくれるのなら嬉しい」


 コロニーとは、視点を変えれば一個の閉じたセカイです。実際一度その外側へと足を踏み出せば、

広がっているのは茫洋とした荒野。快適な環境へと常時調整を加えている内部とは雲泥の

差です。

 ならば何故、そんな危険を冒してまで人々かれらは移動するのか?

 答えは簡単。どのコロニーも、得意なことと不得意なこと。生み出せるものと生み出せないもの

が在るからです。

「らっしゃい! 今回も良い商品が揃ってるよ!」

「お? お客さん、あんた運が良いね。ちょうどこいつが最後の一個なんだ」

『──』

 大きな理由の一つは、交易の為。往々にして、取引は物々交換に近い形となるものの、自

分達では生み出し難い品やサービスなどを、彼らは他のコロニーと接近した際に享受することが出

来ます。勿論受け取るばかりではいけないので、何かこちら側としてもニーズに合わせたも

のを提供するという条件付きにはなりますが。

「へえ……。随分と器用な仕事をするモンで……」

「はは、寧ろこういうのぐらいしか取り柄が無いものですから……。そちらこそ、これだけ

の大きさを加工してしまえるんだから大したものですよ」

 足りているものを与え、足りないものを譲り受ける。取引の基本とはそんな、持ちつ持た

れつの関係。少なくとも、人々が考え得る理想的な在り方でしょう。

 しかしコロニー同士が違えば、考え方も違います。そもそも対等に付き合いをしようとか、相互

に利益を得ようという発想が無い場合も多いのです。

「──はあ!? な、何でそんな要求、呑まなきゃ──」

「受け容れないというのなら、別に構いませんがね? その時は我々も、実力を行使してそ

の歪みを正すまでのこと」

「ふざけるな! 俺達はこの暮らしが気に入ってるんだ! 一体何の権利があって、あんた

らにそれを壊すような真似を……!」

「はあ……。なら逆に聞くが、お前らは一体何の権利があって、そんな異端カルトじみた活動をし

ている?」

「迷惑なんだよ。外から見れば、お前達のような存在が、どれだけ他のコロニーに悪影響を与えて

いることか。これは今日集まった我々全員の意思だ。お前達に拒む権利など存在しない」

「横暴だ! そんな勝手、許されると思うか!」

「お互い様だろう。そもそもお前達のような勝手がのさばるから、体良く利用される──不

幸になる者が後を絶たないんだ。こっちにもこっちの正義ってものがある。別に解ってくれ

とは言わん」

 幾つか接触し、出入口のハッチを開けていたコロニーの住人同士が、気付けば武器を抜いて潰し

合いを始めていました。複数対少数の、一見すると一方的な暴力。しかし対する攻撃される

側も攻撃される側で、その発された怒気は穏便ではありませんでした。明確な基準など判り

ませんが、少なくとも彼らの一団が奇異な姿と信仰を揃えていることは見て取れるようです。

「──おや、戻られないのですか? このままでは、向こうの諍いに巻き込まれてしまいま

すよ?」

 そう呼び掛けてきたのは、先日まで滞在していたコロニーの長でした。ガラス張りのドーム型天

井・城壁に覆われた内部と、その下部、土台に備わった多脚の機構。出入口のハッチから顔

を覗かせてきた彼らの様子からしても、どうやら早々にこの場を離脱する向きのようです。

『──』

 故に頷きました。元より、件のコロニーに長居はしない心算でした。

 確かに彼らの、背伸びをせず牧歌的に暮らすスタイルはとても平和なのでしょう。限りな

く温和で、とにかく傷付くことも、誰かを傷付けることも避けるのならば、おそらくこれ以

上に確実な道は無いようにも思われます。

 ですが……其処には払拭し難い違和感が在ります。なまじ足を踏み入れ、その人となり達

を眺めている内に気付かされたのです。

 彼らは“心優しい”のではなく、ただ“閉じている”だけでした。自分の、自分達の平穏

を最優先にするが余り、抱え切れない──こと厄介と見做した他者の存在そのものを拒み、

遮断するきらいが在ったのです。そんな営為に、最早疑問すら持たなくなっている……。

「……そうですか。残念です。このコロニーが、貴方にとっても安住の地となってくれればと、期

待したのですがね……」

 改めて残らない、また旅立つと伝えた次の瞬間には、彼はそう額面だけ残念そうな表情を

見せて呟いていました。微笑の陰に、何処となく冷笑を潜ませているような気配がひしひし

と感じられます。

「まあまあ。仕方ないですよ、長」

「物好きなんでしょう。偶にいますからね。落ち着く場所よりも、刺激が欲しいって人は」

「戻りましょうよ? 出て行くと言っている人間に、私達が時間を割かなきゃならない義理

なんてありませんし」

 実際、彼よりも周りの面々の方がより一層露骨に見えました。

 閉まってゆく出入口のハッチ、その隙間と再び立って動き出してゆく多脚機構の上から、

彼らはこちらを切り捨てるように一瞥。奥へと消えて行ったのですから。


 ***


「──おっと」

 ふいっと足元に違和感を覚えて、その人物は歩みを止めた。それまで一緒に歩いていた

仲間達も、彼の方へと振り返る。

「どうした?」

「あ、いや。ちょいと“鉄蟲カネムシ”を踏んづけちまって……」

「ああ~……この辺にも沸いてたかあ。大丈夫か? それ、結構地味に残るぞ?」

「はは。ま、何とかなるだろ。水場で何度か洗ってりゃあ大体取れる」

 彼らは揃って、筋骨隆々とした体格をしていた。やや浅黒いその肌の上から、破れたズタ

袋のような衣装を羽織り、荒野を歩いている。頭に羽根付きの鉢巻きのようなものを着けて

いる一人、最初に歩みを止めた彼が苦笑いを零して言った。仲間達が文字通り、苦虫を噛み

潰したかのような“ご愁傷様”な反応を返す。

 それでも当の彼は、踏んづけた自身の右足──裏を持ち上げて覗き込みながらも、まだ楽

観的だった。それくらい、彼らにとって件の蟲とは矮小でありふれた存在なのだろう。実際

よく目を凝らしてみると、荒野のあちこちに点々と、その同種と思われる小さな小さな影が

蠢いている。カサカサと、忙しなく何処かを目指して這いずり回っていた。

「この辺で一番近いとなると……何処だっけ?」

「どうだっけ? にしても、あ~あ。甲羅や血でぐちゃぐちゃだよ……」

 足裏には、無残にも蟲だったものがへばり付いていた。ガラスのような殻や多脚の破片、

赤い血と無数の黒い点々といった汚れが、革製の長靴に飛び散ってしまっている。

                                      (了)

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