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週刊三題 二冊目  作者: 長岡壱月
Train-124.March 2023
117/285

(2) B・コード

【お題】電気、馬鹿、目的

『警告。活性スコアが設定レベルを下回っています。被観測者の倫理活動に過失が発生する

可能性があります』

 街の一角に居を構える、とある外食チェーン店の前で。入店しようとした青年らの一団に

向けて、直後甲高い機械音声がそう警告を発した。

 驚いたのは当人達もそうだが、何より店先に立っていたこの従業員も、思わず「面倒な事

になった」といった様子で眉を顰めている。互いの目が合い、それでも仕方なく。従業員は

目の前の彼らに、おずおずと申し訳なさそうな声色を作って言う。

「……申し訳ございません。本日は入店を、お断りさせていただきたく……」

「ああ!?」

「何でだよ!? こっちは飯食いに来てるだけだろうが!」

「そう言われましても……。規則ですので……」

 弾かれたようにカッとなり、次々に彼へ食って掛かる青年──もっと言ってしまえば、明

らかに柄の悪そうな人間達。

 やはりなと困った表情を浮かべる従業員の手には、ゴツゴツとしたスピードガンのような

装置が握られていた。照準は一団の先頭に居た青年に向けられ、尚且つ従業員側から見えて

いるディスプレイ部分には、彼ら全員の“脳”がサーモグラフィのようにリアルタイムで映

像化されている。その全員が青色──低レベルの脳波であると示され、数値としても集計さ

れている。

 申し訳ありませんが……。

 この従業員自身は、まだまだ下っ端の地位なのだろう。或いはそこまで負けん気の強くな

い性格なのか。

 ともあれ、にわかに揉め始めた店先の様子に気付いて──いや、スピードガンのような装

置が計測した警告を受けて、中から大柄の店員が数名出て来た。尤もその対応は同僚のピン

チに呼応した助け船という訳ではなく、あくまで“規則”に乗っ取った動線であるように思

われる。

「チーフ、大館さん」

「申し訳ありませんが、只今“ブレイン・テスター”が皆さま方を当店に相応しくないと判

断しました。その場諸々の体調、精神状態なども含まれます。本日はどうか、お引き取り下

さいませ」

「拒否される場合は、ご存じかと思われますが……」

 ずいっと現れたベテラン店員の後者、大舘と呼ばれた巨漢に凄まれ、青年達は『うっ』と

小さく唸って後退った。彼らとて、今や世間に少なからず普及したこの装置のことを知らな

い訳ではない。店側にそう最後通牒を突き付けられた時点で、彼らが此処で昼食を摂ろうと

する試みは現実的に不可能になったのだから。

「……仕方ねえ。行くぞ」

「ああ」

「チッ、何だよ……。どいつもこいつも俺達を犯罪者扱いしやがって……」

「止めとけって。面倒起こしてパクられた奴ら、他にもいるだろうが」



 公用脳波計測器、通称“ブレイン・テスター”が発明されたのは、今から二十年ほど前。

当時国内外を問わず、飲食店を始めとしたサービスを提供する側とされる側のトラブルが絶

えなかった時世下において、この大振りなスピードガン型の装置は一連の懸案に対してある

種究極の予防策として機能した。従来大病院などでしか測れなかった人間の脳波、その活性

の度合いを、誰でも簡単に確認できる画期的な発明品であったからだ。

 要するに感染症対策の為、発熱中の者を入れないといったように、事前に脳内の判断力・

理性などを司る部分が弱い状態の人間──有り体に言ってしまえばモラルが低く、問題行動

を起こしかねない人物を抽出しようという方策である。装置自体も、エラーを出す基準を予

め設定できるようになっており、店の顧客層に応じた柔軟な運用も出来る。


『本当に、その計測結果は信用出来るんだろうな?』

『勝手に脳味噌を覗き込んで、選別するなんて差別じゃないか! 傲慢だ!』

『導入反対! 分断行為を許すな!』

『大体、未だ起こってもいないことに対して一方的に“裁く”なんてのは、それこそ倫理的

に問題があるだろう。行政はおろか、民間にまで下ろすというのは流石に……』


 勿論、流通が始まった当初は多くの反対や疑問の声が上がった。脳波イコール内心の自由

と捉えたり、使う側の選別にお墨付きを与えるだけだとの懐疑論だったり。何より真新しい

技術──技術的に可能という現実に、人々の価値観が追い付かなかったというのがその最大

の原動力であったのだろう。


『いや、これに騒いでるって時点で、語るに落ちるって奴じゃ?』

『要は不良除けみたいなモンなんだろ? 難しい話は知らんけど。弾かれた奴は別の店やら

場所やらを探さなきゃいけないが、大多数の一般人は安心して利用できるようになると考え

れば』

『まあ、脳まで嘘を吐けるサイコな奴はしゃーねえかもだが……』

『いいんじゃない? 善悪の区別も付かないような奴って、実際ゴロゴロいるよ? 科学的

に証明されて事前にトラブルを避けられるんなら、それに越した事は無いと思う』


 だが一方で、意外なことにこの新技術に対する容認論も決して少なくはなかった。或いは

自らが無辜の民であると自負する者が、この国には多かったのか。

 差別ではなく区別──潔癖を強制され続けた時代への諦観と、個々の内に蓄積した反発心

が、時に自らを縛り付けることすらも良しとする。誰かの鶴の一声、ふわっとしたケースバ

イケースの“私刑判決”に比べれば、よほど定量化されて視え易い──周りが全て敵だと噛

み付いて回る人種がいるのならば、きっと自分は彼らこそを件の疫病神と見做そう──。


『差別っつーか、ドレスコードみたいなものなら昔っからあるだろ。寧ろ海外の方が、そう

いうの露骨じゃん』

『え? あれって場に浮かないように服装を揃えるって話じゃないっけ?』

『今だと普通に店とかの“格”とイコールだぞ』

『実際、金払いの良い客は行儀も良いからな。ソースは飲食店経験のある俺』


 理想としては、誰もが自由に利用してその腹を満たせればいい。衣服を選べ、住環境に困

らずに暮らせる。生きてゆける。だが……それはあくまで理想だと彼らは口々に言う。現実

には、自分達の間には明確な“階級”が存在し、それらを無理に横断・往来させようとする

ことで拗れる問題というのが少なくはない。金払い、モラル。意図的に敷居を高くすること

は、高慢かもしれないが、結果的により多くの母集団を守ることにも繋がると知っている。

 ではそれらからあぶれた者達は?

 もっと下に、あぶれた者達なりに心地の良いコミュニティでも作っていればいいだろう。

徒に干渉するから、トラブルの種に火が点くのだ。大きく逸脱し、侵入して来ようものなら

容赦なく叩き潰す。改善するでもなく、ただ粗暴に訴え出る輩どもに、何故自分達が配慮し

なければならないというのか? 何処の回し者だ──?



「いいんですかね? 世間的には大分、装置こいつの信用は高まってるっていうのに」

「構いやしねえよ。機能として備わってるんだから。それに、道具を使うのが人間だ。間違

っても道具に使われる側には回るな。損する側まけぐみ確定ルートだぞ」

 かくして巷では、今も尚テスターを利用することの是非や、時には利用中の店舗に対する

抗議行動なども散見されている。時代は未だ過渡期にあった。知名度、物理的な普及率こそ

あっても、人の心までは容易に変えられない。本来、変えようとしてはならない──その甲

斐自体が無いというのが定説であり続けたのだが。

「そうッスね……。では、今回の報酬ということで。ご確認ください」

「ああ」

 とある店舗から外れた路地裏で。今や街の陰、至る所で行われているそれで。

 スーツこそ着れど、生来のやんちゃさを隠し切れない男が一人、店のエプロンを引っ掛け

ているもう一人の男に札束入りの封筒を渡していた。彼はこれをその場で開き、枚数の数を

検めると、ポケットに突っ込んでいたスピードガン型の装置──テスターの設定を弄り始め

た。目の前の黒スーツの男を含めた、お世辞にも“善良”とは見えない人物達の画像データ

を引き出し、彼らを『許可対象』に加える。即ち、計測結果を金で売っていたのだ。

「ん……。これで設定完了っと。これであんた達は、次からうちの系列で飲み食い出来る筈

だぜ。まあ、あまりに脳波がアレだと怪しまれるけども」

「ですねえ……。気を付けます」

「気を付けてどうこうなるモンか? まあ、実際にきちっと“弁えて”くれりゃあ、こっち

としても文句はねえさ」

 テスターの科学的基準、脳波による言動の成熟度は確実だ。だがそんな数値とは別に、現

実問題として本当に行き場を失ってしまった者達はどうすればいいか? 取り得る選択肢は

大きく三つしかない。

 一つは、無理やりにでも押し入ること──文字通り“それみたことか”の発生である。

 二つは利用しないこと、もっと別な階層へ下ってゆくこと。そして三つ目は、彼らのよう

に裏で取引を行って行き場を確保することだ。社会的にパージされた全員が全員、大人しく

相応の界隈に引き籠っていられるとは限らない。頭を下げ、出すものは出し、時には互いが

歩み寄るケースも少なくない──利で釣れるなら、それも立派な“解決策”だと言えよう。

 ええ。そりゃあ勿論。

 金を渡した側の男が、苦笑いを浮かべつつ答えた。自分達が世間的に劣等、柄の悪い性質

だとは一応自覚している。自覚出来ないような奴らは……そもそもこういう場所にいないど

ころか、交渉しようという発想すら無いだろう。チクチク、モヤモヤと、黒く不穏な優越感

がその内で胎動する。受け取った側、取引を持ち掛けられたこの店員は、そんな相手の心情

を知ってか知らずか言うのだった。

「本当、巷の批判だけしてる連中は解ってねえよ……。こっちだって商売なんだ。トラブル

を起こされたら、大損する側なんだぞ? 脳味噌だろうが何だろうが、事前に摘めるんなら

同じだろうに」

                                      (了)

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