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週刊三題 二冊目  作者: 長岡壱月
Train-123.February 2023
114/283

(4) defenders

【お題】青、パズル、橋

 まるでポンッと、誰かに配置されて始まったかのような。

 気が付いた時には彼らは、大地に立っていた。妙に無機質で角ばった、薄碧の地面が凸凹

と広がっている。

『……??』

 何とも不自然な。いや、そもそも自然とは何だろう?

 彼らはめいめいに独りずつ、或いは何人かでまとまってその場に居た。目を覚ました。足

元に広がっている碧は地面、頭上に伸びている棒型は木。凹んだ部分に溜まった──水も、

場合によっては確認できる。

 ちょうど都合の良いことに、彼らはつるはしを持っていた。斧が傍に刺さっていた。見た

目は粗末だが、手ぶらよりはマシだろう。一人また一人と、彼らは誰かに指示された訳でも

なく歩き始める。一体ここは何処なのか? 諸々の状況を確認する為に、探索を始める。


 目を覚ました場所にもよるが、基本的に大地と思っていた地面は、そこまで果てのない面

積ではないようだった。妙に地面が碁盤目状に平たいかと思えば、その端もビシッと四角四

角に途切れている。眼下には、底の見えない薄闇が広がっていた。じっと覗き込み続けてい

れば、まるで飲み込まれてしまうそうな。少なくとも、自分達の立っている地面は、全体の

ほんの一部分──底から迫り上がった高台の天辺らしいと判った。

「一応、他の高台にも行けそうには行けそうか……」

「どちらにしても、行動範囲は限られそうだなあ。これから一体、どうすれば……?」

 とにかく四角四角した、薄碧の地面。

 高台同士の幾つかは、やはり同色の角ばった一本道で繋がっているようだ。万が一足を踏

み外せば命の保証はなかろうが、多少なりとも行動範囲を広げることは出来るらしい。それ

でも多くの者達は、突然放り出されたこの状況に、早々に参っている様子だった。

「だったら、自分で整備するしかないだろう。どういう訳か、簡単な道具なら持っているよ

うだしな」

 それでも何というか、ヒトというものは逞しい。気が滅入ってしまうめいめいの者達の中

にあっても、尚現状を文字通り“切り拓こう”とする者は一定数いたのだ。ふんす。気合い

を入れつつ、手にしたつるはしを振り被る。

 無機質で硬そうな地面は、思いの外さっくり削出すことが出来た。しかも一旦塊にした物

を、暫く別の地面とくっ付けておくと、しっかり固定され直すことも発見した。木──縦に

伸びる棒型や、凸凹になっている部分も同様だ。どうやら前者の場合だけは、斧を使わなけ

れば駄目らしいが。

「よ~し! これであっちの方面に渡れる! 行ける場所が増えれば、何か使えそうなもの

も見つかるだろう」

「……お? これ、もしかしたら、地面を掘りまくったらどんどん下に降りられるんじゃな

いか?」

 こうなると、探求心を刺激された者達はアグレッシブだった。どんどん手近な地面を塊に

小分けして掘り出し、各々思うままにあしばをこしらえ始めた。或いは下へ下へ掘ってゆき、底

の見えない下側へと行動範囲を広げようとする者も出始める。

「お~い、大丈夫か~?」

「ああ……すまんすまん。これ、段々に掘らなきゃ戻れねえな。よっこいせ、っと……」

 足場を繋げていった者達は、この薄碧の高台が本当に無数、中小数え切れないほど佇んで

いることを知った。中には木や水溜まりだけでなく、草らしき低背の構造物が沢山広がる地

点もあった。もっと色んな道具があれば、色々なことが出来そうだった。

 足元を掘り進めていった者達は、最初行き来する道を忘れながらも、足場が他の高さから

も繋がっているさまを目の当たりにした。予想はしていたが、どうやら階層的な概念もある

らしい。掘り方──くり抜きよう次第では、この高台自体が大きな家屋などにもなり得るの

かもしれない。

「ぬっ? 段々硬くて掘れない地面が出てきたな……。どうしたモンか……」

「……流石にもう、自分一人じゃあ限界があるな。他の誰かと合流して、協力しなければ」


 探索は大よそ順調に進んでいった。

 遅々として全容の解明──とやらには至らなかったものの、当座の生活自体には困らない

ほど、彼らは生存の術を獲得していった。この薄碧の角ばった大地で、様々な道具を生産・

流通させてゆくことに成功した。そうした進歩により、高台と高台同士の接続は益々進んで

ゆく。人々はあちこちでコミュニティなるものを形成してゆくことになる。

 陽が沈んでは昇り、また沈んでは昇ってくる。何度も何度も、何度も何度も繰り返す。

「──ふう。随分と俺達も、大所帯になったモンだなあ」

「お前が節操なしに、行く先々で他人を呼ぶからだろ。しげんは有限なんだ。もう少し考えてか

ら行動しろよ?」

「へいへい……」

 皆、いつまでもこの穏やかな日々が続くものだと思っていた。相変わらず訳の分からない

場所でこそあるが、のんびりと気ままに暮らしてゆくことならきっと可能なのだろう。大地

の最果てさえ見つからなければ。底の一番奥に、何が在るのかが判らなければ。

「──たっ、大変だ! 山向かいの集落の奴らが攻めて来たぞ!」

 だが優しくも願った日常は、他でもない彼ら自身の手によって破壊されてゆく結果となっ

た。彼ら自身が望み、舵を切ったことでもたらされた。

 一体いつ頃からだろう? ある程度各地で個々のコミュニティを形成していた人々は、折

に触れて余所のそれに攻め入るようになっていた。生産・加工の術が発達したことにより、

彼らは地面ではなく他人を傷付ける為の道具も手に入れていた。目指すは相手コミュニティ

の奪取──より多くのしげん、薄碧の大地を支配下に置くことである。

「くそっ! 急いで迎え撃て! 村の中に入られたらお終いだぞ!」

「壁だ! あいつらが入って来れないように、高い壁を立てろ! 簡単に壊されないぐらい

の頑丈な奴だ!」

「い、いきなりそんなこと言われたって、間に合わねえよ! 作業する奴らまで巻き添えを

喰うぞ!?」

 あちこちのコミュニティで、土地を巡る攻防戦が始まった。多くは直接相手に接近し、殴

る斬るといった武器だったが、中には防壁を越えるような飛び道具を揃えてくる勢力も少な

くはなかった。特に襲われた経験の乏しい──或いはこれまで全くなかった側は、一方的に

攻め込まれるばかりだった。「抵抗する奴は突き落とせ!」「食い扶持が減って、資源が増

えりゃあ、寧ろこっちとしちゃあ儲けものだろ?」戦意を喪失した者達は、しばしばその高

台から追い出されるように叩き出された。破壊されて凸凹になった大地でも、薄碧のそれは

また時間を掛ければ加工出来る。資源として使い回すことが出来る。

「あいつら……。何て惨いことを……」

 負けた側に、言い訳など無用。

 底の見えない薄闇へと消えてしまった者達もいれば、自らその戦火を逃れる為に地下深く

へ定住先を変えざるを得なかった者達もいた。つるはしの、斧や鎌の音が鳴り響く。だがそ

れらは、始まりの頃に比べ、ずっとずっと攻撃的で甲高い。


「我々は、地下に潜る。いつか力を蓄えて、奴らに復讐を果たす為に」

「そもそも、分け隔てなく平穏に暮らそうというのが無理だったんだ。攻撃することを厭わ

ない者達がいる限り、私達は“壁”を作るしかない。繋がりは、最小限に留めるべきだ」

 かつて敗れた側、或いは嫌気が差した者達は、個別の道を歩み始めた。即ち対抗できるだ

けの勢力圏を作り上げることと、寧ろそうした構築合戦そのものから降りることである。

 地下に逃れた者達は、虎視眈々と逆転の機会を狙った。しばしば逃れた先を安住の地とし

て久しくなり、復讐を忘れる者は少なくなかったが、それでも一部の恨みを捨て去れない者

達は逆襲を敢行した。地上──高台に君臨するコミュニティらを、文字通り足元から揺るが

しては穴だらけにする。

 或いは降りた者──往来を許すコミュニティを制限ないし廃止することに決めた者達は、

自らの意思であしばを落とした。大地の四方を防壁で囲み、新しく来るものを徹底して拒んだ。

それが遠くない将来、自分達の先細りとなろうとも。

「……流石は地底の“モグラ”ども。やり方が陰湿で執念深いな」

「足元の防御も固めろ! 硬い岩盤を敷いて、奴らじゃあ掘れないようにしてやれ!」

 上も下も、最早平穏無事な暮らしとはいかなかった。便利で快適な日々ではあっても、そ

こには常にしげんという、目に見えて有限な糧の存在が付きまとう。復讐者が潜んでいると解っ

ていても、少なからぬコミュニティは尚も“開拓”に意欲的だった。何なら更に地底へと掘

り進み、これを撃ち破って領域を拡張することすら進めた。削り出されてゆくのは、何も静

かに埋まったままの薄碧だけではない。


(嗚呼、また何処かで戦闘が始まったか。何処に逃げても、もう避けられないんだな……)

 孤立した高台の上から、或いは人知れず掘り進んだ突き当りの地下で。

 争いを厭って隠れ住むようになった個々の者達は、その日もまた息を潜めて嘆きを歌う。

何処と何処のコミュニティが? そんなものは最早判らない。判らないし、今や知りようも

ない。ただ明らかにやり過ぎな、甲高い破砕の音が響いてくるだけである。

(……此処もとうとう、限界という訳か)

(悲しいな。やっとこの辺りの静けさにも、慣れてきたというのに)

 薄碧の、塊を繋げて組み上げ、形を成す。其処はきっと誰かの箱庭。

 しかし淡々と同じ作業の繰り返し、行き詰まりではそんな営みも退屈となり、違った刺激

を求めるのだろう。それとも……破壊こそがイコールであるというのか。攻め入り、奪い、

拡げた拠点を振り返ってほそく笑むのか。

(何処に行く?)

 そもそも、場所ならば幾らでもある。何度だって作り直せる。

 それでも厭うた彼らは諦めてしまったのだ。ずっとずっと高くなってしまった遥か頭上、

まだ明るかった高台の大地を思い、されど次の瞬間に向けた視線は真逆──未だ底の見えな

い眼下の暗闇であった。

(往こう)

(逝こう)

 身を乗り出す。投げ出す。

 結局また何人かが、自ら薄碧の縁から飛び降りていった。そういうことになった。

 ぐんぐんと加速し、小さくなり、やがてその姿が見えなくなる。彼らは本当にいなくなっ

てしまったのか? それとももっと地下深くへと辿り着いたのか? そんな確認すらも叶わ

ない。届かない。仕様がない。

                                      (了)

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