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週刊三題 二冊目  作者: 長岡壱月
Train-103.June 2021
11/257

(1) ニードルマン

【お題】サボテン、地雷、恐怖

『ねえ、どうして僕達は分かり合えないの?』

『君と私は他人だからさ』

『じゃあどうして、僕と貴方は違うの?』

『そうして問い掛けていること自体が、その答えだとは思わないかい──?』


 私達は泣きながら生まれて、苦しみながら生き、そして嘆きながら死ぬ。

 だがそれでは……あまりに憐れじゃあないか。一体何の罪があって、今この場所に、この

時代に産み落とされたのだろう? せめて罪を抱えているからではないと思いたい。せめて

そこまで、目の前の全てが悪意に満ちているとは思いたくない。乱暴に一絡げに、全てを呪

いたくはない。そう願う。

 ──誰もが望まれ、祝福されて生まれてきた。そんなものは理想だと分かっている。寧ろ

先に生き残ってきた者達が、そうした大前提を暗に押し付けがちだからこそ、そこから零れ

落ちた命に声を上げさせないのだと。抱いた心が“間違っている”と、各々に返す呪いとし

て呑み込ませることを強制する。

 それでも……願った思い達に“偽物”なんてものは無かった筈だ。

 叶ったから、叶わなかったから。ただ結果だけでその始まりから否定してしまうのは、あ

まりにも哀し過ぎる。


『ねえ、何で逃げるの? もっと私を愛してよ?』

『近付くなよ。どうせお前も、信用ならない奴なんだろう……?』


 子供の内に通過したのなら、まだ幸いなのだろう。私達の殆どは患ったままなのだが。

 思うに、求め続ける者は外側へ向かう者、内側に向かう者のどちらかに大きく分かれてし

まうのではないだろうか? 終ぞ得られなかった願いを、満足を与えてくれる誰かを探し求

めて彷徨い、或いはそんな他人はいないと絶望してみせる。いないのだから、探し回るだけ

労力の無駄だと──傷付く経験ばかりが増えると結論を出してしまって。

 哀しいことだ。それでも私は、両者に根本的な違いは無いように思える。いや、そう考え

てゆかなければ救いが無いからだ。本当に、これっぽっちも。

 ……どちらも、本当は欲しくて堪らないのだ。欲しくて堪らなかった。ただ実際に行動に

移し、がむしゃらにぶつかってゆくのか、それを“みっともない”ことだと自ら封印するよ

うになったかの差でしかないのだと。


 貴方は『ヤマアラシのジレンマ』という言葉をご存知だろうか?

 全身が針のような体毛に覆われているヤマアラシ同士は、身を寄せ合うことで互いに相手

を傷付けてしまう。だからこそ彼らは常に、近付き過ぎず遠過ぎずの距離感を維持せざるを

得ない──人間同士のそれもまた、同じようなものだというたとえ話である。

 ただ私は、これは厳密には違うのではないか? と思っているのだ。教訓としては確かに

通底しているのだろうが、我々はそこまで目に見えてその“針”を自覚できない。始めから

知っている訳ではないと考えるからである。

 そう、例えるならそれはちょうど……私達一人一人が、その身に無数の小さな棘を生やし

て佇んでいるようなもの。自らの力だけでは、到底解決できないような“渇き”の大地に、

とかくじっと足をつけて離れられないような状態。

 自覚の有無などは関係ない。おそらく皆が皆、飢えているのだ。いつか終ぞ満たし切れな

かった渇きに──愛を得られなくて、ガバッと両腕を広げつつ待っている。

 もっと愛して欲しい。

 だけど、傷付くのも苦しい。

 どちらの経験が浅く、愚かだという話ではない。少なくともその次元レベルで優劣を競っている

ようならば、彼らは向こう十数年逃れることは叶わないだろう。結論的なことを述べてしま

えば、どちらも十分に“与えて”はいないからである。誰かから与えられることばかりを求

め、自らの心身に宿った無数の棘に注意が向いていないのである。

 ……愛してくれと叫び、相手を突き刺しながら抱擁する。

 ……相手から見える棘に怯え、腕を広げることを止めて閉じ籠もる。

 救いに乏しいのは、そうした各々の凶器に、私達が想像以上に気付けていないからなのか

もしれない。元よりヤマアラシの針のように大きくはなく、自らこれを用いて相手を倒すと

いう発想そのものが後天的であろうからだ。哀しいかな、そこが悲劇の要因であり、言い換

えれば希望へと自らを繋ぐ糸口にもなり得る。


『では訊こう。そもそも君達は、相対する彼ないし彼女に、一体どれだけのものを与えてき

ただろう? 自ら傷付くことを厭わず──抱き締め返すことをしただろうか? どれだけ、

繰り返してきただろうか?』


 ビジネスライク。淡白な表現を使ってしまえば、理由はおそらくその一点に尽きる。少な

くとも貴方が、相手がその棘を恐れずに腕を広げてくれるには、前段階としてその痛みが報

われるだけの利益が約束されていなければならない。或いは、広げて抱き締め返しても構わ

ないという“信頼”が先ず大前提として両者の間に在る。

 尤も、こちら側の全幅のそれが、結果として一方的なものに終わるというケースも珍しく

はないのだが……少なくとも多くの彷徨い人はここを勘違いしている。本質は、我々各々が

棘に塗れていることではなく、その上でも交わり続けてきたか? その一点に行き着くとい

うことだ。

 貴方を知らなければ、彼や彼女は貴方に近付こうとすらしないだろう。いや、貴方がそこ

に居ることすら認識できないかもしれない。過程プロセスを吹き飛ばし、目的だけを要求しても、そ

うは天秤が傾かぬという理屈だ。

 十分に得られず、傷付くばかりの結果を味わってきた者であればあるほど、その繋ぎ目は

人知れず硬くなる。より頑なに、より不可逆的に……。


 加えて我々は、各々にその“弱所”を多く抱えている。箇所の多寡は勿論、ものによって

は他人びとにとって思いもよらぬ部分に、それが在ることだって珍しくはない。……中々ど

うして、そんなことわりすらを解さない者達も、残念ながら存在しているが。

 ただでさえ全身に無数の棘を備える我々である。知らねば見えぬし、相手にその開陳の意

思がなければ確かめることも困難だろう。その上で、何処に触れればそれまで積み上げてき

たものが一瞬で崩れ落ちかねない“弱所”に当たるのか──彼・彼女の逆鱗に触れ、侮辱と

して取られてしまうのか?

 故に人と人が抱き締め合うことは、あまりにもリスクが大きかった。理想を、ヒトはかく

あるべしと唱えるほどに、寧ろ自らの手でこれらを膨らませ過ぎてきた感さえ否めないのだ

から。


『じゃあ……もういいんじゃね?』

『もっと身内で固まってさ? 小さく、何とか生き残りさえすればさ?』


 誰かが明確に言ったのだろうか? 私には分からない。だが進む時の流れは、確実にそう

した“ローリスク”の選択肢を“賢明”だと吹聴して回る者達に味方してきたように思う。

 それでも私達は、彼・彼女らのそれを責められるだけの資格はない。自らの棘や痛みすら

碌に御せないままであるのに、身勝手だと言い詰められようか? 先に生きた者が無条件に

偉いのではない。巡り巡って、人史以来の業に回答こたえを出せなかった──出そうとしてこなか

った末の反撃なのである。ささやかで、それでいてとても冷たい“最後通牒”なのである。

 少なくない者が、寄り添うことを諦めた。苦しんで生き、嘆いて終わる最期ならば、せめ

て可能な限り苦しみの少ないセカイを望むようになった。誰かの“弱所”を踏み抜く前に、

自らの側が退場してしまおうと決意した。叫ぶ者が、両手を広げる者が、不快に映るように

さえなった。彼らを通して、自らにも生える棘を、静かに静かに憎むようになった……。


『ねえ、何で逃げるの? もっと私を愛してよ?』

『近付くなよ。どうせお前も、信用ならない奴なんだろう……?』


 傍へ寄ろうとすれば引かれ、引かれれば踏み込めない。

 私達は皆、哀しき棘の塊だ。大地はとうの昔から乾いているというのに、各々が蓄えるこ

とばかりに必死で、分け与える為の歩みにすら心的外傷きょうふが付き纏う。

                                      (了)

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