(5) 紋章的小話
【お題】青、赤、戦争
階段を上った先には、家族それぞれの個室や物置が設けられている。トントントンと、木
目のそれをぐるりUの字に踏んでゆくと、兄は妹の自室をノックもせずに開けて言う。
「お~い、鈴~」
「ちょ……っ!? 勝手に入って来ないでよ! ノックしてっていつも言ってるでしょ!」
「したって碌に返事しないだろ。それより母さんが、自分の洗濯物持って上がれってさ」
故に当然、年頃の妹は慌てて振り返ると罵声を浴びせてきたが、対する兄はと言えばけろ
っとしていた。
両耳に当てたヘッドフォンに、手には黒と橙色のコントローラー。やはり今日もゲームに
没頭していたらしい。こうなると下から呼んでも聞こえないから、結局直接足を運んで気付
かせるしかない。
「俺がお前の分まで持って来たら、それはそれで嫌なんだろ?」
「う……。それは、そう……なんだけどさ……」
兄弟とはいえ、流石にその辺のデリカシーぐらいは持っているつもりだ。兄はいつものよ
うに、すっかり癖になってしまった嘆息を漏らすと、暗に妹本人に促す。下着なんかを触ら
れたくない筈というのもあるが、彼女のずぼらさを少しでも直して欲しいという兄心も、ま
た無い訳ではないのだから。
「で? 今日は何をやってるんだ? SRPGか」
「うん。少し前に発売した新しいタイトル」
後ろ手にドアを閉め、彼はぱちくりと、部屋のテレビに出力させてあるゲーム画面に視線
を向けた。四角いマス目に区切られたマップ上に、青い自軍と赤い敵軍が入り乱れて待機し
ている様子が映し出されている。今はプレイヤーフェイズで、妹がユニットをどう動かすか
考えている最中だったようだ。カーソルが合わさったままのキャラクタの立ち絵と、各種情
報が小窓・大窓になって表示されている。
「へえ……。今って、こんなに綺麗になってるんだなあ。何気に3Dだし」
「兄貴の世代が昔なだけでしょ? あたしらにしたら、3Dじゃないゲームの方が珍しいと
思うけど」
「ソシャゲのキャラは?」
「あれはああいうデザインでしょ? 戦う時はゴリゴリ動くし、カットインもあるし」
兄弟の年齢差は、丸一回りとまでは言わないまでも結構離れている。兄はそんな時代の流
れ、自分が当たり前と思っていた“原風景”が、今やすっかり変わってしまっていることに
一抹の寂しさを覚えているようだった。反面、変化後のトレンドと共に育った妹にしてみれ
ば、兄のそれはただの懐古主義である。
「……兄貴も、このシリーズやったことあんの?」
「まあ、人並みにな。詰まってるのか?」
「言ってないじゃん……。ただ、ちょっと敵が多くて面倒だなーって思っただけで……」
ふむふむ? そうして歯切れの悪くなった妹を一瞥してから、兄は何ともないといった風
を装って隣に腰掛けた。改めて画面内の情報を、ざっと見つめて確かめると、言う。
「何だかんだ言っても、根っこのシステムはそんなに変わってなさそうだな……。昔はこん
な親切に、敵の寄ってくる予想なんて見えなかったけど」
「はいはい、自慢自慢。一旦防御の弱い子を下げたいんだけど、ギリギリ距離が足りないっ
ぽくってさあ」
「ああ……見事に魔法系ばっかりだな。この手のキャラって基本的に体格が小さいから、い
ざって時に他を救出できねえんだよ。装甲も紙になりがちだしな」
「でも、離れてても近付いてても攻撃できるよ?」
「ボスチクには向いてるけどなあ……。それも相手の装備次第だろ? 油断してたら落ちて
ロストしちまう。俺ならもっと、騎兵とかアーマー系で囲いながら使うぞ」
「? ロストしないよ? 今そういうモードだし」
「えっ……?」
彼自身、思い出も手伝ってつい饒舌になっていたのだろう。当時の知識を引っ張り出し、
内心四苦八苦している妹をサポートしてやろうと考えたのだが、ふとそんな言葉を返された
ものだからつい固まってしまった。寧ろ当の妹の方が「何でそんなに驚くの?」といった様
子で目を瞬いている。
「いやだって、死んだ仲間は戻って来ないのが……」
「それはハード以上とかの話だったと思うけど。やられても、次の章には復活してるよ?」
信じられない。さもそう言わんばかりに目を見開いていた兄が、次の瞬間にはガックシと
その場で項垂れていた。時代の変化──それまでの大前提を崩された気分だった。
「それは……温過ぎるだろ。お前、そんな仕様なのに苦戦するとか……」
「く、苦戦してないし! ちょっと長考入ってただけですー! 兄貴もいい加減、昔の知識
のままだとおじさん扱いされるよ?」
「俺はまだ二十代だ!」
半分ヤケクソらしい。妹にごく普通に煽られて、彼は正直涙目だった。ナンバリングが続
けば、システム面も変わるのはそう珍しいことではないものの……やはり物寂しい気持ちは
ある。妹の言うように、やはり自分は旧世代に取り残されつつあるのか……。
「っていうか、御託はいいよ。何とかできるならしちゃってよ」
「はいはい……。え~っと? ここの操作がここで──」
そもそも、今のハード機に詳しくなければ、コントローラーも握り慣れてない。昔の感覚
と画面内の挙動を頼りに大よそはすぐに掴めたが、ぬるぬる動くさまに関しては暫く違和感
が付きまといそうだ。妹の編成した自軍、持てる状況から挽回の手を考え、兄は二・三手の
内に態勢を立て直してしまう。
「おお~、すっげ~! 流石はレトロゲーマー」
「型落ち言うな。……しかし何だな、今は武器の三すくみも無くなってるのか」
「そんなのあったんだ? まあ、皆どの武器も一通り使えるしねえ。兵種とかスキルの補正
はあるけど」
「なるほど、スキル制か……。先祖返りしてる部分もあるんだなあ。他にも色々、ゴテゴテ
したシステムが増えてるっぽいし」
「そりゃそうっしょ。今の子はそれぐらい親切じゃないと、そもそも遊ばないだろうしね」
「だろうなあ……。俺の頃はユニットに、こんな“おまけ”がごっそりくっ付いて来てなん
てなかったし」
「騎士団のこと? バフみたいなモンだよ?」
「みたいだなあ。計略もそうだが、敵一体に数の暴力ってのも……」
「まあ、これも一応戦争だし? 主人公補正でばっさばっさ薙ぎ倒すってよりも、集団対集
団って方がリアリティは出るじゃん?」
「……羽のついてる馬やトカゲが出てくる時点でリアルも糞もねえだろ。まあそれを言っち
まうと、そもそも魔法があるけどさ……」
虚構は虚構。その辺りは割り切って楽しんだ方が楽だし、お得でもある。解ってはいる
が……。兄はつい当時の“常識”が過ぎり、ツッコミを止められない。
「兄貴の頃は、こういう感じのわちゃわちゃは無かったの?」
「うーん、無かった訳じゃないけどなあ。頭数イコールHPとかなら、●地を喰らうとかが
それになるのかな」
「? 何それ?」
「……」
なのにやはり、油断すればきょとんとしてみせる妹。彼はもう一々反応するのも面倒臭く
なってきた。これがジェネレーション・ギャップか──実感はすれど、本音を言えば認めた
くはない。少なくとも自分達が遊んできたあのタイトル達こそが、正真正銘の“青春”だっ
たのだから。
その後も暫く、二人はあーだこーだと言いながらプレイにのめり込んだ。シリーズ伝統の
重厚なシナリオも然る事ながら、何よりキャラと一緒に戦い、勝利して強くなってゆくその
過程が楽しい。少なくない感情移入も手伝って、ステータスのアップに一喜一憂し、更に愛
着が湧いてゆくというサイクルも在る。
「こらぁ! 何あんたまで油売ってんの!? 持って上がらせろって言ったでしょうが!」
ただ……そんな時間はいつまでも続かなかった。すっかり当初の目的を忘れ、兄妹揃って
シナリオを進めていた部屋の中へと、痺れを切らした母親がそう怒鳴りながら入って来た。
急にバンッ! と、乱暴にドアを開けて乱入する。
(了)




