溶ける魚
とにかくKの家に行くしかなかった。
そこにKはいないはずだが。
だけど今なら、なんというか何かが動き出している感覚がある。
それは気のせいかもしれなかった。
でも行ってみよう。
<リトルネロ>と魔法少女の物語は……言って見れば、俺とは関係がない。俺には、「黒い夢」をどうすることもできないのだし。主人公ではないのだ。
ところが、俺とKが登場するとなると別だ。
これは紛れもなく俺たちの物語なのである。
俺が<リトルネロ>に協力することによって、それが動き出す。
バッドエンドであれ、喜劇であれ、茶番であれ、とにかくこれに「オチ」のようなものがつくというのであれば、モチベーションが上がる。
Kの家に行く途中で、突然、電話がなった。
「溶ける魚」からだ。
「ちょっと失礼」
と俺は<リトルネロ>言う。
「ういー」
と<リトルネロ>は返事をした(ういーなんて返事があるのか)。
俺は、「溶ける魚」の一方的な話にただ耳を傾けていた。
「方角のことは考えなくてよかった。
まず、日が昇る方が東に決まっている。
それで、陸がある方が北なのだから、そこから南も西も知ることができた。
ぼくは「溶ける魚」だ。海の中にいる。
ぼくは、アンドレ・ブルトンという人間が書いた、『溶ける魚』という小説のようなものがあるのを知っているが(魚の世界にも図書館がある)、それとは関係がない。
まあ、別の観点から見れば、すべてのものには関係がある。
同じ世界にいるという意味では、なんでも……。
だけど今ぼくはそんな話をしているのではなかった。
だけどだけど、ぼくが今「こんな話」をしているのと、「そんな話」をする場合とに、 どれほどの違いがあるのだろうか。
ないです。
とりあえずぼくは君に語り始めた。
そしたらたまたま「こんな話」になった。
それだけのことだ。
ぼくは海を泳ぐように話している。
海を泳ぎ過ぎたせいで。
ぼくの語りはぼくの泳ぎ」
電話は突然切れた。
「溶ける魚」の説明。
ある日突然、「溶ける魚」から電話がかかってきて、訳のわからないことを俺に言いまくるようにった。
それが何度も続く。
いたずら電話かと思った。正直、今でもちょっとそう思っている。
ところが、なんとなく聞いてしまう。
「ここには何かがある」と、俺に思わせるのだ。