ヒロイン、謎の伯爵と邂逅
アーサーが滞在中も色々あった。
自分が仕事をしている時に必ず先回りしてその場にいるのを。何度も何度も同じ事が繰り返す、多分これストーカーされているのかそれともアーサー実は超能力者とか。
それのお陰もあってブーダやマリーダ夫人からの折檻や暴力、使用人たちからの虐めがないのでゆっくり出来たリリス。
あっという間の滞在。
「またおいで下さい殿下っ」
「えぇ・・此処の庭園は素晴らしいのでまた見に来ます。それに」
チラリとアーサーが此方を見たようにみえた。
にこりと微笑み、再びマリーダ夫人に視線を向ける。お礼を言いながら豪華な馬車に乗り込みロナンド共和国へと戻って行く。
この数週間でもマリーダは未だに婚約者が居ないアーサーや麗しい従者に媚びを売りながら自身の娘を推していたが、苦笑いと共にスルリと躱すのだった。
ブーダも思い切ってアーサーへとあからさまなアタックをしても知らぬ存ぜぬでそれ以降の発展もないまま。
逆に。リリスはアーサーからとある宝飾品を貰った。本人が言うには宝物だから大切にしてね、と渡される。
(綺麗な指輪・・・真ん中に嵌っているのはアクアマリンかな?キラキラしてる)
太陽に翳すと指輪はキラキラと光を浴びながらまるで神聖なものを思わせる。指には出来ないから紐で通してネックレスにしようとリリスが考えていると。
激しい痛みと衝撃を喰らう。
自分でも何が起こったかさっぱり分からなかったが、目の前にいる人物で漸く意味が分かるリリス。
目の前には怒り狂っているブーダの姿が。
「こんのぉブス!ブス!何色目使ってアーサーさまを誘惑していたのよ!!何度もお誘いしてものらりくらりだったアーサーさまの視線の先に何時も居るのはアンタよねっ!」
ガッ!ゴッ、ドスッ!!
(ぐっ!?っ・・・てぇ)
骨や肉が軋みをあげてる。
心が泣いている。痛い痛い痛いと、これは多分だが【リリス】なのだろう。僕は別にサンドバッグになっても構わないが、この体はあくまでも【リリス】のものだ。
体を庇うように丸まるがブーダの暴力は止まらない。
体力切れか手や腕の痺れがくるまで治らなかった。
「ッ・・・・・痛ぁ」
屋根裏部屋で一人、こっそりタローから受け取った救急箱とシャルから貰った回復薬になんと、マーシャから頂いたタオルを手に座っていた。
(アーサーの件が夫人の耳に入ったら虐めは更に酷くなる。ここから逃げ出す?でも、外の事なんて全く知らない・・・分かるのはゲームでの世界状況くらい)
このままここに居ても良い事はない。
僕の頭の中にそう言う思いが浮かぶが、やはりゲームの中だと言っても此処では現実の世界。自分が死んだら元も子もないのだ。
痛みを堪えながら固いベッドに横になるリリス。
「図書室の整理整頓を代わりにしてね」
ある日。ブーダからの暴力に体が未だに悲鳴をあげて中々、思うように動かない所にメイドの一人がリリスにそう言い放ち何処かへと消えて行く。
きっと他のメイドと共に自室でくっちゃべってるんだろう。無性にイラっとしたが。
(ね?言ったでしょ、あの子なら何でも押し付けて良いってブーダさまが言ってたから)
(見た見たっ私も今度洗濯物やってもらうわ!最近のマリーダさまってば汚すのが多いから)
(言えてる〜)
キャハハハッ、あははははっ
別に何言われても良いんだけど。と、リリスは小さなため息をつきながら図書室の方へと向かう。扉を開けると本独特の匂いが部屋中にしており、この匂いは意外と落ち着くようで今日は一日ここでのんびりでもしてようかな。
ブーダとマリーダは図書室とかには寄らないらしい。
『リフェル王国の成り立ちと周辺国』
『経済の賢者に聞いてみた!』
『少女に恋した悪魔リベオン』
『神々と精霊王』
色んな本を手に取り読み耽っていると壁の向こう側からボソボソと聴こえる。確かこの向こうって・・・そっと立ち上がりながらリリスは無意識に本が並んでいる所に手をやると。
グルンッ!!パタ…
に、忍者屋敷とかで見た絡繰部屋みたいだっと思いながら声が聞こえる方へとゆっくり進んでみると。
ボソボソとマリーダらしき人物と、その反対側で顔は見えないが男性らしき人物と話をしていた。男性らしき人物の声は篭っていて聞こえない。
マリーダは如何やら青白い顔をしながら。
「・・・が日に日に似てくるわ。この苛つきが抑えられない、どうすれば良いのでしょう」
「ならばさっさと嫁いで貰うのが良いと思いますよ?例えば・・・アーガス辺境伯やゼンマイ子爵など。あとは、」
アーガス辺境伯は聞いたことがある。
隣国や魔物をこの国から守る要として素晴らしい戦闘力を兼ね備えた一家だと。数年前に妻に先立たれたとは言っていたが。
ゼンマイ子爵はあまり良い噂を聞かない。シャルの友人がそこで働いていたがお手付きにあって色々と酷い目にあったとか。確か年は60は優に超えていたな。
「ですが・・・夫はそうはいきません。だってあの人 を愛していたもの、私だって さまを愛していたのに・・・あの女ときたらっ!」
「いいえ、何もかも上手くいきますよマリーダ夫人。そう・・貴女がキチンと手順を踏めば、ね」
「うま・・・く、いく?」
マリーダの瞳が暗く淀んだように色が変わる。
コクリと頷きながら再びボソボソ。
何の話か分からなかったが、マリーダの闇に少し触れたような気がする。が、あの男は誰だ?とにかく嫌な気がして体がゾクゾクした。
この事をタローに後で言ってみると、その男は多分だが“クロード伯爵”では無いかと言った。よく最近マリーダ夫人と応接室で話をしているらしい。
ゼルエルが治める領地から何個か跨いで離れた所に新しく国王が爵位を授けた新貴族らしい。
クロードは謎に満ちていてポッと現れて直ぐに王に覚えられたそうだ。
「それがどうかしたか?」
「う、うぅんっ何でも無い」
妹から教えてもらったクロード伯爵という人物はこのゲームには出ていなかった筈。でも、リメイクをしていく内にキャラクターは増えてったらしいから・・・油断ならない人物かも。
リリスはタローと別れて次の仕事場へと小走りで廊下を進んでいると、目の前に黒い影がスッと現れてぶつかってしまう。
「ッ・・・も、申し訳ございませんっ!」
「いや・・・貴女に怪我が無く、良かった」
ゾクゾクゾクッ!!
な、なにこの声色っ・・・体全身が甘く痺れる。
下に向いていた視線をリリスはそっと上に向けると、そこに居たのはかなりの美丈夫だった。
サラサラと流れる様な紺碧色の髪に、キラキラと宝石の様に輝く紫色の瞳。全てのパーツが揃っていて素敵に見えると同時に恐ろしくも見えた。
向こうの方も一瞬、何かに躊躇していたが直ぐにニコリと微笑みリリスの方へと手を差し出す。
「見つけましたわぁ〜〜〜〜〜っ!!!」
ドスドスドスッ
けたたましい声と音の正体はブーダ。
彼女は美丈夫を見つけるなり嬉しそうに走ってきては飛びつくのだ。あの体重でよく潰れないなと思った。
「やぁブーダ嬢じゃないですか。ふふっ、相変わらず可愛らしい妖精ですね大きくなるのが楽しみだ」
「やだっ♡ ワタクシはクロード伯爵さま一筋ですわ」
「それはいけないよ、ブーダ嬢。君は将来、王太子となるジークフリードさまの婚約者になるかもしれないのだから」
な、なにこの光景。僕の目が可笑しいのか。
ブーダと美丈夫がイチャイチャ?した光景を見せられていてブーダもリリスの存在に気付いたのか此方を見たが、直ぐにプイッと美丈夫の方へと元に戻す。
アーサー時の様な暴挙に出ていない事にホッとする。
「次はいつ頃来ます?今度はお母さまでは無く、ワタクシに会いに来てくださいませ」
「うーん・・・そうだねぇ。ブーダ嬢が良い子にしていたら、かな?」
おデコにチュッ…
「 ♡♡♡ 」
何度も言うが僕は一体何を見させられているのだろう。呆れつつも暫くはブーダの暴力は無さそうだと思いながらその場からそそくさと逃げる様にしたかったが。
「ちょっと待って」
「ひゃいっ?!」
「もし良ければ、君の名を・・・」
熱のこもったクロード伯爵の視線と、憎悪に満ち満ちたブーダの視線。
ど、どうすればいいんだ?!内心焦りながら小さな声でリリスと答えるとクロード伯爵は満足そうな笑みを浮かべ先程はゴメンねと言いながら頭を優しく撫でる。
「クロード伯爵さまっ!そんな下賎な者よりワタクシともっとお話を致しましょうよ」
「・・・・・」
ブーダの言葉にクロード伯爵の瞳が暗くなった様な気がするが、ブーダは気付いていないのか淑女にあるまじき行動で別の所へと連れて行く。
今日も疲れた。リリスは屋根裏部屋の軋むベッドにどっぷりと体を沈める。
タローから分けてもらえるだろうと思っていた食材が手に入らなかった事。クロード伯爵と分かれたであろうブーダに再び見つかり、暴力という暴力を受け。
ブーダの暴力を受けた後に、ふらりと現れたマリーダ夫人にも折檻を受けて体には痣やら傷などが見受けられる。
「・・・ぐっ・・」
お腹が空きながらも近くにある薬草を煎じて飲む。これが効くのは多分、夜中以降になるだろう。
この分だと絶対に熱が出る。