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へっぽこ悪魔と堕天使天使

作者: ナトリウム

『天使番号132125番。あなたを破門します』


空に浮いた巨大な白銀の門の前。何の感情もない平坦な声が鐘状のスピーカーから流れてくる。

その言葉を聞いた少女は青ざめ、門にすがりながら必死に声を張り上げた。


「主よ、なぜですか!なぜ私を破門なさるのですか。私はこれまで慎ましく、ただただあなた様をお祈り申し上げてきたはずです!」


叫ぶたび、背中に生えた羽が揺れる。しかしどんなに少女が悲鳴じみた嘆願をしても、頭を擦り付けても、門がその沈黙を破ることはない。

少女の名前はリュナリオンヌ。神に仕える天使の1人だ。

リュナはこれまで普通に暮らしてきたつもりだった。他の天使たちと共に朝起きて祈り、心頭滅却のために滝に打たれながら祈り、勉強をしてはまた祈り、就寝前にも再び祈る。何かいろいろどうでも良くなるくらい祈った。

正直、こんなに祈らんでも良くね?と思ったこともある。そう思ったのはたしかに不敬だったかもしれない。しかし、それは他の天使だって多分同じだ。

むしろ神殿の柱の陰に隠れてタバコ吸いながら「あー刺激的な恋愛してぇ」とかのたまう煩悩まみれな先輩天使たちよりはずっと献身的だったと思う。

だから、分からないのだ。

なぜ自分が神の怒りを買い、破門されてしまったのか。

破門とは天界からの追放を意味する。天界において最も重い罰の一つであり、二度と天使の身には戻れない。つまり、羽が生えているだけのただの人。コスプレである。

では、破門された天使はどうなるか。その答えは二つしかない。

堕天か、自決だ。

多くの天使は、堕天し悪魔になるくらいなら死んだ方がマシだという。しかし、リュナは死にたくなかった。


「ちくしょう、開けてくださいよ主...」


リュナは呟いた。

と、その時


「あら......?どうして幼い天使が門の前にいるのかしら」


聞き覚えのある涼やかな声が響き、リュナははっと後ろを振り返った。


「大天使フリーシア様......」


そこに立っていたのは美しい女性だった。リュナは状況を忘れ、思わず彼女の前に頭をたれた。

息をのむほど美しく大きい純白の翼。リュナのような下っ端天使と比べて一回り大きい頭の輪っかと不思議な形をした杖もった誰もが憧れる立派な天使。

フリーシアは穏やかに微笑んだ。


「かわいい子。あなたはなぜ天門の前にいるの?」


優しい声に、顔を伏せたリュナは思わず泣きそうになった。


(フリーシア様ならわかってくださるかもしれない)


優しく慈悲深いフリーシア様なら......。

希望を胸に顔を上げた時、リュナはふと違和感を覚えた。

フリーシアの羽の付け根に小さく茶色いモノが見える。

そんなばかな。

ゴシゴシと目を擦り、まじまじと見つめる。それは、ガムテープのように思えた。

いや、ガムテープだ。


「あ、あら何かしら。そんなに見つめられたら照れてしまうわ。ほほほ」


フリーシアが心なしか焦ったように笑い、さりげなくガムテが見えない角度に身体をそらした。しかし、時すでに遅し。よく見ると頭の輪っかの先には細い針金がついているし、不思議な形の杖はちょいちょい継ぎ目が見える。リュナは、このガムテ針金付きフリーシアの正体に気付いてしまった。


「あなた......悪魔ですね」


ピシッと音を立て、フリーシアが硬直した。


「へ?い、いやいやいや何寝ぼけたこと言いやがーおっしゃるんですか。私が悪魔?そんな笑えない冗談はおよしなさい。私は正真正銘穢れなき天使ふりー」


「なら、大天使様全員の名前。悪魔でないなら浄化の炎に焼かれず言えますよね?」


「ぐっ......!」


リュナの言葉に天使の顔が醜く歪んだ。

フリーシアは悔しげに舌打ちをすると右手を高く掲げぶつぶつと何かを唱えた。

次の瞬間、フリーシアの顔がベリベリと剥がれ始め、さらに白い羽衣は黒いマントに、やわらかそうな茶色い髪は黒く短く、額からは二本の太いツノが飛び出した。

一瞬のうちに、慈愛に満ちた穏やかな顔が、ニヤリと不敵に笑う男の顔に変わる。

男はククッと笑うと、ばっと両手を広げた。


「よく分かったな天使のガキ!正直ここまではやく見破られるとは思ってなかったが、その通り。俺様は大悪魔ザキエル。地獄より天界を侵略しにきた!」


なぜガムテと針金が飛び出した状態でバレないと思ったのか。

精一杯、悪魔の威厳を見せんとカッコつけたはいいものの、見破られたのがやっぱり恥ずかしかったのか。若干震える声と、回収しきれず後ろに転がった輪っかと翼がシュールさを掻き立てる。

しばし沈黙が落ちた。

何も言わず冷めた目を向けるリュナと、両手を広げてすしざんまいのポーズで固まるザキエル。これは何という地獄だろう。

と、プルルルルルという音がザキエルの耳元から聞こえた。ザキエルはその音に救われたような顔をすると、イヤホンを素早く押した。


「もしもし!」


『よお、俺だ。*チキチキ大天使に化けてささっと天界侵略しちゃおう大作戦*の首尾はどうよ』


「絶賛赤っ恥かいてる途中だよ馬鹿野郎!フェイルてめぇふざけんなよ。お前が昨日、天使の誰かに化けりゃいけんじゃねって言ったんじゃねぇか!俺徹夜だぞ?徹夜で大天使セット作ったんだぞ?」


『あ、だから居酒屋で解散した後ホームセンターいるぜ。見てろよ天使!とかLINEしてきたのか。既読無視したけど』


「くそ、てめぇあとでスタンプ爆弾落としてやる!つーかさぁ!無理だって思ってたんなら止めてくれればいいじゃん!ノリノリでやってた俺がバカみてーだろ!」


『安心しろよ。お前馬鹿だよ』


「オブラート包めよ......」


『いや、まぁね?言ったけどさ。まさか本気でやると思わないじゃん?酒の席の冗談だって大体分かんじゃん?』


「分かんねーよ!昨日のワクワク返せよ......」


何だのかんだの言い合う悪魔を見つめ、リュナはとてつもない無力感に襲われた。

こいつら一体何がしたいんだろう。

至極真っ当な疑問に応えるものはいない。


『ま、俺忙しいし。そろそろ切るわ。あとはてきとーにし・く・よ・ろ☆』


「ああ!ちょっと待ってフェイル君!悪かった。俺が悪かったから1人にしないで!?」


ザキエルの悲鳴も虚しく通話は途切れた。

再び沈黙。

ザキエルは引きつった微笑みを浮かべると


「じゃ、じゃあさ。そういうわけだから、俺帰るね。あの、上の人にはまた来ますって言っといて。じゃ、さよなー」


「待ってください」


ザキエルが退散しようとしたとき、がしっと腕が掴まれた。

ギギ、と振り返ると純粋無垢な目をしたリュナがゴリラ並みの力でザキエルの腕を鷲掴みにしていた。


「主に仇なす反逆の徒を見逃すと思います?」


数秒後、ザキエルの悲鳴が響き渡った。



* * *



「主よ!地獄からのこのこやってきた馬鹿捕まえました。どうか門を開けてください!」


シクシクと泣くザキエルを転がし、リュナは声を張り上げた。


(きっとこれで帰れる。また天使に戻れる)


天使にしては考えが腹黒い。が、悪魔の1匹や2匹犠牲にしても追放されたくない。というか異教徒のことなどどうでもいい。まずは自分の破門取り消しが最優先だ。


「開けてください!」


と、その時ガチャンと錠が下ろされる音が聞こえた。門がギィと音を立ててゆっくり開いていく。

パァと顔を輝かせ、リュナは手を合わせた。


「ああ!主の慈悲に感謝しまー」


その言葉は最後まで続かなかった。

門は開かれた。しかし、そこから覗いたのは、天使の優しい笑みではなく鈍く光った矢尻の先だったからだ。

リュナは目を見開いた。目と鼻の先に矢が迫っているのに動けない。


「危ねぇっ!!」


後ろに強い衝撃を感じ、リュナは引き倒された。間一髪矢はリュナの鼻先をかすめて飛んでいった。リュナを庇うように立ちはだかったのは敵であるはずのザキエルだった。


「おいガキ!怪我ねぇか!?」


焦りを含んだザキエルの問いに、コクコクと震えながら頷く。リュナの目はザキエルの右手から釘付けられたように動かなかった。ザキエルの右手はブスブスと一部黒く変色していたのだ。

悪魔は自ら天使に触れることができない。聖なる力に焼かれるからだ。リュナにもまだその加護が残っているらしい。

ザキエルは、ゾロゾロと出てきた弓矢隊を睨みつけながら


「おいおい正気かよ。なあガキ。お前、天使なんだよな?何でこいつらお前まで殺そうとしてんの。お前何やったよ。主のプリン勝手に食った?......ガキ?」


リュナの耳にザキエルの軽口は届いていなかった。

ただひたすら矢を向けられた恐怖に震えていた。ザキエルはあまりに怯えたリュナの様子に口を開いた。しかし弓矢隊が無機質な瞳で再び矢を絞り始める。ザキエルは舌打ちすると、懐から素早く丸いものを取り出し地面に叩きつけた。

ボンという音とともに、白い煙幕が広がる。


「ガキ、こっちだ!俺が天界来る時作ったゲートまで自力で走れ!」


リュナははっと顔をあげると、来い!とジェスチャーするザキエルに無我夢中で飛びついた。


「俺、お前にゃさわれ.......きゃあああああ何なにいきなりやめてぇ!?突然俺の背中にしがみつかないで!自力で走れって言ったじゃん!」


天使側からしがみつかれても身体は燃えないが、精神的にくるものがある。勘弁してほしい。

だが、煙幕もずっと続くわけじゃない。ザキエルは仕方なくリュナをおんぶ状態で全力疾走した。



* * *



「なん、とか、逃げ切った!」


飛んでくる矢を「きゃあああ!」と3回転ドリルジャンプで避けたり、天使の詠唱を「いやあああ!」と呪文で倍返ししたり。ちょいちょい叫びが乙女なのはご愛敬。

全力でゲートに飛び込んだ後のザキエルは疲れ切ってただの屍のようだった。普段大して使っていない筋肉に乳酸が溜まる。ドサリと座り込んだ。ゲートはすでに閉じてあるので天使が襲撃してくることはない。地獄の入り口にある大きな岩の陰でしばらくゼーヒーやり、ようやく落ち着いたザキエルはちらっとリュナの方を見た。

リュナは先程から膝を抱え、項垂れていた。

ザキエルは「あー......」と決まり悪げに声を出すと


「そのー。大丈夫か」


リュナはゆっくり顔をあげると

虚な目で地面を見つめた。


「はじめて、矢を向けられました」


「.......だろうな」


「私、ホントに破門されちゃったんですね......」


重いため息をつくリュナにザキエルはピクリと眉を持ち上げ、目を細めた。


「破門?」


ザキエルの声には、何ともいえない響きがこもっていた。コクリとリュナが頷く。

するとザキエルは「あぁ、なるほどね」と納得したように手を打った。


「そりゃ、奴らも構わず殺そうとしてくるわけだ。天使の資格を失った者に慈悲はないって?かーっ!恐ろしい所だぜまったく。ガキ、破門されるぐらいだ。さしずめ真理の泉でも覗いたんだろ」


「.......!?なぜ泉のことを」


天界の奥地にあり、限られたものしか見られない泉。それを覗けば、全てを知ることができるが許可なきものが覗くと神の怒りを買う。その場所は天使しか知らないはずだ。

それをなぜ悪魔が......

リュナの心を察したのか、ザキエルは「そりゃあなぁ.....」ゴソゴソとポケットを探りながら


「俺。元天使だから」


とこともなげに言ったのだ。









「............ははっ、うっそだぁ」


「ねぇねぇ。こんな時に俺が嘘つくと思う?」


どう頑張っても思えない。


「嘘じゃねぇよ。正真正銘堕天使だ。その証拠に」


驚愕の事実に、別の意味で震えるリュナの前にポンと何かが放り出された。


「ちょっと黒ずんでるが、天使のペンダント」


それは確かにリュナが持っているものと同じものだった。ポカンと口を開けるリュナに、目の前の堕天使は哀愁ただよう表情で


「俺、堕ちる前はそこそこ高位の天使だったんだよ。それなりに頭良かったし。でさぁ、好奇心が強いもんだから天界内の全ての図書館の本おおかた読み終わっちまって。もういっそのこと神に近づこうかな、と思って泉を覗いた。.......まぁ、結局覗こうとした瞬間捕まって追い出されちまったけどな。主って野郎はなんでもお見通しさ」


「そう、だったんですか......」


切ない沈黙がおちた。


「......つーかさぁ、泉覗くなって言うならオフレコにしてほしくない?主に仕えるものは無垢な心を持つものしかいません、つって言っちゃうから俺みたいのが湧くんだよ」


開き直ったように言うザキエルに


「あー分かります。あそこにあるけど覗いちゃダメだよ、って言われたらフリだと思いますよね」


リュナは恐怖をケロリと忘れて頷いた。案外どっちも図々しい。

ザキエルは立ち上がった。そしてリュナを見下ろす。


「で?お前これからどうすんの。もう天使じゃねぇんだろ。じけーつorだてーん?」


「英語チックに言うのやめてもらえます?でも、そうですね......。死にたくないです」


リュナは立ち上がり、天を仰いだ。地獄から見た天界は果てしなく遠く、神殿は青い空の中に片鱗も見当たらない。

もう、戻れない。

しかし、今はもうそこまで天使の身に執着がない。

覚悟を決めたようなリュナの顔に、ザキエルは静かに言う。


「......堕天の仕方は分かんのか」


「ええ。もちろんです」


リュナはにこりと笑った。

そして、むんずと背中の右翼(ライトウィング)左翼(レフトウィング)をわし掴み思いっきり引きちぎった。


「ええええええ!?そんな豪快な堕天の仕方初めて見たんだけど!?」


怯えのまじったザキエルの叫びと、むしった翼をもって鼻息荒く湯気を出すリュナ。

リュナの白い服はじゅわぁぁと音を立て溶けはじめ、代わりに黒いマントをなびき、背中からは黒いギザギザの翼が生えてきた。額からは二本のツノがニョキニョキ飛び出し、空色の瞳も金の髪も黒く染まる。


「堕天完了!!」


シャキンとレンジャーポーズをとるリュナに


「まだ完全な堕天じゃねぇけど、とりあえずお前すげえな.......」


ザキエルはドン引きとかいろんな思いのこもった賛辞が贈った。

ザキエルは気を取り直すように大きく咳払いをすると、厳かにリュナを見下ろした。


「それでは天使......えーと名前何?くそ長ぇ天使名全部な」


「リュナリオンヌ・ファリアフェアル・アメリア・ミュラアンです」


「ちくしょう、ホントにくそ長ぇな。えー、何だっけ。天使リュナリオンヌ・フェアー......」


「ファリアフェアル・アメリア・ミュラアン」


「そう、それ!えーと、汝は天使の身分を捨て、堕天する。大悪魔ザキエルが、ここに汝を悪魔の一員として任命す。汝には馬車馬のごとく働いてもらうので覚悟せよ」


「はい!」


元気よく応えるリュナに、ザキエルは鷹揚に頷き、何やらぶつぶつと唱えはじめた。そして、はぁっとリュナの頭をチョップした。すると燦然(さんぜん)と輝いていた金の輪っかがぱきりと割れた。


「......はい終了。これでお前は完璧な悪魔だ」


ザキエルの言葉に、リュナは嬉しそうにくるりと回り、自分の身体をみた。


「わぁ!何だかすごくいい気分です。隠れて喫煙とかとんでもなく可愛いものに思えてきました!」


「だろ?俺にとっちゃよ。めちゃくちゃきっつい規律や祈りにしばられる天使より、こっちの方がいくぶん気楽でいいや」


ザキエルは軽く笑うと、リュナの手を恭しくとった。ザキエルが触れても、彼の手が焦げることはない。リュナはにこりと笑った。それは天使の穏やかな笑みではなく悪魔らしい笑いだった。

地獄の入口は暗くぽっかりと開いている。中からは、獣じみた悲鳴や呻きが幾重にも重なって聞こえてきた。それはきっと死後責め苦を受ける人間たちの叫びだろう。しかし、それに怯えることなくリュナは背筋を正し、一歩ずつ進んでいく。

リュナはこれからに胸を高鳴らせた。


「地獄へようこそ」


ザキエルの声と同時に、リュナから遠く遠く離れた空の上。

誰かが呻く声がした。

お読みいただきありがとうございます!

初めて書いた短編です。

(コメディーにしては、若干ギャグ要素が薄かったかもしれません汗)

精進します!

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