起きると、私の横に知らない人が(裸で)寝ていた。
私はしっかりとパジャマを着て眠ったはずだった。
でも、朝の4時に目が覚めてみたら、なんということでしょう。
私は裸で、見知った天井を見上げながら、見知らぬ裸の女の子に腕枕をしているじゃないですか。
「……なに、これ」
何がどうするとこうなるのか。私には何一つ理解することが出来なくて、却って頭の中がクリアだった。
お酒を飲んで、前後不覚になって、こういう事態に陥る。それは漫画とかでよく見る。
でも、私はお酒を飲んでいない。そもそもまだ高校生だし。
ちらりと横を見てみる。
すやすやと眠るそれは、少なくとも家族じゃない。私は一人っ子だし。
周囲を見渡すと、私のパジャマは丁寧に畳まれて置いてあった。その横に、下着も並んでいる。
加えて、見覚えのない服。恐らくは私の横に寝ている子の服も、丁寧に並んでいる。
十中八九、私を裸にした下手人は横の子だろう。
と、なると、だ。
……え? 夜這いかけられたの、私? 女の子に?
と、私が戦慄した時、目の前の女の子がもぞもぞと動いた。
「……んん……あれ? おはようござ……まだ暗いじゃないですか……んん」
一瞬うっすら目を開けてから、姿勢を整えて、また目を閉じて眠りに就こうとする。
しかし、そうは問屋が卸さない。
私は枕にされていた腕を引き抜き、布団から抜け出すと、掛け蒲団越しに、謎の女の子に対して馬乗りの姿勢になった。
「うげっ!?」
腹の辺りに乗ったので、女の子は悲鳴を上げた。
「あなた! あな、あなたは! 誰なんですか!? 何の、お金? ……何の目的で!」
ここは実家で、一階では両親が寝ている。だから、微妙に小声で怒鳴る。
不審者が居るから悲鳴でも上げたい気持ちもあるけれど、今この状況を、親に見られたくない気持ちも強い。
「な、だ、誰って……ぐるじい、みっちゃん……わ、私、私ですよ、千代です! あなたの恋人の、菅野千代です!」
「……誰?」
「えええええ!? 酷い!」
「叫ばないで!」
乗ってる位置が悪いのだろう、千代と名乗った女の子は、苦しそうにもがく。
菅野千代と名前を聞いてまるでピンとは来ないものの、今村美樹が私の名前で、みっちゃんと呼ばれても不思議はない。中学以降、そんな愛称で呼ばれたことはないけど。
相手が私を知っていそうなこと、私が相手を知っている可能性があることは判った。
だからと云って、不法侵入と夜這いを見逃す理由にはならない。
「その、えっと、千代、さん? あなたは、なんでここに居るの!?」
「い、いや、だって、みっちゃんが招いたんですけど!」
「招いてないんだけど!? 大体あなた……そもそも、みっちゃんって、じゃあ私の本名は!?」
招いたと思われている以上、人物に誤解があるのかもしれない。そうでなければ、つじつまが合わない。
……いや、服を全部脱がせたら気付くか……顔を知らない、とか?
「みっちゃ、じゃない、えっと、今村美樹」
「……人違い、じゃ、ないのね」
「あ、あの、判った、判りました……お互いに混乱が、あるみたいなので、話し合いましょう……一旦、退いて……息が詰まる」
死にそうな顔をしている千代。
正直、退いた瞬間に襲われたり、逃げたりするんじゃないかと思って退きたくない。
……でも、真っ赤な顔の千代が吐いたり死んだりしても困るので、私は恐る恐る布団から退いた。
「えほ、えほ……あぁ、苦しかった……酷いよ、みっちゃん」
「……で? あなたはなんで、どうやってここに侵入したの、千代さん」
「うっわ冷たい目! 何、なんなの、そういうプレイなの!? でも寝起きに突然は止めて?」
彼女がそう云うふざけた調子なので、私はいつでも通報できるようにと、枕元に置いた携帯を取る。
そして携帯画面を見て、自分のじゃないことに気付く。
「……これ、あなたの携帯? 千代さん」
「え? 何云ってるの、半年前に一緒に買い換えたじゃない。私のは、えっと……こっち」
そう云いながら、彼女は同機種の携帯を見せてくる。
「買い換えた……え、私が?」
「バッテリー死んだって云うから、一緒に、って……みっちゃん、もしかして……ガチの記憶喪失?」
「ちょ、ちょっと待って、記憶って!?」
記憶喪失。その言葉にゾッとした。
私は携帯を改めて見る。すると一瞬だけ今日の日時が表示され、次の瞬間ホーム画面になった。
見たことない画面。そこで、嫌な予感がして、日付のボタンを押す。
出てきた西暦は、二年先の西暦だった。
「……え、ちょっと! な、お、大掛かりな、そういう、嘘なんでしょ!?」
「え? 何、本当に!? みっちゃん本当に記憶おかしくなってるの!?」
彼女は……千代さんは、本当に心配そうな顔をして、私の顔を覗き込んできた。
「冗談じゃないのよね、みっちゃん?」
「え、えっと……な、なに、なんなの、嘘でしょ、これ」
「落ち着いて、大丈夫? 頭痛かったりしない? 自分のこと、判るよね?」
千代さんは、私の肩を掴み、青ざめた顔をしていた。
でも、私は千代さんに反応することは出来ず……頭を抱えてしまった。
携帯の顔認証、メールアドレス、登録情報諸々を確認して、持ち主が私であることは確認が取れた。そしてそれと同時に、私は2年未来に来てしまったことが判った。
いや、正確には、今の私は高校一年生の記憶があるが、今のこの身体は高校三年生で、およそその間の2年間の記憶を失っている、というのが正しいみたい。
……冗談でしょ?
私は頭を抱えてしまう。
「だ、大丈夫? おーい、みっちゃん」
心配そうに、私のことを覗き込んでくる千代さん。
彼女は、私の恋人なのだという。最初に名乗った時のやつ、冗談かと思ったけど本気だったのね。
……なんで私、女の人と付き合ってるの?
頭の中がグルグルした。にわかには信じられなかった。でも、携帯の写真の中に、千代さんとのやりとりや、ツーショット写真が山ほど見つかったので、間違いではないのだと思う。
私と千代さんは、2年生で同じクラスになって、しばらくして付き合うようになったとのこと。
「大丈夫?」
「は、はい、大丈」
そして気付く。私、この人の息の根を止めかけた。
「ち、千代さん……ご、ごめんなさい! 私、あなたを夜這っ、ふ、不法侵入者だと勘違いして、酷い事を!」
「えっ!? あ、あぁ、いいよ、動転してたんでしょ? 今はみっちゃんの方が大変なんだし」
「千代さん……!」
優しさに思わず目が潤んだ。
と、そんな私を千代さんが抱き締めてきて、更に頭を撫でてくる。
裸の女性に、裸のまま抱き締められて、恥ずかしい気持ちが凄い。
「ち、千代さん!?」
「ごめんね、起きて隣に私が居て、びっくりさせたよね、みっちゃん」
「い、いや、あの……胸触んな!」
「あだっ!?」
ぐにっと胸を揉まれたので、思わず私は頭突きをしてしまった。
「あ、千代さん、ごめ、つい!? ごめんなさい、大丈夫ですか!?」
「いたた……ごめんごめん、みっちゃんのおっぱいが無防備だったから」
「場面を考えて! 私のこと慰めてたんじゃないの!?」
「だって私攻められるばっかりであんまり攻めることなかったから、良い機会だなって!」
「なっ!? ど、えっと、あ、あぁ、そうなん……知りたくなかった!」
私は枕を叩いた。ごめんね枕。
……私、攻めだったんだ。
そんなことで微妙に凹んでいると、ハッとした千代さんが、私の肩を揺する。
「そうだ。私のこと、ちぃちゃんって呼んでみてくれない? 普段そう呼び合ってたから、何か思い出すかも」
みっちゃん、ちぃちゃん……え、愛称で呼び合ってたの? 私が?
「そ、そんなバカップルみたいな呼び合い方してたんですか!?」
「? あぁ……いやぁ、結構バカップルだよ? 私たち」
「嘘っ!?」
千代さんに具体的に聞いてみると、
1.待ち合わせすると、大体抱き合ってから移動を開始する
2.大体デート中は手を繋いでいる
3.レストランとかに往けば別の物頼んでお互いにあーんをする
4.解散する際にはほぼキスする
5.電車でキスしたこともある
6.ペアルックもやった
とのこと。
……知らない私が居たらしい。え、何がどうなると、私そんなになるの!?
正直なところ、この私が本当に二年後の私なのか、だいぶ疑わしくなってきた。
「ほ、本当に、この私って、私なの? ちぃ……千代さんとも……こんな、家で裸で……えっちなことされてるのに」
私がそう云うと、千代さんはムッとした。
「されてるって、一応断っておくけど、私を誘うのはいつもみっちゃんの方だからね? 今日親が居ないから泊まってって、って私が云われる側だからね?」
「……それはさすがに、冗談ですよね?」
「私の家は親が滅多に家を空けないし、兄と妹がいるから泊めるの難しいのよ。だから、みっちゃんの家で、親が居ない時に泊まりに来てるの。まさか私から云い出せるわけないでしょ?」
そこまで云ってから、千代さんはニヤリと笑った。
「ふふふ、反応が面白いから敢えて云うわ。最初にこういうことしたいって私を誘ったのも、みっちゃんよ」
「さ、最初?」
「そ。付き合って二ヶ月目くらいだったかな……我慢できない、親が旅行の機会なんてそうないから、明日絶対泊まってって……いやぁ、本気すぎてさすがにちょっと怯えたわ」
「……私が? 千代さんを、無理矢理……?」
「あ、ごめん。怯えたのは本当だけど、正直当日は私もノリノリだったから、無理矢理とかじゃないわよ?」
「うわぁん、知らない人の惚気を聞いてる気持ち!」
自分のことなのに迸るアウェイ感。
そんな風に色々と聞いてみたけれど、私にはまるでピンと来ない話ばかりだった。
一方で、私の知っている2年前の記憶は、まだ千代さんと遭遇していない頃の記憶なので、千代さんの方が私のことを知らなかった。
どうやら千代さんは、私の隣のクラスだったらしい。
「ん、記憶戻らないね……あとで病院往ってみる? 困るよね?」
そう云って気を使ってくれた。
確かに、私は今、勉強も何もかも吹っ飛んでいる状態だ。冗談じゃない、三年生なら今年で受験だというのに。
あとそれに友達や家族や……千代さんと付き合っている間の思い出も、私はまるで失ってしまっているわけだし。
それは正直、泣きたい。
「こ、困る……千代さんも、そんなの、嫌ですよね?」
「私のことは……うん、まぁ、それはちょっと……嫌だけど」
千代さんは口にしてから、首を振った。
「大事なのはみっちゃんのことでしょ。私、勉強とか手伝うよ。思い出の場所とか巡って、記憶を取り戻すのも手伝うよ」
私の手を取って、みっちゃんは真剣な目をして、私に云ってくれる。
「……忘れちゃってる私でも、手伝ってくれるの?」
「うん。勿論。むしろ一から染め直せると思うとそれはそれでやる気が」
「真面目な話は最後まで真面目に続けて欲しいな!」
「私的には至極真面目なんだけど!?」
ぎゃんぎゃん吼えてから、思わず私はあくびをした。
「ふぁあ……こんな大変な事態なのに……眠くなってきた」
「え? 私はすっかり目が冴えちゃったけど、みっちゃん肝が太いね……でも今起きても何も出来ないし、寝て起きたら元に戻るかも知れないし、寝ようか」
「……うん」
クラクラとするほど、急激に上ってきた眠気。
「さぁ、一緒に寝よ」
「うん……胸から手を放して」
「ちぇ」
千代さんを牽制しながら、私はこてんと横になった。
そして、ゆっくりと、眠りに就いていった。
ぱちりと、目を覚ます。
のそりと身を起こすと、7時。
「……ん?」
私は寝惚けながら自分を確認する。パジャマを着ている。
辺りを見回してみると、自分以外の人の気配はない。
目がゆっくりと覚めてきた。
「あぁ……夢か」
夢、だったみたい。
なんだ……夢かぁ。夢だったかぁ。
そうだよね。私が、女の子と付き合うことになるとか、そもそも千代さんって誰だよって話だよね。
……なんか、ちょっとショック。
そして、ショックを受けている自分に驚いてから、思わず笑い出してしまった。
はぁ……しかし、変な夢だったな。なんだろ、欲求不満なのかな。
そんなことを思いながら起き出して、私は学校へ向かう準備を始めた。
その日、私は驚きの事実を知る。
私の隣のクラスに、菅野千代は実在したのである。およそ、夢と同じ顔をして。
中学時代のクラスメイトが隣のクラスに居たので、試しに聞いてみたところ、そのままの名前の人が隣に居ることが判った。それなので、休み時間についつい隣の教室に覗きに来てしまった。
「嘘……あれ、千代さんだ」
面識はない。が、無意識に憶えていて、夢の登場人物にしてしまったのかも知れない。
そういうことも、なくはないと思う。でも、私は彼女の名前も顔も、今初めて一致したのに、とも思う。
「……本当に、まさかあれが……二年後?」
そんなわけない。そんなことが起こるわけない。
頭ではそう思うけど、どうしても、胸が高鳴ってしまう。
そしてしばらく見ていると、千代さんはこちらに歩いてきて、戸を出ようとして、目が合った。
「何? 誰かに用事?」
「あ、いえ、なんでも」
「そう」
そう冷たく云って、千代さんは通り過ぎて往った。
彼女が、あれが、ああなる、のだろうか……私と?
あの、どっちか云うと甘ったるい彼女に、なるのだろうか。
全く想像がつかない。
つかないけれど……つかないから、ちょっと、まずい。私、楽しみになってきてる。
「一年後、か」
私は彼女と同じクラスになるその日が、とても、楽しみになってきていた。