再会
第三話
「再会」
私は、二年前から役員になり、既に会社では、実務から遠ざかって五年近くなる。
会社にいても殆どやる事は無く、たいして重要でもない書類に目を通したり、月末に決まりきった書類にめくら判を押す退屈な日常を過ごしてる。
「あと二年で還暦か。」
机に向かって一人で呟いた。
時計を見たら四時過ぎ、退社時間には、ちょっと早いけど帰ることにした。
「お先に。」
と、みんなに声かけて出口に向かうと。
「お疲れさまでした。」
と、まばらに返ってくる。
この時間から開いているいつもの駅前の焼き鳥屋へ真っ直ぐ向かう。
暖簾をくぐって開けっぱなしの入口に入るとカウンターに一人の女性が。
「あっ!」
「久しぶりですね。」
「あれからどうしたんですか?」
「一年ほど母親の介護をして、亡くなったの。」
「苦労されたんですね。」
「大したことないは。」
「今の生活は?」
「パートをしながら年金生活で妹と暮らしているの。」
「そうでしたか。」
頭の中で彼女と私を比べてみた。」
人生は、何かを成し遂げるには充分な時間がある。」
私は、どれほど無駄にして来ただろう、薄っぺらな俺の人生。
月に一度の病院通い、三ヶ月に一度の歯科医院、この先どんどんどこか悪くなるだろう。
醜態を晒しながら生きていく。
彼女は決して恵まれているとは思えないが、特別な目標も無く誠実に生きている。
ただ生きるだけの人生、私は、この先どれぐらい耐えられるだろうか?
もっと莫迦に生まれればよかった。
勉強もせず、本も読まず、疑問も持たず、成長せず、ただ食べて、寝て、排泄して、セックスして、死んでいく。
虚しい。
ビールを呑もう、そして何も考えず酔っぱらたら寝よう。
そういえば、彼女が働いていた頃は、殆ど会話をしたことが無かった様な気がする。
こんな感じで自然に話が出来るのが不思議な感じだ。
私は、生ビールを注文し、彼女の赤ワインが空になっているので。
「もう一杯いかがですか?」
と云うと。
「ご馳走していただけるの?」
「もちろん!」
彼女は嬉しそうに微笑んだ。
「相変わらず綺麗ですね。」
「えっ そんなに口が上手でしたっけ?」
「本当です、会社にいる時には云えなかったけど。」
「乾杯。」
ここまでは自然に話せたのに何故か緊張してきたようだ。
訊きたい事は、いっぱいあるのに口に出せない。
彼女の仕事中の印象は、眉間に皺を寄せて、目力が強い感じ、何となく話しかけづらい雰囲気を持っていた。
事実あまり会話した記憶は無い。
ただ今日は、ワインのせいか表情が軟らかい。
「戻る気は無いのですか?」
「今のままで充分です。」
彼女は、昔から曖昧な云い方はしない、はっきりしている。
少しづつ会話も弾み、酔いも進んできたのて思い切って訊いてみた。
「今、付き合ってる人は、いるのですか?」
当然、昔のキツイ表情に変わると思ったが、笑いながら。
「こんな、お婆さんと付き合う人、いる訳が無いでしょ。」
「まだまだ、魅力的ですよ。」
彼女の、こんな嬉しそうな表情は、初めて見た。」
私は、事情があってこの東北の港町に来て、今の会社に働くことになってから、ここで会った女性の中で一番魅力的な女性だと思っている。
いつも背筋は真っ直ぐで、服装はブランド品などは身につけてはいないが、品があり、センスがある。
私は、女性に告白したことが無い、アラ還には、勇気がいる。
仕事では、恥をかくことも平気だし、勇気も自信もあるのに女に関しては、まるで思春期のシャイな男の子まま、無力だ。
六十歳からの二十年間の密度の濃い人生。
今までの無駄を埋めるには今からのはず。「ウイスキーをストレートで!」
頭の中で「夜が来る」がリフレインしている。