(75)認めたくない現実
——その「訳」とやらの説明を受けた。
「要するに、お姉ちゃんのせいですね」
「まあ、そうですね」
お姉ちゃんが自分を「お姉ちゃん」と呼ばせている理由。
それは
「年下がかわいくて仕方なく、その姉でありたい」
という……彼女の癖だ。
「かつてお姉ちゃん先輩に大変お世話になりまして」
「それでその……うつってしまったと?」
「ええ。なので私も……」
その続きを聞かずとも、言いたいことはすべてわかった。
それと同時に、二人で風呂にいるこの状態が真に
「やべぇ」
ということも理解した。
——早く出た方がいいかも。
「それに」
「?」
「メイドの話が出た時、ご主人様がそわそわされていたと奥様よりお聞きしたので」
「あっ……」
「それも含めてご主人様、と呼ばせていただいております」
……自業自得。
「なるほど……」
「ご主人様」
「はい……? え、何して……」
なぜか這いよってくる。
ちょ、誰か助けて……!
「ご主人様」
「はいっ‼」
状況が状況で、思わず声が裏返ってしまった。
本当に、「ヤバい」。
「私はご主人様のメイドですから……」
「はい」
「なんでもご命令くださいね……?」
——ゴクリ。そんな典型的な音でつばを飲み込む。
「なんでも……?」
「はい。なんでも。ですから……」
——ぐいっと顔を近づけてくる。
「……っ‼」
「もしも……」
——うわああああああああああああああああああああ
「何かお悩みでしたら、私が相談に乗りますよ」
「えぇ……」
急に冷静になる。
エリナさんは風呂場用の椅子に座り直し、つづけた。
「それもメイドの……あら?」
気が抜けたような俺を見て言う。
「ご主人様……もしや何か、期待されましたか?」
「いえ……」
「ふふっ」
何ですかその笑みは。
——まったく恐ろしい人だ。
とはいえ、悩みごとがあるのは本当だ。
以前言っていた「メイドの勘」ってやつを勝手に実感した。
ここはひとつ、エリナさんに相談してみることに。
「今日あった事はお姉ちゃんから聞いてますか?」
「ええ。前に皆さんを尾行していた人物が接触してきた、とのことでしたね」
「そうなんです」
「ご主人様も奥様も、かなりご活躍されたと聞き及んでいます」
「それなんですけど、アイシャはともかく、本来なら、あいつの相手は俺一人じゃ務まらないくらいなんです」
「その人物はそんなにも……?」
「はい。アイシャで互角が精いっぱいくらいでしたし……」
「……しかし違った、と?」
「そうなんです。俺はどうしてか——」
自分の中で結論は出かけているが——
「——そいつの太刀筋を知っていたんです」
「それは……」
「どういう風に攻めてきて、次にどうしてきて、どんな動きをするのか」
「……それが全てご主人様には分かった、と……」
「……はい。おかげで一撃ももらうことなく、むしろ反撃できたんですけど、どうしても気になっちゃって」
——それを認めたくない自分が居た。
ゆえに、誰にも言えていない。
あの太刀筋は……
「そうですか……。何か思い当たることはあるのですか?」
「無くは……」
「……」
「太刀筋を完全に理解するほどに対人戦をした相手は、二人しかいないんです」
「お二人?」
「はい。一人は、俺とアイシャに剣を教えてくれた人。言わば師匠です」
「しかしその方では」
「そうなんです。その人だった場合、アイシャも太刀筋を知っていないとおかしいですよね」
その考えには、考え始めてすぐにたどり着いた。
だからこそ、消去法で嫌な、望まぬ結論が導かれてしまった。
「もう一人は……」
拳に力が入る。
言いたくなかった。
認めたくなかった。
「師匠が亡くなった後、俺の対人戦に付き合ってくれたのは——」
拍動が激しくなるのが分かった。




