(52)夢を追った自分の意思
それは、エリナさんの記憶。
騎士を目指し、魔特班試験に合格するまでに至った
エリナさんが、メイドをやっている理由。
今まで押し殺してきた忌まわしい記憶だった。
しばらく続いた沈黙。
それを破ったのは、またしてもエリナさんだった。
「私は……騎士になりたかったんです」
言葉をゆっくりと紡いでいる。
「でも、母の笑顔を守るためにそれは諦め、メイドになりました……」
「エリナちゃん……」
お姉ちゃんの顔には、後悔の念が見られた。
軽い気持ち、とまでは言わないものの、
ちょっとした頼み事のつもりでエリナさんに参戦を依頼した。
しかし、彼女が騎士の道をあきらめたことには
親しい先輩であったお姉ちゃんにとっても、知られざる理由があった。
俺たちはただ、エリナさんの言葉が出るのを黙って見守った。
「人を笑顔にするのが騎士……という父の教えは、メイドでも同じ。そう思って、メイドをしています……」
何拍かおいて、その続きを言った。
「やってみれば確かに、どちらも笑顔を守るお仕事でした」
迷い。
騎士になって人の笑顔を守りたかった。
しかし、騎士にならないことこそが遺された母を笑顔にすること。
本来なりたかった騎士。
今では誇りに感じるメイド。
いくつもの自己矛盾を抱えたエリナさん。
その心はもう、捻じれて捻じれて捻じれつくして。
自分では解決策が見出せなくなっている。
そう思った俺は、思わず口を開いた。
「エリナさんは、どうしたいんですか?」
旧邸の幽霊にも聞いたような質問を
今度は生きた人間のエリナさんへ。
「私は……」
「お父さんやお母さんの意志ではなく、エリナさん自身の心は?」
「……」
「アイシャ、鏡、持ってない?」
「あるよ。はい」
「あんがと」
持ってなかったらどうしようかと思ったが
今はそんなことを気にしている場合ではない。
俺はアイシャから受け取った折り畳み式の手鏡を開き、エリナさんの方に鏡面を向けた。
「……?」
「分かりませんか? エリナさんの顔。表情を見てください」
「泣いて……いますね。情けない……」
「そうです。泣いてるんですよ。人を笑わせたいと願った本人がね」
「……っ‼」
「お母さんの笑顔を守るっていう事は、すごくいい事だと思いますよ。俺は昔から怒らせてばっかりでしたし。誰かのせいで」
「……」
ムスッとする同い年の少女を見て、その自覚があったのだと知る。
「でもエリナさん。まずは、貴女自身が笑顔じゃないと」
「ユウ……さん……。わ、私は……」
少しためて言った。
「私はなんてバカだったのでしょう……!」
「エリナさんが笑顔でいる事。それが、お母さんの何よりの幸せなんじゃないですか?」
自分で言っておいて恥ずかしくなってきた俺は
それを悟られないように、ゆっくり座りなおした。
「……ユウさん、ありがとうございます」
「いえ」
その顔を見る。
既にさっきまでの葛藤はない。
無事に捻じれは解消したようだ。
「お姉ちゃん先輩」
「はい、エリナちゃん」
「先ほどのお話……私にお手伝いさせてください!」
「……ありがとう。よろしくお願いするわ」
「はい!」
エリナさんの手とお姉ちゃんの手は、がっしりと結ばれている。
話し合いは進み、王令の方には予定通りお姉ちゃんとアイシャが。
例の紙の方には俺とリーフさん、そしてエリナさんで向かうことになった。
正式に騎士になったわけではないエリナさんを
騎士団の作戦に連れて行くわけにはいかない。
「よろしくな」
「はい。よろしくお願いいたします、リーフさん。ユウさんも、よろしくお願いいたします」
「こちらこそ」
俺たちもお姉ちゃんに倣い、固い握手を交わした。




