(51)母の笑顔を守ること
それから時間が経って、いよいよ卒業まで七か月ほど。
夏季休暇を使って再び実家に帰り、母と再会しました。
食事をしながら、私は母に嬉々として報告しました。
「お母さん。私、魔特班の試験に合格したよ。だから卒業したらすぐに――」
喜んでもらえると思って伝えた私の心境とは裏腹に
母の返事は、かつてのそれとは大きく変わっていました。
「エリナ」
「……?」
「エリナ。騎士になるのは……やめなさい」
「え?」
思いもよらぬ母の言葉。
しかしその原因に心当たりがないわけではありませんでした。
むしろ容易に想像できます。
「私はね、エリナ。あなたにまで居なくなってほしくないのよ」
「……お母さん」
「だからね。あなたにはメイドになってほしいの」
「メイド……?」
「そう。メイドはね、騎士とはやり方が違えど、同じように人に喜んでもらう仕事なの。人の笑顔を守るお父さんに憧れたなら、メイドだっていいじゃない」
「でも、私はもう――」
もう、騎士の道が拓けている。
このまま卒業すれば、私は。
「貴女の腕前を疑っている訳ではないわ。でもね。今や騎士の仕事は、貴女が目指したお父さんのものとは違うの」
私が騎士になりたいと言い始めたころ
まだ魔物なんていう連中は歴史上のものでした。
母の言う通り、私が追いかけた父の背中とは別物です。
それでも、騎士のやることは変わっていないと思いました。
戦う相手は違えど、その目的は同じく笑顔です。
だから私は、ここまで這い上がったのです。
しかし、それでも母は私に懇願しました。
「だからお願いよ、エリナ。お願いだから、貴女の命を危険に晒すようなことはやめて」
見ると、母の眼にはうっすらと涙が浮かんでいました。
私はそれを見て、母の提案に乗ることにしました。
――母の泣く姿はもう散々だったからです。
騎士校の残りの課程の間、私はメイドになるための勉強をしました。
七か月はあっという間に立ちました。
私はついに、魔特班配属申請を出さないまま卒業しました。
それから間もなくして、一年間のメイド修行に出かけることになりました。
一般のメイド資格試験は難無く突破しましたが
母のような上級のメイドになるのは簡単な事ではありませんから。
寮から持ち帰った荷物を再び外出用にまとめ
予定より早めに母に別れを告げました。
寄り道したいところがあったので。
五分ほど何もしないで立っていました。
決心がつき、しゃがんで目の前の十字架に話しかけました。
「ごめんね、お父さん」
花や、父の好物を供えながら続けました。
「私は……メイドになります。魔特班試験にも通ったんだけど」
十字架の交差部分にたまった土埃を払い。
「でもそれは、お母さんの笑顔を守るため。命を危険に晒す悪い娘の行為から」
立ち上がり、長い裾についた土を払って、しばらく天を仰いでいました。
「それじゃあ、行ってきます」
その言葉を最後に、私は墓地を去りました。
首にかかった碧玉の輝きはまるで
父が私を応援してくれているように見えました。




