(35)すべての真犯人
スタスタ歩くアイシャに続いてリビングの中央へ。
確かにマグカップはどこにもない。
「台所かな?」
「ま、待ってくださいお願いします」
台所と言っても、食器棚やしょぼい薪ストーブ、
ちょっとした水道があるだけ。
マグカップがあるとすれば、食器棚の中だ。
アイシャが棚の戸を開く。
「その音やめろ」
古いものだから木や金具が歪み、恐ろしい旋律を奏でる。
「二、四、六、八……うん、全部ある」
「あってほしくなかったよ」
誰も片付けていないのに、きちんと片付けられている。
ああ、最悪だ。
またあの音を立てて閉まる戸。
——瞬間。
何かの気配を感じた。
背筋に冷たいものが走った。
血の気が引いた。
「この気配、あの時の!」
伝令を聞き、屋敷に戻ろうとした時に感じたあの感覚。
まさか、あれが……
「うん、居たね。一瞬だけど」
「勘弁してよ……」
アイシャによると、霊はすでに移動したらしい。
「なぜか屋敷の中を歩き回ってるみたいね。早く探さないと……」
「でも、どこ行った?」
「そうね……幽霊が居そうなところ……」
「水場とか?」
「お風呂!」
風呂は台所から直接行けるようになっている。急ぎ、捜索へ。
「居た!」
風呂場に行くと、アイシャがそう言った。勘は当たったようだ。
当たってほしくなかったけど。
俺にも見えるようにと、要らん気を利かして可視化してくれた。
《お、お前ら、俺が見えるのか、幽霊なのに⁈》
そこにいたのは男性の霊だった。
三十代くらいに見える。
「見えるよ。私の能力だからね」
《そうか、助かった》
「助かった?」
《ああ。長い事誰にも存在を認知されなくてな。精神崩壊して悪霊になるところだったぜ》
見つけられてよかったです、はい。
「で、あなたはウチの屋敷で何してるの?」
《誰かに気が付いてほしくてな》
精神崩壊しそうだとか言ってたな。
《だから動き回ってみたり》
「うん」
《呻いてみたり》
「迷惑な」
《マグカップを片付けてみたり》
「ありがとう」
《若い姉ちゃんのバスタオル落としてみたり》
アレもてめえの仕業かよ‼
「それはちょっと、引くかな」
《まあそう言うなって。俺が悪霊になってたらそんなんじゃ済まなかったかもしれないだろ》
「いつから、どうしてこの屋敷に?」
《あ? 今朝からだよ。外をさまよってたら丁度そこの兄ちゃんが屋敷に入ろうとしてたから、ちょいとお邪魔したのさ。気付かれる可能性に賭けてな》
やはり、伝令の時か。
え、それってつまり
「……」
「アイシャさん? なんですか、そのジト目は? やめて、僕をそんな目で見ないで!」
要するに。
「俺が招き入れたってことになってる?」
《お前が居たから思いついたことだな》
「被告人、弁解は?」
「お、俺は」
「ギルティ‼」
「そんな‼」
なんてこった。
自分で屋敷に入れた霊に自分でビビって無様な姿を……
「それで、あなたはこれからどうする?」
《うーん、特に考えてないな。ここに住んでもいいし》
「それはダメ。絶対に」
《おいおい厳しいな》
「成仏する?」
《死んでるんだからそれが正しいわけだが》
彼がいうには、自分がどこでどのように死に
何が未練なのかも思い出せないらしい。
《困ったもんだぜ》
「それなら多分大丈夫。私の能力で、あなたの記憶を見れば分かるかも」
《そんなことも出来んのか》
「うん。じゃあちょっとお邪魔しまーす」




