(251)神に盾つく心
俺とアイシャがどんなに「神」の強さに慣れても、それ以上のペースで敵は強さを増していく。力がサラの身体に馴染み始めているのだろう。そんな、イタチごっこが続いていた。
《……っ‼》
——チャンスだ!
戦いにおいて協力者が存在する場合にのみ使える能力の応用。
あえて、受けた力を自分の方に反射するというものだ。
無論、俺は力を受けてしまうわけだが、相手は急に引っ張られたかのように体勢を崩す。
「そこ!」
アイシャの攻撃が、「神」の剣を捉えた。鍔迫り合いになる。
しかし、魔物の要素も持ち合わせる敵の力は尋常ではなく、彼女が次第に押されていく。
《弱い。弱いぞニンゲン!》
「どうかな!」
その間に体勢を整えた俺は、追撃を試みる。
が——
「なに⁈」
《その程度の攻撃が、余に当たると思うたか?》
アイシャとの押し合いを片手で済ませ、空いた手で俺の剣はキャッチされてしまった。だがそれはそれで好都合だ。
《ほう、この力をも反射するか》
押さえているということは、こちらへ力がかかる。
「これで!」
押し斬る!
「……っ!」
突然、手応えを感じなくなった。「神」がその場から消えたのだ。
やはり、空間を使われるのは非常に厄介だ。
《ほれほれ、余はこっちじゃ》
そうだろうとは思ったが、やはり背後にまわられていた。
不意打ちを受けないよう、大急ぎで振り返る。
《もう一度だけ訊くぞ? 余と共に来る気は無いのだな?》
「当然でしょ」
「行く気も、行かせる気も無い!」
《そうか。それは——》
「神」の掌上に橙色の炎が出現した。
《残念じゃ!》
それを横に振ると、先ほどの風に加え、熱が襲ってきた。
「くそ⁈」
「ユウ、いったん退こう⁈」
「ああ!」
《ふふふ、逃がさぬぞ?》
数メートル離れると、今度は二人の方に向かって掌をかざしてきた。
「水⁈」
背後に大量の水が現れ、濁流となって襲い掛かる。
流されてはぐれないよう、アイシャの手を握る。
水流の行きつく方向は無論、「神」の立っている場所だ。
「「くらえ!」」
だがその水流は悪手だ。水には流れる力がある。
攻撃に利用させてもらうぞ!
《ほう、やるではないか!》
攻撃と言っても単純で、水力を反射して推進力を増した体当たりだ。楽しそうにする「神」に対して、繋がれた手が打撃を繰り出す。
ほんの一瞬だけ、「神」に触れた感覚があった。
《ほれ、這いつくばえ》
「ぐっ!」
命じられた俺の身体が勝手に膝をついた。
《主も動くでないぞ》
二人とも、いつの間にか乾いた地面に拘束された。
《最初から、こうしておけば良かったな》
「な、何をする気——」
《女を殺せ》
「っ⁈」
身体が勝手に動き出す。
一歩、また一歩とアイシャの方へ歩んでいく。
「ユウ! 目を覚ましてよ、ユウ!」
アイシャの叫ぶ声は、確実に俺の耳に届いている。
だが、身体の制御を完全に支配されている。
必死に振り払おうと苦しんでいる間も、俺は彼女の方へと向かっている。
《無駄じゃ。ユウは今、余の支配下にある。どうじゃ? 抗う事の出来ない絶対的な力は》
——やめてくれ
《さあ、殺るのじゃ》
「ユウ!」
——ダメだ、ダメだダメだ‼
《なんと、遵守に抵抗するか》
振り上げられた剣を、俺は何とか下さぬように抗った。
だがそれも時間の問題で、次第に下す力が勝り始める。
——くそ! くそくそくそ!
「うおおおおおお!」
「……っ!」
アイシャが目を瞑るのが見えた。
雄叫びと共に、俺の剣は——
《……っ⁈ ば、馬鹿な。主、何をした?》
「はあ、はあ、はあ……」
「ユウ……」
——斜め方向に振り払われ、「神」の胴体に軽傷を負わせた。
羽衣に切れ目が入った。
《何をしたと聞いておるのじゃ! なぜ、なぜ遵守に従わない⁈》
「ふん、何が絶対的な力だ。見ろ、逆らってやったぞ、神様よ」
自分が何をしたのかは、俺自身も分からない。
どうしてか俺は、遵守の命令に逆らう事が出来た。
ただ夢中だった。
アイシャを殺させはしないと。
《……なるほどな。これで一つ、分かった事がある》
その顔は、これまでで一番恐ろしく見えた。
《主らは危険な存在じゃ。余も、もう手段は択ばぬぞ》
「来るよ、今度こそ本気で」
「ああ……‼」
神々しく後光を放つ「神」に、改めて人間が二人対峙した。