(241)晴れやかな勝利
王城の廊下に、一人の騎士。団長の部屋を目指して歩く。何枚もの報告書を抱え、足早に進む。階段をのぼり、最上階である三階の最奥へ到着した彼は、重厚な扉をノックした。
「オーネット副団長、入ります」
ドアノブに手をかけ、ひねりながら彼は違和感を覚えた。
いつもであれば、この段階で騎士団長から了承の返事があるはずだからだ。
「……?」
扉を開き、部屋の中を流し見た彼は、ここでも違和感に支配される。
「団長殿?」
騎士団長の姿が見えない。
「外出される話は……無かったはずだが……。団長? オーネットであります。いらっしゃいますか?」
大声で呼びかけるも、返事は無かった。
「おかしいな……。失礼いたします」
念のための挨拶を口にし、部屋へ足を踏み入れる。
「……ん?」
ふと、窓の外に目がいった。
「煙? おのれ、また改革派の連中か⁈」
近年では、城の敷地に火を放とうとするような過激な行為が横行している。
その類がまた発生したのかと景色を確認しに向かう。
彼の手に持たれた報告書もまた、改革派関連の物ばかりだ。
「……あれは、火事か!」
街を見下ろすと、書庫が燃えていた。
「くそ!」
急いで部屋を出ようとしたとき、騎士が一名飛び込んできた。
「団長殿、副団長殿! 書庫が燃えております!」
「ああ、今確認した。だが団長の姿が見えない。とりあえず私が指揮をする。君は火消しを呼びに行ってくれ」
「りょ、了解!」
どれくらい時間がたっただろう。朝方発見した火事を消し終えた頃には、辺りは暗くなっていた。今日の仕事に手を付けられなかった不満からか、彼はため息を一つついた。
「オーネット副団長殿!」
焦げた建物の中から、火消しの者が彼のもとへ走ってきた。
「どうした?」
「焼け跡から、一名の遺体が発見されました。身元特定は不可能な状態ですが、近くにこのようなものが落ちておりました」
「これは……!」
奪う様に火消しの手から取る。一本の短剣であった。
それも、騎士団の特注品だ。融けた痕跡が多くみられるが、間違いない。
「騎士の方、という事でしょうか?」
「それどころではない。剣のガード部分を見ろ。この金の装飾は——」
息が止まる。
「——団長専用の仕様だ」
大火事から一か月ほどが経過。火事の原因は団長の焼身であることが、彼の手記から判明した。団長が居なくなり混乱した騎士団であったが、オーネット副団長が新団長となり、見事に落ち着きを取り戻していった。
「……やれ、またか」
報告書が上がってくる度に嫌気がさした。毎日毎日、改革派が起こした同じような事件の報告ばかりだからだ。
「団長……あなたは甘すぎた。復讐に来るかもしれない魔王を殺さず、改革派も野放し。こんなことでは、世界は決して良くならない」
前団長の甘さを嘆いた彼は、厳しい政策をとるようになった。
「団長、改革派の代表者を拘束しました!」
「よし、よくやった」
野放しにされていた改革派を、彼は徹底的に弾圧し、関係者を次々と逮捕・拘束していった。そして今、ついにリーダーを捉えることに成功した。
「如何致しますか?」
「奴は公開処刑だ」
「公開処刑、ですか?」
「そうだ。これ以上、厄介な連中が現れては困る。奴を見せしめにする」
「し、しかし——」
「処刑は三日後だ。準備を進めておくように」
「かしこまりました……」
三日後、王城前に舞台が用意された。拘束された改革派の代表者が縛られ、押さえつけられている。オーネット団長は、見物に来た民に向かって言葉を発した。
「見よ! この者が、世界の秩序を乱す悪の親玉である!」
歓声とブーイングが半々で響く。
「だが安心してほしい! これより我々は、彼の処刑を行う! こうして、秩序は守られるのである!」
「くそ、騎士団め! 力を欲しいがままにする悪の組織め!」
戯言には耳を貸さず、処刑の手信号を送る。
「畜生共が——」
剣が振り下ろされ、代表者の首が地に落ちた。
勝った。
彼はそう思った。何年もの間自分らを苦しめてきた改革派の中枢を破壊したのだ。
あとは、残党狩りだけ。団長は、いたって晴れやかな眼差しで曇天を眺めた。