(240)遵守の行方
包み隠さず、真実を言う事。正しい事を正しく伝え、正しく理解させる。
一見すると、理想的なコミュニケーションだ。
だが世の中には、知らない方が幸せなこともある。
たくさん、ある。
真実が甘い蜜であることは少ない。正しさが人を救うとは限らないんだ。
慈悲とサラに何らかの接点があった事は、まぎれもない事実。
だがこれは、俺たちにとって蜜なんかではなく、どちらかと言う……までも無く辛酸だ。
知りたくなかった。
ずっと俺たちを見ていた奴が。
祖父の知り合いが。
共に魔王と戦った天魔の青年が。
俺を支配するやり場のない怒りの対象であったなど。
矛先が魔王であればどれほど楽であっただろう。
なんで、お前なんだ。なんで。
こんな風に、俺はまた新たな呪いに侵された。
真実を伝えられるのが怖い。真実を伝えるのが怖い。
そんな、臆病の呪いに。
慈悲に関する調査を進めていくも、肝心の目的は一切つかめない。
ただ、絶望的な選択肢が一つだけある。
奴は、《遵守の力》を求めているのではないか、というものだ。
「やっぱり、遵守の力について隠そうとしていたのが気になるわね」
《ああ。遵守で何かをしようとしているのかもしれんな》
頭領を含めた会議が、魔特班屋敷リビングにて開かれている。
「一つ気になったんだが」
頭領の言葉に、リーフさんが続ける。
「大昔、人間が弱った魔物を討って遵守を奪ったんだよな?」
《ああ》
「その後の、遵守の行方は分からないのか?」
「誰も奪ってないなら、ニンゲン界にあるはずですよね?」
「だよな?」
《うむ。確かに、ニンゲンが持ち去った後、どうなったのかは不明だな》
何秒もの間、ただ唸るだけの時間が続いた。それを、ノエルが破った。
「えっとつまり、人間の歴史に、遵守が存在した時代があるって事ですよね?」
《そうなるな》
「じゃあ、歴史書の類を徹底的に洗い出せば、分かるんじゃないですか?」
人間が学校で教わる歴史は基本、ユーリの時代前後、すなわち、ここ五、六百年程度だ。
その期間の事を歴史的事実として教えられるのは、研究によって判明しているからだ。
「研究中の歴史に、遵守のヒントがあるんじゃないかなぁって……あの、皆さん?」
「それだ!」
「偉いねノエル~。いい子いい子」
《素晴らしい意見だ。早速、ニンゲン界の歴史を調べよう》
「天魔は人間を見ていたんだろ? その時代の記録なんかは無いのか?」
《あの頃のテンマは、マモノとの戦いで滅亡しかけていた。そんな余裕は無かったようだ》
「……なるほどな」
全員が席を立ち、外出準備にかかった。
昼過ぎ頃。目的地へ向かいながら、メイドさんたちお手製の弁当を頂いた。
あっという間に到着するだろうから、なんだか急かされた気分だ。
「王都立図書館です。大抵の資料はここにあるわね」
《そうか。よし、調査開始だ》
中へ入ると、古い紙の臭いが鼻を突く。
この臭い、嫌いではない。
奥へと進んでいき、歴史書や歴史資料のあるコーナーへ。
「この中から探すの……?」
「大変だな、これは。ちょっと俺、司書さんに聞いてみます」
「ええ、頼むわ」
何冊あるのか概算も出来ないほどの量で、
これ全部に目を通すとなると、何日かかることやら。
悪夢のローラー作戦が開始される前に対策を打つ。
アイシャと共にカウンターへ。
「すみません」
「はい、如何なさいましたか?」
「歴史書を探していまして」
「はい。歴史書や資料の類は奥へ行っていただいて、右側にございます」
「えっと、古いものを探してまして。最古の資料だと、どのくらいか分かったりしますか?」
「古い物ですと……大半はかつての大戦で失われたようですが、大体九百年ほど前の物になります」
五百年前がユーリの居た時代だから……下手すると大戦前だな。
「ご案内いたしましょうか?」
「すみません、お願いします」
司書さんに見てもらい、一番古い歴史資料を出してもらった。
「ありがとうございます」
お礼を言いながら受け取り、開く。
「これ以前の資料は無い、という事ですよね?」
「はい。そちら九百年ほど前の物ですが、その辺りから、歴史資料が忽然と無くなります」
「無くなる?」
「ええ。どうしてかは分かりませんが、一切残っていないんです」
なんだ、不思議だな……。
「了解です。ありがとうございました」
司書さんがカウンターへ戻っていく。
《九百年か……丁度そのくらいだったな、あの出来事は》
「え、何か意図を感じるね」
「確かに」
真実の吐露を避けたのか?
とにかく資料に目を通してみることに。




