(233)幸福を願って
「それで、私は何をするの?」
《君には、回生を利用して一度死んでもらいたいんだ。この世を去ったことにしてほしい》
「……え?」
《しばらく、二人に会えなくなっちゃうけどね》
「……どれくらい?」
《どうだろう。十年くらいかな? その間に、僕が準備を進めておくからさ》
「十年……」
長いだろうね。この子はまだ九歳くらい。
十年なんて、今までの人生より長いんだ。
《どうだい? 協力してくれるかい?》
「……どっちにしても、滅びちゃうんだよね?」
《まあ、結果としてはね》
「じゃあ、お断りします」
そうだろうと思った。
今話したことを実行したとて、嬉しいのは僕だけだ。
彼女には何のメリットも無い。
ただ、これならどうかな。
《二人が、幸せになるとしたら?》
「……え?」
《キシの道へ進んだ二人は、切磋琢磨するだろう。今後もずっと一緒って事だよ。十年後、二人は何歳だと思う? 十九歳だろう? 十年も一緒にいたら、二人は結ばれて幸せになりそうだよね》
「……っ!」
思い通り。
この子は、二人の幸せを願っていた。
彼女の握り拳を見れば、僕の勘があたっていたかどうかは、すぐにわかる。
《恋人になって、結婚して、子供が出来てさ。きっと、幸福な家庭を築くだろうね》
追い打ちをかけると、サラちゃんの手が震え始めた。
うん。迷い始めたようだね。
「私が……我慢すれば、二人が幸せになる?」
今にも泣きそうな声で言う。
《そうだよ》
この話題を出したことで、冷静さを欠いた。
陥落も近いだろう。
《恐怖に怯えて滅ぶより、幸せな状態で滅ぶ。神様なら——君なら、それが出来るんだ》
「私……なら……?」
《うん。君なら、二人を幸せにしてあげられるんだ》
我ながら反論の余地だらけな気がするけど、
今のサラちゃんには、そんな余裕はなさそうだ。
「私が……二人を幸せに……私が……」
《どうだい? 協力してくれるかい?》
「私は、二人を幸せにしたい」
思考が止まったか。僕の勝ちだ。
《じゃあ悪いけど、一度死んだことになってもらうよ》
「……うん」
出来るだけ苦しまないよう、一瞬で死なせてあげる必要がある。
僕は剣を抜き、恐怖を感じる間も与えずに、それでいて最大限の致命傷を負わせる。
サラちゃんは血を流して倒れた。
《……》
次の瞬間、眩い光と共にサラちゃんは立ち上がった。
「生き……返った……」
《じゃあ早速だけど、行こうか》
「何処へ?」
《神様を創る準備が済むまで、眠っていてほしいんだ。そうすれば、十年だってあっという間だよ》
「……うん」
《ってわけだから、ほら》
空間の隙間を開けて見せる。
《行こうか》
「……」
彼女の手を引き、現世に別れを告げた。
《あれ、タオル落としたみたいだよ》
数十メートルほど進んでから、落下物に気が付いた。
「ううん。もう、要らないから」
《……そうかい》
拾いに戻ることはせず、僕らは進んでいった。




