(202)ユウシャの光
少女と女神に背を向けると、景色は再び狭間に。
《ほう、立ち上がるとは》
周囲を見渡す。
お姉ちゃんたちは……辛うじて大丈夫そうだ。
生き残っている天魔二名も、今しがた空間から出てきた。
それほど時間は経っていないようだ。
「アイシャ……」
「うん、ユウ」
右手を、アイシャの左手とつないだ。
すると、夢で見たように、体中が温かくなる。
眩い光を放ち、まるで、二人一対の翼が生えたように見える。
「「はあっ!」」
力を籠めると、俺たちを中心に光が広がっていく。
《な、なんだ? この力は⁈》
困惑する魔王の身体は、数秒前の状態から動かない。
《ユウ、アイシャ……君たちは……》
《彼らならではの力、だな》
見ると、頭領たちも体が動かない様子。
一方、お姉ちゃんたちは、ゆらゆらと立ち上がる。
「悪いが、魔王。俺たちは、こんなところで終わる訳にはいかないんだ」
「受けてみなさい!」
俺たちの体を覆っていた光が伸び、魔王を包み込む。
やがて——
《こ、これはっ⁈ ぐおおおおおおおっ‼》
——魔王の身体に光が吸収されていき、
刹那、星空のような煌めきが、体を突き破って溢れ出た。
《がはっ——》
魔王はそのまま、前向きに倒れた。
俺たちを包んでいた光は消え、元の状態に。
《勝負あり、だね》
「よくやって、くれたわね。あなたたち二人だけでも……」
消耗し、ほとんど力が残っていないお姉ちゃんの治療を受けた。
「お姉ちゃん!」
《大丈夫、気を失ってるだけだよ。彼女の能力が使えないとなると……僕たちの治療キットで何とかするしかないね。あくまで応急処置だけど。準備を頼むよ、おばあちゃん》
《頭領と呼べ、痴れ者が》
《……痴れ者はひどくない?》
お姉ちゃんを始め、倒れたメンバーたちが、乗り物へと運ばれていく。
最後のノエルが運ばれるのを確認し、俺とアイシャも——
《ぐっ!》
「うそ……」
「あいつ、まだ!」
——魔王はまだ、生きている
《しぶといな。二人とも、急ぐんだ。ここは僕が》
「待ってくれ!」
《え?》
ゆっくりと立ち上がる魔王。だが、何の恐怖も感じない。
立つので精いっぱい、と言ったところだろう。
まあ、それは俺も同じなのだが。
「あいつには、ちょうど訊きたい事があったんだ」
お互いに、ゆっくりと距離を詰める。
《ふん、ム、ムリをするな、少年。いっそ……大人しく殺されたほうが、身のためだ》
「そいつは……お互い様だ!」
《ぐあっ!》
剣を振り回すだけの元気もない。
俺の攻撃は、単なる拳だ。
それを顔面に受けた魔王は、二歩後退。
「あんた、本当は……迷ってたんだろ?」
《……何を、言う》
「あんたが、激しい憎しみでもって攻撃してくれば……人間は、簡単に滅びてた……さ」
《……っ‼》
「ぐっ……!」
今度は、魔王の拳が俺の頬を捉える。
驚いた。
目では見えても、体がまるで動かない。
「それでも、あんたは何百年も部下に任せきっきりで……!」
《ぐぉ⁈》
負けじと、俺も拳をぶつける。
二発目を食らった魔王は、そのまま後ろに倒れた。
「なあ。あの宣言も、そうだろ? あれは、人間へのメッセージなんかじゃない。己を奮い立たせるための……宣誓……いや、口実だったんだろ?」
《……ニンゲン》
「ここまで攻め入られるのを、わざわざ仁王立ちして……待ってたのは、迷ってたからなんだろ?」
《……なるほどな。やはり、感情に関して、貴様らの右に出ることは出来んか》
「……それが、人間だからな」
魔王は倒れたまま、そして美しき天を仰いだまま、言葉を紡いだ。
《少年。ひとつ、忠告を……してやろう……》
「忠告……?」
《お前の、眼。それは、喪失に突き動かされた者の、眼だ……。かつての我と同じく、な》
「っ!」
《過去の感情にこだわったまま……戦うのは……やめておけ……。やり場も無く、救われることも無い……その感情は……やがて……呪詛となる……》
魔王の声色が、次第に弱々しくなっていく。
「ま、魔王……」
全くその通りだ。
ここで魔王を倒したとて、サラは戻ってこない。
魔物を滅ぼすと誓った。
ほとんどそれを成し遂げた今、俺の心はただ、空しいだけだ。
「よく解るよ、あんたの気持ちは……」
《ふん。ニンゲンは……色々な眼を、するな。お前も、憎き我に……その……眼を……》
魔物の長は、それ以上声を発さなかった。
爆発で空いた穴に、魔王の遺体を埋めてやることにした。
最後に顔の部分に土をかぶせる。彼の表情は、非常に穏やかに見えた。
魔王の剣と、俺の剣をバツ印にして地面に刺し、アイシャと共に戻っていった。




