(175)利用された能力者
マモノとニンゲンが戦争を始めてしばらくたった頃、
我々テンマは、ニンゲンの世界に潜入者を送り込んでいた。
そんなある時、砦街に潜入していた者から連絡があったんだ。
《……なんだと?》
《言葉の通りだ。昨夜、確かにマモノの襲撃があった。だがいつの間にか、人々はそれを忘れて元の生活を送っていた》
不思議な報告だった。
起きた出来事が、そっくりそのまま、無かったことになった。
そんなことがあり得るだろうか?
《街の現状は?》
《やはり何も覚えていないようだ。だが、街中にキシが異様なほどいる。ケンペイが多いな。襲撃で死んだ者は戻っていないのだろう》
《他には?》
《それを除けば異常はない。いつも通り、活気にあふれている……ふん、子供が二人、二輪の乗り物で通った。襲撃の翌朝とは、到底思えない平和さだ》
これには頭を抱えたよ。
ニンゲンに現象を消し去るなんて技術は確認できていないし、
第一、そんなことができるなら、マモノと戦争をしているのはおかしい。
かと言って、マモノの仕業とは考えられない。
せっかく成功した襲撃を無かったことにする理由がないからだ。
《そうか。引き続き任務を遂行してくれ》
《了解した》
夜空のような空間から、元の白い部屋に景色が戻る。
《いったい、何が起きているんだ……?》
それから数年が経過して、潜入者があることに気が付いた。
ニンゲンが記した事件簿を盗み見ていた時の事らしい。
《つまり、襲撃翌朝の大量死事件で死んだ者のリストには無いが、それと同時に見なくなったと?》
《そういう事だ》
毎日のように酒に酔い、居住区をウロウロしていたニンゲンが居たらしい。
印象に残る人物で、よく覚えているという。
すっかり姿を見なくなったゆえ、てっきり死亡したと思っていた様だが、
その者の家にある表札の名前は、リストに一つもなかったと言う。
《つまり、その人物の近辺で何かが起きていると?》
《ああ。とりあえず、彼の家族から調べてみようと思う》
《了解。何かわかったら、また報告をしてくれ》
さらに一年弱が経過した頃、
例の事件に関する調査は、一気にゴールへと進むこととなった。
テンマの中に、対象の記憶を読み取る能力を開花させた者が居たのだ。
これは有用だと考え、潜入者の調査に協力させた。
《頭領から説明があったかと思いますが、本日から調査に協力させていただきます》
《助かる。早速なのだが、記憶を見てほしい相手がいる》
《はい、任せてください》
潜入者が真っ先に対象としたのは、酔っぱらいの妻であった。
近しい存在の彼女であれば、何か知っているかもしれないと考えたからだ。
しかし……
《彼女の記憶では夫……父親は、息子が産まれる前に、他界したことになっています》
《そうか……》
期待していた結果は得られなかった。
《念のため、息子の記憶も見てみますか?》
《変わらないとは思うが……。念には念をだ。頼めるか?》
《はい》
潜入者はあまり期待していなかったようだが
しかし、結果は意外な物であった。
《これは……》
《どうした?》
《息子の記憶を見た結果なのですが、明らかに母親のものと矛盾します》
彼によると、少年の名前はユーリ。彼は、しっかりと父親の記憶を持っていた。
生まれる前に死別しているなら、ありえないことだ。
それだけではない。
襲撃の夜、彼が起こした現象も確認できた。
「お前らなんか……居なくなれ‼」
ユーリがそう叫ぶと、彼自身が光を発し、
街全体を包んだかと思うと、再び彼の中へ。
次の瞬間には記憶が途絶えた。
おそらく、就寝したことになったのだろう。
そう語った。
《それと……これは、憎悪?》
《憎悪?》
《ユーリは、父親が嫌いだったようです》
無理もないことだ。
《これは私の推論ですが、ユーリは、何かを犠牲にして何かを無いものとするか、封じ込める……と言ったような能力を持っているのではないでしょうか》
《今回のケースで言うと、嫌いな父親を犠牲にし、襲撃があったという事象を封じ込めた、と?》
《はい。もちろん無意識だったのでしょうが》
そこからは簡単だった。ユーリは騎士となり、マオウ討伐任務の指揮官に任命された。
マオウ城に入った彼を導き、マオウに成りすましたテンマが、
それらしいことを言って彼に能力を行使させた。
彼自身の能力について教え、妻と子供をダシに使うことで簡単に協力してくれた。