(168)憎き敵
今日の様々な出来事で、俺の悩み、迷いは綺麗に晴れた。
俺が戦うことに、深い理由なんかなかった。
憎いから。魔物を滅ぼしてやりたいと思ったから。
そんな究極にシンプルな動機だ。
サラの事件と魔物が関係しているのかは、一切分からない。
何でもよかった。
彼女を失った悲しみや怒り、絶望のはけ口は、
きっと魔物じゃなくても成立するのだろう。
けれど、魔物を憎むのが、子供の俺には一番簡単だったんだ。
それが今になって、重圧になっていた。
俺は騎士で、世間が「悪」と呼ぶ魔物を倒す「正義」サイドの人間で。
魔特班に入ったからという理由で周辺から期待されて。
よくよく考えれば、俺はそんなもののために騎士を志したのではなかった。
怒りをぶつけているだけ。やっていることは、魔王と何ら変わらない。
「同じだ」と言われて、確かになと思った。
同一視されたことへの不快感やイラ立ちはない。
むしろ、自分が「正義」である……
と言うような感覚を捨てることができた。
枷を外してもらった俺は、また前へ進み始めた。
無論、サラの喪失と宣誓を忘れるわけじゃない。
あの時とまったく同じ感情で、俺はこれからも戦いに身を投じる。
——憎い
「ニンゲンめ……ニンゲンめっ!」
禍々しい色の樹皮を、何度も、何度も殴りつける影が一つ。
「ニンゲン……めっ……」
ひび割れた樹木。血のにじむ拳。
行為とセリフの割に落ち着いた表情で、赤黒い空を見上げる。
「憎しみ、か……」
何百年、いや、もう千年の方が近いくらいだろうか。
当時の戦いで、妻の命を奪われた彼は、憎き敵を滅ぼすと決めた。
復讐するのだと宣誓した。だが未だ、それは果たされていない。
「……」
ニンゲンは罪深く、愚かな存在だ。
滅するべき相手だ。
そう、何度も自分に言い聞かせる。
「おのれっ、邪魔だ!」
傷ついた幹に、額を強くたたきつける。
見たくない影を払うためだ。
「妻を殺した貴様が……そんな表情をするな!」
彼の脳裏に染み付いたのは、自分を見下ろす一人のキシ。
殺された仲間の遺体に、あまつさえ、その犯人である
彼に対しても謝意の眼差しを向けた一人のニンゲン。
「なぜ……なぜ貴様はっ!」
再び拳を強く握り、樹皮へ。
強い衝撃と共に、葉は落ち、黒い鳥たちは飛び去る。
「やめろ。謝意など向けるな。憎ませろ……「悪」であれ! 滅ぼすべき敵であれ!」
ため息を一つ。
「……」
それ以上は何も言わず、散々傷つけた木をなぎ倒し
魔物の長は王の間へと戻っていった。