(148)白と黒、緑と赤
豊かな自然。草花。水面はまるで玻璃のよう。
そんな美しい場所で行われているのは、美とは対極の存在。
愚かで醜い戦いだ。
緑を赤で濡らし、景色に似つかわしくない、激しい音を鳴らす。
《ふんっ、その程度か? 貴様らも落ちたものだな》
《……まずいな。マオウの力は予想をはるかに超えている》
草原に倒れる仲間の遺体を見て、白い戦士はそうつぶやいた。
《撤退を提案する》
《逃げられる可能性は低い》
《その通りだ。私は今、虫の居所が悪い。生きて帰れると思わないことだ!》
無気味に歪んだ笑みを浮かべながら、魔王は両手に力を込めた。
《死ぬがいい》
左右の手に、剣が現れた。肉と刃が混じった奇妙なデザイン。
それに加え、剣身には無数の返しがついている。
斬ることよりも、相手を苦しめることに特化した武器だ。
どちらかと言えば、のこぎりと言った方がいい代物である。
《来るぞ、警戒し——》
《ふん、カスめ》
指示を出そうとした戦士の喉元に、魔王の武器が刺さっている。
《くたばれ!》
それを勢いよく引き抜くと、戦士は地を赤で染めながら倒れた。
残った戦士たちは戦慄した。
今しがた殺されたのは、彼らの中で、最も戦闘能力に優れた戦士だったからだ。
《た、退却だ‼》
恐怖に喘ぐ悲鳴。
金切声。
……断末魔。
それを聞きながら、愉快そうに次々と赤を塗り重ねていく魔王。
瞬くうちに、白い戦士たちの戦力は、半分以上が削られてしまった。
《ふふふっ、はっはっは‼ 惑え、怯えろ、死んでゆけ‼》
……やがて、戦士は残り一人に。対して、魔王は全くの無傷だ。
《や、やめてくれ。殺さないでくれ》
《聞けぬ願いだな。もっと、まともなことは言えぬのか?》
《マ、マオウ。お前はなぜ、戦いを望む? ア、アレはもう、無いというのに‼》
《何を言う。私を殺そうと攻めてきたのは、貴様らの方だろう》
《それは、お前が攻撃をやめないからだ!》
《たわけが。そんなものは、貴様らの理屈だろう?》
《そ、そうだ。わ、和平条約を結ぼう! こんな醜い戦争は終わりにしようじゃないか‼》
《……戦争?》
《ニンゲンもきっと許してくれる! 今なら間に合うかもしれないだろ⁈》
和平を望む戦士を見下しながら、魔王は答えた。
《何か勘違いをしているようだな》
《……勘……違い?》
《これは戦争などと言う、やさしいものではない》
怒り笑い。
そう形容するにふさわしい、おぞましい表情でもって続けた。
《これは、復讐だよ》
——剣を振り上げて。
《ひぃっ⁈》
《愚かな貴様らと、狡猾なニンゲン共への報復だ》
《た、助け——》
《もう止まらんのだ。憎しみの渦はな‼》
グシャッという音。
声を上げる事さえかなわず、最後の戦士は
綺麗な白から無惨な赤黒い肉へと姿を変える。
《ふん、造作もない。……ん?》
マオウ討伐隊を全滅させた彼のもとへ、淡い光がふわふわと寄ってきた。
《……ガフォークめ、しくじったか》
剣をしまい、光へと手を伸ばす。
するとその光は、魔王の掌から吸収されていった。
《さて、どうしたものか。……まあ、滅ぼしてやることに、変わりはないがな》
無気味な部屋とは違い、魔王の高笑いは、広い平野に霧散していった。




