第90話「船出」
セルフィスが命を落としたあの日から、しばらくの時が経った……
あの後、東洋たちは王城へと戻り、アリシアとオルベンスに暗殺者撃破と、セルフィスの死を報告した。
「セルフィス様が……!? そ、そんな……!」
訃報を聞いたアリシアは、崩れ落ちるようにしてその場で泣き崩れた。
オルベンスもまた、顔を伏せて肩を震わせ、静かに涙をこぼしていた。
その場で東洋は、何度も、何度も、土下座をして謝罪した。
「俺は、俺は間に合わなかった……!」
「あの人が死んだのは……俺が弱いからだ……ッ! 全部……、全部俺のせいだ……ッ!」
誰よりも戦った者が、誰よりも悔いた。
自分があと数分、いや、数秒でも早くあの場に到着していれば、と。東洋はそればかりを繰り返し口にしていた。
その夜……
東洋と、若王奪還チーム全員は一週間にわたって城内で治療を受けた。
その間も東洋は、王城に出入りする者たちに頭を下げ続けた。
「……本当に、申し訳ない……」
体を痛めながらも、彼は繰り返した。
もう誰も彼を責めてなどいないかもしれない。
だが、それでも謝るのをやめなかった。
「あなたは、もう休んでください。東洋さん……」
そう声をかけた者もいた。だが東洋は顔を上げずに言った。
「……いや、あのとき、俺が……もう少し速く、走れていれば……ッ」
誰かが何を言おうと、彼は許せなかった。
自分を。無力だった自分を。
それから数日後……
東洋は、セルフィスの弟・アロンスに呼び出される。
そこで彼は、国外へ逃げるよう強く勧められた。
「……ここにいれば、帝国の連中はさらに苛烈に圧力をかけてくる。お前の存在は、それほどに大きい」
「しかし、俺は……ッ、王を………」
「兄は……セルフィスは、お前を守って死んだんだ。それが、あいつの答えだった。だったら、お前は………生きろ」
彼の言葉に、東洋は黙って頷いた。
東洋はこの時すでに、百人以上に謝罪をしていたという。
「王位は私が継ぐ。この国のことは、もう何も心配無い。ただ、セルフィスの意思を無駄にするな」
それでも、今は……
「…………ああ」
ただ一言、そう返した。
◇ ◇ ◇
(えぇーとッ! ……確かこの港から南方の大陸まで行けるというらしいがッ?)
治療を終えた東洋は、海を渡るべくルガロ公国最南端の町・"エルアス"にある港へ向かっていた。
(……それにしてもッ! まさかアロンス王が、自らオレに逃亡を勧めてくるなんて思わなかったぞッ!!)
(セルフィス王……、ぐぅぅッ!! あんたの死は……絶対に無駄にはしないッ! あんたに救われた分まで、オレは……ッ! 生きてやるぞーーーッ!!)
心の中で吼えながら、東洋は海風に髪をなびかせ、歩を早めた。
「よし! 着いたかッ!!」
しばらくして、彼は港に到着する。
潮の匂いが鼻を突き、波の音が胸に響く。
(さらばッ! ルガロ公国……ッ!!)
胸に渦巻く名残惜しさを押し殺し、東洋は停泊していた一隻の船へと歩を進める。
ブオオオーン!!
汽笛が鳴り響き、波が揺れる。
そして………
東洋を乗せた船は、ゆっくりと港を離れ、大海原へと舵を切った。
こうして、東洋はルガロ公国を後にした。
後に公国では、アロンスが新たな王として即位し、国内の混乱を鎮めていく。
だが、セルフィスの死と暗殺者撃破を契機として、帝国の圧力はより激しさを増し………
東洋自身にも、やがて大きな脅威となって襲い来ることになる。




