第89話「セルフィスの死」
「も、戻ったぜ……! ………ッ!? セ、セルフィス王ッ!?」
接戦の末、ランバルトを打ち破った東洋が、血に濡れた足取りでようやく廃屋へと戻ってきた。
息も絶え絶え、剣を杖代わりにしながら中へ踏み込んだ彼の視界に飛び込んできたのは、
……鎖に捕らわれたまま、治療を受けるセルフィス王の姿だった。
「セルフィス王!! ミセア! リンカ! 容態はどうなんだッ!?」
目を見開いた東洋が、声を張り上げて駆け寄る。セルフィスは身体中に無数の傷痕を刻まれ、呼吸はか細く、まるで人形のように力無く項垂れている。
その傍らでリンカが懸命に回復魔法を施していた。
「わ、わからないわ……でも、まだどうにか生きてはいる!」
治療に集中するリンカに代わり、ミセアがそう伝えた。
「そ、そうか! セルフィス王! ……こんなところで死ぬんじゃあないぞッ! 気をしっかり持て!!」
東洋が膝をついて叫ぶ。その声音には、怒りと不安と焦りがないまぜになっていた。
「国王様! どうか目を覚まして下さい!!」
「国王様! おお神よ……なぜこのような仕打ちを!!」
近衛兵たちも、祈るように手を組み、主の名を呼び続ける。
事が進展しないまま、しばしの静寂が流れた。
やがて、俯いたままだったセルフィスのまぶたが、僅かに揺れた。
「…………んん、き、君たちは……、うぐっ……!」
「………!! みんな! セルフィス王がっ!」
「!! おお、良かった! 息を吹き返したかッ!!」
東洋が歓声を上げ、すぐそばに膝を寄せる。近衛兵たちの表情にも安堵の色が浮かんだ。
「国王様……!」
「意識が……戻られた……!」
………だが。
リンカの表情は、浮かない。
「あっ、で、でも……これって、もう…………」
魔力を送り続けていた手を止め、震える声で呟く。
ミセアもまた、言葉を選びかねたまま、ただ静かにセルフィスの顔を見つめていた。
「………、君たち。私は、もうダメだ……助からない。自分の身体だから、わかる」
セルフィスは、静かに、そしてはっきりとそう告げる。
その口調は、悲壮でも絶望でもなかった。
むしろ、自らの最期をすでに受け入れた者の、それだった。
「そッ……そんな!? セルフィス王ッ!! 諦めるんじゃねえ! あんたはまだ若い! あんたを慕う国民たちも、きっと待ってるハズだッ!!」
「……死ぬのはまだ早いぞ! 頼むッ! セルフィス王! 死ぬなあぁぁッ!!」
東洋が声を荒らげ、懇願するように叫ぶ。
その瞳には涙が浮かび、握った拳が震えている。
セルフィスは、それを見て、ゆっくりと口元に微笑みを浮かべた。
「ふ、ふふ……東洋。君は……こんな、危篤状態の人間のことを……まだ、気遣ってくれるのか」
「……やはり、君のような男を……“帝国”なんかに、殺させるべきでは……ない、な…………」
最後の言葉は、囁くように。
その直後、彼の体からすうっと力が抜け、まぶたが静かに降りた。
まるで、深い眠りにつくような、安らかな最期だった。
「セッ!? セ、セ………セルフィス王ーーーッ!!」
東洋が悲鳴のように叫び、セルフィスの肩を揺さぶる。だが、もう反応はない。
その場の空気が、凍りついた。
「………っ!」
ミセアが目を伏せ、リンカが唇を噛む。近衛兵たちは拳を握りしめながら、声を漏らすことすらできない。
「東洋……最善は尽くしたけど……国王様は、もう……」
リンカが震える声でそう告げると、東洋は、
「く……、う……う………、うぅおあああぁぁぁーーーーーッ!!!」
――その場に膝をつき、拳で床を打ち付け、胸の奥から絞り出すように叫んだ。
それは、先の戦いの勝者が味わうには、あまりに重すぎる喪失だった。




