第85話「東洋vsランバルト」
「……はッ、はッ……くそ! どこへ行きやがったアイツッ!!」
深夜の森に、東洋の声が響く。
戦闘が始まってから、すでにしばらくが経っていた。
廃屋から逃げ出した白髪の暗殺者――その男の姿を追って、彼は森の中を走り続けていた。
「なんて足の速い奴だ……ッ! まさかここまで見失うとは……ッ!!」
息を切らしながらも、木々の間を抜けて走る。
だが、いくら目を凝らしても、男の姿は見えない。
脚に鈍い痛みを覚えた東洋は、渋々立ち止まり、近くの岩に腰を下ろす。
大きく息を吸ってから、静かに吐き出す。
風は冷たく、夜気が肌を刺していた。
(……このあたりだと思ったんだがなぁッ……!)
心の中で焦燥を抱きつつ、東洋は岩の上で白髪の暗殺者……奴の名も知らぬまま、逃げた男の行方を考え始めた。
すると、その時だった。
「…………くっくっくっ。誰を探しているんだ?」
不意に、背後から若い男の声が聞こえた。
「……ッ!? は!? お前はッ!!」
即座に跳ね起き、東洋は反射的に振り返る。
そこに立っていたのは――まさしく、東洋が追い続けていた白髪の暗殺者の男。
男は木の幹にもたれかかり、腕を組んで余裕綽々といった様子でこちらを見下ろしていた。
「……ようやく見つけたぞ! 暗殺者め、お前はこの場で俺が倒すッ!!」
間合いを一気に取ると、東洋は長斬刀の柄に手をかけ、真っ直ぐに男を睨みつけた。
「オレの思惑通り……一人で来るとはな。くっくっく……」
東洋を笑いながら見据える彼は白髪に加え、両目に深い隈を刻んでいる。
しかし、男というより東洋と年頃の近い若年の顔立ちだ。
唯一決定的に違うのは、正義など微塵も感じられない、狂気を孕んだ目をしている点である。
「これで一対一……集中して“暗殺”ができる……くははははっ!!」
「思惑通り……だとッ!? まさか、俺を一人で追わせるために外へ逃げたフリを……!?」
東洋は衝撃に目を見開く。
すべては、最初から仕組まれていたというのか。
「ああ……そうさ。オレはな……人を殺す、その瞬間の“快感”が忘れられねぇ。だから、暗殺者をやってるんだよォ……」
青年は恍惚とした表情を浮かべながら告げた。
その声には一片のためらいもなく、殺人を楽しんでいることを隠そうともしなかった。
「くッ……! なんて奴だ……!」
東洋は拳を握りしめたまま、白髪の男を睨み据える。
その存在は、あまりにも“外道”だった。
放っておけばまた誰かが犠牲になる。
ならば、
「……こんな人間を野放しにしておくわけにはいかん! この場でオレが成敗してやるッ!!」
東洋は、刀を一閃させる。
風を切る勢いで、男に向かって一気に間合いを詰めていく。
「……“ウィンド”」
対する青年は、わずかに口を開き、短く呟いた。
ヒュウウオオッ!!
直後、その眼前に突如として突風が巻き起こる。
それは風属性の初級魔法。だが、至近距離から発動されたその風は、突進中の東洋を真正面から襲う。
(ッ……これは魔法か!? たしか“ウィンド”は、ミセアが言っていた風属性の魔法……か!)
咄嗟に反応した東洋は、左手を前に翳す。
「……はあぁッ!」
キィィィィィンッ!!
空気が一瞬震えたかのように感じられた。
東洋の掌が、迫りくる風の魔法を触れた途端に打ち消していく。
彼の技能殺しが発動。
たちまち強風が霧散し、再び夜の森の静けさが戻った。
「……! くけけけっ……やっぱりお前……!」
それを見た青年は、舌なめずりするように言った。
「帝王様が言ってた通り……厄介なスキルを持ってやがるな……?」
「……ああッ!? だからどうしたッ!!」
東洋は一歩ずつ間合いを詰めながら叫ぶ。
青年から視線は一切逸らさない。
「けどな……」
すると青年はニヤリと笑い、両腕を広げた。
「残念だったな。お前じゃ、この――ランバルト様を倒すことはできねぇ……!」
「ランバルト……?」
「そうだ。“風”を統べる処刑人ってなァ……!」
シュウウウオオオッ!!
ランバルトの周囲に渦を巻く風が立ち込める。
風が刃と化し、まるで生き物のようにランバルトの周囲を飛び交い始めた。
「くっくっくっ……!」
不気味な笑いが夜風に混じって森に響く。
東洋は刃を構え、気を張り詰めながら叫んだ。
「だったら証明してみろよ……ランバルトッ!!」
大地を踏みしめ、東洋が再び走り出す。
夜の森を切り裂く……死闘の幕が、今まさに切って落とされたのだ。




