第80話「若王の誘拐」
「………君が“東洋五郎”だね? 突然だが、これより我々と共にルガロ王城まで来ていただきたい」
リンカが東洋の仲間に加わってから、数日が過ぎる。
その日も東洋はいつものように依頼を終え、ギルドでミセアとリンカに別れを告げてから、一人『黄砂』という宿屋に戻っていた。
ひと息ついた後、軽く鍛錬でもしようと外に出たところ、彼の前に燕尾服に身を包んだ男たちが現れる。中央に立つのは、片眼鏡をかけた初老の男だった。
「な、なんだアンタたちは!? ていうか、なんで俺の名前を!?」
東洋は警戒心を露わにし、数歩後ずさる。
「それに……おい、王城って。俺、最近セルフィス王に会ったばかりなんだぞ? まさかまた――」
「すまないが話は王城で。すぐ支度を済ませ、同行を願いたい」
男の言葉は、東洋の疑問を強引に押し流すようなものだった。
だが、その表情には焦燥と切迫感が滲んでいる。
「……わ、わかった。だが、まず準備だけはさせてくれッ!」
困惑しながらも、東洋はとりあえず頷き、足早に宿へと戻った。
◇ ◇ ◇
王都中央、ルガロ王城。
東洋は片眼鏡の男の案内を受け、城の廊下を駆け足で進んでいた。
「なあ、一体何の用だッ? 今さら“王に会え”って……あの時、全部話したはずだぞッ!?」
詰問するように問いかける東洋に、男は歩を止めずに答える。
「詳しい話は応接室で。……今は腰を据えて話すべき状況なのだ」
「は!? “腰を据えて”って……そんなにヤバい事なのかッ!?」
東洋の声がわずかに上ずる。
男は一度だけ頷き、やがて廊下の奥にある扉の前で立ち止まった。
「ここが応接室だ。さあ、中へ……!」
「わ、分かった……ッ!」
◇ ◇ ◇
室内は重厚な調度品が並ぶ、王族の客人をもてなすにふさわしい空間だった。
東洋が席につこうとしたその時、男が周囲を確認して言う。
「!! 申し訳ないが、王妃様をお呼びせねば! すぐに戻る……!」
「え……あ、ああ。分かった……ッ」
一人残された東洋は、ソファの端に腰を下ろし、落ち着かない様子で室内を見渡す。
すると程なくして、男が戻ってくる。
その背後には、紫のドレスに身を包んだ上品な女性が控えていた。
「……この方が、東洋さんですね?」
「はい、王妃様。この者が東洋殿にございます」
女性の問いかけに執事風の男が頷き答える。
「あ、あんたが……王妃様ッ!?」
東洋は立ち上がりかけた体を持て余しながら、やや狼狽気味に声をあげる。
「ええ。わたしはセルフィス様の妃、アリアナ・マノ=ナイリンです。どうぞよろしく」
続けて、隣に立つ初老の男も頭を下げる。
「私の名は"オルベンス・レプラー"。セルフィス王様の政務を補佐する大臣です」
「や、やっぱり……! お、俺は東洋五郎! 転移者で、今は冒険者をやってるッ!」
一通りの名乗りを終えると、東洋は目の前にいる高貴な二人に向かい、改めて尋ねた。
「で……一体、何のために俺をッ?」
「………………」
その言葉を受け、王妃アリアナは、静かに息を吸う。
そして、彼女は沈痛な面持ちで語り出す。
「……実は、セルフィス様が――—連れ去られてしまったのです」
「なッ!? なん……だって!?」
東洋の表情が一変する。椅子から立ち上がると同時に、全身に緊張が走った。




